第十九話 始まりの理由
関東でも雪の知らせが届き始める一月のとある週末。木枯らしと呼ぶにはあまりにも冷たい風が街中を通り過ぎるのがいつの間にか当たり前となっている。そんな冷たく乾いた空気の恩恵か、朝の雰囲気は夏とは違う何処か張り詰めていて、それなのにそれが危うさよりも神聖さを感じさせる空気は纏っている。その独特の雰囲気は太陽が顔を覗かせると共に少しずつ失われていき、日が上がりきる頃には澄んだ空気が僅かにその余韻を残すだけとなってしまう。
大部分の人はそんな神聖な雰囲気を味わうよりも人肌が伝わりきった温かい布団の中で睡眠を貪る事を選んでしまうため、その神聖さは荒されることない。その為、この季節特有の自然が与えてくれた僅かな時間しか存在しない清浄なる雰囲気は、その時間に行動する人にのみ与えられた特権として保持され続けることとなる。
この神聖な空気を意識しているわけではないが、それでも冬の間の独特な雰囲気を一日の行動開始の糧としている人種もいる。それがゲレンデを愛好する人々。いわゆる雪山民と呼ばれる人種である。
彼らの嗜好はスキーやスノーボードなどさまざまであるが、共通するのはその行動開始時間の早さ。さもありなん、ゲレンデの多くは営業開始時間が八時前後。ゲレンデの近くに居住している人であれば普段どおりの起床でも問題はないが、多くの人は郊外と言うにはあまりにも遠方にあるゲレンデに向かって早朝から車を走らせ、或いは高速バスに乗ってやってくる。それはゲレンデと言う日常とは隔絶された環境でウインタースポーツを少しでも長い時間楽しむため、少しでも早い時間から滑れるように。
となると意識はしなくても必然的に早朝独特の神聖な雰囲気を日常の一部とするのであるが、彼らにとってはそれはこの時期の日常である。とは言え、それでもこの雰囲気を感じて改めて冬の到来を実感する人も多く、いずれにしてもこの夜と朝の狭間にある僅かな世界は雪山愛好家にとっては確実に何かの影響を与えていると言える時間である。
そんな独特な雰囲気を迎えるにもまだ少し早い時間、ゲレンデに向かうであろう多くの人の中にはこの日を特別に感じているものもいる。倉橋じゅん、元気全開の猪突猛進スキーボード少女もその一人である。じゅんは今日に控えたイベントの主催者として、晴子が運転する車中で今日のイベントへの意気込みを一人熱く語り続けていた。しかしちょっとした会話の谷間、僅かな沈黙の間を縫って押し寄せた睡魔の猛攻には太刀打ちできず、先ほどまで重いまぶたと格闘していたようであったが、今ではすっかり白旗を揚げてうつらうつらと舟を漕いでいた。
「急に静かになったと思ったら寝ちゃったのね」
「全く騒がしいと思ったら途端に静かになるとは・・・。忙しいヤツだな」
「ゲレンデに着いたら忙しくなるでしょうから寝かせてあげてください」
じゅんの寝息、或いは寝顔を確認して晴子、しずく、そしてレイの三人が思い思いに彼女への感想を述べる。
「忙しい?今回のイベントはスキボダが集まってワイワイ滑るだけって聞いてるぞ」
「そうは言ってもイベントの仕切り役だから何かと大変なんだと思うわよ。結構な人数を仕切るって言うプレッシャーもあるだろうから寝かせてあげましょ」
「んー、それもそうだな」
会話をするのは晴子としずく。互いにレイを通じて互いの存在を知ってはいたが、顔を合わせるのは今回が初めてであった。性格がまるで違う二人なのでどうなるものやらと若干やきもきしたレイであったが、元々面倒見が良いお姉さんタイプの晴子とさっぱりとした性格で誰にでも遠慮なく話が出来るしずく。ある程度紹介をしていたせいもあり、特に問題もなく二人だけで会話が出来るほど馴染みあっているように見えた。
