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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
続かない小説家はかく語りき
14/33

14 雪風ステージ


 自販機で買ったイチゴオレを差し出す。

「ありがとう」

 少女はお礼を言って受け取り、ストローをパックに刺した。彼女の手首には身分を証明するアイディーバンドがはめられていて、青白い血管を隠しているようだった。

「んー、おいしっ! サイコーね」

「甘すぎない? 僕は見てるだけで胸焼けしてきたよ」

「やれやれ。これの良さが分からないなんて、味覚がお子ちゃまね」

「……ん? んん??」

 なんかおかしな表現だ。

「このイチゴオレは世界で二番目に祝福された飲み物よ。一番は駅前の喫茶店プラージュの焼きプリン」

「プラージュならエスプレッソが最高だけどな」

「あら、知ってるのね」

「あそこのコーヒーは絶品なんだ。雰囲気もいいしね。好きな小説家の新刊が出たときはいつもあそこで読むことにしてるんだ。何時間でもいられるしね」

「コーヒーは嫌いよ。毒を飲んでるみたいだわ」

「あの渋みが分からないなんてまだまだ子供だね」

 僕は自分用に買ったコーヒーのプルタブを引き上げ、口をつけた。プラージュほどではないが、最近の缶コーヒーはかなり美味い。

「ところで外出許可証はとれたの?」

「頼むまでもないわ。却下されるに決まってる。石頭な連中ばかりだもの。融通が利かないのよ」

「それって絶対安静ってことじゃないの?」

「こんなにピンピンしてるのに?」

 薄目で見てみるがよくわからなかった。医者でも無ければ、透視能力者でもないので、内部のことまではわからない。

「でもまあちょうどよかったわ。あなたがプラージュを知っていて。待ち合わせは今夜七時。プラージュでよろしくね」

「え、今から行くんじゃないのか?」

「無理よ、ほら」

 アイコンタクトでナースステーションを示す。密かにそちらに視線をやると、夜舞さんが猛禽類を思わせる鋭い瞳で僕らを見ていた。

「見張られてるもの」

「はああ、従姉妹との親戚付き合いが悪くなってく一方だなぁ」

「昼間は無理だわ。夜中にこっそり抜け出すしかない。私は海さえ見れれば満足だから、用事を終えてこっそり戻れば誰にも気づかれることはない。世界は変わらず平和よ」

「夜見回りに来るじゃん」

「大晦日は当直が少ないのよ。何年私が入院してると思ってるの? 見回りのタイミングもルートも把握してるわ。それに私はうつ伏せでしか寝れないの」

「それ関係あるの?」

「大いにあるわよ。ナツメに頼んでウィッグを買ってきてもらったの。これで夜はごまかせるわ」

「ずいぶんと用意周到だこと」

「いい作品ができるかどうかの分水嶺よ。本気にならないでどうするの?」

 いまいち乗り気になれない僕の気持ちを察したのか彼女は真剣な面持ちで続けた。

「島崎藤村は病床の田山花袋に「死んでいく気持ちはどう?」と訊いたそうよ。芸術家は体験を生かすために生きるの」

「僕には煽っているようにしか聞こえないんだけど」

「わかってないわね。田山花袋も「誰も知らないところに行くのだから、そう悪い気分ではない」と返事をしたそうよ。

作家っていうのは未知なることへの探求心がすごいの。私もそうありたい」

 なんにせよ病院でするような話ではない。

 ましてや入院している女の子と。


 帰りに商店街をふらついたがほとんど全ての店先にシャッターが下ろされていた。

 年末で大晦日で、一年で一番大切な日かもしれない。

 営業しているのはコンビニや大手チェーンの飲食店ぐらいで、個人経営はどこもかしくも扉を開けることはなかった。

 普段もゴーストタウンだが、今日は拍車がかかっている。閑散とした町を通り抜ける北風は、心から震えそうなくらい冷たかった。

 やることもないので、家に帰ることにした。

 母親と祖母がバタバタと年越しの料理を作っていた。居間でゴロゴロしながらテレビを見ていたら、今年中学生になる妹に「邪魔なんだけど」と文句を言われ、仕方がないので自室に混もって漫画を読んでいたら、今度は親から「大掃除は終わったの?」と怒鳴られたので、仕方なしに本棚を整理していたら、一昔前のジャンプが出てきたので読みふけってしまった。

 昔より今のほうがクオリティは上がってるよなぁ、とどこにも出さない感想を呟く。

 気がつくと夕方になっていて、外はもう真っ暗だった。夜は友達に会ってくると両親に伝えたら、「いつもいつもブラブラとほっつき歩いて。大晦日くらいゆっくりできないの」と嫌味を言われた。当然と言えば当然である。家族団欒を訴える小言に耳が痛くなってきたので、少し早いが、逃げるように待ち合わせ場所に行くことにした。


