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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
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6 恥辱トライアル


 鼻息荒く乗り込んだロビーはいつも以上に混んでいた。望まれない繁忙期だろうか。

 そのほとんどが老年層だが、ちらほらと若い人の姿も見られる。ただし、病院という場所柄、誰もが陰気な表情で、とてもじゃないがナンパで声をかけられるような雰囲気ではなかった。

「うーむ……ふむふむ」

 辺りをまるで猛禽類のような鋭い目付きで見渡した香川さんは一人の若い女性を見つけるとテンション高く叫んだ。

「むっ、おお! 三時の方向に激マブ!」

 つられて視線をそちらにやる。

「あ」

 背の高い女性が受付前に立っていた。スラッとした腕がノースリーブから伸びている。見知った顔だった。白い肌に整った顔立ち。肩口まで伸びた髪。

 (なつめ)鹿子(かのこ)

 カフカの書く小説のイラストレーターで僕の友人だ。

「おい、見ろよ。スゲー可愛いぞ。女神だ」

 香川さんは嬉しそうに手のひらで膝を叩いたあとギュッとこぶしを握った。

「よしっ、早速声をかけるぞ、我が勇姿を網膜に焼き付けるといい」

 ちょっと面白いことになりそうだったので、僕は少しだけ距離をとり、二人の会話を盗み聞きすることにした。


 声かけに行く前、香川さんが早口で、メラビアンの法則というものを教えてくれた。

 人に良い印象を与えるポイントで、営業マンなんかが活用しているものらしい。

 いわく、初対面の印象度の構成比率は、見た目が五十五パーセント、話し方が三十八パーセント、内容が七パーセントでできており、つまり、清潔で朗らかな話し方をすれば、話している内容なんてどうでもいい、というものだ。

