桜散る春の木漏れ日のなかで
三学期は思ったよりも慌ただしく、いつしか病院に通う暇すらなくなり、部活に学力試験だと、僕の時間は日常に潰されていった。
二月後半のある日、肺気胸の経過を医者に診てもらう予定になっていたので、病院に行ったついでに、カフカに会おうと思いたった。受付で彼女の名前を記載すると、ナースに「その人なら転院されました」と淡白に告げられてしまった。
一時間待って、五分で終わった問診に二千円を払い、病院から出てため息をついて、かつての少女の病室を見上げるが、どこがそこに該当するのかすらわからず、虚しくなって地面を睨み付けた。泣きそうなくらい空は青く高く澄んでいた。
僕らは再び会うことはなく、惰性のような人生が再び刻み始めたのだった。
冬将軍が別れを告げて、ヒラヒラと桜が散り始めたころ、駅前の書店で買い物をしていたら、『死んだと思ったら異世界転生してて、気づいたら世界を救っちゃった件について』の新刊が並んでいるのを見つけた。
サブタイトルは「エピソード3夜空を煌めくファイアーバード」と相変わらずダサかったが、それを見つけたときの僕の喜びは筆舌にしがたい。
カフカは二度と会えない場所に行ってしまったのではないかと、勘ぐっていたところだからだ。
これがここにあると言うことは、少なくとも彼女は生きて執筆活動を続けているということだし、これほど嬉しいことはない。
レジで購入し、紙製のカバーをつけてもらう。
学校帰りで、普段なら直帰するところだが、すぐにでも読みたかったので、喫茶店プラージュに寄って、冒頭だけでも読書に興じることにした。
『本日新刊発売っす!』
本を開くまえに、携帯にナツメからメッセージが届いていた。
「購入したよ! いまから読む!」
とメッセージを返す。すぐに返信があった。
『おおっ、ほんとっすか。さすがっすね! 三巻の見所はなんと行っても島で繰り広げられる……』
ネタバレを瞬時に察知した僕は返事をせずに携帯をポケットに閉まって、本を開いた。
店内には小粋なジャズが流れていたが、すぐに聞こえなくなった。
続きはこうだ。
主人公は故郷を守ることを選び、村を救うことはできたが、姫との結婚をすっぽかしたことによって、国を終われ、海外に逃げることとなる。別れ際姫は主人公は再び会う約束を交わし、船は遠くの海へ旅立っていく。
海の向こうで繰り広げられる新たな冒険譚。一つ目巨人や機械都市での死闘、そういった修羅場を潜り抜け、主人公は成長していく。
時は流れて一年後、別れ際駆け落ちの約束をしていた主人公は、待ち合わせ場所である港に向かった。
一方約束の場所に向かおうとする姫に王様が落石事故にあったという知らせが届く。
心優しい姫は主人公との約束に後ろ髪引かれながらも、王様の見舞いに行く。一年で心動かされた王様は姫に主人公のことを謝罪し、すぐに彼のもとへ向かうように言う。
姫は主人公の元へ馬車を走らせるが、手配中の主人公は港に長く留まるが出来ないので、彼がいるかどうかは五分五分だった。
二人が再会できたのかはわからない。
そこで物語は終わっていたからだ。
冒頭だけを読むつもりだったのに、いつの間にか全部読み終わっていた。最初に注文したホットコーヒーはすっかり冷め、カッブの底に沈殿していた。
結局またモヤモヤする終わり方だ。
リドルストーリーといったか。僕はこの手法が好きになれない。
こんな終わりかたはズルい。
続きを期待してしまうではないか。
名残惜しむように最後のページをめくる。
あとがきがついていた。蟹チャーハン先生にしては珍しい。
『あとがき』
目線を文字に滑らせる。
『読んでくださってありがとうございます。
私は人とのコミュニケーションが苦手で、妄想ばかりを楽しむ子供でした。文章を作るのは好きでしたが、人に見せるのは恥ずかしかったので、綴った物語は誰かの目に留まることなく死んでいく予定になっていました。
ある時知人に物語ノートが見つかってしまい、彼女が発表するべきだと背中を押してくれたのが、私の作家人生の始まりです。
すべてにおいて半人前の私が誰かの心に響く物語を綴れるはずがないと最初は思っていました。ですが、素敵なイラストを描いてくださったすきやきうどん改先生や応援してくださった皆様のおかげでホコリかぶって死んでいく物語が日の目を浴びることができました。
読んでくださった皆様の意見は本当に参考になります。三作目の物語ついても、可能であれば貴重なご意見をいただきたく思います。より良いものを作れるように頑張りたいです。
作中の最後に海がでてきます。同様に、私は渚で意見が飛んでくるのをずっと待つことにします。よろしければ、私の足りない人間性を埋めてください。
最後になりましたが、こんな私を支えてくださった編集や取材旅行に協力してくれた友人、すきやきうどん改先生、応援してくださった皆様に心の底から謝辞を伝えさせていただきたいです。
ありがとうございました。
三月二十九日 桜散る春の木漏れ日のなかで』
なんだかあとがきっぽくない不思議な文章だ。どちらかというと手紙のようでもある。
本を閉じて、残ったコーヒーをすすった。苦味が口内に広がる。
僕は未だに物語の中にいた。感情移入で、体がフワフワとなってしまう。この感覚が心地よいので、読書を止められないのだ。
もしこの感覚を狙ってやったのだとしたら、僕はすっかりカフカの虜だ。
「あぁ、もう」
言葉にして、彼女に感想を伝えたい。
僕は天井を仰いで何処かにいる少女に思いを馳せた。
明日からも現実は続く。
だけど、しばらくこの余韻に浸っていたい。
彼女は、いま、どこにいるのだろう。
「もう一度、会えたら……」
僕は最初に何て言おうか。
思考を分断するかのように鐘の音が響いた。店内には春の風が吹き込み、喫茶店のドアが開いた。店員が「いらっしゃいませ」と新しい客を出迎える。客は店員に「イチゴオレを一つ」と注文し、僕を見つけて微笑んだ。




