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7時半にはカラオケボックスを出て、僕たちは駅前のファミレスへと入った。
朝食を軽く済ませ、今日の段取りについて練った。
「じゃあ、まとめとしてもう一度最初から話すね」
「はーい」
はるちゃんに対する親しみを込めて僕は幼い子のように答えた。
「まず、9時から11時まで私が横浜の説明会に参加します。その間にメグちゃんはコートとカバンと靴、それにストッキングを買います。それから落ちあってお昼を食べて大崎に向かいます。大崎で私だけが電車を降りて、メグちゃんは電車でゆっくりと大宮に向かいます。そして4時から大宮でメグちゃんは説明会に参加をします。私は3時までの説明会が終わり次第、大宮に向かいます。メグちゃんの説明会が終わったら、大宮駅で再度落合いましょう。いいですか」
はるちゃんはまるで先生のようだった。
私も生徒のように「はーい、わかりました」と笑った。
はるちゃんはバッグから財布を取り出すと「これで買えると思うのだけど」と言って3万円を僕に差し出した。
「いえ、いいですよ」
僕は首を横に振った。
「だってメグちゃん、コートとか持ってないでしょ?」
「私も来年の春から就活が始まるので必要になりますから。私は自分のものを買うのと一緒です」
僕は専門学校の1年だということになっていた。
学校をやめてなければその情報は正しいものだったし、専門学生の就活は二年の春から行われることが一般的だった。
だから僕が言っていることには合理性があった。
「そうかもしれないけど、でもなーそんなの悪いよ」
「いえ、気にしないでください。スーツとワイシャツだって借りているのですから。本当だったらスーツだって家に戻って取ってくればいいんですけど、まだ彼氏と会いたくないですし」
僕は肩を落とした。
「そんなことないって!メグちゃんありがとう!」
はるちゃんは僕の演技に見事とに騙されていた。
(彼氏なんていないし、家すらないのだけどね)
僕はクスクスと心の中で笑った。
「お金足りる?」
割り勘でお金を払って店を出ると、はるちゃんは僕の顔を心配そうに覗いてきた。
「はい、大丈夫ですよ」
「ならいいんだけど」
「大丈夫です。それよりも時間は大丈夫ですか?」
「そうだね」
はるちゃんは緊張したようすでフーと肩を落とした。
(年上なのになんだかかわいいな)
そんな彼女を見ているとちょっと悪戯をしたくなって右手を彼女のお尻に接触させた。
それは叩くというよりむしろペロッと下から上に舐めるようなものだった。
「きゃ」
はるちゃんは悲鳴をあげ、すぐに横に立っていた僕に向かって「もう!」と口を尖らせた。
「ごめんなさい。ちょっと気合を入れたかっただけです」
僕はそう言い訳をした。
「そうなんだ。ありがとう」
僕の気持なんかわかるはずもなく、はるちゃんは僕に笑ってくれた。
「じゃあ、行くね。またここで11時15分ごろ会おうね」
「はい」
僕は右手ではなく左手を使って手を振った。
彼女の姿が完全に消えるまで僕は彼女の背後を見つめ続けた。
そして彼女が見えなくなったことを確認するとニタッと笑った。
(やべー、めっちゃプリッとしてたよ。クククっ。本当ははるちゃん、痴漢にあっているのにな。嫌らしい手で触られたというのにありがとうだって。マジで最高じゃん!)
僕は右手に目を落とすとあの時の感触を振り返った。
お尻の感触を味わえたことよりも、男だとばれていたら間違いなく警察に突き出される行為だというのに、それを女の子同士のスキンシップだと、はるちゃんが信じていることに僕は興奮していた。