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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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第二十四話 マイノリティギヤ後編

 レイのエアトリックを見てじゅんは固まっていた。進行役が軽快に話す解説すら耳に入らないほどレイのエアトリックに見惚れていたのだ。時間にしたら僅か数秒にも満たない時間であったが、その一瞬の美しさはじゅんの中で鮮明に残っていた。



「あれが・・・、おねーちゃんの・・・」



 そんなじゅんの感動をよそに進行役はその難易度、完成度などには一切触れなかった。それでも巧みにその場を盛り上げるような解説を行い、そのお陰で今しがた行われたエアトリックについての詳細は分からなくても会場はある程度盛り上がりを見せていた。



「・・・なの?」


「・・・晴子ちゃん?」



 その盛り上がりを提供したのが自分の姉であることにちょっと嬉しくなり、自然と笑顔がこぼれるじゅんであったが、その隣でいつもとは異なる晴子の怒気が含まれた震え声によって現実に引き戻される。思わず晴子に声を掛けるが、その表情は不満と怒りによって染められていた。



「・・・何なの!?」


「お、おい。晴子!?」


「・・・何なのよ、あれ!!ゆきのセーフティグラブを女の子座りだなんて言った後は、ジャパングラブに対しては何の解説もないの!?」



 晴子の感じる憤りはスキーボード、いやスキーのエアトリックを理解するものであればもっともであった。


 先ほどからこの大会を盛り上げている進行役は大会参加者がキッカーで飛び出すたびにその内容に事細かに解説していた。その中で空中で姿勢を崩すもの、上手く着地出来なかったもの。人によりさまざまであったが、それぞれに対して行ったトリックの解説を交えて上手く盛り上げていく様子は、エアトリックが成功した人にとっては更なる励みとなり、失敗した人であってもそれなりに達成感があるであろうものであった。そして進行役が繰り出す解説の内容はスノーボードのトリックが分からないじゅんたちであっても、そのトリックの凄さや難易度などの判断基準となっていた。


 しかしそれはスキー、つまりじゅんたち一行が滑り出してからは一変した。


 ゆきに対してはセーフティグラブを『空中で女の子座り』とイロモノ的に評され、レイが行ったジャパングラブでは特に解説すらされなかった。これは先ほどまでの時に盛り上げ、時にフォローしながら的確に内容を解説されていたスノーボードとは明らかに異なる扱いであり、その点について晴子は大いに憤慨しているのであった。



「晴子、落ち着けよ」


「だってあの進行役、全然分かってないのよ!?落ち着いてなんかいられないわよ!」


「おいおい、さっき自分で言ってたろ?普段出来ることを普段どおりすればいいって」


「そうだけども・・・、でもだって・・・!」


「いいからちょっとは落ち着けって」


「・・・うん。そうね、確かにその通りね」



 春美の言葉で少しずつ我に返り落ち着きを取り戻す。



「元スノーボーダーの私から見て、身内贔屓を抜きにしても今のゆきやレイのエアトリックは他の人と比較してかなりレベルが高い。それはスノボやスキボなどのギヤの違いを考慮したとしてもだ。それは晴子が見ても分かるだろ」


「そうね。・・・確かにそうね」


「それなら先にそれだけのトリックを見せてくれた二人のために、晴子がすることは何だ?進行役にクレームをつけることか?」



 普段はお調子者の春美は、ことパークに対しては普段のそれとは印象が異なるほどに真摯に取り組んでいる。口調や態度は崩さなくても、取り組む姿勢が普段とは明らかに異なるのだ。その春美がその真摯な姿勢で晴子に今あるべき態度、姿勢を問い掛けていた。



