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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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第六話 スキボの滑り

「よろしくお願いします!」



 晴子たち三人についてスキーボードを本格的に習うことになったレイとじゅん。相変わらずの青空が二人の新しい世界を暗示するかのようである。その青空も多少の雲によるコントラストがより青を映えさせるように、二人の表情も期待の中に若干の緊張した面持ちがあり、そんな表情がこれから新しいことを始めると言う状況をより一層際立たせていた。



「二人とも基本的な滑りは出来ているようだけども、まずはスキボの滑りを身体に染み込ませるために皆でフリーランしましょうか」


「スキボの滑り?」


「そう、スキボの滑り。とは言っても変わったことはしないわよ。皆でワイワイ滑って、滑りながらおかしいところがあったら矯正していくだけよ」


「滑りながら直していくってことですか?」


「そうだよ。例えば長板だと何かの拍子でバランスを崩した時には自分でも気付かないうちに前後に体重を預けてバランスを取り直しているってことがあると思うんだ。でもスキボでそれをやるとほぼ間違いなく転んじゃうからね。そう言ったスキボならではの特徴を滑りながら教えていこうかなって思うんだよ。もっともレイたちは既にスキボを経験しているから多分平気だと思うけどもね」


「もう、春美ったら滑る前からそんなプレッシャーかけないの。でも確かにその通りよ。その他にも色々あると思うからね、まずは普通に滑ってスキボ自体に慣れてもらおうってことよ」


「大丈夫、二人ともほぼ出来てる。だからこれは確認みたいなもの」



 晴子たちがふざけながらも今後の指針を示すが、じゅんの表情が緊張から疑問へと変わっていく。晴子はその変化に気付きじゅんに尋ねる。



「どうしたの?何か不満?」


「あのね、不満とかじゃないんだけども」



 自分の中で生じていた疑問を晴子に確認してみようと思い、言葉を続けるじゅん。



「私、今までスキーって学校のスキー教室くらいしかしたことなかったの。でも身体が小さいからなかなか思うように滑れなくて。だからスキーは楽しかったけども、思ったように滑れなくてちょっと悔しかったの。でもスキーボードを履いたら自由に滑れるようなったから・・・」


「つまり何で突然上手く滑れるようになったかを知りたいわけね」


「・・・うん」



 じゅんにとってスキーと言えば、学校のスキー教室と先日の家族旅行でしか経験がない。正確に言えば記憶がない程小さい頃にも滑ったことはあったのだが、本人がそれを覚えていないのだからカウントには入らない。先日の家族旅行では、レイから『一日でそこまで滑れて大したもの』と評価され、その時はそんな評価に天狗になっていたものの、板の長さに振り回され、自由自在にとは程遠い状態であったことはじゅん自身が一番自覚していた。


 だからこそスキーボードの自由さに喜びを見出し、現在こうして晴子たちに滑りを教えてもらうようになったのだが、何故板の長さが変わるだけでここまで滑りの違いが出るのかが疑問だったのだ。


 その答えを知りたくて今更ながら晴子に疑問をぶつけてみたのだが、その答えは意外なところから返ってきた。



「それはね、じゅん」


「お、おねーちゃん?」


「それこそがスキボの特徴だからじゃないかな」



 じゅんの意外そうな顔に対して、レイは最初から分かっていたと言わんばかりの確信に満ちたやさしい微笑を浮かべる。



「正解よ」



 的を得た発言に笑みを返す晴子。



「そう言えばスキボのデメリットの話ばかりで、スキボの特徴やメリットを話してなかったわね」



 スキーボードのことを正しく理解してもらいたいがために、まずマイナス面ばかりを語ってしまっていたことに気付く晴子。肝心のメリットや魅力を伝えていない自分自身の迂闊さを心の中で責める。結局姉妹はスキーボードを続けることを選んでくれたのだから結果的には問題はないのであるが、やはりスキーボードの特徴は伝えておきたい。そう思っていると、葉流が晴子の気持ちを代弁するように解説を入れてくれた。



「スキボの特徴はまずその短さ。そして短くなったことによる軽さ。短くなったから長い板のように板が交差しにくい。軽くなったから小柄で非力でも操作がしやすい。つまりそういうこと」


「まぁ簡単に言うとね、滑るだけなら誰でも簡単に滑れるようになるってことだよ」


「そうなんだー」


「でもな、いくら簡単に滑れるようになるって言っても、ある程度滑れていないとそこまで簡単には行かないよ。だから長板でもある程度滑れていたけどもスキボでは格段に上手くなったように感じたのは、じゅんにとっては単純に板があってなかったってことかもしれないな」



