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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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閑話 レイとじゅんの両親の会話

「今頃二人は楽しんでいるかな?」


「どうでしょうね?」



 レイとじゅんがいない倉橋家では子供たちがいないことをいいことに、食卓には刺身や揚げ物などと言った居酒屋さながらのおつまみを並べ、晩酌をしながら夫婦水入らずの会話を楽しんでいた。


 レイとじゅんが二人でスキー旅行に行きたいと言い出した時には、父親はともかく母親は随分と渋っていたが、二人の熱意(と父親からの援護射撃)に負けて条件付で認めることになった。しかし子供たちがいないからこそ持つことが出来たこの時間は、いつも隙を見て味わうわずかな時間の恋人気分よりも遥かに満足出来るものであり、母親は表面上はともかく、内心ではこの甘い時間を持てたことに大して姉妹に感謝をしていた。


 もっとも普段から隙あらば恋人のように振舞う二人なので、レイやじゅんがこの様子を見たとしても『まったくいつも仲がいいわね』などと冷やかされるのが落ちなのではあるが。



「それにしてもあんなに真剣にスキーをしたがるなんて意外ね」


「レイは元々やっていたけども、じゅんまでハマるなんて思わなかったよ」


「あら、じゅんは一度ハマったら根詰めてしまうのは知っているでしょ?」



 流石は両親である、じゅんの猪突猛進な性格は良く理解していた。思わず苦笑しながら空になったグラスにビールを注ぎ、それを喉に流し込んでいく。



「いや、それは知っているけどもね。俺が言っているのはそうじゃなくて・・・」


「じゅんが小さい頃の話をしているのね」


「ああ」



 自分のちょっとした油断と不注意でじゅんに怖い思いをさせてしまったことから、自らも自分の趣味であったスキーを封印していた父親。自分は我慢すれば良いだけであったが、当時はいくら幼く、記憶はほぼないであろうとは言え、彼女のトラウマが刺激されることを懸念しているのであった。



「レイはもう小学生だったから覚えているけども、じゅんは流石に覚えていないわよ」


「そりゃそうかもしれないけども、一面雪に囲まれた環境に行けば思い出すかもしれないだろ?」


「もし思い出したとしても、多分それ以上に楽しいと思っているなら関係ないわよ。それに何よりじゅん自身が行きたがっているんだもの」



 父親の懸念を余所に母親はあっけらかんとしたものである。それもそのはず、敢えて言うことではないと特に話はしていないが、今回姉妹がスキー旅行に行くに当たって、母親は改めて過去のことをじゅんに話したのだった。


 話を聞いたあとの感想は『ふーん、覚えてないや』の一言。脅かすつもりはなかったが、それでもこのことを伝えるのには多少の覚悟が必要であった。それにも関わらず軽い一言で返され、挙句の果てに『そんなに心配しなくても大丈夫だよ!』慰められる始末。


 子供の成長を改めて感じつつも、レイがついていることもありそれ以上の心配は無用で心の中でしっかりと割り切っていたのであった。



「それにしてもレイの提案で久しぶりにスキーをしてみたけども、まさかあそこまでハマるとはね」


「血は争えないってことよ」


「どういうことだい?」


「当時は映画の影響でスキーを始めた仲間も沢山いたけども、あくまでも流行りものだったでしょ?だから直ぐに飽きていった仲間たちを尻目にハマりだしたらそれしか見えないと言わんばかりに毎週のように滑りに行ってたじゃない」


「そういやそうだったな」



 父親は当時を懐かしむように目を細める。



「あの時、ただひたすら滑ることを楽しんでいたアナタはこの間のじゅんとそっくりだったわよ」


「それは逆だろ?俺がじゅんに似てるんじゃなくて、じゅんが俺に似ているんだよ」


「どっちでも同じことよ」



 両親が学生時代、当時は上映された映画の影響に景気の良さも手伝って爆発的なスキーブームであった。学生であろうが社会人であろうが週末ともなるとこぞってゲレンデに出かけて行き、リフト待ちが三十分などはざらであった。


 父親がスキーを始めたのは丁度その頃、世間の流行に便乗して、興味本位で始めたのがきっかけであった。しかし流行は所詮流行。周囲の仲間は二、三年もすると徐々にゲレンデから足が遠のいていく中、父親はそれでもスキーにはまり続けていた。


