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終わりなき物語と語り部の夢  作者: 上葵
続かない小説家はかく語りき
12/33

12 排斥エモーション


「ダメに決まってるでしょ」

 予想外のお願いに混乱する僕の脳は、室内に飛び込んだ声に瞬時に反応することが出来なかった。

 今の声は僕ではないし、目の前で目を丸くするカフカでもない。

 入り口の方に目をやると、呆れたように目を細めた夜舞さんが立っていた。

「なめてんの? あんたら」

夜舞さんはズンズンと歩き、カフカの両肩に手をやった。

「そんなバカな事許すわけないでしょ。今は安静にしているのが一番の治療法なのよ」

「……あなたにはわからないでしょ」

「わからなくても見逃すわけにはいかない。大人しくしてなさい。じゃなきゃ死ぬことになるわよ」

「いいのよ、もう死んでしまっても」

「いい加減にしな」

 肺から空気を吐き出すように夜舞さんは続けた。

「自分の命が自分のものだけだと思ったら大間違いよ。悲観的になるのは勝手だけど、あんたを治そうとしている人たちの思いを無駄にするような行動は許すわけにはいかないの」

 優しさに溢れる厳しい言葉だ。

「あんたは治るんだから、今は大人しくしていなさい」

 吐き捨てるように言うと、夜舞さんはかごに入った入院着を指差した。

「ほら、着替える」

「……はい」

 力無くカフカは項垂れた。


 所在無く立ち尽くしていたら、夜舞さんに襟を掴まれ、なかば引きずられるようにして廊下に出された。喧騒に包まれる廊下の真ん中で、夜舞さんは怒気をはらんだ声音で言った。

「これ以上、あの子の事情にクビを突っ込むのは止めな」

「だから勘違いしてますって。僕は別にカフカをどうにかしようだなんて考えてなくて」

「どっちでもいいわ。友達でも恋人でも」

 エレベーターを待つ間、天気の話でもするように続けた。

「淡い恋心なら応援してあげる。健全な恋愛ならむしろあって欲しいとさえ思うわ。だけどね、燃え上がるような恋のあとには灰しか残らないのよ。それを肝に銘じて」

「だから」

「最優先なのは健康になること。病院(ここ)はそういう場所だし、そうなるために親御さんからお金を貰ってるの。それを阻害しようとするのなら、例えそれが本人の意思であろうとねじ伏せるし、従兄弟であろうと叩きのめす」

「えーと……」

「わかった?」

「はい」

 言っても無駄だということを理解した。


 エレベーターが到着し、扉が開く。

 結局、カフカの退院の見通しはどうなのだろう。

 気になったが、尋ねるような雰囲気では無かった。


 病院から外に出るとすっかり日が暮れていた。

 夜風が肌を突き刺すように体温を奪っていく。曇り空で星は見えなかったが、町を照らす街頭と、クリスマスから残されたイルミネーションが年の瀬を寂しく照らしていた。

 一年という単位の区切りに、何でもないのに焦燥感が募っていく。

 家に帰るまでは徒歩だ。寒いから歩く気分にはなれなかったが、動いていればそのうち暖かくなってくるだろう。ポジティブシンキングでウォーキングしていたら、ポケットでスマホが震えた。

 慌てて手にとって見てみると着信だった。

 発信人は棗鹿子。蟹チャーハン先生こと望月カフカ専属のイラストレーター、すきやきうどん改先生の本名だ。

 なんの用事だろうか。数秒のコール音の中、思いを巡らせる。ああ、そうか、まだカフカが見付かったことを連絡してなかったな、と思い、通話ボタンをタップする。

「もしもし、ごめん、連絡し忘れてたね。カフカなら図書館にいたよ。今はちゃんと検診受けて一件落着ってところ」

「あっ、えっと、そっすか、それは、よかったっす」

 何だか歯切れが悪い。先日のハキハキとした様子からは考えられないたどたどしさだ。

「どうかしたの? いきなり電話なんてかけてきて」

「うーん、と。いきなりこんなこと聞くのもアレなんすけど……」

「どうしたの?」

「明日とかって暇っすか?」

 明日は十二月三十一日。大晦日だ。家で笑ってはいけないを見ながら年を越す予定である。暇かと言えばその通りだが、大晦日まで忙しいのはごく一部のインフラや接客業のみであろう。

「明日、か。明日はほら、年末じゃん」

「そうっすっよねー。うーん、どうしよっかなぁ」

「なんかあったの?」

「いや、ちょっと人手がほしくて……」

「仕事の手伝いとか?」

「仕事って言うと仕事なんすけど、何て言ったらいいすかねぇ……」

 困ったようにナツメは呟いた。イラストレーターの仕事だろうか。

「そんなに急いでるの? 切羽詰まってるのなら手をかすよ」

「ほんとっすか?」

「まあ、大晦日だって普通の一日だしね」

 家族には友達と年を越すとか言って誤魔化すことにしよう。まさか年の瀬を絵描きの仕事で迎えるとは思わなかったが。

「じゃあ、ちょっとお願いしてもいいっすか?」

「全然いいよ。困ったときはお互い様だからね。ただ、僕そんなスキル高くないからあんまり難しい仕事は与えないでね。それでなにをすればいいの?」

「蟹チャーハン先生を助けてあげてほしいんっす」

「え?」

「わたし今実家に帰ってて、センセのアシストが出来なくて困ってたんす。センセには伝えておくんで二人で連絡を取り合ってほしいっす!」

 ちょっと待って、話が見えない。

 僕が二の句を継げずにいると、ナツメは「それじゃあ、よろしくおねがいしゃす!」と言って通話を切った。

 疑問符は連なるばかりだ。



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