表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキーボードの物語  作者: はるパンダ
22/30

第二十話 ゲレンデジャック前編

 この日の鹿島岳スキー場は真っ青な空を白と言うには少々濃い色をした雲たちが多い尽くす曇天であった。一面が白で覆いつくされたゲレンデから見る曇天の空は山と空の境目を曖昧にしており、それはあたかも上から下まで全ての世界が銀世界に覆われているようにも見えた。


 天気予報では本日は晴れとのことであったが、一般的に良く言われる『山の天気は変わりやすい』との言葉を期待すれば、この後に待つのは一面の青空か、或いは更に重く立ち込める雲の世界か。


 ゲレンデでスキーやスノーボードを楽しむ人の中には天候の回復に期待を寄せる人々が多くいるであろうが、今日鹿島岳スキー場の集まった人の一部には、天候の如何に関わらず集まることを目的で集った者たちがいた。



 スキボダ☆ゲレンデジャック



 このイベントは広く一般に知られるものではなく、ゲレンデにいる人数の比率的に考えると集まる人数は決して大層なものではない。しかしそこに集まる人たちは他の人とは明らかに異なる特徴があった。


 それは参加者が全てスキーボードであるということ。板が短い分、集団であっても目立たないのかもしれないが、普段はあまり見ることがないスキーボーダーが多くいる。それはきっとゲレンデをいつもとは違う光景にしてくれるはず。じゅんたちには知る由もないことだが、今日の鹿島岳スキー場を目指すスキーボーダーの多くはそんな期待感を胸に秘めていた。



◇◆◇◆◇◆



 春美が運転する車はゆきが目覚めたことによりすっかり雑談に花が咲いてしまいろくに休憩もせずに走り続けた。その結果、ゲレンデに到着したのはイベント開始に設定している時間の二時間半前であった。本来は途中で休憩や仮眠などを取る予定であり、そのためにわざわざ早い時間に出発したのに、それが出来なかったことを心配するのだが、『テンションあがっている時はこんなもんだよ』と笑いながら言われてしまい、運転をしない高校生二人はそんなものなのかと納得せざるを得ないのであった。



 ゲレンデに到着すると別の車で向かっているじゅんたちと合流するため、そそくさと着替えを済ませる。



「ゆきのウェアはいかにもゆきらしい可愛いウェアですね」


「ホントだな。何かこう、庇護欲がくすぐられるよ」


「・・・可憐」



 春美、葉流、エリは始めて見るゆきのウェアを見て思い思いの感想を口にする。ゆきのウェアは淡いピンクや水色などのパステルカラーが横向きストライプにあしらわれており、ジッパー部分の鮮やかな単色イエローがアクセントとなっているエリたちよりもデザインに凝ったウェアであった。ラベンターのパンツが元々小柄なゆきのシルエットに良く似合っており、全体的な可愛らしさを引き立たせていた。



「妙に綺麗だけども新品か?」


「そうなの。今シーズンは元々ウェアを新調する予定だったからこんな感じにして見たの」


「似合いすぎて悔しい」


「いやー、ホントに可愛らしいなぁ!」



 葉流がぼそりと呟いた言葉を聞こえない振りをしてゆきを抱きしめる春美。突然のことにもがきながら対処に困るゆきに助け舟を出すようにエリがレストハウスの方を指差す。



「二人とも、ちょっとアレを見てください!」


「ん?何かあったのか?」


「ほら、レストハウスのところですよ」


「・・・あれは!」



 妙に興奮した口調に春美はゆきから離れエリが指差すほうに視線を移す。それを確認すると思わず軽い驚愕を顔に浮かべる。やっと解放されたゆきは春美の表情に疑問を持ちつつすかさず春美からちょっと距離をおいて自分もその方向を見るのだが、そこで春美の表情の意味を知ることとなる。数秒の間、硬直して一点を見続ける一行であったが、エリに肩を叩かれると二人はそこに向けてゆっくりと駆け出していく。



「こんなに大勢の人たちが来てくれているんですね・・・」


「スキボがこんなに並んでいるなんて爽快なのー!」



 そこにあったのは普段は見ない沢山のスキーボード。その数はおよそ二十セットはあろうか。確かに今日のイベントではスキーボーダーが多く集まる予定である。しかし実際に多くのスキーボードを目の当たりにすると、自分たちがスキーボードを多く集めた張本人であることも忘れてその光景に見とれていた。



