表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキーボードの物語  作者: はるパンダ
28/30

第二十六話 ターニングポイント

 エアトリックの大会から数日経ったある日。冬の寒さに辟易する日々が続く中、特に予定がなかったレイは自室でのんびりと雑誌を読みながら過ごしていた。


 読書のお供には緑茶とおはぎ。少々時期外れの和菓子ではあるが、スーパーやコンビニなどでは比較的容易に入手できる和菓子である。本来ではあればその時期の旬ものを食べると言うのが自身のこだわりなのであるが、たまに衝動的に食べたくなってしまうのは仕方がないことであるとも思っている。そう自分に言い訳をしてわざわざ近所のスーパーまで買いに行き、緑茶と共にのんびりとした時間を堪能しているのであった。



 どれくらいの時間を本の世界で過ごしていたのだろうか。ふと気付けば窓の外は暗くなっていた。先ほどまで浸っていた活字の世界から帰還を果たすと、同じ姿勢で居続けたせいか身体の節々が強張っていた。その身体をほぐすために思いっきり伸びをしていると、玄関のあたりから騒々しい音が聞こえてくる。


 きっとじゅんがアルバイトから帰ってきたのだろう。そう思っていると階下からドタドタと足音が近づいてきた。音の主はそのままレイの部屋の前を通り過ぎていくかと思いきや、ドアの前で音を止めるとそのままレイの部屋のドアを開け、前置きなしにこう告げてきた。



「おねーちゃん!本当にいいの?」



 音の主は想像するまでもない。レイの妹にしていつでも元気全開少女のじゅんである。やや顔が赤みがかっているのは寒さを紛らわすために走って帰ってきたのであろうか。帰ってきた状態のまま部屋を訪れたじゅんはそのままずかずかと部屋に入ってくると手に持った携帯の画面を指し、開口一番で告げてきた言葉がこれであった。



「ちょっと、入るときにはちゃんとノックしてっていつも言ってるでしょ?」



 あまりにも唐突な登場に、質問に答えるよりも先にその行動に注意を促す。もっとも、じゅんの行動はいつものことなので、改めて厳しく咎める事はしないが、それでも言っておかないと彼女はそれに気付く事がない。案の定、レイの注意に初めてそれを忘れたことに気付いたじゅんは、はっとした表情を作りいそいそとレイの部屋から出て行こうとする。



「全く・・・、今更やり直さなくていいわよ。今度からは気を付けるのよ」


「はーい」



 じゅんは素直に返事をするが、その表情は反省するどころか、構ってもらって嬉しがる子供のそれであった。二度あることは三度あると言うが、このことに関しては三度どころかもう何度目だろうと内心で溜息をつく。しかしそれすらも慣れたもので、直ぐに思考を切り替えるとじゅんが部屋に入ってきた口上を思い出す。



「で、突然何の話?」


「さっきメール入れてくれたこと!」


「ああ、そのこと?もちろんよ」



 じゅんが握り締めている携帯の画面には先ほどじゅんに宛てて送信したメールが表示されていた。



件名:卒業旅行

本文:来週末にしずくと卒業旅行で滑りに行くつもりだけども、じゅんたちも一緒に来る?



 いよいよ高校卒業を間近に控えたレイたちは世の大多数の学生の例に漏れず、思い出作りと称して卒業旅行を計画していた。


 しかし多くの学生と異なるであろう点は、行き先がゲレンデであること。


 通常であれば普段はなかなか行く機会のない観光地、或いはワイワイとはしゃげる遊園地、金銭的に余裕があれば海外などに出掛けるのが一般的な卒業旅行とされているが、そこはレイとしずくである。スキーとスキーボードの違いはあれど、同じゲレンデを愛する親友同士が冬に出掛ける思い出作りと言えば、やはり滑りに行くことしか考えられないようであった。


 それでも北海道など、なかなか行く機会がない遠方に行くのであれば卒業旅行としての名目にもなるのであるが、二人が選んだのは比較的良く行く近隣のゲレンデ。移動に時間と費用をかけるのであれば、少しでも長く滑りを楽しみたいと言うことで意見が一致した二人は、性格は違えどやはり親友同士であると言えよう。


 かくして名目上の卒業旅行はいつもよりも長期間ではあることを除き、ほぼいつもと変わらないスキー旅行となり果てているのであるが 更にそこにじゅんたちを誘うとなると、もはや“卒業”旅行と言えるのかどうかが大いに疑問である。しかしそれもこの旅行の主役となる二人の一致した意見であるのであれば、そこに難癖をつけるのは野暮であると言えよう。