「しかしレイがスキボを始めるとはな」
「私こそじゅんから聞いてびっくりだったわよ。まさかしずくがスキボをやっていただなんて知らなかったわ。一緒に滑っている時でもスキボ履いているの見たこと無いけども、いつやってたの?」
「私が小学生の頃まで長野県に住んでいたのは知っているだろ?その頃親父にスキーを教えてもらってて色んなものを試させられたんだ。その時にスキボも履いたことがあるんだよ」
「お父さんに色々教えてもらっていたのは聞いていたけども、スキボも習っていたなんて・・・」
「当時はまだ非力だったからな、普通のスキー板よりもスキボの方が体格にもあってるだろと言われてな。確かに扱いやすくて暫くスキボで滑っていたもんだ」
レイも知らなかったしずくのスキーボードの話。それはスキーボードを愛してやまない晴子の気を引くには十分の話題であった。恐らく今は夢の世界にどっぷり浸っているじゅんにとっても興味がある話であっただろうが、残念ながら夢の中からは聞き耳を立てることは出来ない。じゅんが起きていればしたであろう質問を、起きている晴子が代わりにしずくへぶつける。
「何でスキボを辞めちゃったの?」
「別に辞める辞めないの話しじゃないけどもな。こっちに引っ越してきて滑る回数が減った中で、やりたいことを絞っていたらたまたまやりたかったのがパークだったからな。それなら長いほうが安定していいだろうと言う事でスキボを履かなくなった。ただそれだけだよ」
「うーん・・・、残念だけども確かにパーク、特にキッカーに関して言えばその通りかもしれないわね」
「でも滑ることに関してはスキボの方が色々出来て面白いのは認識しているぞ。ただ私はそっちよりもパークに興味が移ってしまっただけだ」
レイにしてみたら思わぬところで共通点が見つかりはしたが、自分が散々スキーボードの話をしてもほとんど食いついてくれなかったことを思い返すとやや不満げな口調で改めてしずくを問いただす。
「でもそれなら私が散々スキボの話をした時に教えてくれれば良かったじゃない!?あんまり興味なさそうだったからちょっと悲しかったよ」
「ああ、それは悪かったな。でもパークのあれこれを教える時に言わなかったけか?確かスキボの方が全体的に動きが楽って教えた気がするぞ」
「そ、そうだったっけ?」
「でも確かその時はレイもパークにはまりだしていた頃だったから、スキボでパークに入るには慣れが必要って言ったら途端に興味が無さそうにしてたからな、覚えてないんだろ」
「・・・そう言えば」
自分の中の記憶を掘り起こしてもしずくと始めて一緒に滑ったのは中学校の時の卒業旅行。比較的成績優秀な部類であるレイとは言えど今から三年前の些細な会話までを覚えていろと言うのは流石に酷であろう。
「私としてはレイには申し訳ないがスキボよりもパークに興味があるんでな。既にスキボ経験は話していたつもりだったしそこまで食いつく要素も無かった話だったと言うわけだ」
「まぁ言われてみれば・・・」
「おまけにレイから聞いたスキボの話しはグラトリの話だったからな。私の興味の琴線は全く刺激されなかったという訳だよ」
「それは・・・」
「じゅんへの隠し事があったからだろ?それは理解しているよ。だからまぁそんな訳でスキボ自体に興味がなかった訳ではなかったしスキボ歴があるのを隠していたつもりもなかったけども結果的には隠していたことになってしまっていたようだな。済まなかった」
ここでも自分が犯した些細な隠し事の影響があったことを知り、それ以上何も言うことが出来なくなってしまったレイ。既に解決した話だとは言え、仮に最初から全てを明かしていればしずくともスキーボード談義が出来ていたかもと思うと改めて後悔の念を禁じえなかった。