「・・・私は」



 いつもと異なる春美の真っ直ぐな視線を受け、晴子は口の中で少しずつ言葉を選ぶ。



「・・・私が好きなのはフリーラン。ゲレンデを誰にも束縛されずに自由に滑るのが好き。だからこんな小さな障害とも言えないことに私の滑りが邪魔されるのは我慢できない」


「少しは頭が冷えてきたようだな」


「・・・春美はパークのことになると真面目なのね」


「おいおい、私はいつでも真面目だぞ」



 春美が口元を歪めからかう様な表情を作るが、その目は相変わらず真剣であった。そんな春美の視線を受けて頭に上っていた血が冷めていくのを実感する。



「・・・だから私は私が思うように自由に滑る。私が出来る最高の滑りを見せることにするわ」


「うん、それでこそ私たちの晴子だ。それくらいしっかりしてくれないと困るぞ。晴子は私や葉流の面倒役なんだから」


「ふふ、何よそれ」



 晴子はようやく笑顔をこぼし、悪戯っぽく春美をに言い返す。その表情はいつもレイと言葉遊びをしているそれと同じであった。



「うん、やっといつもの晴子らしくなったじゃんか」


「そうね、ごめんなさい。ちょっと頭に血が上っていたみたいね」



 そう言うと二人のやり取りをハラハラした顔で見つめていたじゅんへと向き直る。



「じゅん、心配かけてごめんね。スキボを分からない人にスキボのことをどう思われようと関係ないわね。私たちは私たちが分かる最高のことをすればいいんだだもんね」


「晴子ちゃん・・・」


「そんなわけでちょっと行ってくるわね。私のエアトリック、ちゃんと見ててね」



 そう言い残すと晴子は迷いを吹っ切るようにキッカーのスタートラインに向かってな力強く滑り出していった。そこに残されたじゅんと春美はそんな晴子の背中を期待を込めて見つめていた。



---



 晴子は行ったのはミュートグラブであった。流石に自分で『今出来る最高のエアトリック』と評するだけありサッズやタックのタイミング、飛び出しの高さやグラブの時間など、それを見守る春美が思わず口笛を吹いた程であった。


 しかし進行役の解説はゆきやレイの時と同じく、飛んだ高さなどには触れるがただそれだけであった。先ほどまでのスノーボードへの細かい解説が嘘のように晴子たちスキーボードのエアトリックには全く触れないこの解説は、聞く人が聞けば違和感を通り越して不信感さえ感じるであろう。しかしそれを感じているのは晴子や春美など、この場においてマイノリティとも言えるスキーボーダーである彼女たちだけであった。



 一方、残されたじゅんは晴子の滑りを見届けた後、自分たちの滑りについて春美に相談していた。



「春美ちゃんはどうするの?」



 進行役のあまりにもスキーのエアトリックを知らない解説っぷりにもはや大会を楽しもうと言う気分が失せてしまっているじゅんではあったが、しかしそれでも先ほどの晴子の言うとおり自分が出来る最高のエアトリックを行う決意に揺るぎはない。頭の中でどんなことを行うか構想を固めてはいるのだが、自分の行おうとしているエアトリックと春美のそれが被らないようにちょっと不安げに内容を確認してみた。



「ん?ああ、やることが被らないか心配しているのか。大丈夫、私がやるのはまだじゅんには出来ないことだよ」


「私が出来ないこと?でも春美ちゃんのエアトリックって大体見たことあるけども、スピン系以外はほぼ教えてもらったよ?」


「そう言えばじゅんの前ではやったことなかったな。多分私たちの中では・・・、しずくなら多分出来るだろうけども、じゅんにはまだ無理だな」


「ホント?どんなことをするの?」


「まぁそれは見てのお楽しみだ。でもな・・・」



 先ほどまでの重い空気を忘れたかのように目を輝かせるじゅん。そんなじゅんを見てつくづくじゅんはスキーボードが好きなんだなと考える春美であったが、その期待の腰を折るように表情に陰りを見せる。



「ところで・・・、さっきまでの進行役の解説ついてなんだけども・・・」



 レイは何となく察していたようであったが、春美自身は今のこの状況を正しく理解している。それは改めてスキーボードがゲレンデにおいてどんな存在であるかを再認識させることに他ならない。それをスキーボードを通じて新しい世界の扉を開いたばかりの目の前の弟子に伝えるのは抵抗があった。しかしだからこそそれを知っていて欲しいと言う思いもあった。しかし・・・。



「うん・・・、確かにスキボのエアトリックについては全然分かってくれていないみたいだけどさ、それでも私は私が出来る最高のエアトリックをやることにするよ!」



 春美はあくまでも真っ直ぐなその姿勢に僅かにたじろいでいた。どこまでも真っ直ぐなスキーボード少女、それがこのじゅんである。そんなじゅんの姿勢に春美は思わず頬を緩める。



