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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
24/30

第二十二話 大会

 雪が降ることが少ない東京八王子市においても寒いことには変わらず、僅かな暖を取ろうと両手を擦りあわせたり、コートのポケットに両手を押し込み肩をすくませて歩く北高の通学風景。そこにあって先ほどまで全力疾走をしていたらしく息を切らせてせっかく身にまとっているコートやマフラーをはだけている一際元気そうな少女がいた。言わずとしれたスキーボード少女、倉橋じゅんである。



「おねーちゃん!早く早く!」


「ちょっと待ちなさいよー!」



 じゅんは後ろを振り返り、その他大勢の学生と同じく身体を小さくしながら歩く姉、レイに声を掛ける。



「だって寒いんだもん!走ったほうが身体が暖まるよー!」



 理屈では確かにそうだが、それを実行に移すものはなかなかいない。実行に移そうとしても周囲の寒気が身体を動かそうという意思の大半を刈り取り、僅かな暖を求めるように身体を縮こませてしまうからだ。それでも一部と言う者は何処にでもいる。例外は母数が大きくなればその数も増えるもので、学校と言う大きな括りの中となると、例外対象もまた増えてくるものである。



「お!じゅんじゃないか!?」


「あっ、しずくさん!おはよー!」



 たまたま脇道から出てきたレイのクラスメート、しずくであった。彼女もまたコートの前をはだけ、口から大きく白い息を吐きつつ顔を火照らせていた。



「しずくさんも走ってたの?」


「ああ、寒いからな。こう言う時にはまず身体を動かすんだ。そうすれば逆にこの寒さが気持ちよくなるってものだよ」


「そうだよね!おねーちゃんも見習いなよー」



 ようやく追いついてきたレイにここぞとばかりに大きな態度をとるじゅん。二人の季節外れのやや汗ばんだ顔を眺めながら少し身体を伸ばしながらレイは答える。



「言ってることは分かるけども二人とも極端すぎるのよ」



 何かおかしいか?と言わんばかりに首を捻る二人。思えばじゅんは元々部活少女であり、しずくも部活は運動系ではないがその性根はいたってって体育会系である。ゲレンデでは二人に負けないくらいアクティブなレイであるが、雪がなく、スキーボードを履かず、ウェアも着ていない現状では寒さに太刀打ちする術がなく、ただひたすら身体を縮こませ自身の体温が少しでも周囲に拡散しないように努めるのが精一杯であった。



「ところで週末はありがとな、想像したよりもはるかに楽しかったぞ!」


「そうね、あれだけのイベントを実行できるなんて、じゅんの行動力には脱帽だわ」



 突然の二人の賛辞にきょとんと目を丸くするが、やがて憧れの人から告白されたように顔を真っ赤にして、『いやそんなこと・・・』などと照れ笑いを浮かべた。


 そんなやり取りをしている中で先を歩くエリとゆきを見つけると、『先行くねー!』と一言言うと、二人の返事も待たずに逃げ出すように二人に向かって駆けていった。エリたちと合流したじゅんの背中を見つめながらしずくは苦笑を漏らす。



「やれやれ、本人は気付いていないがあれだけの人数を集めてまとめるだなんて大したことなんだがな」


「それを意識しないで自分が楽しいと思うことをやる。それがじゅんなのよ」


「しかもその楽しさを押し付けることなく人にも感染させるんだからな、大したもんだ。私のメインはやはりフリースキーだけども、たまにはスキーボードもやってみようかと思ったよ」


「しずくにも感染しちゃったのね?」


「それは違うぞ。この前も言ったけども、私は元々スキーボードもやっていたんだぞ。ただその面白さを再認識しただけだ」


「そうね。そう言うことにしておくわ」



 スキーボードを肴に会話のキャッチボールを楽しむレイとしずく。タイプがまるで違う二人が親友であるのはこう言った会話を淀みなく行えるからである。もちろん二人がそれを意識することはないが、これが所謂『ウマがあう』と言うことなのであろう。


