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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
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7 朱夏クライシス


 それから見舞いに行こう行こうとは考えてはいたが、テスト前はどうにも忙しく、予定を明けられたのは、週末の土曜日になってからだった。

 時間というのはなにもしていなければ早く流れるようにできているらしい。

 一週間で頭の片隅に残った思い出は一つだけだ。

 学校で過ごす時間が人生の大半を占めているはずなのに、思い返してみるとまったく記憶に残っていないのは何故だろうか。

 待ちに待った夏休みがやってくるという浮き足だった気持ちと、その前に控える期末に対しての憂鬱だけが感情に残されているようだった。


 ある放課後、教室に残って友達と勉強会を開いた。すっかり雑談がメインになり、これなら家で勉強したほうが効率が良いと判断した僕らが解散という勇気ある選択を決断したところで、グラウンドで体操着を着た香川さんの妹が走り込みをしているのを見かけた。

 彼女は何部なのだろうと観察をしてみるが、ぐるぐると円周を走るだけで何をしているのか良くわからなかった。

 じっと後輩の女子を見つめる僕を不気味に思ったのか、友人の一人が教えてくれた。

 香川菜種は一年で生徒会の役員を務めるほど優秀な女生徒で、彼女には天才肌な兄貴がおり、現在はアメリカに留学しているらしい。論文が科学誌に取り上げられるほど有名な研究者でマスコミにも何度か取り上げられているらしい。