 一人よりも二人、二人よりも大勢。それは大勢で滑る楽しみを知ったレイとしずくにとって、この流れはもはや必然の選択であった。



「でもおねーちゃんたちの卒業旅行でしょ?だから一緒に行っていいのかなって・・・」


「いいのよ。いつもの日帰りとかじゃなくてせっかく長期で滑れるチャンスなんだもの。エリやゆきも誘って一緒に行きましょ」


「晴子ちゃんたちは?」


「もちろん声を掛けるつもりよ」


「それなら私から連絡してみるね」


「そう?それならお願いね」


「うん!」


「さ、まずは着替えてらっしゃい。帰ってきたまんまの格好でしょ?」


「あ、そうだった!」



 そう叫ぶと部屋に入ってきた時の勢いそのままに部屋から出て行く。部屋のドアまで来ると空いているドアをこんこんとノックして、『お邪魔しましたー』と笑顔を残してドアを閉めていった。



「全く、閉める時にノックしてどうするのよ」



 じゅんの行動に思わず独り呟いていしまい、それに対してまた苦笑してしまう。



(それにしても晴子さん、か・・・)



 今しがたじゅんから名前が出た良き姉的存在との先日交わした会話を思い出し、じゅんに対しての苦笑とは違う、何とも寂しい表情になってしまうレイであった。



◇◆◇◆◇◆



「後はいよいよ卒業を待つだけね。どう?今の気分は」



 晴子とレイはいつものコーヒーショップでいつものように待ち合わせ、勉強会と称したお喋りに興じていた。この勉強会はレイの受験が終わるまではその名目どおりレイの勉強が主目的であったが、レイの進路が確定すると共に勉強会と言う名称は形骸化し、二人が会ってお喋りをするための口実となっていた。


 この日は暦的には春の始まりとなる三月。しかしまだまだ続く寒い日にコートなどの防寒着が手放せない日が続くが、それはこの二人を含むウインタースポーツを愛好する人々にとってはむしろ朗報。ウインタースポーツのシーズンがまだまだ終わらないことを示す証でもあった。


 二人はテーブルを挟んでいつもと同じようにミルク入りのコーヒーと抹茶ラテを嗜みつつ、このコーヒーショップの一押しであるケーキに舌鼓を打っていた。



「何と言うか、全く実感が沸かないですよ。ただ長い冬休みが続いているような感じで、四月になったらいつものようの北高に通うんじゃないかなって、そんな気がしています」


「そうよね、私も高校を卒業する時はそんな感じだったわ。もっとも私の場合は上京するための引越しの準備とかに追われていたから、そこまで実感が沸かないわけでもなかったけどね」



 以前に晴子の過去を聞いていたレイはいけない事を聞いてしまったと、その表情を若干曇らす。



「いいのよ。過去に何かあっても結局今はこうして美味しいコーヒーを飲むことが出来ているわけだし」



 レイの僅かな表情の変化を素早く察知した晴子は目の前のコーヒーを慈しむ様に両手で持ち上げ優しく微笑む。



「それにレイやじゅん、春美や葉流たちみたいな仲間とも出会えたわけだしね。結果的には過去がなければ今に至る選択はなかったと思うし、面白いとは言えない過去だったけども今は気にしてないわ」



 晴子の晴れやかな表情からその言葉が紛れもない本心であることを悟ったレイは、晴子の言葉に同じような微笑で答え、目の前のケーキにフォークを入れる。



「ところでこの間の大会ですけども、葉流さんは何か言ってました?」



 話題を変えるようとレイが切り出した話は、先日レイたちが参加した大会のことであった。


 レイ自身もしずくに対して結果報告をした際、じゅんの行動がもたらしたさまざまな事象に感嘆と賞賛を示していた。果たしてあの葉流はどんな反応を示したのか興味があったのだ。



「そうね、流石の葉流もびっくりしていたわよ。エアトリックの大会なのにグラトリをするなら私も行けば良かった。ですって」


「ふふふ、そうですね。葉流さんなら私たち以上にもっと派手でスノボの人たちにもウケるようなグラトリを見せてくれたでしょうね」



 晴子は先日の葉流への報告を思い出す。普段は表情に乏しい無口な友人が珍しく驚愕の表情を見せてくれた。それだけでもあの大会に参加した甲斐があったと言うものだ。そんな風に思っていた。