「ああ、その意気だ!でもただ一つ、この大会を通して覚えておいてほしいことがあるんだ」


「覚えてほしいこと?」



 春美は真面目な雰囲気よりも楽しい雰囲気を好む。人が話をしている時に、その話の腰を折ることはあまりないが、話を脱線させるのはいつも春美であった。そのため晴子はいつも苦労しているだが。


 その春美が真面目な顔で話をするのは大抵はキッカーやジブでのトリックを教えている時であった。それは一歩間違えれば大怪我に繋がることであるし、楽しいはずのスキーボード怪我をしては本末転倒であると言うことが、自身も良く怪我をするので分かっているからである。


 その春美がエアトリックではなく、この大会について覚えておいてほしいことがあると言う。それは晴子が言いそうなことであり、春美の口からそのようなことが出るのはじゅんにとっては非常に意外であった。



「見ての通りこの大会はスノボが主体の大会だ。参加資格自体は何でもオッケーとはなっていたけども、私たち以外は皆スノボだ。なんでだと思う?」


「んー・・・、たまたま?」


「もしかしたらそうかもしれない。でもきっと違う」


「それじゃ何で?」


「この大会の主催がスノボショップだからだよ」


「ん?でもスキー場のホームページにもこの大会の案内があったよ」


「そうだな。でもそれでもショップ主催ってことは、よっぽど大きいチェーン店でもない限りはやっぱり規模が小さい大会ってことになるし、そうなるとそのショップに出入りしている人はこの大会のことをよく知っていても、それ以外の人にとってはあまり認知度はないってことなんだよ。ここまではいいか?」


「・・・つまり、スノボショップ主催だからスノボの人しかいないってこと?」


「まぁそう言う事だ。私たちが参加したのはたまたまこの大会を知ったからだけども、そういう人は極少数ってことだよ。だが言いたいことはそれじゃない」



 本題に入ろうと改めて口を開きかけたところで進行役から春美の順番であることを促されるアナウンスが響いてきた。



「おっと出番だ。私の次はじゅんだけども、じゅんはじゅんのやりたいエアトリック、自分が一番満足できるエアトリックをするんだぞ」


「え・・・、今の話の続きは?」


「あー・・・、それじゃとりあえずヒント。ゲレンデ人口の大半はスノボか長板でスキボはゲレンデでも少数派だ。だからこそ私たちは繋がることが出来た。多数派が少数派の考えを理解することは難しい。私たちは一番じゃない。でも一番になるのが本当に良いことだと思うか?」



 一気に捲し立てると、再度春美を促すアナウンスが響き渡る。



「難しく考えなくてもいいけども、しっかり考えろ。それがゲレンデジャックって言うイベントを成功させたじゅんって言うスキボダの役割なんだからな」



 そう言い残すと大きく手を挙げ、自分がいることをアピールしながらスタートラインに滑り出していった。一人残されたじゅんは春美の背中を見つめながら、今言われたことを考えていた。



---



 僅かに時間は戻る・・・。


 レイは先に滑り降りていたゆきと合流し晴子たちのエアトリックが見やすい場所に移動していた。途中、ゆきからエアトリックに対する進行役の解説について問い掛けられたが、やや難しい顔で『分かってるわよ』と答える。


 その返答に思わず固くなるゆきであったが、次の瞬間に優しく微笑みなおし『心配しないで』と声を掛けられると、改めて今から滑り降りてくるであろう仲間たちの元へ視線を移すように促される。


 視線をキッカーの方へ移しながら、レイの思考は先日のしずくとの会話を反芻していた。



---



「スノーボードショップが主催ってことは、もしかしたらスキーボードはもちろん、スキーのことも評価されないかもしれないぞ」


「どう言う事?」



 晴子から来たエアトリックの大会参加のお誘いメールを見たレイは昼休みになるとしずくにもその話をしてみた。話を受けたしずくがその話の詳細情報を求め大会の詳細を検索すると、この大会はスノーボードショップが主催の規模が小さい大会であることが分かった。その内容をじっくりと確認したしずくが開口一番に発したことがこれであった。



