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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
星と彼女と強がりと
17/33

1 喫茶ブリーフィング


 人は星に願いを託してきた。


 最期に星を見上げたのはいつのことだろうか。

 瞬く間に消えてしまう淡い輝きに、人々は、神様どうかお願いします、と叶わぬ願いを唱え続けたのだ。

 そんなことしても意味無いのに。

 もっと建設的な方法があるはずなのに。

 それでも、僕が今夜、星を見上げるのは、あの日彼女とプラネタリウムに行ったから。……いや、もっといえば、数週間前にもらったメールがきっかけだったに違いない。



 僕の通う高校は携帯の持ち込みが禁止されていて、所持がバレると容赦なく先生に没収された。もっとも律儀に守っている生徒は少なく、ご多分にも漏れず僕もその一人だった。

 三時間目の古典の時間中、バイブ音が教室に響きわたった。

 幸いにして先生に気づかれることはなかったが、携帯の電源をオフにしてなかったことを悔やみ、心臓がバクバクと高鳴った。

 中休みにクラスメートに茶化されながら画面を確認すると、不在着信の欄に見知らぬ番号が記載されていた。

 どこからの電話だろうと首を捻っていたところ、一通のメールが届いた。


「ちーす、おひさしーぶりーち。ナツメっすよ! 元気っすか。私は元気っす(形容しがたい禍々しい絵文字つき)。ところでなんかぁ、先生がようあるみたいっすよ。時間あったら会いたいって言ってました。ふっふー↑↑、ラブラブっすねぇー」