 葉流に続いて春美もフォローを入れてくれる。何事も根詰めてしまいがちな性格のじゅんとしては、何もしていないのに上達しているような現在の状態に疑問を感じていたのだが、それはあっさりと解決された。理由はスキーボードだから。そんな単純な理由ではあるが、それを実体験しているじゅんは納得せざるを得ない。



「そっか、そうなんだ」


「疑問だったの?」


「うん。だってさ、普通のスキーを履いてる時よりも色んなことが出来るようになってる気がしてるし、晴子ちゃんからはもうちょっとでグラトリ出来るとか言われるし。でも特に練習もしていないのに何でだろって」


「ま、それもやってみなきゃ分からない魅力ってヤツだな」


「そうね。それ以外の魅力も今からたくさん分かるかもしれないわよ」



 晴子が悪戯っぽく笑いながら話をまとめる。前回のスキー旅行での長板体験が生きていることに納得したじゅんも思わず笑顔になる。晴子はその笑顔を見届けるとリフトに乗り込み移動を開始するのだった。



◇◆◇◆◇◆



 着いたのはさっきまで春美と葉流がグラウンドトリックを披露していたゲレンデ。全員がゲレンデに降り立ったところで晴子が思い出したように告げる。



「そう言えば二人とも。板はレンタルだって言っていたけども、ウェアは?」


「え?こ、これは自分のですけども・・・」



 突然の質問に思わず口ごもりながら答える。



「そうなるとヘルメットは持っていないってことね」


「ヘルメットって、頭に被るヘルメット?」


「そうよ。もしスキボを続けるなら安全のためにもヘルメットはしておいたほうがいいわよ」



 思いもよらぬことを言われ疑問を隠しきれないレイとじゅん。二人の認識ではヘルメットを被って滑るのは、それこそオリンピックに出るような人たちくらいだと思っていた。晴子の言葉を引き継ぎ、春美がその理由を告げる。



「スキボは滑るだけなら長板とさほど変わらないけどもさ。レイはグラトリ、じゅんはパークをやってみたいんだろ?そう言う変わった動きをするとどうしても転倒しやすくなるからね。そんな時に頭を打ったら大変だろ?」


「確かに・・・、そうですね」


「他にも背中や腰、手首、膝やお尻とかの身体の色んなところを守るプロテクターがあるんだけれども、最低限ヘルメットはつけて欲しいな」


「さっき言ってたリスクの話ですね」


「その通り。そうやって怪我の可能性を少しずつ減らしていくようにすれば気持ち的にも安心だろうしね」



 先ほど教えてもらったスキーボードのリスクについての話を思い出し理解をするのだが、そうなると根本的な疑問が湧き上がる。それを口に出す勇気がないのがレイであるが、それをしっかりと口に出せるのがじゅんである。



「でもさ・・・、春美ちゃんたちはヘルメット被ってないじゃん」



 じゅんの指摘に思わず『そ、それは・・・』と口ごもりながら苦笑いをする春美。確かに先日出会った時も今も、春美だけでなく三人ともヘルメットを装着していないのだ。途端に言葉の説得力が失せていきそうになるところ、晴子がバツが悪そうに答える。



「実はね・・・、私たちもついこの間からそうしようって思い始めたばかりなの。今日から初めてヘルメットをするつもりで持って来てはいるんだけども・・・」


「いつもの習慣でついビーニーを被ってしまっていた。不覚」


「はは・・・。そう言うこと」



 もっと真面目な理由があるかと思いきや、想像よりも遥かに間抜けな理由に思わず笑い出すレイとじゅん。



「なんだよー!笑わなくてもいいじゃんかよー!」


「あっはっはー!だって真面目に教えてくれたと思ったら、自分たちは忘れちゃったって!」


「じゅん、そんなに笑っちゃダメよ」


「そう言うレイも目が笑っているわよ」



 姉妹の笑いをたしなめながらつられて笑顔がこぼれてしまう晴子と春美。葉流は表情こそ崩していないが、四人の様子を楽しそうに伺っていた。


 今からスキーボードを教えてもらおうと緊張していたレイとじゅん。しかし思わぬことによりその緊張はすっかり失せていた。同時に先ほどまでの滑りを見て、雲の上のように感じていた三人が急に身近な存在として感じるようにもなっていた。



---



 ひとしきり笑い終わった後で晴子が改めて場を仕切りなおす。笑顔の余韻をこれから始まる緊張感で引き締め直すレイとじゅん。しかし先ほどまでとは違い、どこかに漂う楽しげな雰囲気が緊張感すらも優しいものに変えていた。