 そんなにうまく行くのかな、と思ったが、わざわざ実証してくれるというのだから文字通り見物である。

「やあ、こんにちは!」

 香川さんが意気揚々とナツメに話かけた。病人とは思えないハキハキとした口調だ。

 ナツメは初対面の挨拶に戸惑っているのか、普段の彼女からは想像できないくらい小さな声で「こんにちは」と会釈した。

「少しだけ時間あるかい?」

「大丈夫っすよ」

 受付簿の記入が終わったらしく、ボールペンを置いてナツメは首をかしげた。

「そうかよかった。ところでキミの名前は何て言うんだい?」

「棗っす」

「良い名前だね。なっちゃんって呼んでも良いかな」

 愛想笑いを浮かべていたナツメの顔が一瞬にして曇る。

「嫌っす」

「えと、じゃあなんて呼んだら……?」

「初対面の人に馴れ馴れしく呼ばれたくないっすね」

 人当たりの良いナツメにしては珍しい刺々しい対応だった。怪しくなった雲行きを察知したらしく、香川さんは慌てたように話題を切り変えた。

「ああ、ごめんごめん、少し聞きたいことがあって声かけたんだよ」

「なんすか?」

「道に迷っちゃってさ」

「入院しているのに……?」

「ほ、方向音痴なんだよ」

「自分、お見舞いに来ただけなんでそんなに詳しくないっすよ」

「あ、ああ。もし分かればでいいんだけど、談話室ってどこにあるか知らないかい? 」

「……」

 ナツメは無言で手のひらを上にして、受付の看護師さんを紹介した。

「二階の一番奥よ」

 不機嫌そうに答えてくれる太りぎしの五十代女性。さすがの香川さんも引きつった笑みを浮かべるだけだった。

「……ど、どうもありがとう」

 慇懃に香川さんは頭を下げた。


 面白いものが見れた。僕はロビーの椅子に座って必死に笑いを押し殺していた。

 香川さんはそんな僕の奮闘を知ってか知らずか、肩をすくめて戻ってきた。

「だめだぁー、カレシがいるってさー!」

「嘘やめてください。全部聞こえてました」

「ぐっ」

 しょうもない見栄張りだ。

「しかしなにがダメだったんだろうな。完璧な見た目に話し方だったと思うのに」

「さあ、場所じゃないですかね……」

 それに、あの軽薄な感じで良い印象を与えるのは難しいだろう。

 香川さんはサスペンスドラマの探偵がやるみたいに顎に手をあて思案顔を浮かべた。

「場所や時間は関係ないぞ。運命というのはいつも突然だからな。実験ならトライアンドエラーで失敗した要因を突き詰めて成功確率をあげていくんだが、ナンパは難しいな」

 偉そうに息巻くので、少しだけ意地悪をしたくなった。

「それならダメだった理由を聞いてみます?」

 ポカンとする彼を置いて、僕は歩き出そうとしたナツメの背中に声をかけた。香川さんが小さく「正気か?」と呟いた。

「おお、奇遇っすね! あれー、さっきの……知り合いなんすか?」

 ナツメは僕と、僕の後ろで所在無げに佇む香川さんを見つけると目を丸くした。

「友達だったんすね。あー、だから談話室を探してたんすね」

 香川さんが横目で睨み付けてくる。「知り合いだったら最初に言えよ」と目で訴えかけてきていた。

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「ん? じゃあ、どうしたんすか?」

「一応謝罪と彼のナンパのダメだったことを教えてほしくて」

「ナン……えーと、ダメだったところっすか……難しいっすね」

「初対面の人への声かけで良くないな、って思ったところを教えてほしくてさ」

「あーそーゆーことっすか。それなら、えーと、うーん、なんすかね、馴れ馴れしいのと、あとは……顔?」

「顔……」

「顔……」

 絶望の表情を浮かべ、香川さんは深く項垂れた。残念ながらこの病院に整形外科はなかったはずだ。しかし、ナツメも酷なことを言う。香川さんの顔はそこまで酷くないのに。

「あ、ああ、べつに不細工って言ってるわけじゃないっすよ。目っす、目がエロ目なのが良くないっす!」

「だそうですよ」

「善処します」

 香川さんの言葉にいつもの元気は無かった。

 ロビーに置かれた観葉植物が風もないのに揺れた気がした。

 それをちらりと見てから、ナツメは僕に聞いてきた。

「そんで今日はセンセのお見舞いっすか?」

「そうだね。後で寄れたら寄るよ」

「おお、そりゃいいっすね。きっと喜びますよ。良い意見を与えてあげてください!」

 意見か。

 この間会ったときはあまり建設的な話をすることが出来なかったので、どうにかしたいと思っていたところだ。

「ナツメも見舞い?」

「そうっす。いくつかイラストを見てもらおうと思ってまして。ラフ画なんすけど」

「ラフ画?」

「ペン入れしてない下書きみたいなもんっすよ。センセ、どうやらスタンプ……あ、スランプみたいで」

 心配そうにナツメは呟いた。

 スランプ。そうだったのか。

「アイデアが浮かばないみたいで、アタシのイラストがなんかのヒントになればいいなぁ、って貰ったあらすじから絵に出来そうなところをテキトーに抜き出して描いてきたんす」

 作品について滅多に相談をしてこないカフカが僕にすら助けを求めてきたのだ。

 そうとう行き詰まっているのだろう。

「自車校とかで忙しくてなかなか見舞いに来れなかったんで、今日は久しぶりのお見舞いなんす!」

「ご苦労様です」

「じゃ、さっそく先生に渡してくるんで!」

 疾風の如く、ナツメはその場を痕にした。


 残された僕と香川さんは自販機でお茶を買い、反省会を開くことになった。

 ロビーは相変わらず賑わっている。

 先程のナツメに対する声かけでダメだった点を一つ一つ丁寧に書き出していく香川さんは狂気に満ちていた。

 箇条書きでポイントをまとめる彼は、真面目なのか不真面目なのかよくわからない。

 情熱的なのは良いことだと思うが、研究題材が不健全に思えたので、妨害の意味を込めて、僕は雑談をふっかけた。

「最高の小説ってなんだと思います?」

 僕は喉をお茶で潤して、香川さんに訊ねた。カフカにされた質問をそのままぶつけただけだ。

 偏っているとはいえ、知識量がある香川さんなら何かしら答えてくれることを期待しての質問だ。

 淀み無く動いていた彼のペンは一度だけピクリと止まり、

「そんな漠然とした質問には答えられない」

 と、至極当然のことを返された。ベンが再び動き始める。

「いや、そんな難しい話じゃなくて。例えば世界で一番人気な小説とか」

「それならばおそらく『ドン・キホーテ』だ。スペイン人の家には必ずあるらしい」

「風車を巨人と間違えて突進する話ですよね? あんまり詳しくないですけど」

「ああ、その通り。騎士道物語を読みすぎて気が触れたドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャがロバのロシナンテと従者のサンチョ・パンサを連れて遍歴の騎士として冒険に出る話だ」