 しかし、あの痛快なじゅんの行動は痛快な思い出と共に、晴子の思考の片隅にほんの僅かな違和感をもたらしていた。


 それは針のようにチクチクと自身の胸を刺すマイナス的な思考。日を追う毎に少しずつ大きくなるその違和感を認めることは、マイナス的な思考を認めることとになってしまう。そう自覚していた晴子は、そのことから意図的に目を反らし続けていた。



 そう、先ほどまでは。



 今では春美や葉流以上に言葉遊びを楽しめる間柄となっていたレイを前にして、つい気が緩んでしまったのだろうか。晴子は自身の秘めていた想いを歪めた言葉に乗せて紡ぎだす。



「でもあの大会を通じて分かったわ。やっぱりスキボはスノボや長板などに受け入れられないってことが」



 その一言はこの和やかなムードはに綻びが生じさせるには充分であった。普段の晴子からはおよそ考えられないような否定的な発言。思わずはっとして見た晴子の顔には、以前に過去の話を晴子自身から聞いたときのような陰りが指していた。



「私たちだってスノボや長板のことは分からない。けどだからって否定はしないわ。でもあの大会での司会の解説の内容が、ううん、大会の雰囲気そのものが私たちスキボダをまるで余所者のように扱っていたわ」



 一度言葉に乗せてしまうと、そこからは堰を切ったように負の言葉が溢れ出す。晴子は日常会話をするように自然と言葉を紡ぎ続けるが、レイは実際にその場に居合わせ、その雰囲気を肌で味わっているので何も発することが出来なかった。



「私はスキボがゲレンデの中に当たり前に存在する環境を作りたいって思ってスキボの団体を立ち上げたわ。結局まだ名前もない団体だし、皆と滑りに行く以上の特別か活動はしていないけども、その想いは今も変わらないわ」



 晴子の表情は変わらない。いつもと同じように微笑を浮かべてコーヒーを口にする。しかし眉間には僅かにしわがより、その目は何か見えないものを睨み付けている。いつもと同じような微笑が、この時ばかりはどこか歪んで見えてしまう。



「でもやはり数なんだと思い知らされたわ。そのギヤを愛好する人数が多いほうがメジャーで、圧倒的少数派の私たちがマイナー。いくらマイナーな私たちが頑張ってもメジャーな人たちには勝てないし理解されない。ううん、理解をしようともしてくれないと言い換えた方がいいかもしれないわ」


「でもこの間はじゅんが・・・!」



 思わず反論するレイであったが、その言葉は晴子の更なる言葉に遮られる。



「そう、確かにじゅんはあの場の雰囲気を変えてくれたわ。だから結果的にはあそこのいた人たちはスキボのことを覚えてくれたと思うし、その魅力も伝わったと思うわ。でも逆に言えば、仮にじゅんが何もしなかったなら何も変わらなかったのよ」


「それは・・・、そうだと思いますけども・・・。だったら・・・!」


「そうね、確かに変わるかもしれないわね。でもアレだけはっきりとした疎外感を見せ付けられて、それでもその場を変えるのには大きな勇気が必要だと思うの」


「そのために・・・、皆で変えていく為の団体じゃないんですか!?」


「私はあの時、大会の不満を言うことしか出来なかったわ。でもじゅんは違った。私にはとてもじゅんみたいな真似は出来ないって思い知らされたわ」


「・・・」


「自分たちが楽しいって思うギヤで自由に楽しんでいるだけなのにね。ただそれだけなのに、スノボや長板と同じようにゲレンデを楽しんでいるだけなのに、使っているギヤがスキボって言うマイナーなギヤってだけで同じようなことをしても認めてもらえないのよ・・・」



 晴子の独白が続く中、レイはそれをただ黙って聞いているしか出来なかった。ただ手元も抹茶オレがどんどん温もりを失っていくのをその手で感じるのが、今の状況を写し取っている様で何とも物悲しかった。


 晴子の言葉が終わると、残るのは沈黙だけであった。


 いつもの雰囲気であれば、沈黙は次の言葉を探る時間であり、それすらも心地よい時間であった。しかし今はただ何もない時間。晴子の言葉によって暗く塗りつぶされたこの空気が浄化していくのを待つだけの時間であった。