 当時はまだ友人同士と言う間柄であった母親は流行に便乗するように大勢の仲間と一緒にゲレンデに行っていたのだが、父親のスキーへの尽きない情熱にやや呆れつつも、そんな子供のように無邪気にスキーを楽しむ父親に徐々に惹かれていき、周囲のスキー熱が冷めていく中、父親と二人で毎週のようにゲレンデに通いつめていた。



「アナタったら、折角だから検定でも受ければいいのにって勧めても、俺はただお前と滑っているのが楽しいんだ。なんて言って、結局受けず終いだったわね」


「別に検定だけがスキーの全てじゃないからな。って、さらっと当時の恥ずかしいことを言うなよ」



 母親が漏らした当時の言葉に、流石に普段から包み隠さず愛情を表現する父親も恥ずかしくなり、目の前の料理に忙しく箸を移す。そんな父親の様子を可愛く思い、思わず笑みを漏らす。



「そんなアナタだから自らスキーを自粛したときにはちょっと心配したのよ。あれだけどっぷりとハマっていたのに突然行かなくなって大丈夫かなって」


「あれは俺のけじめだよ。いくらスキーが好きでも子供に不安な思いをさせてまではするべきではないよ」


「それは分かるけども、私はアナタが心配だったのよ」


「でもレイがスキーを始めて、そして今はじゅんがスキーを始めた。俺が強制して始めさせたんじゃなくて子供たちが自らの意思で始めてくれたんだ。俺はそれが何より嬉しいよ」


「そうね。だからやっぱり血は争えないってことじゃないかしら」


「そっか。なるほどそうかもしれないな」



 改めて母親の言葉に納得した父親は嬉しそうに笑うと母親のグラスにビールを注ぎ、乾杯を促した。それに答えグラスを合わせると、そのグラスに口をつけず父親へと語りかける。



「だからね」


「うん?」


「だからもういいんじゃない?」


「何がだ?」


「スキー。また始めてもいいんじゃない?」



 母親の言葉に答えず、グラスのビールを一気に煽る。今しがた飲み干したグラスを見つめながら喉を抜けていく麦の香りが鼻腔を抜けていくのを感じる。



「そうだな。また始めてみるか」


「この間の家族旅行の時から少し血が騒ぎ出していたんじゃない?」


「そんなことはないぞ、うん。そんなことは・・・」


「あるわよね?」


「・・・ちょっとだけな」



 父親の虚勢を張る様を思わず可愛いと思ってしまった母親は、それを誤魔化すように父親を問い詰める。その柔らかな迫力に思わず本音を漏らすが、今更それを隠す気はないようであった。



「それにしてもこの間じゅんが一生懸命探していた短いスキー、スキーボードって言ったっけ?あんなものは俺たちの頃にはなかったな。あんなに短いので大丈夫なのか?」


「ゲレンデで会った大学生三人組みに教えてもらったって言ってたわね。何でも踊るように滑っていたのが凄く楽しそうだったって言ったけども。そんな大人でも履けるような板なら大丈夫なんじゃない?」


「それもそうだな。大丈夫じゃなければ履く人もいないよな」


「それにじゅんだけじゃなくてレイもそのスキーボードって言うのが気に入ったみたいよ。家族旅行から帰るなり、随分と一生懸命調べていたみたいだしね」


「レイも普段は大人しいけども、これ!と決めたら一直線だからな」


「じゅんはアナタに、レイは私に似ているのね」


「普段は大人しい?君が?」


「なに?」


「い、いや、何でもないよ」



 世によく言われる夫婦の力関係は女性の方が強いほうが上手く行くと言うが、それはここ倉橋家においても有効であるらしい。知り合った当初は確かに大人しかったであろう母親は、結婚、出産、育児を経て確かに強く逞しくなっていた。


 そんな母親の態度に苦笑を漏らす父親であったが、それも惚れた弱み。いや現在進行形で惚れ続けている弱み。こんなやり取りすらも楽しいと感じでしまうのであった。



「昔ほどの頻度では行けないと思うけども、それじゃ今度行ってみるか」


「そうね」


「それじゃ久々に道具を揃えないと。レイたちが帰ってきたらスキーボードとやらがどんな感じだったか聞いてみるか」


「あら、普通のスキーはやらないの?」


「どうせなら楽しいほうをやった方が楽しいだろ?」


「全く・・・、そんなところは昔から変わらないんだから」



 レイとじゅんがいない倉橋家でスキーボードに興味を持ち出したウインタースポーツの愛好者が二人。それはいずれ姉妹や晴子たちにも知れることになるのであるが、今はただそんな話を肴にゆっくりと大人の時間を過ごす両親であった。


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