 なにがなにやらわからなかったので、とりあえず「了解です」とだけ返信して放課後待ち合わせて、喫茶店で合流することになった。

 ここでいう先生は教師職ではなく、彼女が慕う作家の蟹チャーハンのことだ。


 喫茶店プラージュの一番奥の席に蟹チャーハンこと望月カフカは座って待っていた。直接顔を合わせるのも随分久しぶりだが、見間違えるはずがない。

 彼女は赤いリボンの黒い制服を着ていた。学校帰りだろうか。机に教科書とノートを広げ、仏頂面で向き合っていた。

 コーヒーの香りが漂う店内を進み、

「おまたせ」

 と、正面の席に座ると「遅いわ」と文句を言われた。


「それで用事って何?」

「ん」

 スッと机を滑らせるように差し出されたのは数学のプリントだった。

「なんだいこれ」

「理不尽の塊」

 不機嫌そうに唇を尖らせたまま彼女は続けた。


 なんでも意地の悪い教師が居て、宿題のプリントが満点になるまで延々と提出を強要するのだそうだ。

 解答は配られないし、クラスメートから白眼視されているカフカにとってはそれはもう難問で、すでに二回も再提出を命令されているらしい。

 入院期間に院内学習を受けてはいたが、どうしても遅れはでるし(単純に言い訳だ)、元来文系の彼女にとって数式は異国の言語より複雑怪奇なものらしい。


 はじめはビジネスパートナーかつ現役女子大生の棗鹿子を頼ったらしいのだが、「自分、数式見ると鳥肌が立つタイプなんすっ!」と断られ、代理で上がったのが僕だった。

 僕も文系だがさすがに年下の勉強くらいは見れる。どっかの美大生よりよっぽど戦力だ。

「すこし待ってて」

 ざっと数式に目を通し、取り上げられずに済んだスマホの電卓アプリを起動させ、計算ミスが無いかを確認していく。


 小粋なジャズはおしゃべりを阻害しない程度の音量で、のんびりとした空気を構成していた。

「確認終わったよ」と声をかけると、「どう?」とすこし不安そうに瞳を伏せて訊いてきた。

「花丸満点」

 チェックを終えた数学のプリントを彼女に返す。

「まあ、私の手にかかればこんなものよ」

 鼻息荒く少女はプリントを鞄にしまった。


 カフカにプリント返すと同時にウェイトレスが注文を訊きに来た。大晦日の時、僕に閉店時間を教えてくれた女性だった。

 ブレンドを頼むと、「かしこまりました」とはにかんだ。花咲くような笑顔に思わず見とれてしまう。

「ブラックを頼む人間は二通りのタイプに分けられるわ」

 砂糖とミルクを断った僕に対して、カフカはなんとなしに不機嫌そうに呟いた。

「一つは本当にブラックコーヒーが好きな人、もう一つはブラックコーヒーを飲んでる自分が好きな人」

 じとっとした粘りつくような目付きだ。

「僕は前者さ」

「よくあんな猛毒が飲めるわね」

 彼女の前にはピンク色のイチゴラテが置かれていた。ダイナマイトの原料であるニトログリセリンも砂糖のように甘いらしい。

「苦味がくせになるんだ」

「ふぅん。まあ個人の嗜好は自由だもんね」

 カップの取っ手をつまんで、彼女は中身を飲み干した。

「それじゃあ、助かったわ」

 短く礼を言って、席を立とうと鞄をつかむ。

「え、もう行くの? 僕まだ来て一分くらいしか経ってないんだけど」

「用は済んだから。あなたには感謝するわ。ありがとう。お金はここに置いておくわね。これから病院に午前中にした検査の結果を取りに行かないといけないから、おいとまさせてもらうわね」