 やがてどちらからともなく口を開き、話題が別のものに移ると晴子の表情の陰りは嘘のように掻き消えていた。


 その後は次の滑走予定やレイの卒業お祝い会など 飲み物を二回ずつお代わりする程度の時間を他愛もない話に費やしたが、先ほどの話題にはもう触れることはなかった。


 結局晴子と別れる時までその表情に再び陰りが指すことはなかったが、レイは怒るような、それでいて何もかもを諦めたような晴子の表情を忘れることが出来なかった。



 別れ際にぽつりと口の中で呟いた晴子の言葉、それはきっと自身の中で溜め込むには過ぎた疑問だったのであろう。しかし晴子の中に残った僅かな意地がそれをレイに伝えるのを良しとせず、その言葉を口の中に封じ込めていた。


 しかし街の喧騒の中にあって本来であれば決して聞こえない呟きであったはずだが、レイにはまるで耳元でささやかれたかのようにしっかりと聞こえていた。まるで晴子の言葉にすることが出来ない心の葛藤が意思を持って誰かに救いを求めるかのように・・・。



「私がやろうとしていたことに意味があるのかしら・・・」



 小さく呟いた晴子はどこか寂しげな笑顔を浮かべると、レイに背を向けてその場を離れていった。レイは晴子を呼び止めようとしたが、伝えるつもりがなかったことは明白であり、またどのように声を掛けていいのか分からずにただその背中を見送ることしか出来なかった。



◇◆◇◆◇◆



 レイが先日の晴子との会話を思い出していると、先ほどと同様に慌しい足音が近づいてと共にじゅんが再び部屋にやってきた。


 今度はしっかりと部屋着に着替え、ちゃんとドアをノックすると、レイの返事を待たずにドアを勢いよく開けて部屋に飛び込んできた。


「おねーちゃん、おねーちゃん!大変だよ!」


「・・・あのね、ノックしても私が返事する前にドアを開けたら意味ないのよ」


「そっか。そう言えばそうだね」



 確かに今度はしっかりドアをノックしてくれたものの、返事を待たずにドアを開け放ったじゅんに対して、呆れたようにドアをノックする意味を説く。言ったことのみを実行する妹に対して半ば呆れつつも諦め気味であるのは、もはやこれが日常と化しているからであった。



「それよりもおねーちゃん!晴子ちゃんが何か変なんだよ」


「変って、どんな?」


「晴子ちゃんたちにも一緒におねーちゃんの卒業旅行に行こうってメールしたんだけども・・・、春美ちゃんや葉流ちゃんからはオッケーの返事が来たんだけどもね。晴子ちゃんからは、ほら、こんな返事が来たの」



 そう言って勢い良くレイの前に座り込むと、手に持っていた携帯を操作してレイに差し出す。そこには晴子から返信メールが表示されていた。



件名:Re:滑りにいこ!

本文:お誘いありがと。でもごめんなさい。ちょっと色々考えちゃって暫く滑りたくないの。また落ち着いたら連絡するから心配しないでね。きっと春美や葉流は行くと思うから連絡してみてね。それじゃ。



「ねっ、何だか様子がおかしいでしょ?」



 じゅんは自分たちにスキーボードを教えてくれた仲間であり、リーダー的存在である晴子らしからぬメールの返事に戸惑い、思わずレイに助けを求めに来たのだ。



「風邪とか用事があるとかなら分かるけども、滑りたくないって・・・。何かあったのかなぁ」



 メールの返事から晴子に心情的な異変を感じ取るじゅんであったが、その真意までは汲み取ることが出来ない。しかしレイはメールを見て、先ほどまで思い浮かべていた会話を再度思い返すと暫く考える。急に黙りこくる姉を見て不思議がるじゅんを余所にしばし思考を続けるレイであったが、やがて顔を上げると真剣な表情でじゅんを見つめて切り出す。



「今から話すことは・・・、話していいことなのか分からない。でも晴子さんとこれからも付き合っていくには必要なことなんだ・・・と思う。このメールの返事とも関係していると思うしね」



 言葉を切りながら話すレイは、この話をすることを本当に迷っているようであった。



「別に聞かなくても良いと思うけども。いや、じゅんは聞いたほうがいいかもしれないけども・・・、でも無理に踏み込むことはないと思う。どうする?聞く?」



 それは妹に余計な思いをさせたくない姉の思いやりなのかもしれない。これからも一緒にいるであろう仲間に余計な偏見を持たせたくないための心遣いなのかもしれない。そんな悩みに一気に襲われるレイに、じゅんは迷いなく答える。



「聞く、聞かせて!教えて、晴子ちゃんはどうしたの?」


「・・・いいの?聞いたら晴子さんを見る目が変わっちゃうかもしれないのよ?」



 レイの晴子に対するイメージは、当初は非常にしっかりもののイメージであった。それは春美や葉流のまとめ役であったり、スキーボードの団体の話であったりと、いかにもリーダー的存在であり、その存在は皆を導く太陽のようなものであった。


