神様なんていない
こんなに緊張してるのは初めてだった。いつもは慣れた足取りが、今日はどこか重くもたついて感じる。
如何わしいネオンの光の看板、見慣れた街が、今日は全く違うものに見えた。
でもダメだ。リードするのは私だ。気持ちを入れ直して、なるだけ普段通りになるように気を張って、ホテルの部屋へと入った。
「意外と部屋の中は普通なんだね」
「いろいろ置いてる所もあるけどね」
ベッドにテレビにソファー。部屋の内装は普通のホテルよりも少し洒落っ気があって広め。別にいやらしさなんてどこにもない。
エンジェはベッドの端に腰掛ける。
「なんか、緊張するね」
「言わないで。これでも私緊張してるんだから」
「そうなの?」
「伝わってないなら良かった」
「でも緊張してるって言っちゃったね」
「じゃあ、ダメだね」
私もエンジェの横に座る。エンジェは私の方をじっと見ている。私も目を合わす。近くで見ると、本当に綺麗な顔している。
「あやのさん、やっぱり綺麗だね」
「エンジェには負けるよ」
初めて会った時の引力のように、自然と顔が引き寄せられ、そのままキスをした。
触れ合うだけの優しいもの。まだ空気は十分に出来上がってないはずなのに、気付けばそうしていた。緊張を紛らわせたかったのかもしれない。
「キスぐらいはした事あるでしょ?」
「うん。でも自分からした事ない」
そう言って、今度はエンジェから顔を近付けた。一瞬触れて、すぐに離れた。
「ねえ、どうしたらいい?」
目の前にいるのは天使ではなく、一人の純粋な少年だった。嘘みたいに済みきった目がじっと注がれる。
私は、どうしたらいいんだろう。このままするべきなのか。
「どうして、急にする気になったの?」
どうしたらいいか。
「したくないなんて、一度も言ってない」
この不安は何なんだろう。
「前にも言ったけど、嬉しかったんだよ」
この嫌な感じは何だろう。
「僕は何も抱えてない」
怖い。なんだか、すごく怖い。
「抱え込まされてるだけなんだ」
するっと着ているシャツを脱ぎ去る。
「ただ、これを見せるのに、勇気が足りなかったから」
目をつぶりたかった。そらしたかった。でもそうしちゃいけないんだ。エンジェが一番、辛いはずだから。今日彼がどんな思いでここに来たのか。それを思えば思う程、私は彼を見る義務がある。
「顔と違って、醜いでしょ」
悲しすぎるほど、切ない笑顔だった。
胸部から腹部。切り傷、蚯蚓腫れ、火傷。エンジェの体は、傷だらけだった。