「これだけスキボが並ぶと爽快だなぁ」


「一体感も沸くと言うもの」



 そんな二人の後ろからのんびり歩いてきた春美と葉流から声が掛かる。後から来た二人は沢山のスキーボードの前に興奮を隠すようにいつもよりものんびりした口調で話しているが、その顔は明らかに高揚しているようであった。



「これだけのスキボダが集まるだなんて凄いですよね」


「何言ってるんだ。そのイベントの主催者だろ?」


「リーダーはじゅんちゃんなの。私たちはじゅんちゃんのサポートなの」



 じゅんが提唱して立ち上げることになったこのイベント。確かにリーダーはじゅんであり、じゅんが提唱したからこそ実際に開催出来ることになった。しかしじゅんだけでは考えが回らないこともあり、エリとゆきのサポート無くしてはこの理想を実現させることは不可能であっただろう。そう言った意味ではエリとゆきも立派な主催者と言える。それは春美たちの目から見ても明らかであったが、二人はあくまでもじゅんを支える役に徹していのだと言う。



「ゆきたちじゃそもそもスキボダさんを集めようなんてこと考えもしなかったの。やっぱりじゅんちゃんあってのゲレンデジャックなの」


「そっか、まぁそうだな。それでも少なくとも私たちはエリたちが頑張ってきたことも知っているからな」


「充分誇ってもいいレベル」



 立ち並ぶスキーボードの前でそんなやり取りを行う一行。そうこうしている中、見知らぬ男性が立てかけられたスキーボードの群れの横に新たなスキーボードを立てかける。横顔を覗き見るとその彼も普段は見ることがない貴重な光景をどこか誇らしげに眺め、携帯を取り出してその様子を写真に納めていた。



「・・・確かにそうかもしれませんね」



 そんな彼の様子にくすぐったい想いをしながらエリが呟く。やがて写真を撮り終えた彼は立てかけたスキーボードをそのままに急ぎ足でその場から離れて行った。その背中はどこか期待に満ちているようにも見える。恐らく着替えるよりも早くスキーボードを並べ、普段は少数派であるスキーボードの存在感をアピールしたかったのであろう。今日はそれが許される日。そのために多くの人が鹿島岳スキー場に集ってくるはずである。



「さぁ、じゅんたちと合流しましょうか」



 その場から離れていく見知らぬ背中を柔らかい笑顔で見つめ続けているエリは皆に次なる行動を促す。何とも言えない暖かな気持ちで並べられているスキーボードを視界から外し、四人はレストハウスの中に吸い込まれていった。



◇◆◇◆◇◆



 白を基調とした西欧風のレストハウスの中に入ると、空調を効かせた暖かな雰囲気が一行を迎えてくれた。ゲレンデ独特の引き締まった空気はウインタースポーツを愛する者にとっては慣れ親しむものであり喜ぶべきものであるが、やはり暖かいところに来ると落ち着いてしまうのは、雪が降るような気温は本来人間が生息すべき環境温度ではないと言うことであろう。無意識に身体に入れた力を抜きレストハウス入口で周囲を見渡す四人。すると正面の階段から見知った人物が降りてきた。



「あっ、しずくさん。おはようございます、先に着いていたんですね」


「おお、エリか。おはよーさん」


「しずくちゃん、おはよーなの」



 じゅんたちと同じ車で来ていたしずくであった。しずくもエリたち同様、既にウェアに着替えていた。



「しずくちゃんのそれはウェア?何だか普段着見たいで格好良いのー」


「エリとゆきのウェアもなかなかイケてるじゃないか」



 しずくのウェアはゆきが言うとおりそれをウェアと言っていいのか、街中で着ていてもさほど違和感がないような厚手でトール丈のパーカーであった。特にプリントがないグレーのパーカーはしずくの腰まで覆い隠し全体的にダボっとした印象を与え、胸や腰などの身体の起伏などを全体的に覆い隠している。頭には申し訳程度のつばがついたシンプルなデザインの灰色のヘルメットを被り、全体的にはやや小柄な男性のようないでたちであった。


 しずくと面識があるエリとゆきは互いのウェアの感想を述べ合うが、その横で話を聞いている春美と葉流は、話は聞いていてその存在は知っていても初対面であるしずくに対して若干所在無い様子であった。もっとも葉流はいつもと変わった様子がないのではあるが。



