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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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第十八話 冬、到来

 肌寒い毎日がすっかり当たり前となり、暦的にも気温的にも冬と呼んで差し支えないと思われる十二月の後半。じゅんたちが通う北高では制服にセーターやカーディガンを合わせる生徒が珍しくなくなっていた。


 教室の窓から外に目をやると、入学式の頃にはここが一番の見所だと言わんばかりに咲き誇っていた桜の木々が申し訳なさそうにその裸体を晒している。春になればその存在感を存分に主張する桜の木がこのような姿になっているのは、春に存分に花咲き誇らせるための充電期間なのであろう。そう思うとこの枝だけになった姿にも思うところが出てくると言うものであるが、今の姿は周囲の寒気と相俟って余計に冬を感じさせる存在に過ぎない。


 今にも雪が降り出してもおかしくない冷気に街行く人々は厚手のコートを着込んだり、マフラーや手袋などの防寒対策を施し、早く春よ来いと心の中で切望しているのだが、ごく少数ではあるが冬よ続けと願う人たちもいたりする。


 北高のとある教室、昼休みに窓際の机に集まりお弁当を広げる三人の女子生徒もそう願う数少ない人種である。



「そんな大変なことがあったのー?」


「そうですよ、その場に一緒にいた私は本当にどうしようかと思いましたよ」


「ごめんごめん。でももう大丈夫だよ。おねーちゃんともちゃんとお話したしね」



 少数の冬を願う人種、じゅん、エリ、ゆきのスキーボードを愛する女子高生三人組である。エリは先日の出来事をゆきに語り、その話の内容を聞きながら表情を輝かせたり歪ませたりしていた。



「それでも改めて色々な発見もありましたし、結果的には良いシーズンインとなりましたよ」


「いいなぁ。私も早く滑りに行きたいの」


「ゆきも来れれば良かったのにねー」


「もしゆきが来ていたら、じゅんの色んな表情を見ることが出来ましたよ」


「それ見たかったのー」


「もう、ごめんってばー!」



 先日の出来事を笑い話として楽しげに話すじゅん。レイと和解したことにより、レイに対して抱いていたボタンを掛け違えたかのような僅かな違和感、それがもたらしていた互いに気を使いあうような雰囲気はすっかり無くなっていた。


 今ではレイが受験勉強に励む中、差し入れをしがてらスキーボードの話で盛り上がるまでになっていた。室内パークの話を聞いた時には、自分に内緒で行っていたことに若干ヘそを曲げつつも『受験が終わったら一緒に行こうね!』と言うまでになっていた。



「おねーちゃんと仲直りできたのはいいんだけども、その代わり凄く残念なことがあってさ・・・」


「他にも何かあったの?」


「うん・・・、実はお気に入りのパンダをどこかに落としちゃったみたいで・・・」


「えっ!?そうだったんですか?」


「そうみたい。あの時は色んなことがありすぎて気付かなかったんだけど、家に帰っておねーちゃんと話した後、荷物を整理してたらパンダについていた紐だけが残っていたんだよ」


「それは・・・」



 レイとの一件のことと比較するとあまりにも軽い出来事ではあるが、いつも持ち歩いていたものを失くすと言うショックは決して小さいものではない。大のお気に入りだったパンダの小物入れ。お気に入り過ぎてゲレンデでも使用していたのだが、それが仇となってしまったようであった。



「もしかして私が雪をかける前に転倒したときでしょうか・・・?」


「分かんない。お昼を食べる時には確かにあったからその後だと思うんだけども。もしかしたらその時かもしれないし、でも葉流ちゃんとグラトリを練習しているときも沢山転んだから・・・」



 当時の行動も思い返すが、それをしても既にパンダが居ないと言う事実はどうしようもないことである。じゅん自身が一番それを理解しており、心残りは多分にあるものの、既に吹っ切れていた。


 じゅんの告白を受け、小物入れを失くしてしまった本人以上に元気が無くなってしまった二人をじゅんがいつもの調子で励ます。



「確かにパンダを失くしたのはすっごくショックだけどさ。でも私、思うんだ」


「何をなの?」


「これはね、パンダが私に与えた戒めなんだって」


「それは・・・?」


「うん、きっと凄くこじつけなんだろうけどもさ。でもずっと一緒にいたんだもん。それを失くしてショックだったけども、そんな私の比にならないくらいおねーちゃんを苦しめていたんだからね。パンダは身を持ってそれを私に教えてくれたんだよ」