 数ヶ月前、彼女は近くの病院に入院していた。病名は知らないが、病歴はかなり長いらしい。

「今行ったってどうせ混んでるよ」

「……一理あるわね」

 浮かしていたお尻を椅子に戻し、少女は手をあげてイチゴラテのおかわりと焼きプリンを注文した。


「それはそうと困ったわ」

「なにが?」

「あなたとする話がない」

 おどけたようように手を広げ、それを天井にむける。

「まあ、無理に会話する必要はないんじゃないかな」

「それもそうね」

 肩を竦めて彼女はテーブルに肘をついて顎に手を当てた。

 そのまましばらく獲物を狙うカメレオンのようにジッと動かなくなる。

 僕のコーヒーが運ばれてきた。豊かな香りが湯気とともに立ち上っている。息を吹き掛けると、コーヒーの水面に波紋が起こった。

「そうだ」

 カフカは小さく呟くと、鞄を開き、僕に一冊のノートを差し出した。青色のキャンパスノートのタイトルには『四』と漢数字が振られている。

 熱々のコーヒーをすぐに飲むことができない猫舌の僕は、冷めるまでの時間潰しに彼女のノートを開くことにした。

「これなんだい? 課題のレポートかなんか?」

「いい機会だし、ちょっと感想を聞かせてくれない?」

「なんの? 」

「次回作」

「え、まじで!」

 カフカは蟹チャーハンという名義で小説を書いており、商業的にも大成している大人気作家だ。ノートの中を見てみると、そこに綴られていたのは小説だった。

 テンションがあがって妙な声が出そうになった。

 流麗な筆致が並ぶ。

 かくいう僕も彼女の紡ぐ物語に魅了されたファンの一人だ。


『死んだと思ったら異世界転生してて、気づいたら世界を救っちゃった件について エピソード4 疾風怒濤のファイナルドラゴン(仮称)』

 一行目にそう綴られていた。早速ダメ出しを行いたかったが、タイトルはいつも通りなので突っ込むのは止めにした。

 肝心の中身の方だが、これまた僕には判断つきづらいものだった。

 ざっと綴られた四作目のあらすじはこうだ。

 まず主人公は死んでいて、ヒロインは別の男と結ばれていた。かつて主人公が救った国は隣国に攻められ滅んでいた。どうかと思う。


 はじめはワクワクしながら、ノートを捲ったが、二三ページ捲った辺りから、猛烈に眠くなってきた。

 自分がまったく興味のないことに取り組まなければならないとき、人は苦痛を感じるのだろう。

「つまらない」

 思ったことをすぐ言ってしまうのは、僕の悪い癖だ。


「そうよね……」

 力なく項垂れる。

「同感よ。テンションが上がらないの。難しいわ。続きを書くというのは」

「まあ、そう悲観することばかりではないと思うよ。設定自体は上手いと思うし」

「調理できなきゃ意味ないわよ」

 肩をすくめて少女は天井を見上げた。

「こんなことならあんな終わりにしなきゃよかった」

「一度発表したものは変えられないよ」

 笑いながら言った僕の言葉に「そんなことはないわ」とカフカは言った。

 彼女いわく、版を重ねるごとに内容が変わるのはよくあることらしく、例えば宮沢賢治の銀河鉄道の夜では推考が何度も繰り返され、内容も微妙に異なるらしい。

「結末すら変わる小説があるんだから、私だっていままでの話を無かったことにしても許されるはずよ」

「結末?」

「そうね、例えば、山椒魚」

「なにそれ」

「井伏鱒二の短編」

「井伏……あー、黒い雨の作者?」

 彼女は「ええ」と頷いた。

 黒い雨なら夏休みの課題図書で読んだことがある。広島の原爆投下後の話で、表題の黒い雨は原子爆弾炸裂後に降る放射能を帯びた汚れた雨のことを指す。

 読了したのは覚えているが、あまり記憶に残っていない。

「山椒魚も教科書に載るくらい有名な話で、発表されてから改稿が何回もされてる。最期の改稿では結末が変わって、論争が起こってるわ」

「どんな話なの?」

「岩屋から出れなくなった山椒魚が蛙を同じように閉じ込めるの。二匹は喧嘩をするのだけど、自選集を出す際に作者の手によって結末部分をまるまる削除されている」

「へぇ、どんな最後なの?」

「説明するのめんどくさいから自分で調べて」

 気になるところで話を打ち切られた。彼女のお得意の手段だ。

 続きを求める僕の視線を無視し、彼女の目線はすでに新しく注がれるイチゴラテと焼きプリンに移っているのだ。


「設定時代は悪くないと思うよ。前作が台無しになってるのはいかがなものかと思うけど」

 ノートを指差す。

 個人的に滅んだあとの世界の話は凄く好きだが、面白いものになるかと言われれば微妙だ。

 その事を素直にカフカに告げると、浅くため息をついて言った。

「私、異世界(ファンタジー)嫌いなのよね」

「身も蓋もないな」

「ずっと前にあなたも言ってたじゃない。工夫もなにもないって。個人的にもそう思うわ。異世界転移ならナルニア国を越えることなんてそうそう無理」

「まあ僕も昔はそう思ってたけど、君の書く話は僕の想像を凌駕してきたしさ」

「本当のことを言うと、自分で書いてきた話が本当に私の作品なのかすら疑わしいの。それなりに本を読んできたから、異世界を描くことができるけど、読み返してみると、やはりどっかで見たことある設定で、知らず知らず他の小説をフューチャーしてるのよ」

 肩をすくめて少女はノートを鞄にしまった。

「すこしくらい設定が被るのは仕方ないことだよ」

「少しならそうかもね」

 小さなスプーンで焼きプリンを掬い、口に含んでモグモグと咀嚼した。甘さに頬を頬を綻ばせてから、彼女は続けた。

「こんな話はどう? クラスごと異世界転移してしまい各々特殊能力が備わるんだけと、主人公だけゴミみたい能力で、クラスから爪弾きにされてしまって、一人行動していたら、なんかすごい神様みたいな人に修行的なのつけてもらって、チートスキルを身につけて、元クラスメートに復讐したり、ハーレムを形成する話」

「なにそれ」

「最近の傾向(トレンド)、もしくはテンプレート」

 鼻をふん、と鳴らして、少女は立ち上がった。

「そろそろ病院に行かなくちゃ」

 焼きプリンが置かれていたはずの小皿とマグカップはいつの間にか空になっていた。

 僕は慌てて温くなったコーヒーで喉を潤した。



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