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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
19/33

3 小説アバンチュール


 次の日の放課後、図書室に寄って井伏鱒二の「山椒魚」を借りることにした。前日のカフカとの会話で気になったからだ。

 棚の端に標題の短編集を見つけるのに時間はかからなかった。

 日に焼けて、小口が茶色に変色した文庫本は、ページを捲ると、古書の香りが漂った。人からよく変わってると言われるが、僕は古い本の香りが好きだった。

 もうすぐ期末が違いからだろう。自習スペースには放課後にも関わらず大勢の人で賑わっていた。


 用事も済んだので学校を後にし、駅前の書店に寄って、香川さんから頼まれたブツを購入しようと思ったが、どこを探しても販売していなかった。こんなこと店員に訊ねるわけにもいかないし、弱ったな、と不審者のように店内をブラブラする。

 エロ本なんて買ったことないからどこで売っているのかわからない。写真集や週刊誌ですら、手を出したことないのに、いきなりハードルが高すぎる。

 そもそもにしてインターネットが普及した現在、紙に裸の写真を転写するのは、すでに廃れた文化ではないだろうか。

 隅から隅まで棚を見て回ったが、結局、売っていなかった。

 仕方がない。諦めて、受け取った五千円はそのまま返そう、とため息をついて店を出る。

 歩き回って疲れたので、コンビニでお茶を買うことにした。

 入店音楽にハミングしながら、清涼飲料水が並ぶ棚に向かう。

「あ」

 その途中、雑誌のラックに十八禁コーナーがあり、エロ本がたくさん並んでいるのを見つけた。

 盲点だった。

 国道沿いのコンビニなので、利用客はトラック野郎が多く、必然的に男らしい商品が並ぶのだ。

 なるほど、と納得しながら、三冊テキトーに棚から取り出し、そそくさとレジカウンターに乗せる。

 幸いにして店員は男性で、名札を見ると外人だった。まさか彼も異国の地でエロ本を購入する若者の相手をすることになるとは思ってもなかっただろう。

 スキャナーでバーコードを読み込む前に、店員の手が止まって「申し訳ありませんが、お売りすることができません」と流暢な日本語で言われた。

「な、何でですか?」

「大人、違イマスカラ」

「……あ」

 学校帰りに寄ったので僕は制服を着ていた。


 結局、最悪な始めてのおつかいをクリアし、香川さんに約束の品物を渡すのは翌日のこととなった。

 せっかくの土曜日がしょうもない予定で潰れたと思うと悲しくなったが、いい笑顔でお礼を言われたので、どうにも憎むことはできない。

「それはそうとキミは付き合っている人はいるのかい?」

 僕から受け取った肌色ばかりの本を大事そうに鞄にしまいながら彼は聞いてきた。

「残念ながら」

「ほほう、そうか。それはもったいないな。青春は一度きりだぞ。『恋をして恋を失った方が、一度も恋をしなかったよりましである』アルフレッド・テニスン」

「誰ですか?」

「十九世紀のイギリスの詩人」

「はあ、そうですか」

 知らない詩人の言葉を引き合いに出されたって特に胸を打つことはない。

「恋はした方がいい。青春が灰色なのは空しいことだ」

「香川さんはどうなんですか?」

「こないだ別れた」

 なんも言えねぇ。

「だが俺は諦めない。次なる恋を見つける。キミも一人で自家発電するより、相手を見つけたほうが健全だぞ」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

「我が妹を紹介してやろうか? キミより一つ年下で笑顔がキュートでチャーミングなんだ。兄に似て非常に聡明で優秀な遺伝子を持っている。超有料物件だ」

「いえ、遠慮しておきます」

「なぁぜだ。性格ヨシ見た目ヨシ! ここまで好条件にも関わらず断る意味がわからない。写メ見るか? ん?」

 あんたと親族になりたくないからだよ、とは言わなかった。

 枕元に置いてあったスマホの写真を見せられる。隠し撮りっぽかったが、確かに美人だった。

「どぉだー? 付き合いたくなって来ただろう」

「いや、別に……」

「むむ、はっ、もしかしてキミそっち系か? やめてくれ、俺に色目を使うのは」

 エロ本の代理購入を頼んでおいてなにを宣ってるんだ、この人。

「違いますよ。とくに誰かと付き合いたいとかって思ってないだけです。男女関係ってめんどくさいじゃないですか、色々と」

 半眼で僕をねめつけて、香川さんは続けた。

「……ふふーん、なるほど、そうか、キミ、今好きな人がいるな」

「なんでそうなるんですか……」

 人の話聞けよ。

「いやいいんだ。目を見ればわかる。こう見えてもモテるんだ。恋をしているやつとそうじゃないやつくらいはわかる」

 検討違いのことを言って、うんうんと頷いてから彼は続けた。

「恋愛中は気分が高揚するフェミールエチルアミンという物質が分泌され、精神的にハイになるようにできているんだ。コカイン中読者の脳を比べてみるとこれといった違いは見当たらなかったらしいぞ」