「あっ、紹介が遅くなりました。こちらはしずくさん。レイさんのクラスメートで私たちと同じ高校に通っています。更にじゅんと同じところでバイトしているバイト仲間でもあるそうです」


「ども、北村しずくだ。今日はよろしくお願いする」



 本来であれば今名前が挙がったレイやじゅんが紹介すべきであろうが、残念ながらここにいないのでエリが代行してしずくを二人に紹介する。



「で、こちら春美さんと葉流さん。二人とも大学二年生で私たちにスキボを教えてくれています」


「布川春美だ。レイからしずくはパークをやるって聞いていたから会うのを楽しみにしていたんだよ。よろしくな」


「・・・葉月葉流」



 しずくのヘルメットを見て春美は思う。自分たちもヘルメットを持参しているが、昨シーズンの途中からヘルメットの重要性に気付いた春美たちのそれはまだ真新しい。それに対してしずくのヘルメットは普段から装着しているのか随分使い込まれているように見えた。元々のデザインや色もあるのであろうが、使い込まれたヘルメットを見て、それがパークスタイルを主とするの証であると認識し、内心で仲間が出来たと嬉しく思っていた。



 互いの紹介を終えて、改めてしずくが一人きりであることに気付き、辺りを見回すもじゅんもレイも晴子も見当たらない。



「あの・・・、しずくさん。じゅんたちは?」


「・・・あっちに座っているよ」



 何故か疲れたような口調で来た方向を指差すと、それじゃ私はちょっと、っと逃げるように去っていってしまった。その様子に首を捻るも、とりあえず教えてもらった方へ歩を進めることにした。



 じゅんたちは入口からは死角となるテーブル席にいた。しずく同様、既に三人ともウェアに着替えて朝食をとっていた。その背中を見つけると春美が近づきながら軽快に声を掛ける。



「よっ!おはよー!」


「あら、おはよー」


「おふぁよ・・・ぐぉざうぃま・・・」


「じゅん、口の中が無くなってから喋りなさい!」



 春美の軽快な挨拶に晴子が缶コーヒーを片手に微笑みながら挨拶を返す傍ら、テーブルに並べられている朝食を口に詰め込んだままじゅんが手を振りながら挨拶を返す。それをレイに窘められている様子に苦笑するエリたちであるが、ふとテーブルに並べられている大量のものを見て、今度は違う意味で文字通りの苦笑いをする。



「じゅん・・・、この大量のスイーツは一体どうしたのですか?」



 テーブルに並べられているのはエリが言うとおり大量のスイーツたちである。じゅんの好物であるシュークリームはもちろん、誰が選んだか言わなくても分かるみたらし団子や草餅、更にはプリンにババロア、ポテチにチョコなど、今からスイーツパーティーを始めると言われても納得してしまう程の量であった。



「んぐっんぐっ・・・、ぷはー!それは私じゃないよー」



 口の中のものを紙パックのイチゴ牛乳で流し込み、ようやく口を開くじゅん。確かにシュークリームは私だけどさ、と言葉を加えるも目が泳いでいない様子からどうやらこれらのスイーツを購入したのは本当にじゅんではないらしい。



「それなら誰が買ったの?」



 ゆきが疑問を投げかけると同時にしずくが戻ってきた。先ほどの態度に何となく合点が行くのではあるが、もしやと思い疑問の視線をしずくに向ける。しずくはじゅんと同じ洋菓子屋さんで働いており、口調や態度などは男勝りであるものの、アルバイト先に洋菓子屋さんを選択していることからもうかがい知れる程のスイーツ好きではある。しかしそうであったとしてもこんなに大量のスイーツを一気に買ってくるほど分別が無いわけではない。



「何だゆき、私を疑っているのか?これは私たちじゃないぞ、なぁレイ?」


「そうよ。これを買ったのは・・・」



 そう言いながらレイは視線で犯人を示唆するが、その先にいた人物は敢えてその視線に気付かない振りをして、あー、今日もスキボ日和ねー。などとわざとらしく現実逃避をしていた。その不自然な様子に同じテーブルを囲んでいたしていたじゅんたちも若干距離をおきはじめる。



「晴子が買ってきたのか?」



 春美が思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。残る三人も声こそあげてはいないものの、意外と言う表情を浮かべている。



「晴子の考えを聞きたい」



 葉流の言葉に一斉に晴子に突き刺さる。特に悪いことをしたわけではないが、テーブルに溢れるスイーツの量はある意味やってしまったと言われても致し方ない程の量である。一体何故こんなに?と疑問を隠しきれないエリたちの視線を受けて明後日の方を向いていた晴子がコホンと咳払いをして答える。