---


 一方、エリとゆきに合流したじゅんは、折角二人の顔が赤くなるような賞賛の嵐から逃げるように避難したのにこちらでも同じ目にあっていた。



「じゅん!改めて考えるとやはり凄いことをしましたね!」


「そーだよ!じゅんちゃんはやっぱり凄いのー!」


「ちょ、ちょっと突然どうしたの!?」



 二人の余りの勢いに圧倒されるじゅんである。



「今ゆきから聞いたんですけどもね。ゲレンデジャックの時にゆきが話を聞かれたらしいんですよ」


「話?何の?」


「それは社会人っぽい二人組みのお姉さんたちだったの。普通のスキーを履いていたんだけども、ゆきがちょっと皆と離れて飲み物を買いに行った時に突然声を掛けられたの」


「何て?」


「えっとね、色々なの。『今日は何かイベントなんですか?』とか。『スキーボードってどうですか?』とか。『皆あんなこと出来るんですか?』とか」


「え!?それって・・・」


「そうですよ。ゲレンデジャックの様子を見てスキーボードに興味をもってくれた人がいるってことですよ」



 ゆきから更に話を聞くと、その二人組は朝、レストハウス前に立てかけられていた沢山のスキーボードが何となく目に留まっていたとのことであった。しかしその時にはただそれだけで大した興味を持たなかったらしいが、緩斜面でグラトリをしていたり、急斜面で滑走を楽しんだり、パークで遊んだりしているところなど、至る所でスキーボードを見かけて、その楽しそうな様子に興味を惹かれたと言う。



「でね、自分たちのやりたいことやそれ以上のことを楽しそうにやっている様子を見て始めて見たくなったんだって言ってたの」


「どうですか?凄いと思いませんか?」



 興奮する二人の様子に思わず圧倒されるじゅん。二人が興奮している分、逆に落ち着いていられるじゅんがまぁまぁと二人をたしなめる。



「二人とも、落ち着いてよー。確かに嬉しいし、晴子ちゃん辺りが聞いたら大喜びしそうだけども、私は私や皆が楽しいだろうなって思ったことをしただけだよ。それで他の誰かがスキボを楽しいって思ってくれたら嬉しいけども、一番大事なのは参加してくれた皆が楽しいって思ってくれたかどうかだよ」



 普段は猪突猛進な一直線少女であるじゅんに冷静に諭され、落ち着きを取り戻すエリたちは改めて当初の目的を思い出した。



「そうですね。あくまでも目的は楽しいって思うことでしたよね」


「でもそれなら問題ないの!ゆきはすっごく楽しかったの!」


「わ、私だってそれはもちろんです!色んな人の色んな滑りを見れてとても勉強にもなりましたし、何よりも楽しかったです!」


「じゅんちゃん、開催してくれてありがとなの!」



 週末に行ったスキーボードイベント、スキボダ☆ゲレンデジャックに参加してくれた人たちの楽しそうな笑顔はじゅんに今までにない感情を与えてくれた。そんな笑顔に後押しされて、気付けば初めて会う人たちの前でも物怖じせずにイベント発起人として挨拶も出来たし、大勢の取り仕切りもこなすことが出来た。いつもは出来なかったグラトリが出来たり、念願だったレイとキッカーを飛ぶことも出来た。勢いに任せてこのイベントを思い立ち、エリやゆきの手を借りて何とか開催するにまでこぎつけたが、今思えば本当に開催してよかったと心から思えることであった。


 そんな週末を思い返し改めて親友二人がじゅんに向けてくれた心からの笑顔。これを見た瞬間、イベントの時とは違う感情がこみ上げ、気が付けば目の端に熱いものを感じた。自分の中の感情を心地よく思いつつも、しかし目に溜まる熱いものを見られることを気恥ずかしく感じたじゅんは、それを誤魔化すように元気良く振り返る。



「そんなことより早く行かないと遅刻しちゃうよ!もうすぐ期末テストなんだから頑張らないと!」



 そう叫ぶと二人の返事も待たずに先ほどよりも早く駆け出して行った。突然の行動に一瞬呆ける二人であったが、ふと腕につけた時計に目を向けると慌てたようにじゅんの背中を追いかけていくのであった。



◇◆◇◆◇◆



「エアトリックの大会?」


「うん、さっき晴子ちゃんからメールがあったの」



 昼休み、いつものように机をくっつけてお弁当を食べながらじゅんがエリとゆきに携帯を見せる。そこにはじゅんに当てた晴子からのメールが下記のように記されていた。



件名:大会出てみない?