「僕は別に好きな人いませんよ」

「夜舞ちゃんやろ?」

 挙げられたまさかの名前に噎せそうになる。

「……なんでそうなるんですか」

「入院してたとき凄く仲良さそうだったから」

「違いますよ。あの人とは従姉なんです」

「な! なんて羨ましい小僧だ! あのおみ足をスベスベできるだなんて! 交代てしてくれ!」

 できねーよ。親族をなんだと思ってるんだよ。

「ともかく僕に好きな人はいませんから。ほっといてください」

「いんや、俺の目は誤魔化せない。夜舞ちゃんじゃないなら、確定だ。冬に夜這いに来たあの女の子だろ?」

「……えっと、夜這いって……え?」

 彼はおそらくカフカのことを言っている。

 僕がまだ入院していたころ、彼女の本を間違って借りてしまったことがある。カフカはわざわざ深夜にその本を取り戻しに来たのだ。

「起きてたんですか。イビキかいてたじゃないですか」

「寝たふりなら狸でもできる」

 ふごふご、とわざとらしく鼻をならし、

「それでどうなんだ?」

 と若干前のめりになりながら、下品な笑みを浮かべた。

「僕と彼女はそういう仲じゃないですよ。友達です」

 これ以上茶化されたく無かったので、僕はカフカとの出会いをざっくばらんに語って聞かせた。

 もちろんプライベートは考慮して、彼女が物書きであることは言わなかったが。

「ほほう、なるほどね」

 聞き終わると彼は一度大きく頷いてから続けた。

「キミらを見てると昔した淡い初恋を思い出すよ」

 全然理解してないな。この人。

「あれはそう十年前の夏休み,廃線になった線路、セミの音、鼻孔をくすぐる夏草のかほり……」

 それから彼は小学二年生の頃の初恋を大袈裟な身ぶりで語り始めた。

 さながら無声映画の活弁士だ。人を引き込む話術がすごい。

 夏休み、祖父の家に泊まりに行った時の事だそうだ。地元の駄菓子屋の看板娘と仲良くなって、色々なところに出掛けたらしい。

 はじめは、聞き流していたが、いつの間にか彼の話に聞き入っていた。

「……と、そこで彼女はトラックの荷台から大きく手を振り叫んだ。俺も必死に返事を叫んだけど、彼女の耳に届いたかはわからない……」

「そう、なんですか」

 数分語り終えて、彼は小さく息をついた。

 淡く切ない物語に僕は思わず目元を拭っていた。

 両親が離婚してしまったため、祖父の家を訪れることは二度となかったらしい。センチメンタルに拍車がかかっている。

「一夏のアバンチュールさ。……はぁ、そういう恋愛がしたかった」

「嘘ですか……」

「妄想と言ってくれ」

 キリッとした凛々しい顔でしょうもない妄想を聞かされる方の身にもなってほしい。

 そのあと彼は理想的な初恋について語ってきたが、いろんな意味で僕はお腹いっぱいだった。

 なんでも人は三歳になると異性にたいして好意を持ち初めるのだそうだ。だからどうした。

「それじゃあ、そろそろ行きますね」

 見舞い用の椅子をしまい、立ち上がる。

「ああ、また来てくれ。ゲームボーイがあるんだ。一緒に遊ぼう」

 いつの時代の人だよ。と突っ込みそうになったが、病院内だと電波を飛ばす機器が規制されているから、配慮してレトロゲームに手を出しているのか、と得心がいった。

「アプリで落としたんだ。過去の名作が勢揃いだぞ!」

 気のせいだった。

「ええ。また来ます」

 社交辞令ではなく本心だった。暇があったらまた来ようと思った。

 香川さんの話は面白く、聞いていて心地がよかった。軽薄な言動はマイナス点だが。

「そうだ。よかったらお礼にどうぞ」

 ミカンが差し出される。

「有難うございます」

 見舞いの品の余りだろうか。

「季節外れの温州ミカンだよ。ハウス栽培されたものだから結構高価なんだ。味わってくれたまえ」

 今渡されても正直困る。

 もて余したミカンを鞄にしまい、夕飯後のデザートにすることにした。

「想い人と一緒に食べることをおすすめするよ。食欲中枢と性欲中枢は脳の中でも隣同士に位置するため、密接な関係があるんだ」

「……」

 親指をグッとたてられた。

 僕は曖昧な返事をして、ドアを閉めた。



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