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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
続かない小説家はかく語りき
15/33

15 夜空リフレイン


「遅れてごめんなさい。なかなか抜け出せなくて」

 下げていた頭をあげる。

 吐き出す息が真っ白に染まっていた。

「よかったわ。あなたがいてくれて。本当によかった」

 彼女の心底嬉しそうな顔をみて、今更ながら、僕は「迷うのはやめよう」と心に決めた。

「謝らなくていいよ。それよりどこか入ろうか。寒いだろ?」

 しばらく歩いた先にファミレスがある。大晦日といえど営業しているはずだ。

「必要ないわ。一刻を争うのよ。さぁ、急ぎましょう」

 彼女は不適に笑うと駅に向かって先行するように歩き出した。粉雪が彼女の髪を風とともに巻き上げる。

 当然だけど、いつもの入院着ではなかった。厚手のコートが守るように彼女を包み込んでいる。

 地方都市といえど、さすがに駅前は人が溢れていた。

 みんながみんな帰宅を急ぐように改札を抜けていく。僕らは流れに逆行するようにホームへ移動した。

 アナウンスと共に、電車が滑りこんできた。巻き起こった風に顔をしかめてしまったが、開いたドアより車内に入ると暖房の温風が冷えた肌を優しく暖めてくれた。

 目的地まで乗り換え2回の、海岸線を目指した旅だった。片道一時間半かかるので、長居をしたら終電がなくなってしまうシビアな戦いだ。

「電車に乗るのも久しぶりだわ」

 わくわくを隠すことなく彼女は座席に腰を落ち着けた。

 昼なら景色を楽しむことも出来ただろうに、車窓が写すのは暗黒で、鏡のようになった窓をぼんやりと眺めながら彼女は呟いた。

「いまね。悩んでるの。終わり方をどうしようかって」

「異世界転生?」

「そう。あなたたちが余りにも言うから漠然も頭の中にあった続きを文字に起こしているのだけど、整理せずに始めたから、行き当たりばったりなの」

 電車がトンネルに入り、空気がドンと音をたてた。甲高いブレーキ音が車内に響き、次の停車駅の案内のアナウンスが響く。

「私っていつもそう。衝動で動いちゃうの」

「人生はそっちの方が楽しめるよ」

 僕の言葉を聞いて、薄く微笑んだ。

「終わりかたにはいくつか種類あるわ。ハッピーかバッド。もしくはビター。個人的にはバッドエンドは嫌いだからハッピーエンドにしたいのだけど、みんな幸せに暮らしました、めでたしめでたしだと余韻が残らないから嫌いなのよね」

「君は余韻に拘るね」

「当たり前じゃない」

 ギョロリと睨み付けられた。

「たとえ作者がこの世からいなくなったとしても誰かの心で生き続けることが出来るのよ。それって最高のことじゃない?」

 僕は言葉につまってしまった。

「どんなエンドがいいかしら……」

 彼女は囁くように呟いた。


 途中乗り換えを挟んだ。淀んだ車内の空気から逃げ出すように、ホームに降りると、一気に寒気に襲われた。雪は止んだみたいだが、風は冷たい。向かいのホームに停まっていた電車に乗り、足元の暖房で手を暖めていたら、カフカに笑われてしまった。

 電車は夜の闇を切り裂くように進んでいく。

 大晦日の車内は驚くくらい空いていて、終点に近づく頃には乗客は僕らだけになっていた。


「なんだか異世界を旅しているみたいね」

 踏切の音が遠ざかっていく。ガタンゴトンと揺れる車内に溶け込ませるような小さな声でカフカは呟いた。

「おかしなことを言うね」

「ふふ、ごめんなさい。今書いている小説がそういうのだから引っ張られてしまったみたい」

 彼女の横顔を見つめる。相変わらず整った顔立ちだ。まつげが長い。

「病室はずっと一人だから、隣に誰かがいるだけで、私は不思議な気持ちになるの」

「不思議な気持ちか……僕は夜舞さんにばれないかとヒヤヒヤしてるよ」

「あら、意外と肝っ玉が小さいのね」

 可笑しそうにクスクス笑う。

「君はヒヤヒヤしないの?」

「ヒヤヒヤはしないわね。どちらかと言うとドキドキかしら」

「えっ、それって」

 恋の?

