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安息の中の闇

「あやのさんは、何か抱えてるものでもあるの?」

「いやーそういうのはないかな」

「じゃあ、なんでいろんな男の人に声掛けてたりしてたの?」


 おっとマジか。


「実は知ってたんだ、私の事」

「結構異質だったからね」

「異質だなんて失礼な」


 エンジェにとって私は初対面ではなかったという事実はちょっと恥ずかしさを感じさせたが、そこで改めてエンジェの質問に立ち返る。


「じゃあ、だいたい何してたか分かってるんでしょ? だから最初、断ったの?」

「うん。僕にはまだまだそういうのは早いかなって」


 うん、確かに中三男子にはかなーり刺激の強い事をしていたのは事実だ。ある種年頃の男子にとってはいい事してくれるかもしれない憧れの存在に映るかもしれない。


「でも、すぐいいよって言ったよね」

「なんかそうならない気がしたからね」


 確かにエンジェに声をかけた時点で、私はいつものように体でぶつかりあう気はほとんどなくなっていた。だってやっぱり年下だし、天使みたいだし。そんな子に求めるのは違うかなと思った。

 でもちょっとだけはまだ残ってた。でも断られた瞬間に完全に気持ちは消えた。


「嫌だった?」


 もうそんな気持ちは今はないけど、イタズラっぽく聞いてみた。ちょっとした興味本位。


「別に」


 エンジェは笑いながら首を振った。


「あやのさん、綺麗だし。あやのさんが嫌だったわけじゃないよ。むしろ嬉しかったかも」


 結構予想外な答えだった。そこだけ聞けば、断られた事が不思議なぐらい私にとっては嬉しい答え。


「じゃあ」


 と言いかけて思いとどまる。


“あやのさんは、何か抱えてるものでもあるの?”


「エンジェは、何を抱えてるの?」


 なんだか嫌な予感がした。今更ながら。だって普通に考えて、中三の男の子が夜中にふらふらして、なんだかよく分からないBARのおじさんにカレーをお世話になってるなんておかしいから。


「僕は何も抱えてないよ」


 何でもないような口調。なのにずしっと、急に重力が強まったような感じがした。

 “僕は”。


「家には、あんまりいないの?」

「あんまりいたくはないけど、いなかったらそれはそれで大変になるから」

「ふーん」

「でも毎週水曜日はね、ここがあるからちょっと入り浸るんだ」

「ほんとは休みなんだぞー」


 奥からマスターの声が響いた。どうやら会話は聞こえてるらしい。


「あやのさんは、何も言われないの?」

「うん、うちはお父さんしかいないけど、放任主義だから」


 法に触れず、お前が後悔しないのなら何をやってもいい。それが私の愛すべき父親の格言であり、人生の指針となる言葉だ。未来君とのSEXと父親のその言葉が今の私を形成していると言える。

 幼い頃、自分の命と引き換えに私を生んだ母親。母親の愛情も一緒に担いで私を育ててくれた父親。


「僕も母親しかいないんだ」

「そうなんだ」

「小学校の時に離婚して。で、今は母親と二人暮らし」

「ふーん。大変なの?」

「母親がね」


 なんだかそれ以上は聞けなかった。その奥に、底なしの闇があるような気がして。それはまだ会って二回目だからとか、関係が浅いとかではなくて、いくら距離が縮まっても手を伸ばしてはいけない領域で、触れたものもろとも壊してしまうような空気を孕んでいた。

 だからその日はもう、それ以上エンジェの家庭の話には踏み込まずに、くだらない世間話で無駄に盛り上がった。

 でもその日はずっと、エンジェが抱えている何かが、ずっと目の端に映って邪魔をした。


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