「今でこそパークにスキーヤーが入ることは珍しくないが、元々パークの発祥はスノーボードだって言われているんだ」


「そうなの?」


「いや、本当のところは私も知らない。でも昔からそう言われていて、今ではスキーがパークに入ることに規制はないが、各ゲレンデにパークエリアが開設した当時はスキーヤーは進入禁止ってパークもあったくらいだ」


「うそ?信じられない」


「逆に今でも一部のゲレンデではスノーボード禁止ってとこもあるくらいだしな。元々スノーボードってギヤはスキーに比べて歴史が浅いからな。スノーボードが出始めた時には迫害とまでは行かなくても軽視されていた経緯があるみたいなんだ」


「そうなの?」


「私だって当時を知っているわけじゃないからな。パークのことを色々調べている時にちょっと目にした程度でしかない。でもリフトを降りてそのまま滑れるスキーとビンディングを装着するためにリフトを降りたら座り込まなくちゃいけないスノーボード。縦に滑るスキーの死角と横向きに滑るスノーボードの死角。ゲレンデのいたる所の座り込みなど、考え出したら納得せざるを得ない理由はたくさんある」


「理由はともかく軽視されているって点ではスキボと似ているかもしれないわね」


「その通りだ。確か一般的に世に出てきた時期はスノーボードもスキーボードもさほど大差がなかったと思う。ただどんな経緯を経てきたのかは分からないが、スノーボードはメジャーとなり、スキーボードは日の目を見ないまま現在に至るってことだな」


「何でなの?」


「それこそ私が知るはずもないだろ?ただ結果的にそうだってだけだ。或いは晴子さんなら調べているかもしれないけどな」


「伝える人がいなかった、からかしら?」


「何の話だ?」


「前に晴子さんが言ってたのよ。スキボが世間的に知られていないのはその魅力を伝える人がいなかったからって」


「成程。そう言った意味ではスノーボードにはその魅力を伝える人がいたってことか」


「それだけかしら?」


「ちょっと待て。今はスキーボードとスノーボードの歴史の話じゃない。パークの発祥についての話だろ?」


「ああ、そうね」


「全くレイは直ぐに話が脱線するんだから困ったもんだ」


「お互い様でしょ」



 気付けば周りのクラスメートは既に弁当を広げて昼食の真っ最中となっていた。その様子に慌てた二人は急いで弁当を広げ、丁寧にいただきますをすると周りよりも遅れてランチタイムに入った。



「それでだ。話を戻すぞ」



 弁当を口に詰め込みながら先ほどまでの話を続けようとするしずく。口に食べ物を詰め込みながら喋る様子はとても褒められたものではないが、しずくがそれを行うと不思議と見苦しく見えないから不思議である。



「パークの発祥はスノーボード、それが正しいかどうかは分からないけども、一部のスノーボーダーやスノーボードショップにはパークにおいてはスノーボード至上主義って言う考えがいまだに残っているかもしれないってことだよ」


「そうなの?」


「レイだって覚えがないわけじゃないだろ?一緒にパークに入った時のスノーボーダーの奇異な視線。ゲレンデによってはフリースキー人口はまだ少なく、そうなるとパークにいるのはほぼスノボってことになる。それが当たり前の人にとってはスキーがパークに入るのなんて・・・、って考えが残っているところもあるんだよ」


「確かに言われて見ればジブでもキッカーでもスノボの方が多いかもしれないわね」


「もっとも、そういう人たちの前でバッチリ決めてやるのが気持ちいいんだけどもな」



 しゃべり続けていたしずくはここでにやりと笑うと手元のお茶をぐいっと飲み込んだ。



「でもさ、そう言う風に思われているってことは分かったけども、それと今回の大会と何の関係があるの?」


「そこだよ。つまりこの大会の主催であるスノーボードショップがフリースキーなどにも理解がある柔らかい考え方をしているなら何の問題もない。しかしさっき言ったような考え方をしているようなところだったら・・・」


「でも募集要項にはスノボ以外のギヤも募集しているわよ」



 しずくの言葉に思わず反論するが、その反論は更なるしずくの言葉に勢いを潜める。



「それじゃレイはスノーボードのエアトリックやグラトリについて知ってるか?」


「え・・・?」


「スキーのミュートグラブとスノーボードのミュートグラブの違いが分かるか?オーリーって知ってるか?グーフィーって分かるか?」


「それは・・・」


「つまりそう言うことだ。正直言って私もスノーボードのことはほとんど分からない。同じように彼らも恐らくスキーのことはほとんど分からない。ましてそれがさっきまで話していたスノーボード至上主義と言う考えの持ち主であったら、分からないどころか知ろうともしないだろうな」