本文:来週末にとあるゲレンデでエアトリックの大会があるらしいの。大会って言ってもスピンとかは禁止のストレートジャンプ限定らしいからエリやゆきでも問題ないと思うわ。当日の参加でも構わないみたいだし、良ければ出てみない?皆でスキボのエアトリックをアピールしましょ!



「どう?出てみない?」


「エアトリックの大会ってちょっと凄そうだけど、しずくちゃんや春美ちゃんたちみたいなスピンは出来ないけども、ストレート限定ならゆきも出てみたいの」


「でしょでしょ?私もスピンはちょっとまだ怖いけども、それでもストレートジャンプ限定ならって思ってね。エリはどうする?」


「確かに興味はありますが、二週間後は家族でゲレンデに行くことになっているんですよ」


「そっかぁ、それじゃ難しいね」


「予定があえばとても興味があるので私も出てみたかったんですが・・・」


「ううん、仕方ないよ!それじゃおねーちゃんたちにも聞いてくるね!」



 いつの間にやら弁当を食べ終えてたじゅんが二人にそう言い残すと、弁当箱の片付けもそこそこにとっとと教室を飛び出していく。出入り口付近で教室に入ってきたクラスメートにぶつかりそうになり、『ごめんねー!』と走りながら謝るじゅんを苦笑しながら見守るのであった。



◇◆◇◆◇◆



 一年生にとって普段は縁がない三年生の校舎であるが、何かあるごとにレイの元に顔を出すじゅんにとっては勝手知ったる我が家のようなものである。始めのうちこそ一年生がここにいることに疑問と戸惑いの目線で視られていたが、約一年が経った今ではそんな光景を当たり前のように感じる周囲の空気がじゅんの来訪頻度を物語っていた。



「あの・・・、おねーちゃんいます?」



 流石に上級生の教室に入るのは憚られるため、教室入口付近に座っている生徒に姉の所在を尋ねる。ちょっと待ってね、とその生徒は教室奥でしずくと弁当を食べているレイの下へ来訪を知らせに行き、知らせを受けたレイはじゅんに向かってこちらへ来るように手招きをする。


 小さく『失礼します』と誰にでもなく呟くと、先ほどとは違いゆっくりとした足取りでレイの元へ向かう。二人の下に来たところで『どうしたの?』と尋ねつつレイに勧められた椅子に座ると先ほどエリたちに見せた携帯画面を見せながら尋ねる。



「晴子ちゃんからのこのメール、おねーちゃんとこにも来た?」


「なかなかグッドタイミングだな。丁度今その話をしていたところだ」



 レイへの問い掛けの答えはしずくから発せられた。



「私も興味があったから晴子さんにどんな大会か確認してみたの。そしたらその大会のサイトを教えてくれたからそれを見てたんだけども・・・」


「どう?どんな感じなの?見せて見せて」



 レイも晴子の話しに興味を持っていたことが嬉しくなり、話の腰を折りつつレイから携帯を借りると、そこに表示された大会のサイトに目を通し始める。



「・・・やれやれ。それで話の続きだが、何度も言っているが私自身はスキーボード経験があるからその魅力はある程度分かっているつもりだし、スキーボード自体に偏見はない」


「でも本当にそうなの?」



 じゅんが周りの声も耳に入らずと言った調子でサイト閲覧に集中する中、レイとしずくはじゅんによって中断されていた話を再開する。



「私みたいな考えを持つものは凄く少ないはずだ。一般的にはそこまでの視野を持てと言うのも無理な話だからな。だから絶対にそうだ、とは断言できないがそう言ったものは間違いなくある。分からないでもないだろ?」


