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駅の女子トイレは行列ができていた。
初めて女子トイレに入ってから2年経った今では、トイレに入る程度のことで興奮などしない。
むしろ、男子トイレに入って用を早く済ましたいとすら思う。
(やっぱり新幹線の改札内のトイレの方が良いかもね。)
並ぶ列とトイレの雰囲気からキャリーケースを持ったままでこのトイレでは不便だと判断した僕はその場を後にした。
頭上の電子掲示板を仰ぎ見ると僕の乗る新幹線は出発まで10分程度の時間しかなかった。
新幹線の改札を抜けると、トイレは目の前にあった。
案の定、女子トイレは行列ができている。
(こういう時ってマジで男って楽だよな。)
尿だけだったらトイレに入って出てくるまで2、3分で済ませるし、個室だって大抵は空いている。
それに比べ、混んでいる女子トイレはその倍以上の時間がかかる。
列に並んでも新幹線の発車時刻には間に合うかもしれない。
でも、僕は新幹線の中のトイレを使おうと思い、ホームにつながるエスカレータに乗った。
既に新幹線はホームに到着しており、乗客も中に乗っていた。
(もっと早く来れば良かったよ。)
思いの外、出発までの準備に手間取ってしまって予定より30分も家を出るのが遅れたのだ。
“女の子は時間がかかるのよ。”
誰の言葉か知らないが、頭にはこのフレーズが浮かんだ。
(ククッ、僕って生物的には男だけどね。)
「コツコツ」
僕が穿いているショートブーツのヒールの音がホームの床に響く。
ヒールの音を聞くたびに今の僕は女の子になっているのだと感じる。
そう思うと股間がムクッと反応してしまう。
でも、今の僕は焦る必要はなかった。
ズボンではなくスカートを履いているし、下着も男性物の下着を穿いているからだ。
もちろん下着だって女性ものを穿きたい。
でもやはり女性ものの下着ではサイズ的に収まらないのだ。
そのためパンツだけは男性物を穿いている。
それになんだかこっちの方が興奮するのだ。
ダークグリーンのスカートの中にトランクスを穿いているなんてむしろ変態度が高まるだろう。
自由席になった最後尾の車両は空席が目立っていた。
僕は空席となっていた二人掛けを見つけると、スーツケースを廊下側に置いて窓際の席に腰を下ろした。
尿意を感じていたはずなのに席に着くと何故だか感じなくなっていた。
(まぁ、いつでも行けるからいいか。)
佐久に到着するまで2時間以上もあるのだ。
隣の車両にはトイレがあるし、今すぐに行く必要はない。
僕はハンドバッグからスマホを取り出すと、窓の出っ張り部分に置いた。
(やっぱりこのバッグ使いやすいな。)
国内ブランドのハンドバッグは3万円ほどのものだったが、見た目は上品さがあってそれでいてさほど大きくない割に色々なものが入れることが出来た。
バッグには取り出したスマホ以外に財布や化粧ポーチも入っていたがまだかなり余裕がある。
よくみればところどころ汚れもあるが、まだまだ使えそうだ。
(僕がこのバッグを使い始めてまだ3週間だしね。まだまだ頑張ってもらわなきゃ)
バッグから長財布を取り出すと、僕は手に持っていた切符を財布の中に仕舞った。
財布もまたバッグと同じで使いやすかった。
カードもいっぱい入るし、小銭も札も取りやすい。
しかも何と言ってもフランスのブランド品ということが何より僕をウットリさせる。
(何度見てもこの柄がいいよね)
バッグと同じで使い込んだ印象はあるがそれでもまだまだ使えそうだった。
(タダで手に入れたものでも大事に使わなきゃ)
「はぁ・・・」
息を吐いて体を楽にさせる。
そしてそっと目を閉じた。
思いのほか疲れていた。
まだ東京駅に来ただけというのに肉体と精神はもうクタクタだった。
二時間後には否応でも体は長野県に行ってしまう。
そこから先のことを考えると、今でも立ち上がって新幹線から降りたくなる。
僕が身に着けているもので本来の男である僕の持ち物は穿いているパンツだけだった。
着ている服や靴も、バッグやキャリーケースも、そしてその中身もみんな女性ものだ。
(もう後戻りは出来ない。やるしかない)
僕が再度心を入れ替えると同時に新幹線は発車した。