そんなレイの想いとは別に晴子はしずくのある発言が気になり、二人の会話が途切れたところを見計らって言葉を切り出す。
「しずくさんはグラトリはやらないの?」
「うーん、やらないと言うか知らないだな。当時はスキボって言ってもただ滑るだけだったからな。周りにもスキボをやってるのがいなかったらどんなものかも分からなければ楽しさも分からなかったってとこだよ。もっともグラトリと言う概念はスノボの連中がやってるのを見てたから知らなかったわけじゃないけどもな」
「確かにそう言った魅力を伝える人がいなければやるやらない以前の話よね」
「そう言う訳だ。もっとも今はレイから話は色々聞いてある程度分かっているつもりだ」
「でもそれじゃ何で今回はスキボのイベントに参加しようと思ったの?」
晴子の質問に後部座席で幸せそうな顔をしているじゅんを指差し苦笑しながら答える。
「それこそこの姉妹の洗脳の成果だ。レイからも色々聞いていたが特にコイツがスキボについて散々語ってくるからな。バイト中でも休憩時間となろうものならそりゃもう大変だったぞ」
そう言いながら後部座席で口をむにゃむにゃさせながら気持ちよさそうにしているじゅんを親指で指差す。その様子が容易に想像できてしまう晴子とレイ。特にその元凶娘の姉であるレイは思わず顔を赤くして申し訳なさそうに身体を小さくしてしまう。
「でもさ、話を聞いているとスキボでパークをやってるって言うじゃないか。そこで話に食いつしまったのが運の尽きだったな。いつの間にやら洗脳されてしまって、今こうしてここにいると言う訳だ」
「あの・・・、ごめんね」
「いや、謝る必要はないぞ、レイ。いつも言っているけども私はパークで遊べればそれでいいんだ。じゅんとはそう言った意味では楽しく話をしているし、レイも問題が解決したなら一緒に遊べるだろ?」
「まぁそうだけども・・・」
「もっとも私のメインはやはりフリースタイルスキー。スキボに対して言うなら長板だな。そこを違えるつもりは今のところないが、でもだからと言って他にも楽しいことがあるなら知らないと損だからな」
そう言うと申し訳ないと小さくなっているレイに向かってニヤリと笑顔を向ける。それに答えるようにレイもしずくに苦笑交じりの笑顔を返す。それだけで二人は理解しあえる。言葉が足りず誤解しあうことがあっても、それだけで互いを確認しあえる。じゅんにはエリやゆきがいるように、レイにとってはしずくがそれにあたる大切な友人であった。
晴子はそんな二人の様子を運転に集中しながらも何となく漂う雰囲気で察していた。しかし自分の問い掛けの答えをはぐらかされてしまっていることに気付き、もう一度同じ問い掛けを今度は言葉を変えてさりげない挨拶のように進言する。
「まぁせっかくスキボをやるんだったらパークだけでなくスキボならではの滑りも経験してみてね。きっと面白いと思うしきっとスキボの魅力を再確認するわよ」
「うーん、そうだな。レイたちの滑りを見て、気が向いたらお願いするよ」
しずくの気のない返事に困ったような笑顔を浮かべてしまう晴子。新たなスキーボード仲間が増えるかと思ったのに残念ながら肩透かしを食らってしまい、この話をこれ以上続けることを苦笑交じりに断念した。
「そう言えば晴子さんは何でスキボを始めたんですか?」
レイが何の脈絡もなく晴子に尋ねる。何の他意もないのではあるが、ふと感じた疑問をそのまま晴子にぶつけてみた。自分たちは晴子たちに会うことでスキーボードを知ることが出来た。しかし晴子たちはどうやってスキーボードと出会って来たのだろうか?しずくの話を聞いた今、晴子のスキーボードとの馴れ初めが気になってしまったのだ。
「そうね・・・」