「・・・」


「それはつまり、レイたちスキーボーダーを含めたスキーヤーがいくら綺麗なエアトリックを決めても正しく評価されないかもしれないってことだ」



 しずくの言葉に反論が出来ない。しずくは例え話として話をしていたが、それは恐らく現実のものとなるのであろう。そう思うとレイは途端に大会への参加意欲を失っていた。



「でもまあ、お互い様なんだよ」


「どう言うこと?」


「さっきも言ったけども私たちだってスノーボードのトリックとかに理解はほとんどないだろ?もしかしたらゲレンデによってはスノーボードよりもスキーの方が多いかもしれない。そうなった場合にはマイノリティはスノーボードってことになる。どっちが正しいってことじゃない、表裏一体ってことなんだよ」


「互いに理解が足りないってこと?」


「ああ。でもそれはレイならよく分かるんじゃないか」


「えっ?」


「分からないのか?」



 いつの間にか弁当を食べ終わっていたしずくはかばんの中から取り出したみたらし団子をこれ見よがしに見せつけながら美味しそうに口に放り込んだ。いつもであればレイはそれを目で追い、或いは実力で奪いに行くのであるが、しずくの問い掛けに没頭していたレイはしずくが手にするみたらし団子に気付かなかった。



「・・・」


「やれやれ、それじゃ答えだ。マイノリティって言えばレイたちのスキーボード。これこそゲレンデにおけるマイノリティの最たるものだろ?」


「・・・あっ!」


「やっと気付いたか。だからレイたちスキーボーダーはいつだってそう言ったマイノリティ目線を忘れちゃいけないと思うんだ」


「マイノリティ目線・・・」


「分からない立場を分かる、ってことだ」


「・・・」



 しずくの言葉に更に思考にふけるレイ。弁当を食べる手は止まり、しずくの持つみたらし団子にも目を向けず、ひたすらしずくの言葉から連想されるさまざまなことを考えていた。



(今回の大会はスノボショップが主催。この間のじゅんが主催したゲレンデジャックは私たちスキボダが主催。私たちにとってスキボ以外のギヤの存在は・・・?私たちスキボダがゲレンデのマイノリティじゃなかったら・・・)



「おい、レイ。お客さんだぞ。きっとこの件だぞ」



 しずくの呼びかけに思考の海に没頭していたレイは現実に引き戻される。教室の入口からこちらを見つけた妹の姿、そして手に握られた携帯電話を目に飛び込んできた。



「・・・確かにそのようね」



 じゅんはレイたちの下に駆け寄ると開口一番こう問い掛けてきた。



「晴子ちゃんからのこのメール、おねーちゃんとこにも来た?」



---



(しずくが言っていた通りになったわね)



 レイは晴子のエアトリックに対する進行役の解説を聞きながらしずくの言葉を思い出していた。



(でもこれが私たちスキボダの普通の評価。マイノリティだからこその当たり前の評価。スキボは所詮下に見られている存在。だからこそ私たちの滑り次第でいくらでもその存在を知らしめることが出来る・・・)



 晴子が晴れ晴れとした顔でレイたちの下に滑り降りてきた。



(スキボはマイノリティ。だから私たちスキボダはどんな状況でも他のギヤを下に見ない。例えこの先スキボがメジャーになろうとも。それがマイノリティギヤであるスキボダの責任・・・)



 ゆきが晴子のエアトリックを絶賛し、晴子もまたゆきのエアトリックについて感想とわずかなアドバイスをしている。



(だから今、この状況に立ち会えてよかった。改めて世間の評価を知れてよかった。私たちはここから始めることが出来るから・・・)



