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「へー、就活って大変なんですね」
「うん。大変。今日だって二社の説明会に参加したし、本当なら今日はホテルに泊まって明日の説明会に備えるはずだったのに、ネットで予約をした際に日付を間違えちゃったみたいでね、泊まれなかったんだ。それでネットで泊まれるホテルを探しても空いてるのはカプセルホテルや距離が物凄く遠かったりするホテルしかなくて、もうネットカフェでもいいやって思ったのにそこすら空いてないなんてね」
女性同士だと思って安心しているのか、それとも足が痛くて疲れているのか、彼女はヒールを脱ぐとソファの上で女の子座りをした。
そのせいでスカートのすそがかなり上の方に上がっている。
(太もも柔らかそう)
僕は勃起を隠そうとすぐにカラオケの端末機を膝の上に置いた。
「明日もあるんですか?」
「うん、でもちょっと問題があってね3社の会社を予約して午前中の一社は問題ないのだけど、午後の二社は場所と時間的に無理そうなんだよね」
「えー、どこと何所ですか」
「午後1時から3時まで大崎で、次は埼玉の大宮で4時からなのだけど間に合いっこないよね。大崎の方を途中で抜け出せればいいのだけどね。無理だから大宮の方は諦めようかな。説明会を受けなければ入社試験も受けられないって本当に面倒だよ。説明会って言っても会社の事業内容とか他には耳触りが良いことしかいわないしね。本当に知りたい情報なんて言わないし、聞けないし。セクハラで何人のひとが辞めてますとか教えてくれればいいのだけどね、ははは。パンフレットさえもらえれば十分だっていうのにさ」
彼女は何だか苦しそうに苦笑いをした。
「じゃあ、私が持田さんの代わりに出ますよ」
「ははは。出来たら頼みたいけどね」
彼女は手を振って嬉しそうに笑った。
「マジですよ。だって説明会に出るだけでいいんですよね。それでいいのなら私出ますよ」
さっきまで笑っていた彼女は急に真顔になった。
「えっ、本当に?」
「はい。あっ、でもスーツは持ってないし他にも何も持ってないんですけど」
「スーツはケースにもう一着あるし。靴もカバンもコートも明日、買えるけど」
彼女は手を顎に置き、ジッと目をつぶった。
そしてすぐにパッと目を開くと「本当にやってくれる?」と聞いてきた。
「はい。良いですよ」
僕はニコッと笑った。
キャリーケースからスーツ一式と白いワイシャツを取り出すと彼女はそれを僕に手渡した。
「メグちゃん、スタイルいいから私のスーツが入るかわからないけど」
「えーそんなことないです。はるちゃんこそめっちゃスタイルいいじゃないですか」
「そんなことないって」
僕たちはフフフと笑い合った。
(めっちゃ幸せだ。僕って今、女の子やってるんだ)
そう思うとすごく嬉しかった。
僕は名前を小野田めぐみ、年は19歳、長野出身、都内の専門学校に通う学生で、付き合っている彼氏と半同棲をしていたのだけど喧嘩をして家を飛び出し今は家出中という、出身地と年以外は全て嘘で固めた架空の人物になりきった。
彼女は名前を持田はるかといい、年は21歳で私よりも一つ上だった。
栃木の公立大に通っているようで都内の企業を中心に就職活動したいということだった。
年は違っていてもはるちゃんは気軽に名前で呼び合おうと言ってくれた。
渡されたリクルートスーツとワイシャツを持ち僕はうきうきしながらトイレへと向かった。
3つある個室は全て空いていた。
僕は一番奥の個室へと入った。
(石鹸の匂いがする)
ワイシャツを顔に押し付けクンクンと嗅いだ。
他人が着た服を着ることに興奮を覚えたのはこのときが最初だった。
(これ、はるちゃんが着ていたものだよね)
僕は左手で軽く股間を弄った。