「確かにそう言われればそうだけども」


「特に主催が主催だ。きっと楽しい思いはしないと思う。だから申し訳ないが私は辞めておくよ」


「えー!?しずくさん、参加しないの!?」



 突然の非難の声に目をやると、じゅんが携帯から目を離しこちらを見ていた。二人の話は聞いていなかったようだが、最後のしずくの一言に敏感に反応し、残念そうな顔でしずくを見つめていた。



「どう?どんな感じの大会か分かった?」


「うーん、晴子ちゃんが言ってた内容は分かったよ。後は参加資格はスキーやスノボ、スキボでもオッケーってことくらいかな。それよりもしずくさんはこの大会は出ないの?」


「ああ、私は辞めておくよ」


「どうして?エアトリックの大会だよ?しずくさんなら優勝間違いなしだよ!?」


「それはね、じゅん・・・」


「あー、その日は都合が悪いんだ。済まないな」



 レイが今までしずくと話していた内容を伝えようとしたところ、その言葉を遮るようにしずくから理由が語られる。しずくらしくない取ってつけたような言い訳であり、その不自然な口調に口を開き変えたレイが思わずしずくをしげしげと見つめる。しずくはレイに目配せをすると、レイはその意図を察してじゅんに諭しかける。



「そう言うことよ。仕方ないでしょ?でもせっかくだから私は参加しようと思うわ。エリやゆきはどうなの?」


「本当?おねーちゃんも出るの?こっちはね、エリは家族で滑りに行くから行けないって言ってたけども、ゆきは参加したいって言ってたよ!」


「そっか。そしたら晴子さんにそう連絡しないとね。自分の方は自分で連絡しなさいよ」


「はーい!」


「そしたらそろそろ戻らないと。お昼休み終わっちゃうわよ」



 レイの指摘に時計に目を向けると、後数分で昼休みが終わるところであった。



「あっ、弁当箱を出しっぱなしだったんだ!おねーちゃん、しずくさん、またねー!」



 そう言い残すと入ってきた時の遠慮した足取りとは違い、全速力で教室から飛び出していくのであった。



「全く・・・、どこにいても元気なヤツだな」


「いつもあんな調子だからバイト中も大変でしょ?」


「まあな。でもその元気さで助けられているときもあるぞ」


「そうなの?それなら少しはいいところもあるのね」


「それにしても本当に出るのか?いい思いはしないと思うぞ」



 じゅんが出て行った教室のドアを眺めてのんびりした口調で話していたしずくが急に真面目になり先ほどの話を蒸し返す。



「そう言われるとちょっと気後れするところもあるけれども、こうやってしずくから前情報をもらってることだし、大丈夫よ。それに・・・」


「それに?」


「私はそう言った事分からないから、一度そう言う空気も経験しないとダメだと思うの。そうしないとこれから先、自信を持ってスキボを続けていけない。その楽しさを広めてなんていけない」


「晴子さんと一緒に始めようって言っていたスキーボードの団体のことか?」


「ええ。だからしずくの忠告はありがたいけども、肌でその真実に触れてくるわ」



 しずくの忠告に気後れすることもなく凛とした口調で答えるレイ。レイの決意の固さにしずくは呆れるように微笑する。



「・・・やれやれ。タイプは違っても思い込んだら真っ直ぐってのは姉妹揃って同じだな」


「なによ、それ」


「おいおい、私は褒めているんだぞ」


「褒めているように聞こえないわよ」


「それはじゅんと似ているってのが褒め言葉にならないって意味か?」


「それは・・・」



 そんな軽口を叩く中、昼休みの終わりを告げるチャイムが教室に鳴り響く。



「さて、話はひとまず中断だ。昼寝の時間が始まるぞ」


「全くもう、いくら進路が決まっているからってちゃんと授業は受けなくちゃダメでしょ」



 そう言いながら午後の授業の準備を始めるのだが、しずくとの先ほどの会話を頭の中で反芻するとどうしても不安がよぎるのであった。



◇◆◇◆◇◆



 それから一週間後の週末。晴子の提案でやってきた大会が行われるゲレンデ、群馬県の布袋牧場スキー場は今にも吹雪になりそうな曇天模様であった。風こそないものの気温は当然のように氷点下を指し、ゲレンデにおいてはあまりの高温は逆に天敵ではあるものの、肌を刺すような痛みとも似た寒さが空模様と相俟って、より薄ら寒い雰囲気を醸し出している。