 外に出るとすっかり暗かった。

 冬の日の入りは本当に早い。

 コートをしっかりと羽織り、マフラーに首を埋める。

 本当に寒い。

 スマホで音楽を聞こうとイヤホンジャックに端子を挿そうとした瞬間、ナツメから着信があった。

 出しかけたイヤホンをポケットにしまい、勢いのまま通話ボタンを押す。

「はい?」

「ちゃーす! お元気っすかー!?」

「僕は元気だけど……」

「センセから連絡ありました?」

「ああ、あったよ。海に連れていけって。あのさ、念のため聞くけど、カフカの体調は大丈夫なんだよね?」

「うーん、どうなんでしょう。私は美大なんで医学のことはさっぱりっす」

「それならさ、やっぱり止めるべきだと僕は思うよ。だって、無理して、死んじゃったら、元も子もないだろ」

 他人任せだろうか。だけど、僕より付き合いの長いナツメが言ってくれたらもしかしたら話を聞いてくれるかもしれない。

「知らないんすか? 天国じゃみんな海の話をするんすよ?」

 ナツメは言うことを聞かない子どもを諭すような優しい声色で言った。

「……なんの話?」

「ノッキングオンヘブンズドアっす」

「なにそれ」

 岸辺露伴?

「二十年くらい前のドイツ映画っすよ。余命幾ばくもない男二人が海を目指すって話っす」

「縁起でもないこと言うなよ」

「違いますよ。ただ私は素敵だなって思っただけっす。センセもおんなじ気持ちだと思います。世の中はみんなが思っている以上にシンプルなんすよ。綺麗なものか、汚いものか。そのどっちかしかないんす。だったら美しい思い出が多いほうがいいと思いません?」

「そんなの、僕にはわからないけど……」

「まあ、さんざ言ってきましたけど結局決めるのは私じゃないっす。センセのためになにができるかずっと考えて来ましたけど、センセのためになにかをするのはあなたの役割のようっすね」

 言葉につまる僕にナツメはしずかに「よい年の瀬を」と言って通話を切った。

 何だっていうのだろうか。

 落ち葉が北風にあおられて舞い上がる。

 ついでにネットに繋げて今言われた映画を調べてみることにした。思ったよりも悲壮感があるような作品ではなさそうだ。同名タイトルの主題歌があるらしい。

 イヤホンを改めて挿して、ユーチューブの再生ボタンを押す。映画はカバーらしいが、原曲を聞いてみることにした。

「お、おお」

 さすがノーベル文学賞やでぇ。


 待ち合わせの喫茶店はよく利用するので、道に迷うことは無かった。

 日が暮れ、人類が消失したかのように町は静まり返っていた。

 幸いなことにプラージュは営業していた。

 エスプレッソを注文し、窓際の席に移動する。鞄から読みかけの文庫本を取り出す。

 江戸時代中期の市民の暮らしを描いた短編集だ。作者は蟹チャーハン。前作とは一転した作風に評価はまっぷたつに割れている。

 個人的な感想としては、歴史が好きなのは伝わって来たが、話が難しすぎて、本筋があまり理解できなかった。

 読み終わったとき、壁掛け時計を確認すると、針は19時半を指していた。

「あれ?」

 カフカは遅刻していた。約束を取り付けていおいて当人が破るのは言語道断だが、彼女にも色々と事情があるのだろう。少しは多目に見てあげたいが、連絡はほしい。

 彼女の携帯番号を知らないので、連絡のとりようがない。やはり小説を借りるときに連絡先を交換しておけばよかったと軽く後悔。

「弱ったなぁ……」

 浅くため息をついたとき、

「あの……」

 店員に声をかけられた。いまの独り言聞かれただろうか、と少し恥ずかしくなりながらも「はい?」と平静を装って返事をする。

「申し訳ございません、当店本日午後七時半までの営業になります」

「え、いつも九時とかじゃありませんでした?」

「本日は年末の営業時間になっております」

「あ、そうなんですね」

 僕は慌てて、取っ手をつまみ、底の温いエスプレッソをすすって、

「ごちそうさまです」

 とお礼を言って立ち上がった。


 コーヒーの香りに別れを告げて、外に出ると雪がちらついていた。

 どうりで寒いわけだと、一人ごちる。こんなに寒いのは本当に久しぶりだ。気づかないうちに寒波は日本を襲っていたらしい。

 カフカは来なかったが、それならそれで、よかった。この気温はヘヴィー過ぎる。

 街灯の明かりをキラキラと反射しながら落ちる雪は、一種幻想的な雰囲気をかもし出していたが、クリスマスならまだしも大晦日に雪なんか見たくないよな、となんとなく思った。

 薄く積もった地面に一歩足を踏み出して、ポケットに手を突っ込む。家に帰って年末特番に腹を抱えて笑うとしよう。

「待って!」

 呼び掛けられた。

 声がした路地裏に視線を向けると、カフカが肩で呼吸をしながら、立っていた。



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