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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
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9 微笑クロニクル

 香川さんの病室を出て、深呼吸した。

 肺気胸が完治した今、息を吸うのも怖くない。酸素が全身を駆け巡る。

 彼の言葉は正しい。

 人間には等しく挑戦する権利があり、僕はここでそれを行使する。

 彼は僕にいくつかのアドバイスをくれた。モテない男の戯れ言だと聞き流すこともできたが、彼の理想とするデートプランは聞き手の感情を優しく癒してくれた。

 白すぎて目が眩むほどの廊下を歩き、僕は再びカフカの病室の扉をノックする。

 扉の奥からくぐもった声で「はい」と聞こえた。

 僕がドアを開けると心底呆れたような表情のカフカがベッドに腰掛けていた。


「また来たのね。しつこいわ」

 冷たく言われた。

「諸葛亮も三回目の訪問で折れたからね。トライアンドエラーさ」

「それを言うならトライアルアンドエラーよ」

 ため息混じりに言葉を直されたが、そんなことで気圧されるわけにはいかない。

「どうしても伝えたい言葉があるんだ」

 彼女の言葉を振り切って僕は敷居を跨ぐ。

 カフカの眉間のシワがより深くなる。

「だから何度も言うように私は忙しいの。なんとしても来週の土曜までに書き上げないと……」

「筆を置いて」

「え?」

 目を丸くしたカフカを見て僕は心の中でほくそ笑んだ。

「書を捨てよ。町へ出よう」


 呆気にとられたような表情のカフカに、香川さんから受け取ったメモを手渡す。

 メモには科学館の住所が記載されていた。宇宙や科学について展示されている体験型のミュージアムで、関東で一番でかいプラネタリウムがあるらしいのだ。

 ここからは電車で三十分程度だ。学生割引もきくし、デートには打ってつけだった。

「プラネタリウム……?」

 すっ頓狂な声があがる。予想外の提案に思考が追い付いていないらしい。

「えーと、どういうこと?」

 照れ臭くて、素直に言いづらいが、こんなところで取り繕っても仕方無い。

「宇宙は全人類のロマンってこと」

「さっぱり理解できないんだけど」

「このままずっと子どもってわけじゃないんだ。大きくなる前に視野を広げておく必要がある。だからプラネタリウムに行こうよ」

「桶屋もぶっ飛ぶような三段論法ね」

 心底呆れたようにため息をつき、クビを横に降られる。

「そんな暇ないわよ。一秒たりとて無駄にできないってさっき言ったばかりでしょ」

「無駄なことなんてこの世には一つもない」

 僕は身を乗りだし、ベッドサイドの肘掛けに手をやって彼女をじっと見つめた。

「肩の力を抜けよ。僕らは大人になる前に色々と経験しておくべきなんだ」

「……なによ。知った風なこと言って」

 ぷい、と子供みたいに視線をそらされる。

「勝手にすればいいじゃない」

「……星が見たいんだ」

「夜に空を見上げれば?」

「満天の星空が見たいんだよ」

「その星空は偽物よ」

「偽物でもいい。キミと見たいんだ。遠くの世界に思いを馳せるのも悪くないだろ」

 暫し無言になって、カフカはぽつりと呟いた。

「そりゃ、そうしたいけど……」

「なら迷うことないじゃんか」

「短絡的ね……」

 唇を尖らせる。

「羨ましくなるわ」

「だから誘ってんだろ。きっと楽しめるよ」

 カフカは握っていたペン先をじっと見た。

「ねぇ。一つだけ……質問していい?」

「いいよ、なに?」

「本当に待っててくれるの?」

「……」

 ノートに触れたシャー芯はピタリと止まったまま動かない。

 彼女は作者として、一読者である僕に質問したのだ。

 蟹チャーハンが紡ぐ物語の続きを待てるのか、と。

「ああ、待つよ。絶対だ」

「……どれくらい?」

「君が続きを発表するまで、ずっと待ってる。だから、行こう」

 目と目が合う。黒い瞳に映る僕はどんな表情をしているのだろうか。 

「ここじゃ星見えないもんね」

 溶けるような優しい声をあげ、少女は薄く微笑んだ。

「いいわ。そこまでいうなら付き合ってあげる」

 思わずガッツポーズをしそうになったが、ぐっとこらえる。ここでそんなことしたらアホみたいだ。

「でも一つだけ条件がある」

「……なに?」

「ちゃんと楽しませてね」

 いたずらっ子みたいに歯を見せて彼女は笑った。

 日の光が優しく病室に降り注いでいる。


「外出許可をとらないといけないから、改めてまた連絡するわ」

 僕は携帯を取り出し、カフカに連絡交換を願い出た。

 ついに念願叶うのだ。

 操作をし、自分の番号を呼び出したところで、

「センセー! 入りますよ!」

 と、ノックと同時に見舞い客が現れた。

 ナツメだった。


「あ、どうもっす。いやぁ、二人きりの時に邪魔してすみませんー、ソーリーソーリー」

 ニタニタ笑いながら、ナツメは僕の横に座ると、

「お花持ってきたんすよ。花瓶にいれますねー」

 と花束を掲げた。薄いピンク色の綺麗な花だった。

「ありがとう」

 カフカのお礼を背中で受けて、鼻歌混じりに花瓶の花を交換するナツメ。すっかり慣れた手つきだった。

 淡い香りが鼻孔を優しく擽る。病室の雰囲気が明るくなった。

「二人で何の話してたんすかー?」

 古い花を新聞紙にくるみながらナツメが聞いてきた。水は変えないらしい。ズボラだ。

「いやさ、今度カフカとプラネタリウムに行こうって話してたんだよ」

「わぁお! それってデートじゃないっすか!」

「デートじゃない!」

 顔を真っ赤にし、カフカは叫んだ。

「勘違いしないで。単純にプラネタリウムという場所が今後の創作に役立つと判断したから、行くだけよ」

「そうっすねぇー。取材旅行っすねー」

 ナツメは変わらずニタニタしている。カフカは浅く息をはいてから、

「それに、町へ出よ、って言われたなら」

 と呟いた。

「ん? なんすか、それ」

 僕は香川さんに言われた言葉を引用しただけなので、カフカがなぜその言葉に反応したのかわからなかった。

「寺山修司よ。彼の読む詞が好きなの」

 誰それ、と思ったが、言葉にしなかった。

 ナツメに至っては「寺山さんですかー」と古い花束を持って、知ったかぶりをしていた。そのうち、小学生のときマブダチだったとか言いそうな雰囲気だ。


 何だかんだで、連絡先を交換することはできなかった。また改めて連絡すると言われ、半ば追い出されるように病室をあとにする。これから女子トークをするのだそうだ。意味がわからない。


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