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東京駅を離れ、上野、大宮と都心を離れるたびに周りの景色は田舎らしくなる。
まだ3時台という時間帯のせいか、停車駅で乗客はさほど増えることはなく僕の隣は誰も座ることはなかった。
景色を眺めていると、ふと田園風景の中に奇妙な看板が立っているのが目に入った。
白色を背景にただ赤色で三ケタの数字が書かれているだけの大きな看板だ。
なんだろうと思うと、またすぐに違う場所にも同じ看板が立っていた。
(あー、そうだ!あれは確か化粧品会社の看板だ)
僕はその看板のことを知っていた。
(確かヒロシおじさんに教えてもらったんだ)
それは中学1年の夏休みのことだった。
その日、うちの家族と祐美の家族がそろって東京のお台場に日帰り旅行に行くということになっていた。
2カ月も前から、うちの母親とノリコおばさんが二人で計画を立てていた。
旅行会社が企画したホテルの昼食バイキングと新幹線の往復切符がセットになったもので、うちは母、父、僕と弟の4人。
そして祐美の家族は、ノリコおばさん、ヒロシおじさん、祐美に祐美の妹の奏ちゃんの4人。
合計8人で行く予定だった。
だが当日、祐美は参加しなかった。
理由をノリコおばさんは「体調が悪いみたい」だと話した。
けれど僕らの家は隣同士である。
出発前に祐美とノリコおばさんが言い合う声が聞こえていたのでそれが嘘だということはバレバレだった。
「行きたくない」
祐美のその大きな声が僕の耳に数回聞こえた。
祐美が来ないことは何となくわかっていた。
あいつは僕を避けている。
それを僕は気がついていたからだ。
僕と祐美はいとこ同士、家は隣同士、そして誕生日もちょうど一か月違い。
それだけでも同級生からは色目で見られるのに、僕と祐美は顔立ちが良く似ていたのだ。
僕らを知らない人が見れば全ての人が「双子」だと思うに違いない。
でも、僕らはいとこ同士であり、まして男と女であり性別が違うのだ。
それは祐美が男顔というより、明らかに僕の顔立ちが女性らしいことに原因があったのだが、同級生の数人の男子らは祐美を「男顔」といってネタにしていた。
きっと悔しかっただろう。
女の子からすれば自分の顔が男顔といわれて嬉しいはずはない。
まして、祐美の顔は同級生の女子の中でも間違いなく上位クラスに入る程度に美人なのだ。
僕がいなければ祐美は「美人の女の子」としての小学生を歩めたに違いない。
でも僕のせいで「いとこの男の子と双子のように良く似た女の子」というキーワードからは逃げられなかった。
祐美は僕と違って頭も良くて、僕と違って運動も出来たし友達も多かった。
僕という存在だけが祐美にとって唯一の邪魔ものだったのだ。
祐美は地元の公立中には進学せず、通学まで片道1時間もかかる私立の女子中学に進学した。
そんな祐美が僕も行く旅行に参加するとは思えなかった。
同じ敷地内なので顔を合わしてしまうことはある。
でも軽く挨拶を交わす以上の関係性は僕と祐美の間にはなかったのだ。
祐美なしでも旅行は決行された。
うちの家族も祐美の家の家族もどことなく放任主義という思考が似ていた。
新幹線の座る位置も、大人は大人同士、子供は子供同士という感じで座ることになった。
母とノリコおばさんは二人で仲良く二人席に座り、残りのメンバーは3人席の二つを向い合せて座ることになったのだが、その座り方は大人と子供という観点からだった。
父親とヒロシおじさんは駅で買ったお酒と摘みで呑み始め、母親とノリコおばさんは楽しそうに会話で盛り上がっていた。
(僕も祐美みたいに来なきゃよかった)
きっと父親たちは東京に着くころには出来上がっているだろうし、母親たちは自分達二人だけで別行動を始めるに違いない。
(めんどくさいな)
「たかちゃん、たかちゃん」
隣に座っていた奏ちゃんが僕のTシャツをギュギュっと摘んで引っ張ってきた。
小学校に上がったばっかりの奏ちゃんは小4の僕の弟の芳和と違って終始落ち着きがない。
「どうかした?」
僕が聞くと奏ちゃんは不思議そうな顔をしながら僕に聞いた。
「たかちゃんって、祐美ちゃんにそっくり」
「えっ!?」
「ここもここもそっくり」
奏ちゃんは僕の目や鼻を手でべたべたと触ってきた。
「あーあ、もう」
僕は「目に指が入ったよ」と注意しながら彼女の手を振りほどいた。
「あははは。孝之君、ごめんな。ほら、孝之君に謝りなさい」
向かい合って座っていたヒロシおじさんは奏ちゃんを叱った。
「ごめんなさい」
奏ちゃんはばつが悪そうに肩をしゅんとさせた。
「いいよ。大丈夫」
僕はそう言って笑った。
「確かに、孝之君は祐美に顔立ちが似てるよ。美形だな。これは絶対にお母さん似だな。父親に似なくってよかったよ」
ヒロシおじさんはビール缶を持ちながらニヤッとした。
「おい、それは悪口か」
おじさんの隣に座っていた父親がタイミングよくツコッミをいれる。
「いやいや、そうじゃないって。えみちゃんが美人だって言いたかっただけさ。それにお前の顔に文句を言うということは、金子一族皆の文句になるじゃないか」
「そうだな」
父親がヒロシおじさんの意見に同意すると、すかさずヒロシおじさんは「まぁ、俺はお前と違って金子の血より母方の方の血が濃い方だがな」と笑った。
「おい、やっぱり悪口か」と父親がまたタイミングよく突っ込みを入れる。
(あー、完全に俺や祐美のことも父さんたちの酒のつまみになっているよ)
僕は話を変えようとふっと車窓から見える看板のことを訊いてみた。
「ねぇ、あれって何の看板?」