 そんな二人を心中にさまざまな葛藤を浮かべながら見つめていたレイ。そのレイの様子に違和感を感じた晴子はゆきと共にレイに近寄る。



「レイ?どうしたの?」


「え?何がですか?」


「何だか嬉しそうに微笑んでいたなって思って・・・」


「そうですか?そんなことないですよ。それはそうと、流石は晴子さんですね。今のミュートグラブ、すっごく綺麗でしたよ!」


「そ、そう?」


「フリーランがメインって言っておきながらあんなエアトリック見せられたら、私焦っちゃいますよ。それにゆき・・・」


「え?は、はいなの!」


「上から見ていたけどもいつの間にあんなに綺麗なセーフティグラブが出来るようになったの?ゆきもどちらかと言えば滑走がメインじゃなかったかしら?」



 晴れやかな笑顔で二人を絶賛するレイを見て、晴子とゆきは不思議そうに首を傾げるのであった。



---



 春美が行ったエアトリック、それは何の変哲もない棒ジャンプであった。ただ違うのは滑走方向。春美はフェイキーのままキッカーへと進入し、フェイキーのままリップから飛び出し、フェイキーのままランディングへと着地したのだ。


 フェイキー(フリースキーではスイッチと呼ばれる)のまま進入、或いはフェイキーで着地と言うことはある程度の実力があるものであれば比較的珍しくないエアトリックである。しかし春美が行った途中でスピンを入れずに空中でもフェイキースタイルを維持したまま着地すると言うのはゼロスピンと呼ばれるかなり高度なエアトリックである。


 最初から最後まで後ろを向いていることにより下手に踏み切ると重心が崩れやすくなるため、しっかりと飛ぶためにはエントリースピードが重要となる。スピードが上がればその速度に負けないだけの姿勢維持が重要となるのだが、姿勢がフェイキーポジションのためその維持も容易ではない。また空中に飛び上がってから着地するまでの間もフェイキーのままであると言うのは着地地点の認識やタイミングが非常に分かりづらくなる。


 何より空中を含めて最初から最後までフェイキースタイルを維持すると言うのは見た目よりもはるかに大きい恐怖感を伴う。実際に飛んだ春美自身も今回のような小さなキッカーだったから出来たことであり、これがいつも飛んでいるような大きさのキッカーであれば間違いなく成功しなかった。いやそれどころか挑戦しようとすら思わなかったであろう。現に今回も転倒こそしなかったものの、空中でやや姿勢をばたつかせてしまい、それを見ていた晴子やじゅんたちをヒヤッとさせていた。



「春美!すごいじゃない!!」


「春美さん、まさかゼロスピンするなんて・・・!」


「えっ?えっ?」



 エアトリックに対して晴子やレイほど理解が深くないゆきであったが、今のエアトリックが簡単でないことは容易に想像できた。しかしその難易度までは想像の範疇を超えていたようで、二人のあまりの興奮っぷりに思わず狼狽していた。



「いやぁー、これくらいのキッカーじゃないと出来ないけどね。それでも怖かったよ」



 晴子たちの元に滑り降りてきた春美は本当に怖かったようで自身の身体を抱きしめて今まで感じていた恐怖を懸命に振り払おうとしていた。しかしその恐怖すら楽しんでいたかのように顔だけはやや引き攣ってはいるものの、しっかりと笑顔を浮かべていた。


 晴子はひとしきり興奮した後、憎々しげに進行役の方を見つめ春美にぽつりと呟く。



「春美・・・、今のエアトリックの解説も・・・」


「いいんだよ、私が楽しかったんだから」



 今の春美のエアトリックに対する進行役の解説は、先ほどまでと同じく煮え切らないはっきりとしない内容であった。飛んでいた春美の耳にはその内容は聞こえなかったが、晴子たちにはその全てが聞こえていた。


 見た目よりもはるかに難易度の高いエアトリックに対して全くと言っていいほど評価されないような解説に、春美を称えるために笑顔を取り戻した晴子は再度憤りをあらわにしかけたが、当の本人である春美からストップが入る。



「周りがどう思おうとも、皆は分かってくれるんだろ?ならそれでいいんだよ」



 ようやく落ち着いた春美は晴子の肩を叩きつつ笑顔を浮かべる。そんな春美の様子に毒気を抜かれた晴子はちょっと考えた素振りを見せると、『そうね』と呟き、進行役のほうに背を向けるのであった。