「名前は有名ですけど日本ではそれほどですよね。ドンペリ君のほうがメジャーな気がします」

「日本で一番有名なのは源氏物語かもな。人類最古の小説らしいぞ。小説という定義事態があやふやで個人的には反論の余地があると思うが」

 僕の方を一切見ずにガリガリとノートにも字を書いていく。ちらりと見ると、『胸ばかり凝視しない!』と書かれていた。人として当たり前だ。

 淀み無く動いていた彼のペンが止まった。書き上げた紙をためつすがめつしつつ、彼は大きく二度頷いた。

「できた。よしっ、この反省を生かして次こそナンパに成功して見せるぞ!」

 紙には『明るく挨拶をする!』と書かれていた。小学生の標語かなにかだろうか。

 頭がいいのか悪いのかよく分からない人だ。

「それでなんの話だっけ?」

 完成したノートを大切そうに胸に抱いて彼は僕の方をみた。

「最高の小説とはなにか、ですよ」

「違うだろ。スランプについてだ」

 はん、と鼻を鳴らして香川さんは続けた。

 スランプに陥った蟹チャーハン。

 やはり彼は頭がいい。僕の話の一手先を行く。

「断片的にしか話を聞いていないので、完全には理解できていないが、君たちはコトを難しく考えすぎだぞ」

「どういうことですか?」

「スランプに陥ったときに有効なのは突き詰めることじゃなく、気分転換だ」

 指を一本たてて、彼は続けた。

「大発見てのは気分転換で出掛けたときのちょっとしたヒラメキがきっかけだったりするんだよ。例え話で申し訳ないが、ニュートンだって考えあぐねた時にふと見たリンゴの落下で万有引力を閃いたというだろ」

「そうかもしれませんが……」

「きっかけというのは内ではなく外に転がっているものなんだよ。狭い部屋にこもったところで世界を変える一撃を産み出すことはできない」

 大袈裟なことを言って、香川さんは両手を広げた。

「書を捨てよ、街に出よ!」

「なんですか、それ」

「家にこもってばかりでは、仕入れた知識が錆びていくだろ。簡単なことさ。深く考えずに、デートに誘えばいい」

「また、そういう方向ですか……」

 会話の端々で香川さんの見識の広さを感じるが、素の彼を見ているとアホにしか見えないのた。

「ちなみにその子とはデートしたことはあるのか?」

「デート……」

 あれは、デートなのだろうか。

 カフカは取材旅行と言っていたが、彼女と潮騒を聞きに行ったことはある。

「おっ、その反応はもう既にデートは済ませたってことかな。くそ、ずるいぞ、青春しやがってからに色ボケがぁ」

「いや、ちょっと、デートの定義がわからなくて」

「そんなの初キッスをした時に決まってるだろ」

 それならばあれはデートではない。

「初デートはプラネタリウムか図書館、もしくは映画と相場が決まっている。キミはどれだったん?」

 図書館ならもう行った。キスはしていないし、とてもデートと呼べる代物ではなかったが。

「えーと、別にそういうのは、無かったですね……」

「かぁー、チキン! 情けなし! いいか、男ってのは女の一手先を行動しないといけないんだよ! まず手土産ないし赤いバラを持って迎えに行くだろ?」

「そ、そうですか……」

「ドライブで夜景を堪能したあと、雰囲気がよくなったところでプレゼントをあげるんだ。好意を抱かれている相手に対しては、自らも好意を抱きやすいだろ? 心理学でいうところの『好意の返報性』というやつさ。プレゼントでそれをアピールし、雰囲気がよくなってきたところで……」

 それから小一時間、理想のデートプランについて延々語られた。お洒落なのは結構だが、あまりにも理想的すぎて現実感は乏しかった。そもそもにして高校生に六本木の夜景の見えるバーの予約なんて出来るわけがない。彼との会話が終わる頃には日が暮れていて、カフカに会いに行く時間はなくなってしまった。

 盛り上がり過ぎるのも考えものである。

 家に帰って、自宅の風呂に浸かっている時、僕は香川さんから本を回収し忘れたことを思い出し、後悔した。


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