「だって今日は沢山のスキボダが集まる記念すべき日になるわけでしょ?それを企画してくれたじゅんたちに何かお礼をしたいと思って何か食べたいものある?って聞いたのよ。そしたらスイーツって言うからね、それで買ってきたってわけよ」


「それにしても多すぎると思うの・・・」



 語りだした内容は至極まともなことであるが、疑問はそこではない。ゆきが戸惑うような表情を浮かべて晴子に弱々しく突っ込みを入れる。



「じゅんが言うには『今日を迎えられたのはエリやゆきのお陰だよ!』だって言うから、それならやっぱり私からもお礼をしたいと思うじゃない?だからエリとゆきにも食べてもらいたいって思ったのよ」


「三人だとしてもこの量はちょっと・・・」



 テーブルに並べられたスイーツを改めて眺め、エリはじゅんに、そうなの?と視線で確認すると、じゅんはちょっと残念そうな顔で頷く。



「でもそれならせっかくだから皆で食べた方が楽しいじゃない?今日は私たちスキボダにとっても記念すべき日なんだから。だからレイとしずくにも希望を聞いて、食べたいものを片っ端からゲットしてきたってわけよ」


「ゲットって・・・、ゲームじゃないんだから」



 葉流は同じ車に乗っていたレイの肩に手を置き、さり気なく労を労っている。しずくはその場の空気を察して苦笑を漏らすが、その苦笑の意味を察した春美と小声で『止められなかったんだよな』『ああ、すまない』などと密談を交わしている。



「事前に連絡しておけば良かったのかも知れないけどもせっかくだから驚かせてあげたくてね。じゅんたちにも緘口令を強いていたのよ。驚いた?」



 晴子の目論見は見事に成功していた。成功していたが、驚いたかと言われると疑問である。並べられているスイーツは大小あわせて三十個程度はあるだろうか。その量に驚くよりも呆れてしまう一同であった。



 しっかりしているように見える晴子の意外な一面。それは物事へのこだわりが深すぎること。それはじゅんの猪突猛進とはまた別ベクトルの凝り性とも言える。晴子のそれは自分が良かれと判断したことを行うのであるが、時には人を導くが、時には今回のように行き過ぎてしまうこともある。自分自身に何かを課するじゅんとの大きな違いはそこであろう。晴子がじゅんに何かを感じたのは、或いは無意識にこの似て非なる共通点を感じていたのかもしれない。


 普段であれば自分の行うことを客観的に判断して、人を振り回すようなことはあまりしないのであるが、残念ながら今回の晴子はあまりよろしくない方向に突き進んでしまったようである。本来であればその場に立ち会ったじゅんやレイ、しずくと言った面々が晴子の暴走を止めるべきであったのかもしれない。しかし晴子の爆買い行為は何かをしたいと言う気持ちの表れであると言うことは充分すぎるほど伝わっていたので、その場に居合わせたじゅんたちも止めることが出来ず、結果として現在に至っていた。


 奇しくも晴子のこの行為が初対面であるしずくと春美たちにある種の一体感をもたらせ、その距離感を縮めることに一役買っているのだが、その事はあくまでも偶然による産物である。



 そして当の晴子はと言うと・・・。



「あれ?食べないの?ほら、これ食べて今日のイベントに向けて景気付けしましょ?」



 そう言いとテーブルに並んだスイーツを改めて整理しだす。ほらちょっと手伝って、とレイとエリを巻き込み大量のスイーツが整列していく様子を眺めつつ、残された面子が思い思いの感想を口にする。



「春美ちゃん、私なんで晴子ちゃんがあんなにスキボに夢中なのか分かった気がしちゃった・・・」


「晴子は一つのことにのめり込むとそれにハマり続けるからな」


「晴子ちゃん自身はその事に気付いてないっぽいの・・・」


「それが晴子。私たちはもう慣れた」



 驚きと呆れが入り混じった妙な感覚ではあるが、それでも今日のイベントに対する期待感の表れかと思うとそんなに悪い気もしない。せっかくだから食べるか!?と春美の呼びかけで改めてテーブルに座り思い思いのスイーツを手にとっていくのであるが、じゅんはぽつりと呟いたしずくの言葉が妙に心に引っ掛かっているのであった。



「危ういかもな・・・」


お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