 僕が言葉を出せずにいると、彼女は耳まで赤くなって、

「なにか勘違いしてるみたいだから丁寧に説明してあげるけど、これは二人きりの駆け落ちとかではないからね。あくまで取材よ」

 と早口で言われてしまった。

「わかってるよ。ごめんごめん」

「まったく。それにね、この胸の高鳴りはそういうのじゃないわ。新しいことに対する期待のドキドキよ。あなたといるときは緊張なんてしないもの」

「それって脈無しってこと?」

 笑いながら尋ねるが、少しだけ、傷ついている。

「違うわ。そういうことじゃない。あなたといると、こう、なんていうか、……落ち着くのよ。緊張しないで済む、というか、えっと、あーもう。日本語って難しいわね」

 しどろもどろになるカフカがなんだか妙にかわいくて吹き出したら、頬を膨らませて睨んできた。


 終点についた。

 駅舎からは真っ暗なキャンバスみたいな海が見えた。改札を抜けると潮と冬の匂いがした。さざ波の音が響いている。

 薄く月明かりが差し込んでいた。雲は残っているが、星も輝いている。

「海ってこんな匂いなのね」

 カフカは鼻をスンスンと鳴らして、

「もっと近くに行きましょ。砂浜も見てみたいわ」

 ただ海を見るだけならもっと近い場所はたくさんあった。一時間半もかけてわざわざここに来たのはカフカが砂浜を見たかったからだ。

 少女は年相応といった風な笑みを浮かべて海辺に向かって歩調を早めた。

「ちょっと待ってよ」

 呼び止めるが、ずんずんと前に進んでいく。

 駅から海まではけっこう距離があり、途中に聞いたこともないようなコンビニがあったので、寄ることにした。

 真っ暗間にぽつんとオープンしている。なんでもないのに安心してしまう。セーブポイントに出会ったような心持ちだ。

 入店チャイムの音が響いたが、店員は奥で品出しをしており、挨拶されることはなかった。

 特に目的もなく立ち寄ったので、なにを買うかも決めていなかった。取り絶えず飲み物コーナーで暖かいお茶を取り出してカゴにいれる。

「そういえば、なにも食べてなかったね。なにか食べたいものある?」

「私は病院食食べて来たからお腹減ってないわ」

「遠慮すんなよ」

「そう? じゃあ、カップラーメン」

「お、おう」

 随分と食欲がある病人だな、と思いながら、カップラーメン二つを棚から取り、店員を呼んで会計する。

「これからどちらに行かれるんですか?」

 茶髪の店員が人懐っこい笑顔を浮かべて僕を見た。

「海を見ようと思いまして」

「海ですか。いいっすね。この町の唯一の見所です」

 くしゃりと笑い、パーコードを読み取る。

「よかったら、これどうぞ」

 彼はそういっておにぎりを一つ袋にプラスしてくれた。

「いいですか?」

「もうすぐ廃棄される運命なんです」

 ケラケラ笑ってから、彼は金額を読み上げた。


 ポットにお湯を注ぐ僕を珍しそうに彼女は見ていた。

「よいお年を」

 店を出る時、店員にそう声をかけられた。ああ、そういえば、そういう季節だった。

 カップラーメンの蓋を押さえながら海辺に向かう。なんだかよく分からない旅になったもんだ。


「これが水平線ってやつなのね」

 砂浜に立ち、開口一番彼女はそんなことを呟いた。

「本当に果てしないわ」

 鼻で大きく息を吸うと、むせ変えるような潮を感じることができたが、

「とりあえずさ」

 砂浜でぴょんぴょん跳び跳ねる少女に声をかける。

「ラーメン、伸びちゃうから、食べようぜ?」

 砂浜に伸びる石段に二人並んで座り、海を見ながらラーメンを啜る。横の看板に「海浜公園での飲食は禁止。利用時間は夜八時まで」と書かれていたので、僕らは二つもルールを破っていることになる。