「そう言うわけで私たちも明日からはしっかりヘルメット被るから、レイたちも明日からは被ってきてね。宿に言えばレンタルとかあると思うから」


「分かった!」



 姉妹を代表して元気よく返事をするじゅん。今から始まることが楽しみでたまらない様子である。



「さぁそれじゃいよいよ滑りましょうか。二人とも先に行っていいわよ」


「え?晴子さんたちは?」


「すぐに追いつくわよ」



 晴子の言葉にちょっと首をかしげながらも滑り出すレイとじゅん。姉妹はレイ、じゅんの順番で滑り出した。



 レイは皆でフリーランと聞いていたのであまりスピードを出さないように滑っていたのだが、滑り出して暫くも経たないうちに横から滑走音が聞こえてくるのに気がついた。ふと見ると晴子がレイと並走して滑っている。じゅんの方を見ると、じゅんの左右には春美と葉流が付いてじゅんに向かって何かを叫んでいる。



「レイの滑りはかなり綺麗ね。結構滑り慣れてるの?」



 滑りながら大きめの声で晴子が尋ねてくる。質問に返答しようと停止動作に入ろうとすると、再度晴子に呼びかけられる。



「止まらなくてもいいわよ。滑りながら色々教えてあげるから」



 晴子の意図に気付いたレイは停止動作から再び滑走体勢に入り、滑りながら答える。



「中学の卒業旅行でスキーに行って、それから毎年二、三回は友人家族に連れて行ってもらってるんです」


「そうなんだ、誰かに教えてもらったの?」


「学校以外では友人にちょっとだけ」


「後は独学?」


「そうです」


「なるほどね・・・。とりあえず一本はこのまま一緒に滑りましょう!」



 晴子はそう言うと速度をあげてレイを追い越す。滑っている途中、晴子はひょいと片足をあげると、一本足のまま器用にターンしながら滑っている。あげた足は空中で体育座りをするように身体に引き寄せて、あげた足と反対側の手でスキーボードをしっかりと掴んでいた。


 そんな片足滑りに見とれていると、滑りながら静かに足を下ろし、今度はくるっと後ろ向きになった。滑走方向に対して背中を向けている状態なのだが、そのまま器用に滑っている。



「さっきの片足滑走や今の後ろ向き滑走、凄いですねー!」


「片足のはソロ、この後ろ向きはフェイキーって言う滑り方よ。慣れればすぐに出来るようになるわよ」



 そう言うと進行方向に顔だけ向けて器用にターンする晴子。普通に滑っているとの同じような滑りなのに身体は逆を向いている、人と変わったことをしている。そんな意識のせいか晴子は楽しそうにゲレンデをフェイキーで滑走している。そんな晴子を見てレイの中で何かがはじけるのを感じた。


 晴子の一挙手一投足をじっくり観察するとレイは自身に気合をいれる。



「よーし!えいっ!」



 ターンをするタイミングで自分を鼓舞する様に掛け声を出すと、身体を捻らせ晴子と同じようにフェイキーの姿勢となった。ふらつき気味で安定はしていないものの、顔はしっかりと進行方向を向き、晴子と比べるとやや不恰好ながらもしっかりと滑れている。


 これには晴子も思わず目を見張る。進行方向に向けたレイの顔が晴子の視線と交差すると、それはどこか勝ち誇るような表情であった。自分の行動を褒めてもらいたい子供のような輝いた目をしながら晴子を見つめるその顔に思わずクスリと微笑を漏らす。



(じゅんの方が挑戦的なのかと思ったけどもレイもなかなかね。それにしてもレイはセンスがある滑りをするわね。さすがスキボを始めたいって言うだけあるわ)



 突然フェイキーを始めたレイの嬉しそうな顔を見て晴子はそんなことを思う。フェイキーのまま徐々に速度を落としてレイの横に並ぶと、お隣さんに向かって声をあげる。



「初めての割にはなかなか上手じゃない。もし余裕があるならそのまま板を半歩程度前後にずらしてスタンスを拳二つ分くらい空けてみて。それと前を見るのは上半身じゃなくて首から上だけよ。腰はしっかりと後ろに向けたまま肩の上から首だけを捻って後ろを見るのよ」


「はい!こ、こうですか?」



 言われた体勢を即実行するレイ。晴子の滑りを間近で見た直後とは言え、説明しただけでここまで綺麗に出来るものかと感嘆する。


 気付けば二人フェイキーで滑走する状態となっていた。晴子がターンをきっかけに元の体勢に戻ると、それに習うようにレイも元の体勢に戻る。晴子が挑発するように今度はソロで滑走すると、教えてもいないのにレイもソロでついてくる。