自身のスキーボードとの馴れ初めを思い返すように記憶を辿りつつ、大した話ではないんだけども、と前置きをおいて晴子は語りだした。
「私は元々基礎スキーをやっていたのよ。二人も名前くらいは聞いたことあるかしら?スキーのバッジテストのこと。スキー検定と言えば分かるかしら」
「えっと・・・、何ですか?」
「簡単に言ってしまえば技能テストだな。滑りの技術検定のことだ」
「その通りよ。しずくさんは受けたことある?」
「いや、私も親父も興味なかったからな。あるのは知っているけども受けたことはない」
「そう・・・。羨ましいわ」
「・・・晴子さん?」
しずくの返答に晴子が自嘲気味に微笑む。この会話の間も晴子は運転をしているので目線は常に前を向いているのだが、横にいるしずくはもちろん、後部座席にいるレイも晴子の寂しげな様子でいることが分かった。
「そう言えば言ってなかったけども、私の出身は東北なのよ。大学進学で東京に出るまでは実家で家族と暮らしていたんだけれども、父がスキーの指導員だったの。それで小さい頃からスキーをしていたんだけども、このバッジテストに非常に拘っていてね。小さい頃から散々スキーを仕込まれていたの」
「いつごろからやっていたんですか?」
「小学生になってからだったかしら?大分昔のことだから覚えてないわ」
「そんなに小さな頃から滑っていただなんて羨ましいですね」
「羨ましい!?とんでもない!」
レイの羨望の言葉に珍しく語気を強めて反論する。普段聞くことのない晴子からの強い否定の言葉に思わずぎょっとしてしまう。夢の中にいるじゅんもその声に反応して『うーん・・・』と一唸りするが、もぞもぞと体勢を整えなおすとまた静かに動かなくなっていた。
「・・・あっ、ごめんなさい」
「い、いえ・・・。でもどうしたんですか?」
「えっと・・・、そうそう。そんな小さい頃から仕込まれていたのよ。・・・私の気持ちなんて関係なくね」
「気持ちなんて関係ない?」
「そう、父が指導員だから娘の私もスキーをやるのが当然と言う様な状態でいつの間にか始めさせられていたわ」
「・・・」
「もっとも、最初のうちは父と滑れて楽しかったわ。どんどん新しいことを吸収して、色々なところを滑って、私がバッジテストに受かった時には本当に嬉しそうな顔をしてくれて・・・。あの時は父と二人でゲレンデに行くのがとても楽しみだった」
晴子の語る内容は車内の二人の言葉を奪っていた。
「けど高校生になって技術も伸び悩み、昇級出来なくなってきた私を父は残念そうな目で見るのよ。初めの頃こそは色んなアドバイスもくれたわ。でもそれでも進歩がないと見るとそれもなくなり、いつしか一緒に滑りにいくこともなくなったの。それでもバッジテストはほぼ毎回受けさせられたわ。それでまた落ちると父の残念そうな目が待っていたわ」
「何で毎回・・・?」
「さぁ?父が指導員であると言うプライドからかしら?聞いたことがないから分からないわ」
「・・・」
「だから私はスキーと父のことをいつしか遠ざけていたの。大学に進学する時もスキーと父から離れたい一心で東京の大学を選んだの」
レイは晴子の言葉に僅かな合いの手を入れることしか出来ず、しずくはいつの間にやら腕を組み、慎重な面持ちで晴子の話に耳を傾け続けていた。
「しかし皮肉なものね。東京で新しい生活を始めるとあんなに嫌だったスキーが恋しくなったのよ。地元のように気軽にスキーが出来ない土地をわざわざ選んだと言うのに、いざやって来たら逆に滑りたくなるなんて、我ながらおかしいと思ったわ」
「でももう基礎スキーをしようと言う気にはなれなかったわ。かと言ってスノボはやったこともないし・・・。どうしようかと思いながらお店をぶらぶらしていたら、店頭に並んでいたスキーボードを見つけたってわけ」