 しかし晴子と言う人間に触れるにつれ、そのイメージは徐々に払拭されていった。ゲレンデでふざけだすのは大抵晴子が一番先であるし、レイと言葉遊びを楽しんだりもする。コーヒーが好きなのにミルクを入れないと飲めないと聞いた時には改めて自分とさほど年齢が変わらない普通の女性なんだなと思ったりもした。


 更に晴子の過去のことや先日の会話などから、太陽のような存在どころか、自分たちと同じように怒りもするしイジケもする普通の女性なんだと気付かされた。


 じゅんが晴子に求める像がどのようなものかは分からない。しかしもし晴子を指針としているのであれば、それは崩すべきでないと思っていた。



「でもさ。おねーちゃんは変わってないんでしょ?」


「まあ・・・、そうね」


「それなら私も大丈夫だよ。ね、晴子ちゃんに何があったの?」



 レイの心配を余所にじゅんの答えは即答であった。しかしじゅんの目を見ると、それが決して軽々しい気持ちでないことが伝わる。しばし視線を合わせじゅんの意思を確認すると、『長くなるわよ』と前置きを置いてから晴子の過去と先日の会話を語りだす。



 全てを聞き終えた後、うーんと一唸りすると話を聞く前と変わらない表情でじゅんが口を開く。



「晴子ちゃんとの会話は初耳だけども、過去の話は知ってたよ」


「え!?何で?」


「ゲレンデジャックに向かうときの車の中で話してたでしょ?私、あの時、途中から起きてたもん」


「そうだったの?」


「うん。でも何か起き出していい雰囲気じゃなかったからそのまま寝た振りして、結局またそのまま寝ちゃったんだけども。でもしっかり聞いてたよ」


「そっか・・・」



 意を決して伝えた話であったが、話の半分は既に既知であったことに何となく肩透かしを食らった気分になる。しかしそうであっても残り半分の内容、先日の晴子の様子、大会でのスキーボードの立場を嘆きショックを受けていた様子は、皆のリーダーとしての晴子のイメージを失墜させるには充分である内容だと思えた。


 それについても目の前の少女は何でもないように答える。



「確かに普段の晴子ちゃんからは想像できないけども、でもそんなの普通じゃない?私だってショックだったもん」


「ま、まぁそうだけども・・・」


「晴子ちゃんはさぁ、根詰め過ぎるんだと思うよ」



 猪突猛進全開少女のじゅんが『根詰め過ぎ』と言うのは、同類だから分かることか。或いは自分を棚に上げていることなのか。思わず突っ込みたくなるレイであったが、ぐっと堪えてじゅんの話しに耳を傾ける。



「小さい頃から受けさせられてたバッジテストとかの時も期待に答えなきゃってことばかり考えて、それがプレッシャーになっちゃったんじゃないかな?だからそれに気付いて晴子ちゃんのお父さんも何も言わなくなったんだと思うよ」


「・・・」


「しずくさんとも話したことがあるんだけどもさ」


「しずくと?」



 じゅんの話を自身の中で反芻していたレイは、突然あがった親友の名前に思わず聞き返す。



「うん、バイトの休憩中とかにね。晴子ちゃんは確かに皆を引っ張ったりするリーダー気質だろうけども、その分危ういんだって。周りがフォローして勇める人がいないと潰れちゃうって」


「勇める人・・・?」


「ゲレンデジャックの時にデザートを沢山買ってたことがあったでしょ?あれが単純だけど良い例だって言ってたよ」



 確かにあの時の晴子は景気付けだとデザートを大量に買い漁っていた。そのような口実を言われてしまっては止めるわけにも行かず、ただ静観していただけであった。その結果、集まった人数に対して食べきれない量のデザートが集まったのは今となっては笑い話である。そしてその動機はじゅんの労をねぎらいたい、この日のイベントの景気付けをしたい。ただそれだけのことであった。


 食べきれない程のデザートが並ぶだけの話で済めばそれは笑い話で終わるのだが、しずくが危惧する心配はそれ以上のものがあったようである。



「それに私がすごいみたいなこと言ってるけども、私は全然凄くないよ。ゲレンデジャックの時だってエリやゆきに助けてもらってばかりだったし、おねーちゃんとケンカした時だって晴子ちゃんたちに迷惑かけたし、バイト中にはしずくさんに色々とフォローしてもらってるしね。だからもし私がすごいって見えるのは、私じゃなくて私の周りの人が凄いんだと思うよ」