 そんなレイの滑りの吸収力に感心する晴子であったが、それと同時にそれは晴子の悪戯心を刺激する。



「それじゃお手並み拝見ね」



 晴子はそう呟くとレイに言葉なき挑戦を仕掛ける。


 先ほどまでと同様にフェイキーにスイッチするが、その際に片足をあげ、ソロの状態でフェイキーに入る。しかしそのまま滑走には入らず、滑りながらグルグルと回転しだした。つまりソロで回転しながら滑走しているのだ。


 数回転した後にレイの様子を伺うと、勢い余って転倒しているレイがいた。内心に勝利の笑みを浮かべながら、しかしちょっと大人気なかったかと反省しつつレイの元に駆け寄る晴子。レイは起き上がりながらも楽しそうに笑っている。



「晴子さん、スゴイですね!今の何て言うトリックなんですか?」


「え、あぁ。今のはグランドスピンよ」


「でも片足・・・、ソロでやっていましたよね?」


「そうよ、ソロとグランドスピンの複合トリック、ソロスピンよ」


「ソロスピンかぁ。突然やり出すからびっくりしましたよ。さすがに真似出来ませんでした」



 悪戯っぽく笑うレイ。晴子はやれやれと言った表情ではあるが決して困ってはいない。むしろやんちゃな妹を見る姉の気分であった。



「いきなり全部出来たら私の立場がないわよ。それでもいきなりあそこまでソロやフェイキーが出来るならたいしたものよ」


「何か面白いですね、フリーランって!」


「まぁ正確には途中でグラトリも入れてるけどね。でも楽しく自由に滑るのがフリーランだから何でもアリなのよ」


「途中で雪をかけるのもですか?」



 そう言うレイはニヤニヤと笑っている。先ほど見学しているレイたちに雪飛沫をかけたことを言っているのだ。



「そうよ。だから私が後ろにいる時には十分に注意しなさい。もし転んだら盛大にお見舞いするわよ」


「晴子さんこそ注意してくださいね。私だってやっちゃいますから」



 軽口を叩き合う二人の顔には自然と笑顔がこぼれていた。



◇◆◇◆◇◆



 一方じゅんはいつの間にか突然挟まれるように現れた春美と葉流にアドバイスを受けていた。それはレイとは異なりかなり実践的なものであった。



「あまり滑れないって言ってた割にはなかなかいい感じじゃん!後はもうちょい足の脛がブーツに当たるように膝と腰を落として」


「スタンスの開き具合は問題ない。手は湯船にもたれ掛けるような形にして、肩の力を抜いて軽く開いてやや前方へ」


「おっと、それじゃ前に傾きすぎだ。踵はブーツの中でしっかり踏みつけて浮かないようにするんだ」



 滑りながらアドバイスを受け、姿勢を矯正していくじゅん。



「でもこれって普通のスキーで習った姿勢と全然違うよー!」


「だから言ってるだろ。長板とスキボは別物だって」


「そっかー、でもこの体勢の方がスピードも出るし、ゲレンデに近い感じで気持ちいいね!」


「だろー?後はもうちょい上体を起して。そう、やや胸を張りつつあごを引くんだ。お尻はつきださないようになー」



 滑走姿勢の細かいアドバイスを素直に取り入れていくじゅん。



「そうそう、そんな感じで。因みにその姿勢はキッカーに入るときの基本姿勢でもあるからな」


「ホント?」


「試してみるかい?」


「うん!」


「それならそこから膝と腰を同時に伸ばして椅子から立ち上がるようしてみてごらん?」


「こう?っとっとっと・・・、うわー!」



 言われたとおり滑りながらも膝と腰を伸ばす動きをするじゅん。その途端にバランスを崩し後ろへ転倒してしまった。そんなじゅんの動きは予想通りだったのか、大して慌てる様子もなく二人はじゅんに駆け寄って無事を確認する。