 しかし例え曇天であってもゲレンデに雪があればそこには人が集まる。ウインタースポーツを愛する人種とはそう言った性質の持ち主である。今ではすっかりその人種の一人となっているじゅんたち一行は晴子が運転する車でこの布袋牧場スキー場にやってきた。入口以外の三方向が雪化粧をほどこした木々に囲まれた駐車場に辿り着き、数時間前から唸りをあげていたエンジンにようやく小休止を与える。



「晴子ちゃん、お疲れ様!」



 車から真っ先に飛び降りたのはじゅんである。じゅんは駐車場からあたりをキョロキョロと見回すと、ようやく車から降りてきたレイに不満をぶつける。



「おねーちゃん、ゲレンデ何処なの?」


「私だって始めてくるところだから分からないわよ」


「じゅん、そんなに焦るなって」



 助手席から降りてきた春美が不満をぶつけるじゅんを優しく諭す。春美自身もこのゲレンデは初めてなようで、その場に立ちじゅんと同じようにあたり見回す。



「うーん、あっちの方じゃないのか?」


「その通りなの。でも歩いていくのは大変だから、そこから無料送迎バスに乗って行くの」



 後部座席から降りてきたゆきが視線の先にあるレストハウスと呼ぶよりも仮設倉庫とでも呼んだほうが相応しいような年代物の小屋の前に停まるバスを指差す。



「あら?ゆきはこのゲレンデに来たことあるの?」


「うん、結構前だけども家族で滑りに来たことあるの」



 最後に運転席から降りてきた晴子がゆきの発言に感心する。



「それなら着替える場所とかはゆきに聞きましょうか。よろしくね、ゆき」


「え?あ、うん。任せてなの!」



 五人はそれぞれ荷物を抱えると、一番小柄なゆきが先頭に立ち、うろ覚えの記憶を無理矢理掘り起こしながら着替え小屋へと後ろに続く四人を先導するのであった。



 晴子の誘いにより大会に参加することになったのは春美、じゅん、レイ、ゆき、そして発起人の晴子であった。いつものメンバーのうち、しずくとエリからは既に直接断りを入れられていたが、晴子経由で葉流も都合が悪いことが判明。かくしてこの五名が今日の大会に参加すべくやってきたのであった。



◇◆◇◆◇◆



 レストハウスで受付を行った後、大会開始時間までは若干の余裕があった。大会の会場は既にゲレンデ内に設営されているようであったが、そこを滑れるのは開会式を終えて、インスペクションと呼ばれる大会コースを実際に滑って感触を確かめる練習時間になってからであり、それまでは大会会場以外を滑ったりしながら時間が来るのを待つこととなる。


 それでも会場自体を見ることに問題ないので、一行は滑るより先に後ほど自分たちが滑ることとなる会場の見学に来ていた。



「大会のキッカー、思ったよりも大きくなくて安心なの」


「おっ!そんなことを言えるなんて、ゆきも成長したじゃんかよ!」



 ゆきの独り言を目ざとく聞きだし、春美が冷やかしを入れてくる。そう言う春美はキッカーと言う地形自体に慣れているので、キッカーの大きさと飛び出しの角度の確認を行うと後は実際に飛ばないと分からないと冷静な意見であったが、その大きさ自体には同意見のようであった。



「でも私もそう思うよ。これならこの間の鹿島岳の方が大きいかなって思うよ」


「そうね。ストレートジャンプ限定ってことはあまり大きなキッカーにすると危ないってことなんでしょうね。私たちにとってもこれくらいの方が丁度いいのかもしれないわよ」



 じゅんと晴子もそれぞれの感想を口にする。確かにキッカーの大きさ自体はじゅんたちが飛んでいた鹿島岳の方が大きい。しかし既に飛び慣れているじゅんたちであればともかく、キッカーと言うのは特殊地形であることを忘れてはならない。慣れていない人にとってキッカーと言う地形は怪我と隣り合わせの場所なのである。