 コートラインの向こう側で少女は前屈みになって、苦しそうに呼吸をととえて

いた。

 日が暮れた校庭はライトに照らされ、ヒグラシが鳴いている。木立が風に揺れていた。

 世の中にはすごい人がいるもんだ、と思う一方、香川家は何人兄弟なんだろうか、と考えた。


 期末テストは三日間行われる。木曜と金曜、それから週明けの月曜日。

 テストで暑くなった脳を冷やす意味でも、僕は土曜日に見舞いに行くことにした。

 その日は三十度を越える真夏日で、暑さを助長させるようにセミがけたたましく鳴いていた。

 久しぶりに会うのでなにか手土産を用意しようと考えた僕は駅前のデパートでチョコレートを買った。

 値ははったが、香川さんの「女は甘いもんを与えときゃ喜ぶんだよ!」発言を信じてのコトだ。


 ある決意を胸に固めていた。

 今日という今日はカフカの連絡先をゲットする。

 毎度毎度彼女の呼び出しは院内の公衆電話かナツメを経由してのメールなので、不便極まりないのだ。

 メールかSNSの連絡先さえ入手できれば、僕は彼女からの問いかけに落ち着いてじっくり考えてから返事できるし、何より……、

「……」

 より、親密な関係になることも不可能じゃない、はずだ。


 いつものようにカフカはベッドに座り、青空をぼうっと眺めていた。

 雲一つ無いよく晴れた日だ。外に出て、散歩できたらどんなに気持ち良いだろうか。カフカは一言もそんなことを言わないが。

 病室について、紙袋を差し出す。

 チョコレートの包装紙を見て、彼女は無表情で、

「糖分制限されてるの」

 と言った。

「持って帰って」

 せめて連絡先を交換しようとスマホを取り出したところで冷たく「これから検査があるから、早く出てって」とあしらわれた。


 空しい。


 癒しを求めるように香川さんの病室をノックするが、生憎不在のようで返事は無かった。

 何だってこんなところで孤独を感じなければならないのか。

 とぼとぼと紙袋をぶら下げて帰宅することにした。

 久しぶりにゲームセンターにでも行こうか。体を動かすゲームでもやれれば、このモヤモヤも晴れるかもしれない。

「おっ、ゴディバだなんて良いもん持ってんじゃん」

 背後から声をかけられた。振り返ると点滴袋ぶら下がった棒を持った夜舞さんが立っていた。

「お見舞い? 女の子に手土産とはやるねぇ」

「要らないって断られました」

「あらまー、ドンマイドンマイ。じゃあ、アタシが代わりにもらってあげる」

「……そうですね。みなさんで食べてください」

 予想外の反応だったらしい。夜舞さんはあからさまに戸惑いながら、紙袋を受けとると、取り繕うようにお礼を言って微笑んだ。

「そうだ。まだ帰んないでよ。私これを戻したら休憩だからご飯食べよう」


 妙なことになった。

 夜舞さんと二人きりで食事なんてはじめてだ。

 年末年始の親戚の集まりで顔を合わせることは多いが、歳の離れた年長組とは、妙な壁がある。

 彼女たちはタバコが吸えるし、アルコールを接種する。

 その横でオセロや大富豪を楽しむのが、いつものお正月スタイルだ。

 だから、こうして顔を付き合わせてご飯を食べるなんて、親戚とはいえ、気まずい。

 いまさらなんの話をすればいいのだろう。

 そもそもなんで僕を誘ったのだろうか、と考えながら、夜舞さんが買ってくれたコンビニ弁当をせっせと口に運ぶ。

 僕らはいま院内の中庭にあるベンチに腰掛けて、食事をしていた。自然溢れる中庭はピクニックには持ってこいだが、どうにも気まずさが勝った。

 青空には木々の緑が良く映えて、木陰に心地よい風が吹いている。

 当たり障りのない会話を交わすのに飽きてきたころ、夜舞さんは少しだけ決意を込めたような声音で聞いてきた。

「それで、あの娘とはどうなの?」

「どうって……?」

「ガキじゃないんだから、下手な誤魔化しはやめ」

 とぼけても仕方ないので、友達というところを強調して返事をする。夜舞さんは僕とカフカが好き同士だと勘違いしているのだ。

「そう。それならよかったわ。これからも良い友達でいてあげてね」

 そう言って菓子パンを頬張る。健康に悪そうなパンだ。イチゴジャム増量中と袋に書いてある。医者の不養生とはよく言ったものである。

「向こうはどうか知らないけど、僕はそのつもりですよ」

「あの娘、病院生活が長いから、同年代の友達が極端に少ないの。だからアンタみたいなのがいてくれると身体的にも精神的にも支えになると思う」

「なんか、珍しいですね……。冬にカフカの見舞いに行ってた時は散々反対してたのに」

「別に反対なんてしてないよ。あの時も言ったと思うけど友達なら良いの。でも恋人はダメ」

 菓子パンを頬張ってから、夜舞さんは僕をじっと見た。

「あの子にも人生があるように、アンタにも人生がある。恋は引きずるでしょ。色々と」

「よくわかんないです」

「大人になるには早すぎるってことよ」

 夜舞さんがなにを言いたいのか、さっぱりわからなかった。大人ぶってるけど、彼女だってまだ二十代だ。経験を語るには若すぎる。詳しい年齢についての言及は避けるが、若者の部類に入るだろう。

「でも、どうだろうかな。糖質制限かかってるから、チョコレートは要らないって言われるし、終いにはこれから検査があるから出ていけって言われたし」

 バックヤードに置いてきたチョコレートを思い出すように夜舞さんは上目遣いになった。

「それ今日の話? あの子の検査なら午前中に全部終わってるわ」

 わざわざ、教えてくれなくていいのに。

 嘘をつかれてショックを受ける僕を慰めるように優しい声で夜舞さんは言った。

「きっと……ピリピリしてるのよ、……もうすぐ大事な手術があるの。だから一人になりたいんでしょ」

「手術?」

 そういえばこの間彼女の病室を訪れたとき、

「手術は受けないって……」

 確かに、そう言っていた。

 僕の独り言を受けて、夜舞さんは小さくため息をついた。

「ドクター、技術、道具、体力、タイミング……全て絶妙に絡み合って実施日を決めるの。それを無視するのは死ぬということよ」

「カフカは……」

 死にたいと思っている風はなかった。

「ねぇ、あの子の友達ならちゃんと言ってあげて」

 夜舞さんは真剣な目をして僕を見つめた。

「救われたいのなら、手を伸ばして、と」



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