私がしようとした事
「エンジェ見っけ」
「ほら、会えたでしょ」
「何なのそのドヤ顔。ムカツク」
「短気だなあ」
不思議なものだ。まだ会って二回目なのに、この少年に対してどんなふうに言葉を続けたらいいかなんて全く考える必要もなく、口が勝手に動いてくれる。
「ね、どっか入らない? さすがに今日はご飯まだでしょ?」
「うん」
「オッケ。さてじゃあどうしよっかなー」
「だったらいい所あるよ」
「え、ほんと?」
「うん、こっち」
とことこと歩きだすエンジェの後ろについていく。慣れた足取りは夜をすり抜け、見た事もない狭い路地に入り、鉄さびた階段を下りていく。
「え、ちょっと」
「大丈夫」
「でも」
「いいから」
監獄の鉄格子のような扉。そこに掲げられた「BAR」の文字。どう見ても中高生が入っていい場所ではない。それに加えて「CLOSE」の板がぶら下がっている
それでもエンジェは構わず扉をギイっと押し開く。
「やっぱお前か」
「お腹すきました」
仄かにオレンジに照らされたどことなくアダルティな空間はR18の空気まっしぐらだ。カウンターの奥でグラスを磨いていたこの店の主らしき初老の人物はグラスと口に挟んだ葉巻を置いて、困り笑顔を見せた。
「ったくお前のせいで定休日って概念がなくなっちまったよ。何がいい?」
「ビーフカレーで」
「で、横の綺麗なお嬢ちゃんは?」
「あ、え、私?」
「ちなみにおすすめはそいつが頼んだビーフカレー」
「じゃ、じゃあそれで」
「ちょっと待ってな」
エンジェはもう当たり前のようにカウンターに座っている。私も並んで横に座る。
「いい店でしょ」
「BARなんて初めて来た。っていうか知り合い?」
「うん。ふらふら歩いてたら、ガキがこんな時間に何してんだって声掛けられて。それでカレー食べさせてくれた」
「なんか間がすぽーんって抜けてる気もするけど、いい人なんだね、あの人」
「うん、いい人」
ほどなくしてマスターが皿を二つ持って現れた。
「はい、お待たせビーフカレー二丁」
「うわっ! おいしそー!」
「おいしそーじゃなくて、ほんとにうまいから安心しな」
自身に満ち溢れた笑顔と水の入ったコップをことりと置いて、マスターは奥へと消えていった。
「あー急にすんごくお腹すいてきた。ねえもう食べていい?」
「もぐもぐ」
「ってもう食ってるし。いただきますちゃんと言った?」
「ちゃんと心で唱えた」
「まあ良しとしよう」
いただきますと共に、スプーンでほっこりしたライスとルーをすくう。もちろんビーフも一緒にはむっと一口。
「っは、うまっ!」
マスターの言葉に偽りなし。甘みの効いたルーのコクは包容力抜群だ。しっかり煮込まれたとろとろのビーフは少し歯をたてるだけでふわりと崩れ口の中で溶けていく。
「ビーフシチューもうまいから、今度それ頼むといいよ」
「あ、絶対うまいね、それ」
夢中でスプーンを動かし、皿の上のカレーは瞬く間にお腹の中へと消えていった。
「あやのさんはさ」
食事が一段落し、お腹の苦しさに思わずぐっぷとゲップの一つ鳴らしそうになった所にエンジェが切り出してきた。
「ん?」
「あやのさんは、高校生だよね」
「うん、そだよ。エンジェは中学生だよね」
「うん、中三」
「私はちなみに高三」
「そうなんだ」
「今完全に年上だって事が判明して尚、全然敬語使わないよね」
「使った方がいい?」
「いや、いらないいらない」
「で、あやのさんは、本当は僕と何しようとしたの?」
思わず飲もうとしたコップを落としそうになった。