「大丈夫?」


「う、うん。平気」


「な。バランスを崩すと転びやすいだろ?」


「春美ちゃーん・・・」


「そんな情けない声出すなよ」


「だってさー、わざと転ばせるようにさせたんじゃないのー?」



 春美の言うとおりの動作をして転倒したので、その転倒を春美のせいだとじゅんは思っている。しかしそれは葉流に口から否定される。



「違う。今のはじゅんが体勢を崩していた」


「そうなの?」


「伸び上がることのみに集中して重心が後方に移り後傾になっていた」


「そうだった?」


「そうだった。フリーランでもキッカーでも重心は原則として常に身体の真下。これを無意識下において出来ていないとキッカーを飛ぶのは危険」


「そっかぁ、気付かなかったよ」



 葉流に指摘を受けて素直に自分のミスを受け入れる。



「それじゃさ、滑らないで立ったままで今の動きやってみな」


「今のって?」


「膝と腰を落として滑る体勢になって、そこから身体を伸ばす動作だよ」


「うん、分かった!」



 春美に言われてその場で先ほどの動作を反復するじゅん。身体を伸び上がらせようと膝と腰を伸ばしている時に春美から待ったがかかる。



「ちょっと待った。ほらこの時だよ」


「え?どういうこと?」



 無理な体勢でストップを掛けられたため、プルプルと身体を震わせながらじゅんが自分の体勢を確認する。



「身体を伸ばす時に上半身を反るようにしているだろ?その動きで身体の重心が後傾になるんだよ。上半身は滑っている時のままの姿勢を維持。膝と腰だけで上半身を持ち上げるんだよ」


「えっと、スクワットみたいな感じかな?」


「ちょっと違うけども、上半身を動かさないって意味では大体あってるかな」



 春美に言われたとおりの動作を確認しながら何度も行うじゅん。その動きを確認していると葉流から次のアドバイスが飛んでくる。



「次は伸び上がった時にジャンプしてみて」


「えっと・・・、こう?」



 じゅんは伸び上がると同時に雪面を蹴ってその場飛びをする。ブーツで足首を固定されているのに加え、スキーボードを履いたままなので無理やり膝を抱えるように飛び上がるのだが、その飛び方に対して葉流からダメ出しがかかる。



「違う。身体を伸ばす反動を利用して足のかかとで飛ぶイメージ」


「えー、そんなの無理だよー!」


「スキーブーツは足首が固定されているから普通には飛べない。だから膝と腰を伸ばした反動を利用してちょっとでも浮けばそれでいい」


「えっと・・・、こんな感じ!?」



 葉流に言われたとおり膝と腰のバネを利用して、身体を伸ばした時に全身を真っ直ぐ伸ばしたままジャンプしてみた。しかし浮いた距離はほんの僅かである。



「それでいい。その動きを忘れないで」


「え?これでいいの?」


「その動きはグラトリのジャンプ系トリックをする時の飛び方でもあるし、キッカーで飛ぶ時の動作でもあるんだよ。特にキッカーは普通に滑ってれば発射台みたいに勝手に飛べるように出来ているから無理に自分から飛び上がる必要はないんだよ」


「そうなんだ。でもそれなら誰でも飛べるんじゃない?」


「まぁ理屈はそうだけどもね。でも実際はキッカーに入ってみると結構怖いもんだよ」


「そうなの?横から見てると気持ちよさそうだけどもなぁ」


「見てるのとやるのは結構違うもんだよ。まぁ後から見てもらうからその時にでも分かると思うよ。とりあえず今はその動きをしっかり練習しておけば絶対に役立つから。滑りながらでも思い出した時にしゃがむ、伸びる、飛ぶの動作を反復してやってみな」


「分かった!ありがと、春美ちゃん、葉流ちゃん!」



 じゅんの真っ直ぐで新しいことを吸収することに貪欲な姿勢が春美と葉流にはとても心地よい。そんなじゅんの姿勢を通じてどこか新鮮な気持ちで滑走を楽しんでいた。



 その後もフリーランをメインとしながらレイとじゅんはそれぞれのやりたい事の練習を重ねていき、瞬く間に二日が過ぎて一行は最後の夜を迎えていた。

お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。



※ビーニー

帽子のこと。ニット帽やキャップなど、スキーやスノボの時に被る帽子を総称してこう呼ぶ。


※ソロ

片足をあげて、残る片足だけで滑るトリック。ワンフットとも呼ばれる。あげた方の足はそのままあげているだけでも良いが、スキーボードの板を掴む、或いはその掴み方によって難易度が大きく変わる。


※フェイキー

後ろ向きに滑る滑り方。フリースキーなどではスイッチと呼ばれるが、スキーボードでは進行方向を変える動作をスイッチと呼び、後ろ向きに滑っている状態をフェイキーと呼ぶ。


※グランドスピン

滑走しながら回転するグラウンドトリック。


※ソロスピン

片足で滑走しながら回転するトリック。ソロとグランドスピンの二種類のグラトリを同時に行う難易度が高いトリック。


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