「基礎スキーをやっていた時の名残かしらね。一度見かけたスキボのことが気になって、従来のスキーとの違いを色々調べたわ。するとスキボには従来のスキーにはない自由さがあることを知ったの。で、そんな自由さに魅了されてスキボを始めることにしたのよ」
「ひょんなことから同じ講義を受けていた春美と葉流がスキボの話をしているのを聞き、そこから意気投合して今に至るってわけ」
話し出した時のように何でもない口調で話を終える晴子。しかしその内容はレイにとっては衝撃的とも言える内容であった。ゲレンデをあんなに楽しそうに滑る晴子にそんな過去があったとは。想像もしていなかった晴子のスキーボードを始めるまでの経緯にどう言葉を掛けて良いか分からなくなる。
レイは何の気なしにじゅんの足に触れるとびくっと不自然に身体が震えた。その様子に疑問を持ちじゅんの顔を覗きこむと、やはり夢の中にいるのだろうかじゅんの顔は寝顔のままであった。
「ん?どうしたの?ちょっと過去に色々あったけども、結局今はスキボが好き。ただそれだけの話よ」
「・・・そうです、よね」
レイは衝撃を受けていることを精一杯隠すようにそんな言葉を搾り出すと、過去を穿り返すような迂闊な質問をした自分自身を恥ずかしく思っていた。その間もしずくは黙って二人の話を聞き、そこに口を挟もうとはしなかった。
「何だかごめんなさい、変な空気にさせちゃったわね」
「い、いえ・・・、そんなこと・・・」
「レイは本当に素直ね。動揺しているのが丸分かりよ」
「・・・全くだ」
晴子の突っ込みにしずくはようやく口を開く。
「晴子氏が幼少の頃、どのような経験をしようとそれは過ぎたことだ。私たちは今の晴子氏とこうして付き合っているのだからな」
「しずく・・・」
「晴子氏もそう思うだろ?」
「そうよ、だから気にしないでね」
何でもないような調子で会話を続ける二人にレイも気持ちを切り替える。その後はそのような重い話も出ず、じゅんの寝息がいびきに変わるのを聞きながら車内の会話は続いていく。その後の会話はスキーボードのことはもちろん、じゅんのバイトの様子やレイとしずくの進路のことまで多岐に渡ったが、晴子の過去については自然と触れずにいた。そんな車内の会話は太陽が昇り始め、じゅんが目覚めるまで続いていった。
◇◆◇◆◇◆
一方、晴子の運転する車の後ろには晴子の車と同じくスキーボーダー四人を乗せた車がもう一台。その車内は晴子たちの車とは別の雰囲気に包まれていた。
「もう眠さが限界なのー」
「何を言ってるんですか。せっかく運転してもらっているのに寝るなんて失礼ですよ」
「気にしなくて良い。夜更かしはお肌の敵。眠くなったら遠慮なく寝るべき」
「そのお肌に悪いことを頑張って引き受けているのはどこの誰だと思う?」
上からゆき、エリ、葉流、春美の発言である。
こちらは春美が運転する車である。車中には上記の四人が乗り合わせ、晴子たちと同じく本日開催されるイベントに参加するために晴子たち同様まだ深夜とも言えるべき時間をひた走っていた。
「それにしても楽しみだよな。今日のイベントに参加するのって皆スキボダなんだろ?」
「ええ、そうですよ。確か参加人数は五十人近くになっていたはずです」
「違うのー。正確には四十七人なの」
睡魔に必死に抗いながらエリの言葉を訂正するゆき。春美に気を使って必死にまぶたをこじ開けている。
「そんなに沢山の人を集めるのは容易ではないはず」
「とは言っても実は大して何もしていないんですよ。最初のうちは色んなサイトに宣伝したりしていたみたいですが、そのうち評判が一人歩きして気が付けばこれだけの参加人数になっていたんです」
「それだけスキボダが仲間に飢えていたってことかな」
