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「まもなく高崎です。高崎線、八高線、両毛線、信越線は御乗換えです。本日も新幹線をご利用くださいまして誠にありがとうございます」
アナウンスの声で僕は目を覚ました。
いつのまにか眠っていたらしい。
もうすぐ新幹線は高崎に着くようだ。
大宮から先の間がまったく記憶がなかった。
気がつくと、窓際に置いたスマートフォンがピカピカと光っている。
「新幹線は5時20分着だよね?」という一件のメッセージと猫のキャラクターのスタンプが届いていた。
その他にも、過去に行った一連のやりとりが指をスライドすれば詳らかにわかる。
それを見るたびに胸が痛くなる。
(こんな姿、大丈夫かな・・・皆は僕の気持ちなんて絶対に分からないよね)
僕はメッセージの代わりに熊のキャラクターで「お願いします」というコメントが入ったスタンプを送った。
僕が実家に女装で帰ろうと決めたのは4カ月ほど前のことだった。
3年前、親の反対を押し切って半ば強引に都内にあるビジネス系の専門学校に入学した。
別にどんな学校でも良かった。
ただ、地元を離れ東京に出てきたかっただけだ。
学業に自分のやりたいことなどなかった。
僕は一人暮らしを始めると同時に女装を始めた。
はじめは大した知識はなかった。
通販でウイッグや女性ものの服を買い、化粧道具は最初、ファンデーションやチーク、口紅、アイシャドーくらいしか必要ないとさえ思っていたくらいだ。
でも、そんな些細な道具でもまずまずの成果をもたらしてくれた。
僕は顔立ちも中性顔だったし背も163センチと小さく体つきも小柄だった。
ウイッグを被り化粧をして服を着れば、一見しただけでは男には見えなかった。
僕はそれで街を歩いた。
ナンパもされた。
女子トイレにも問題なく入れた。
女性専用車両だって、映画のレディースデ―だって問題はなかった。
女子トイレの個室で自慰行為するのが僕の楽しみになっていた。
でもやっぱり誰でも女装だとバレないというものではなかった。
ジッと顔を見られるとやっぱり骨格の違いで判るらしい。
特に若い女の子は敏感だった。
女性ホルモンを打とうか。
そう本気で考えるようになったのは19歳のころだった。
その頃にはもう僕は学校には行っていなかった。
仕送りのお金とコンビニのバイト代を使って女装にのめり込んでいた。
でもホルモンには手が出なかった。
僕は自分が性同一性障害者だとは思えなかったからだ。
僕は男性が好きなわけじゃなかった。
女性が好きで、それでいて女性に憧れを持っていた。
自分の体を女性化したい。
おでこを丸くしたい。
頬骨を削りたい。
大きな胸が欲しい。
くびれが欲しい。
でも性器は男性器のままがいい。
そんな自分が性同一性障害者だとは思えなかった。
女性ホルモンを使えば確かに体は女性化する。
でも、癌のリスクは高まり、精神的にも不安定になり、そして男性器は生殖機能を失うばかりか起つこともままならなくなる。
そんなのは嫌だった。
でも僕はただの女装で終わりたくはなかった。
だから僕は行動を起こした。
学校は勝手に退学をした。
けれども親には学費代を直に自分の口座に振り込ませた。
そして必死にアルバイトをして稼いだお金と合わせて、僕は顔の手術と声を行った。
小柄の僕にとって問題があるのは顔と声だけだった。
納得がいく結果になったのは今から1年前、20歳の頃だった。
その頃には借りていたアパートと携帯を親に内緒で解約し、家族からの連絡を絶ち切った。