「それでも私から見たってじゅんは大したことをやったと思うわよ」


「うーん、それって結果を見ただけのことでしょ?スキボでキッカーを飛ぶのも、カッコいいグラトリを決めるのも、それだけ見たら凄いって言えるかもだけども、それってそれまでに沢山練習した結果じゃない?」


「そ、それはそうだけども・・・、それにしてもじゅんがそんなことを言うなんて意外ね」


「こう見えても中学の時には後輩の指導をしていた水泳部の部長だったからね」



 何も考えず、と言ったら流石に言い過ぎではあるが、それでも思い立ったら即行動の猪突猛進少女である妹から至極当たり前の意見が出たことにレイは少なからず動揺する。それと同時にじゅんが言ったことの意味を改めて考える。


 例えばテストで良い点を取るために日頃から勉強を積み重ねたり、例えば欲しいものを買うために日頃から貯金やアルバイトに励んだり、例えば綺麗なエアトリックやグラウンドトリックを決めるために何度もそれを反復練習する。


 結果だけを見れば凄いことだったり、満足感があったり、華やかだったりするが、そう言った結果を導くためには余程恵まれた才能や運でもない限りは日頃からの地道な努力が必要であることは言うまでもない。


 しかしその結果を羨む者は、その影にある地道な努力に気付かないことが多い。そればかりか自分自身でも無意識に築き上げているであろう似たような努力ですら、それをしてきたことを忘れてしまいさえする。


 じゅんの言葉を材料にしていつものように思考の海に没頭していると、目の前にいるじゅんが意を決したように立ち上がりこう宣言する。



「私、ちょっと晴子ちゃんのところに行ってくる!」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」



 じゅんの言葉に急激に現実に立ち返ると、言うが早いか部屋から飛び出していこうとするじゅんの手を何とか掴み、無理に自分のほうへ身体を向ける。



「行くって、今何時だと思ってるの?」


「だってこのままメールや電話するよりも直接伝えたいんだもん」


「伝えるって、何を?」


「晴子ちゃんが今までやってきたことだよ。晴子ちゃんがいたお陰で色んなことに出会えたこと。晴子ちゃんたちと出会ったお陰で春美ちゃんや葉流ちゃん、エリやゆき、しずくさんともこんなに仲良くなれたんだもん。それをそんな風に落ち込んだりしているのって何だか嫌なんだもん!」



 じゅんは半ば叫び気味に声をあげると再び部屋を出て行こうとする。しかし今度は先ほどから腕を掴まれたままだったので、あっさりとその行動を制止させられる。


 腕を振りほどこうと駄々をこねる様に身体を揺らすが、レイは自らじゅんの前まで移動すると、じゅんをその場で座らせ、自らもそこに腰を下ろす。



「話をしに行くのは別に止めやしないわ」


「それなら・・・!」


「ただね、時間を考えなさい。こんな時間から出掛けるだなんて、お母さんたちが許すわけないじゃない」


「だって・・・」


「それに第一アンタ、晴子さんの家知ってるの?」


「・・・あっ!」


「全く、どこに行くつもりだったのよ」



 呆れ気味に溜息をつくレイに思わずしゅんとなるじゅん。居ても立ってもいられず即行動に移すのはいかにもじゅんらしい。それこそがじゅんの良さであり迂闊なところでもあるのだが、そう言ったところを晴子が羨んだのであろう。



「行くのは明日にしなさい。それで明日、私も一緒に行くわ」


「おねーちゃんも?」


「そうよ。私だって今の晴子さんを放っておけないもの」


「そっか・・・、そうだよね」


「それにきっと晴子さんのことだから今の心境を春美さんや葉流さんに言えないでいると思うの。この間二人でお茶した時から・・・。ううん、きっと大会に出た時や、もしかしたらアンタがスキボのイベントを開催するって聞いた時から少しずつ自分に無力感を感じていたんだと思うの。それに気付いていたのに何も出来ずにちょっと後悔していたんだけども・・・、じゅんが行くなら丁度いいわ。私も伝えたいことがあるし、一緒に行くわ」


「・・・うん、分かった」



 じゅんが頷いたのを確認すると軽く微笑み、腕を掴んでいた手を離す。


 二人はここにいない大事な仲間の心境を慮ると、胸に外れない重りをつけられたかのように何とも言えない無力感を感じているのであった。

お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