「どうでしょうか?私は周りにじゅんや春美さんたちがいたから気付きませんでしたが・・・」
「確かにスキボダさんの集団って余り見たことがないの。ふぁー・・・。だからきっと皆楽しみにしていると思う・・・の・・・」
皆の会話に加わりながらも遂に夢の世界へと旅立ったゆき。そんなゆきの様子を苦笑しながら確認すると、エリは改めて二人に問い掛ける。
「そう言えばお二人はスキーボードの団体を立ち上げけたと聞いたのですが・・・」
「確かにその通り。発起人は晴子。目的はスキボの魅力を皆に知ってもらうため」
「普及活動と言うことですか?」
「まぁそんなことだろうね。私は皆で楽しく滑れて目立てれば何でも良いんだけれどもね」
「春美さんらしいですね」
春美のあっけらかんとした様子に思わず笑いながら答えるエリ。
「それならじゅんの今回のイベントもその一環なんですか?特に団体の件は聞いていませんでしたが・・・」
「違う。それはじゅんが自ら考え行動を起こした結果。私たちも最近まで知らなかった独自の行動」
「それなのに似たようなことをいつの間にか始めて、しかもこんなに沢山の人を集めるなんてさ。大したヤツだよ」
この車中にはいない親友のことを褒められて、それが自分への評価のように嬉しくなるエリ。それでもここまで至るにはさまざまな経緯があった。ふとそんなことを思い出しそうになるが、それを思い返すのは今日のイベントが終わってからでも遅くはない。そう思うと思考を切り替えて再び春美に問い掛ける。
「ところでその団体って具体的には何をするんですか?」
「さぁ?」
「さぁ?って。決まっていないのですか?」
「スキボの魅力を伝え、魅力を知ってもらい、スキボダになってもらうのが目的。その手段はさまざま」
「さまざまと言うと?」
「そうだな・・・。グラトリなんかのスキボならではの滑りをゲレンデで見せ付けて、興味を持った人にスキボの魅力を伝えるとか」
「或いは直接その場でスキボを履いてもらい体験してもらう」
代わる代わる答える二人に対して何だか要領を得ないような妙な違和感を感じてしまうのだが、それを敢えて口に出すのは抵抗がある。それでもどうしようかと話を聞きながら悩んでいると春美から意外な発言が飛び出る。
「でもさ。確かにウチらはスキボが好きだけどもさ、無理に広めなくてもいいと思うんだよな」
「えっ?」
「だってさ。確かにスキボは楽しいし、人口が少ない分目立つし、他のギヤにはない魅力があると思うよ。グラトリなんかは良い例だと思うよ。でもさ、事情があってやらない人もいると思うんだ」
「事情・・・、ですか?」
「例えばエリはさ、家族でゲレンデに行くときはスノボをやっていたんだろ?」
「ええ、そうです」
「それじゃ今後はどうする?家族皆がスノボやっている中で一人でスキボするか?」
「それは・・・」
「或いはその家族にスキボの魅力を伝えてスキボを履いてもらうようにするか?」
「・・・」
春美の問答は今まで考えたこともなかったことであった。じゅんに薦められてスキーボードを始めて、先日は遂にスキーボードでゲレンデデビューを果たした。今後の自分のメインギヤはスキーボード、そんな認識がエリの中では確立されていた。
しかし家族で行く場合はどうするだろう?確かに春美の言うとおり一人でスキーボード、と言うわけには恐らく行かないであろう。いや、恐らく家族はスキーボードをすることに大して何ら咎める事はないと思う。それでも家族旅行として出掛ける中で一人外れることをするのはいかがなものであろう。
その事をじゅんに話したら何と言うであろう?『何でスキボしなかったの?』などと言うであろうか?或いは『家族の時はスノボでいいじゃん!』と言ってくれるであろうか?さらにゆきであれば何と言うか?レイは?