 ラーメンの白い湯気は海風にさらわれてすぐに溶けていく。

 情緒もへったくれもなかった。


「砂浜に名前書きましょ!」

 ラーメンが食べ終わり、体がポカポカになったのか、立ち上がってカフカは言った。

 そんなバカなことをする気も起きなかったが、いつになく乗り気の少女の勢いに押され、そこら辺に落ちていた流木を拾い、波打ち際ギリギリに僕とカフカは名前を掘った。

「できた!」

 にこりと笑った瞬間に大きな波が来て、文字を消していく。

「ああ、もう一回よ! ちゃんと綺麗に書いたのをスマホのムービーに残すのよ!」

 夜中の砂浜ではしゃぎ回る。

 さいの河原の石積みを彷彿とさせる終わりが見えない作業だった。

 何だかんだで名前を刻むことができ、上機嫌の彼女は執拗に海に入りたがったが、さすがに冬の海は洒落にならないくらい冷たいので、けっこう本気で止めたら、なんとか納得してくれた。代わりにちょっと指先を浸し、「冷たい!」と大袈裟に騒ぎ、「味もみておこう」とぺろりと海水に浸した人差し指をしゃぶったあと「しょっぱい!」と当たり前ことを宣うので、どこかテンションのタガが外れているのではないかと心配になった。


 犬のようにはしゃぎまわり、しばらくたって落ち着いたのか、砂浜に座ってのんびりと海を眺め始めたので、僕も倣って隣に腰を下ろした。

「寒いわ」

 上がっていたテンションが下がるにつれて、ようやく気づいたらしい。氷点下とまではいかないが、ゼロに近い気温で遊び回れる訳がない。僕らは風の子ではないのだ。

「ねぇ、もっと寄って」

「え」

「寒いんだもの」

 ピタリと肩を寄せ会う。

 なんだか積極的な少女にどきりと心臓が跳ねたが、別段彼女は気にした風もなくじっと海を眺めているだけだった。

「ねぇ。一番最初に海を見た人はなにを思ったと思う?」

 波音の隙間に差し込むような小さな声で呟いた。

「なんだろ。うわぁ、でっかい水溜まりーとかじゃない?」

「ふふっ、かもしれないわね」

「君はどう思う?」

「さあ、わからないけど、帰って来たぁ、とかじゃない?」

「そんなこと思うネアンデルタール人はいないよ」

「わからないわよ。現に一度も海を見たことがない人はそう思ったんだから」

 カフカは小さく笑い、

「なんだか眠くなってきたわ。波の音が子守唄みたい」

 そういって薄く目を閉じた。

 二人きりの浜辺で他愛のない会話を交わす。人の気配はないので、人類が消失したら、こんな感じになるんじゃないかとなんとなく思った。

「……大晦日に付き合わせちゃってごめんなさい。今日じゃないと見逃してしまうと思ったから」

 カフカは殊勝になって謝ってきた。

「でもよかったわ。さっきまで雪が降っていたのに、今じゃすっかり晴れてる」

 少女が細い手を伸ばし、空を指差す。

「奇跡だわ」

 満月ではないが、ふっくらとした月が海を優しく照らしていた。点々と星も出ていて、静かで美しい夜だった。

「随分と小さな奇跡だね」

「こんなに星が輝いているのだから、奇跡に違いないじゃない」

 遠くの空で除夜の鐘が鳴る音がした。


 さて、物語ならここで終わるべきかもしれないが、現実は嫌が上でも続いていく。

 目を瞑って息を止めたって時間は刻々と過ぎていくのだ。

 そのあとの顛末を語ると、こうだ。

 砂浜の上でカフカは僕に力なくもたれ掛かり、眠ってしまったのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。

 呼び掛けても返事はないし、顔は真っ青で脂汗が額を覆っていたので、さすがにヤバいと感じた僕は懺悔するような心持ちで救急車を呼んだ。

 救急車はすぐに来て、緊急隊員は優しく僕に症状を尋ねたが、詳しいことはわからず、しどろもどろになりながら知っていることだけを正直に話した。

 夜間病棟に緊急搬送されたカフカはすぐに元気になり、幸いなことに大事には至らなかったが、おかげ僕らの大晦日の逃避行は白日の元にさらされた。

 駆けつけた夜舞さんにビンタされ、怒鳴られて、罵倒されて、ちょっと涙が出たとき、新年を迎えた。一年の計は元旦にありとはよく言うが、こんな無計画な年の始め方では、見通しの悪い年になりそうだ、と打ちひしがれながら思った。

 カフカは化学調味料に対してアレルギーを持っていたらしく、浜辺で食べたカップラーメンが体調不良の要因だと夜舞さんから聞き、それならコンビニで教えてくれよ、と文句を言いに行こうにもカフカに会うことは許されなかった。

 三が日は常に心のなかにモヤモヤが存在する嫌な気分で過ごし、ようやく決心がついた一月四日に病院に行ったが、カフカは面会謝絶になっていて、見舞いに行っても門前払いを受けるようになってしまい、気付けば新学期を迎えていた。


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