(あーヤバい、勃起が止まらねえよ)
スーツも嗅いでみたがこっちは無臭に近かった。
でも興奮させる材料としては十分すぎた。
スーツを壁のフックにかけると着ていたセーターの脱ぎ、ワイシャツを着てみた。
(ぴったりじゃん)
パットが入った偽物のブラジャーも最適なサイズだった。
次にジャケットを羽織ってみると、こちらも問題なく着れた。
(9号なら問題なしだね)
ついている二つのボタンも余裕で止められた。
だが問題はスカートだった。
(うわ、もっこりしてる)
股間部分はポコッとふくらみが出来ており、あきらかに可笑しかった。
(タイトスカートは女装向きじゃないな。ウエストはピッタリなんだけどな)
股間の部分を抜かせば、僕ははるちゃんのスーツを問題なく着こなせた。
(ちょっと鏡で見て見たいな)
トイレに入ってから10分以上経っていたがお客がまったく入ってこなかった。
その安心感もあって僕は個室を出た。
(うわー、似合ってるじゃん)
洗面台の鏡にはリクルートスーツを着た女の子が映っていた。
(正直言ってはるちゃんより僕の方が可愛いや)
僕は首を左右に振ったり、体を左右にひねった。
股間のふくらみさえなければ問題なく就活生を演じられそうだった。
僕はそっと目を閉じた。
(持田はるか。私は持田はるか)
変態だっては分かっていた。
でも止めることなどできなかった。
全く違う人間に成りすますことに僕は無性の喜びを感じていた。
個室のトイレットペーパーをグルグルっと何重も手で巻き取るとスカートの裾を捲し上げた。
一分もかからずトイレットペーパーはベチャっと濡れた。
「ただいまです」
部屋に戻ってくると、はるちゃんはソファの上で体育座りの状態のままスマホの画面に目を向けていた。
「どうだった?」
「はい、ばっちり着れましたよ」
そう僕が告げるとはるちゃんはパッと笑顔になった。
「良かったよ。本当にありがとうね」
はるちゃんはソファの上に立つとそのまま僕の方に歩いて来て、ギュッと抱きついてきた。
ふわっと彼女の匂いが僕の鼻をくすぐった。
汗の匂いだろうか。
でも嫌な臭いじゃなかった。
むしろ良い匂いだと思った。
(抜いておいて良かった。)
股間はムクッと反応はしたが、それでもマックスの状態とはほど遠かった。
両手でギュッと抱きしめてあげたいところだがそれはさすがにまずいと判断した僕は、彼女の手が緩むと同時に体を後ろに反らした。
「急にビックリですよ」
僕は心とは裏腹に口元を下げ少々困ったなという表情をした。
もちろん怒ってはいないことをアピールするために最後に微笑みを浮かべることは忘れなかった。
「えーだって嬉しかったのだもの」
はるちゃんは笑った。
とりあえず朝の7時までの6時間は仮眠をしようということになった。
お互い喋らなくなって10分ほど経つと、はるちゃんはスースーという可愛い寝息を鳴らし始めた。
本来は膝まであるタイトスカートのはずなのに、スカートの裾はまくり上がりミニスカートといってもいいような長さになっていた。
(マジで触りたいよ)
露わになったはるちゃんの太ももがすごく艶めかしかった。
程よいふくらみのある脹脛もとても官能的だった。
(触りたいけど触れないよ)
僕は興奮して眠ることなどできなかった。
ただそれは性的な興奮だけではなかった。
僕は何だか不思議でたまらなかった。
あんなに恋い焦がれていたことが今、僕の目の前で起きているのだ。
女の子として見られたい。
女の子として生きたい。
女の子と女の子として話がしたい。
それが立て続けに今、起きているのだ。
きっと自分が望むものは自分の手で掴むものばかりじゃないのだろう。
自分の夢であってもそれは自分の力だけで得られるのではないのだろう。
そう僕は感じていた。