スキーボードは確かに楽しい。恐らく今後も続けていくことなると漠然と思っている。しかしそれだけに拘ってしまっていいのであろうか?春美の問答がエリの心に染み渡り、今までの漠然と考えていた前提に小さく、しかし深い波紋を作っていった。
「まぁ今の話は極端な例だけどもな。私だってスキボダ仲間は増えて欲しいと思うけども、無理に広げることはないのかなって思ってるんだよ」
「それじゃなんで団体の話を?」
「私はさ、単純にゲレンデで目立ちたかったんだよ。元々スノボをやっていたのは以前にも話したと思うけども、パークで派手に遊べば遊ぶほど目立つんだよ。ただスノボは人口が多いからよっぽどのことをやらないとある程度以上は目立つことが出来ないんだよ。でもさ、スキボは知っての通りやっている人がほとんどいない。だからスノボと同じことをやるならスキボの方が目立つんじゃないかなって思ったんだ」
「・・・単純な理由ですね」
「だろ?我ながらそう思うよ。でもやりたいことに難しい理由なんかいるか?」
「確かに・・・、それもそうですね」
「だからさ、目立つんであれば一人よりもより多くの仲間がいたらもっと目立つじゃん?『あそこの集団、スキボなのにすげー!』とか言われたら楽しいかなって思ってね。だから晴子の話に乗ったわけ。無理に増やすことはないとは言っても仲間増えたほうが楽しいからね」
春美のスキーボードを始めた経緯を聞き、その単純ではあるが真っ直ぐな動機は別の車で惰眠を貪る親愛なる親友を連想させた。思えばその真っ直ぐな気持ちに洗脳されてスキーボードを始めることとなったエリ。そんなエリからしてみると、深い話をされるよりもその単純な理由の方が素直に共感できた。
「私は元々スキーもスノボもしたことがなかった」
不意に語りだす葉流。思えば先日の一件から葉流との距離は縮まったような気がするが、葉流が自ら自分のことを語りだすのは初めてであった。
「進学を機に今までやっていたバレエを辞めたので何か始めたいと思った。それがスキー。スキーを選んだ理由やスノボでなかった理由は特にない。強いて言えばバレエをやっている間は一年中専念していた。だから通年出来ることはしたくなかったのかもしれない。そんなわけで選んだのが何となくスキーだった。しかし通常のスキーは私には大きく重い。そこでたまたま目に付いたのがスキーボード」
「ただ始めて買うスキボだったもんだから選び方が分からずその時はそのまま帰っちゃったんだって。葉流はこんな性格だからな、店員に聞けばよかったんだろうけども聞くに聞けなかったんだってさ」
語りだす葉流に春美が合いの手を入れる。話の補足を受けて葉流は更に言葉を続ける。
「翌日になってもずっと悩んでいた。学校に行き、講義を受け、休み時間になっても悩んでいた。お昼前の講義が終わった時、近くの席に座っていた春美が声を掛けてきた」
「そうそう。苗字が同じハ行だからな、席も近いんだよ。で、いつも無表情な葉流がその時に限ってずっと難しい顔をしているんだよ。だから思わず『何か考え事か?』って聞いちゃったんだよ」
「今まで話したことがない人から突然話し掛けられてとても驚いた。でも折角だから話してみた。スキーやスノボの人口が多くないことを理解していた私は話しても分かってもらえないと思いつつ、スキーボードについて悩んでいることを伝えてみた」
「こっちはびっくりしたよ。丁度スノボからスキボに乗り換えようとしていた時にスキボを始めたいだなんて言うヤツがいるんだもん」
「春美は思いもよらず話しに耳を傾けてくれた。そこに元々私のことを気に掛けてくれていた晴子もたまたまスキボを始めると言って話しに加わってきた。スキボを通じて知り合った私たち三人は自然と一緒にいる機会が多くなった」
当時を懐かしむように僅かに目を細める葉流。しかしまだ語るべきことがあることを思い出すと現実に立ち返り、再び言葉を紡ぎ出す。
「このような性格だから当時の私は友人に恵まれていなかった。しかしスキーボードのお陰で春美と出会い、晴子とも深く通じるようになった。だからスキーボードの縁を繋ぎ続けたい。これが私が晴子に賛同した理由」
「そうだったんですか・・・。何だか皆さんドラマチックなんですね」
「本当なのー、単純に始めた私たちとは全然違うの」