 ストレートジャンプ限定と言うことは、裏を返せばそれだけしか出来ないキッカー初級者、或いは中級者程度が対象であろう。つまりそう言った者が対象である以上、あまり大きなキッカーにすると参加者の怪我のリスクが増え、大会の運営事態が危うくなるのであろう。キッカーの大きさが小さいのはそう言った理由であると推測され、またじゅんたちがこのキッカーを『小さい』と評したのはそれだけ飛び慣れてきたということであった。


 じゅんたち一行がこれから始まる大会や会場についてあれこれ好きなことを言い合っている中、レイだけは一人皆とは違うところに目を向けて終始無言であった。



(しずくが言ったとおりだ。でも本当にそうなのかしか・・・)



◇◆◇◆◇◆



 大会開始の時間となり、指定された集合場所へ向かうと、そこにはじゅんたち以外にもおよそ三十名ほどの参加者が待機していた。緊張している人、イメージトレーニングをしている人、顔見知り同士なのか和やかに談笑している人。皆さまざまな様子で大会開始を待ち侘びていたが、そこにあった共通点。そしてじゅんたちとは決定的に違う相違点。それはじゅんたち以外は全員スノーボーダーであった。



「ねえ、晴子ちゃん。この大会って確かスキーでも参加していいんだよね?」


「そうよ。大会の特設サイトにも書いてあったでしょ?」


「でも・・・、私たち以外にはスノーボードの人たちしかいないの・・・」



 じゅんとゆきは集合場所に居並ぶ自分たち以外のギヤが全てスノーボードであることを確認すると、先ほどまでの勢いが急にしぼんだように小さくなる。



「まあ気にするな。元々パークスタイルはスノーボードが主体だったからな。ゲレンデにもよるけれどもパーク人口はやっぱりスノーボードの方が多かったりするんだよ」


「そうなの?」



 元々スノーボードをやっていた春美が小さくなった二人を励ます。



「そうだよ。だからこそスキーやスキボが目立つんじゃないか。それにこの大会の主催はどこかのスノボショップらしいからな。スノボの方が多いのは当然だ」


「主催?そうなの?」


「おいおい、晴子まで何言ってるんだ?ちゃんと書いてあったろ?でも参加資格にはスノボ限定とは書いてなかったからな。問題ないよ」



 晴子らしからぬ確認不足にやや呆れた様子の春美であったが、そうであったとしてもこの大会に参加する資格が損なわれるわけではない。春美の言葉を聞いて安心したじゅんたちを余所に、何となく険しい顔をしている春美にそっと近づきレイが小声で話し掛ける。



「春美さん・・・、あの・・・」


「ん?どうした?」


「この大会がスノボショップ主催ってこと、知っていたんですか?」


「さっきも言ったけどもサイトに書いてあったからな。もちろん知っていたよ」


「そしたらこの大会って・・・」


「レイ」



 レイの言葉を遮り、春美は苦笑を漏らす。



「何を言いたいか何となく分かるけどな。それはスキボって言うマイノリティギヤの宿命だ。確かにパークスタイルはスノボが発祥で、今でもそう思われている風潮もある。でも去年の冬季オリンピックでもフリースタイルスキーが正式採用されたように、パークはスノボだけのものじゃなくなっているんだ。だからそんなに心配するな」


「・・・確かに、言われて見ればその通りですね。ありがとうございます。」



 春美の言葉を自分の中で何度か反芻すると、言い聞かせるように納得するレイ。先ほどよりは晴れやかな顔になってじゅんたちの元に戻っていくのだが、去り際に見せた表情には、まだどこか心配事があるようであった。それを見て珍しく沈痛な面持ちになりながら春美は思う。



(恐らくレイは気付いているんだな。それが現実にならなきゃいいんだけどな・・・)



 自分の思いが外れることを祈りながらかけがえのない仲間であるスキーボーダーたちを眺めていた。

※ストレートジャンプ

キッカーの飛び方の呼称の一つで、グラブの有無に関わらず特にスピンを伴わない飛び方全般を指す。


※インスペクション

公式トレーニングとも呼ばれ、本番会場で本番前に行う練習のこと。



お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。

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