あいつは何もしてくれない
幾度の夜。
エンジェと会うのは日常的になっていた。たまにいない日もあったが、エンジェが言った通りたいていはいつもの夜にいてくれた。会って話すのは学校でのどうしようもなくくだらない話だったり、たまにニュースの真面目な話をしてみたり、他愛もないと言えばそれまでだが、でもその他愛のなさが私にとっては心地良かった。
「エンジェさ、モテてるでしょ?」
「急に何」
「そんだけ綺麗な顔してたら、女の子ほっとかないでしょ」
「まあ、モテるね」
「彼女とかつくらないの?」
「別に」
「興味ない?」
「そんな事ないよ。でもなんか」
「何?」
「ほとんどそうなんだけど、皆僕を見てるわけじゃないんだなって」
「どゆ事?」
「僕が好きなんじゃなくって、僕を横に連れて歩く自分に憧れて恋してるだけなんだなって」
「うわ、ひねくれ!」
「でもそうだよ。だって、僕顔は綺麗かもしれないけど、心はそうでもないもん。優しくもおもしろくもないと思うし」
「そうかなあ」
「そう思わない?」
「そこまで悪くないと思うんだけどなあ」
「知らないだけだよ」
「じゃあ、教えてよ」
「ああ、そうなるか」
エンジェとの日々。私は結構それを楽しんでる。
“お母さんは、ちょっと先に神様の所に行ったんだ。だから、いないわけじゃない。むしろ俺なんかよりいる。上からずっとお前をちゃんと見てくれてるんだよ”
幼い頃、口癖のようにこんな言葉を繰り返していた父の影響もあってか、自然と神様と母はずっと上にいて私の事を見ているんだと思いながら育った。高校になってからもそれは変わらない。母と父への感謝を忘れた日はない。毎日を楽しんで生きている。
エンジェは毎日何を想って生きているんだろう。あの日感じた闇の一端がどうにも頭から離れなかった。
「エンジェさ」
「何?」
「毎日、楽しい?」
ちょっと聞くのは怖かった。それは闇に触れるかもしれない質問だから。
「あやのさんといる時間は楽しいよ」
「生意気。いっちょ前にそんな事言って」
「本当だよ」
「そっか。ありがと。私もだよ」
事もなげにそんな風に言って見せるけど、嘘には聞こえないけど、本当にそうなのかなって思ってしまう。
「なんだか導かれるみたいにエンジェに吸い寄せられて、こうやって話すようになって。こういうの運命なのかな。神様の思し召しみたいな」
「大げさだよ。それに神様なんていないよ」
「いない?」
「あいつは、何もしてくれないよ」
まただ。また空気が重くなるのを感じる。
「エンジェが言うと、らしく聞こえるね」
「え?」
「あいつだなんて。本当に神様の近くにいて、神様が何もしないのを横で見てたみたい」
「さすがに天から舞い降りたりはしてないよ」
「だよね」
ちょっと逃げたくなる。だから逸らそうとした。
「ねえ」
エンジェが私を見た。私を逃がさないように。
「僕とまだ、してくれる気持ちって、ある?」