いつの間にやら目を覚ましていたゆきが話に割って入る。
「ゆき?いつの間に起きていたの?」
「葉流さんのお話が始まる頃かな?スキボが繋いだ友情って言うの?ちょっと感動しちゃったの」
「そんなに大した話ではない。どちらかと言うと恥ずかしい話。つい話してしまったが忘れて欲しい」
外はいまだ暗く、車内の様子を伺うのは困難であるが、それでも葉流が珍しく顔を赤らめている様子がその口調から良く分かる。じゅんであれば『あれー、葉流ちゃん照れてるー!』などといじり倒すところであろうが、エリとゆきはその意図を汲んで敢えて気付かない振りをして、それぞれ予め用意してあったドリンクを口に含む。
「ま、私も葉流もスキボを楽しみたいって理由には変わりないんだ。それは二人もそうだろ?」
「はい!」
「はいなの」
「だったらさ、晴子から団体の話を聞くことがあったら耳を傾けてやってくれ。晴子は私たちみたいに軽い気持ちじゃなくて本当にスキーボードが大好きなんだからさ」
そう言いながら豪快に笑うと、前方から目を離さず片手で器用に缶コーヒーの空けるとぐいぐいと一気飲みをした。葉流は既に先ほどの状態から立ち直りいつもの無表情に戻っていた。
「それにしてもスキボって何だか凄いの。私たちもそうだし、春美ちゃんたちもそうだし、色んな人の縁を繋いでいくの」
「ウインタースポーツ人口自体が少ない中で、その中でもスキボは更にマイナースポーツだからな。少数派だからこそのシンパシーみたいなものがあるかもしれないな」
「スキボの板の短さは仲間との距離感の近さの象徴。スキボダ同士の絆の深さの象徴」
いつものように呟くような紡ぎ出された葉流の言葉は車内に一瞬の静寂をもたらす。スキーボードの大きな特徴である板の短さとそれを愛好する者たちの絆の深さをスキーボードそのものに例えたその言葉。単純な言葉ではあるが、その言葉はエリとゆきの心に深く刻み込まれ、頭の中で何度も繰り返される。
「板の短さが距離感の近さ・・・」
「良い言葉なのー。じゅんちゃんにも聞かせてあげたいのー!」
「まぁうちらも人から聞いた言葉だけどね。何となく心に残るだろ?」
「はいっ!」
「はいなの!」
二人の心に刻み込まれた言葉はそのままスキーボードへの想いへと昇華される。ここにいない二人の親友にもその言葉を伝えたい気持ちを胸に、改めて今日行われるイベントへの思いを馳せる。
「今日のゲレンデジャックもそんな風に絆を深められるといいですよね」
「・・・きっとそうなる」
「葉流ちゃん、何でそう思うのー?」
「・・・勘」
「勘、ですか?」
思いもよらずいつかのやり取りが再現されていることは春美と葉流しか分からない。思えば三人で始めたスキーボードはレイとじゅんとの出会いから大きく加速してきた。偶然にもその始まりの言葉と同じ言葉が今ここで交わされていた。交わす相手が違うとは言えあの時と同じように何かが始まる。春美と葉流はそんな予感を隠し切れなかった。
「くっくっくっ・・・、これで今日のイベントは成功が約束されたようなもんだな」
「何でですか?」
「葉流の勘は良く当たるんだよ。なっ?」
「・・・そう」
二人の回答にいまいち腑に落ちない顔をするエリとゆきであったが、楽しそうに笑いあうスキーボードの先輩を見ていると、確かにその通りかも、と根拠は分からずともその確信めいた二人の様子を信じて見ようと思うのであった。
◇◆◇◆◇◆
夜と朝の間の僅かな時間。深淵とも近い真っ暗な闇が太陽によって徐々にあらわになる夜でもない、しかし朝とも言えないこの時間は、誰もがほんの少しだけ弱くなり、ほんの少しだけ自分に正直になる。
晴子、春美、葉流が語ったそれぞれの想いはそんな時間だからこそ吐露された本当の想い。スキーボードが繋いだ晴子たちの絆の深さを知ったエリとゆき。晴子の過去を知ったレイ、それを黙って聞いてたしずく。そしてじゅん。
それぞれの想いを乗せて、それぞれの車はじゅんが呼びかけで開催されるイベント、スキボダ☆ゲレンデジャックの開催地、鹿島岳スキー場へと走り続けていた。
お読み頂きましてありがとうございました。
誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。