「今のってそんなに難しいの?」



 簡単なエアトリックではないことは理解していても、その難易度までは理解できないゆきは単純な疑問を誰となく呟く。



「ゼロスピンって言うのはね、ずっとフェイキーのままだから・・・」


「まあまあ論より証拠。後でやってみたらどうだ?」


「・・・えっ!?」



 レイの説明を遮り、自身で体験することを提案する春美。ゆきはまさかの回答に思わず絶句する。



「いきなりキッカーでやるのはさすがに無理だろうけどさ、滑走しながらその場で飛び上がる棒ジャンプの練習みたいに、まずはフェイキーで直滑降。その次はそれをしながらその場で飛び上がる。どうだ?」



 悪戯っぽく笑う春美にゆきの背筋に悪寒が走る。春美の言葉に晴子もゆきに迫りながら『そうね、試してみるといいわ』などと笑顔をむける。


 ゆきの懇願するような視線を笑顔だけで答え、レイは再び自身の思考に耽っていく。



(次はじゅんの番ね。私たちのエアトリックの評価を聞いてスキーボードと言うギヤがマイノリティであることを再認識してはず。私たちが好きなスキボが全く評価されないと言うこの状況でじゅんは一体何を思っているのかしら・・・)



 はしゃぐ春美たちの声を心地の良いBGMとしながら、視線は今からやってくる妹のほうへと向けていた。



---



 春美がキッカーに吸い込まれていく様子を目で追いながら、じゅんは先ほど春美に言われたことを考えていた。



(多数派は少数派を理解できない?一番になることが本当にいいことか?)


(一番が良いに決まってると思うけども、そうじゃないってこと・・・?)


(少数派って今の私たちだよね?それじゃ多数派は今の場合はスノボの人たち?)


(それじゃいくら頑張ってもスノボの人たちにスキボのことを評価してもらえないってこと?)


(どうすれば・・・)



 既に飛び終わり本部付近で談笑しながら大会の様子を見守る人。じゅんの後ろのほうで言葉少なげに自分で番を待つ人。大会の様子をやや離れた位置から観戦する人。その全てがスノーボーダーであった。


 ゲレンデにいるスキーヤーはスノーボードの大会には目もくれず、それぞれ友人や仲間との滑走を楽しんでいる。


 スキーボーダーはじゅんの目に入る範囲にはほとんどいない。子供にスキーを教えている家族。それと興味本位で初めて始めたのだろうか、腰が引けながらもおっかなびっくり滑っている二十代半ばくらいの男性が二人ほど。


 キッズパークでは子供が楽しそうにそり遊びをしたり、端のほうで雪だるまを作ったりしている。


 ゲレンデの中には人数の大小はあれどさまざまなギヤがあるが、一部の友人同士などを除いて異なるギヤが交流している様子はほぼないに等しい。ただじゅんたちだけが実質的にスノーボードが主たる大会にスキーボードで参加、四面楚歌と言った状況であった。



(スノボの大会だからってスキボのことが全く無視されるのは寂しいよ・・・)



 ふと自分たちがおかれている環境に気付き、途端に何とも言えない孤独感が募りだす。じゅんは頭を振ってその想いを無理矢理思考の外に追い出す。



(それでもやっぱり私はスキボが好き。だからこの楽しさを少しでも皆に知ってほしい!でも知ってもらうにはどうすれば・・・)



 ふと最後に春美が残した言葉が頭をよぎる



-難しく考えなくてもいいけども、しっかり考えろ。それがゲレンデジャックって言うイベントを成功させたじゅんって言うスキボダの役割なんだからな



(ゲレンデジャック・・・、ゲレンデジャック・・・、そっか!!)



 突然雷に打たれたかのような衝撃を受ける。勿論これは比喩的表現なのだが、この時のじゅんの気持ちはそれくらいの衝撃であった。


 思えばじゅんは既に答えを出していた。春美は恐らくそれを知っていた。しかしそれはじゅん自身が導き出さなくてはいけない答えであった。いくつかのヒントをもらい、その答えを出した時、じゅんは今までもやもやと考えていたのが嘘のように晴れやかな表情となっていた。



 じゅんを呼び出す進行役の案内にもにこやかに答え、スタート位置まで移動すると、スタートコールを今か今かと待ち構える。


 やがてスタートの案内がかかるとじゅんはかぶりを振って思いっきり滑りだしていった・・・。

お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。

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