 苦楽を共にした。とまでは言いすぎであるが、それでもいつも持ち歩いていたものを失くすと言うのは、言葉にすれば些細なことであるが、それに愛着があればあるほど言葉に仕切れない程残念なことである。それでも姉と仲直りできたことの方が何より嬉しい、その姉の苦しみを少しでも理解するために与えられた試練であると前向きに解釈するじゅんをエリは素直に凄いと思った。


 それは現場に居合わせたエリだからこそ分かること。だから出てくる言葉は慰めではなく自分の身を犠牲にして大事なことを教えてくれたパンダへの感謝の言葉であった。



「それならパンダさんに感謝しなくてはいけませんね」


「そうだね。もう二度とあんな想いを周りの人にさせないようにしないとだね」



 そんな二人に空気に取り残されるゆき。それでも何となく決意めいたものを感じ、ただ黙って二人のやりとりを見つめていた。


 しかしふと気になることが頭をよぎり、それを素直に口にしてみた。



「それで、じゅんちゃんは結局どうやってレイちゃんと仲直りしたの?」


「それはね・・・」



◇◆◇◆◇◆



 春美にお願いした寄り道先、それはじゅんのアルバイト先である洋菓子屋さんであった。和菓子好きのレイと洋菓子好きのじゅん。好みは違えどスイーツと言う共通点がある自分たちにとって、仲直りのきっかけはこれしかないと迷わず選んだ結果であった。


 営業終了時間間際に店に飛び込むと、閉店準備に取り掛かっているしずくがいた。しずくはじゅんの姿を見ると、まずは他人行儀にいらっしゃいませと挨拶すると、他のお客さんがいないのを確認してじゅんの元へやってきた。



「おっ、今日はスキーだったんじゃないのか?」



 普段の接客では女性らしい言葉を使うしずくもじゅんが相手なので素の口調で話しかける。



「うん・・・、そうだったんだけどね。ちょっとおねーちゃんにお土産をと思って」



 アルバイトを始めた最初のうちでこそ敬語を使っていたじゅんであったが、レイの親友でありスキーと言う共通の話題があるしずくと打ち解けるのにさほど時間はかからなかった。本来であれば年上であるしずくに素の口調と言うのもいささか問題ではあるが、気を使われるのは苦手だと敬語を使われるのを拒否されていた。


 元々体育会系であるじゅんにとって、年上に対して普通の口調を使うのは若干の抵抗があったのであるが、それが本人の意向であるならば仕方がないと納得。それならせめて呼び方だけはとしずくのことは『さん』付けで呼んでいるのであった。



「レイは今日は行けないんだったよな。土産だったならゲレンデで買ってくれば良かっただろうに」


「おねーちゃんとは会ったよ・・・、ゲレンデで」


「そっか・・・」


「しずくさんは知っていたの?」


「何をだ?」


「おねーちゃんがパーク出来ること」



 思わず問い詰めるような言い方をしてしまうじゅん。しかしそれを気にせず涼しい顔でしずくは答える。



「もちろん。私がレイにパークを教えたんだからな」


「な・・・」



 躊躇無く即答するしずくに思わず言葉を失う。



「何だ?知らなかったとでも言って欲しかったのか?」


「そう言うわけじゃ・・・」


「これでもレイの親友を自称しているからな。事情は全部知っているぞ」


「そうなの?」


「ああ、それでも敢えて黙ってた。恨むか?」



 暫くの沈黙の後、じゅんは自信を持って答える。



「・・・ううん。恨まない」


「・・・そうか。その様子だとレイの想いに気付いたようだな」



 じゅんの答えに満足したしずくは優しく微笑むとそれ以上の言葉は交わさず、そのままみたらし団子とシュークリームを数個ずつ取ってビニール袋に入れる。その行為を不思議そうに見ていると、そのビニール袋をそのままじゅんに押し付ける。



「私の奢りだ、持ってけ。どうせレイとの和解にでも使おうとしたんだろ?」


「えっ?でも・・・」


「いいんだよ、これでも食べながらゆっくりとレイと語り合って来い」


「・・・あっ、うん」


「じゃな」



 それだけ言うとしずくは閉店作業に戻っていった。しずくの行動に呆気に取られていたが、ビニール袋をしっかりと握り締めるとしずくの背中に『ありがとうございました』と声を掛け、店を後にする。


 じゅんが店を退出する直前、しずくから声が掛かる。



「じゅん!」


「・・・?」



 呼びかけに振り返るとしずくは顔だけをこちらに向けていた。



「今度は一緒に行こうな!」


「・・・うんっ!」



 今度こそ作業に戻るしずくの背中にもう一度感謝の言葉を述べると、改めて春美たちが待つ車へと駆けていった。



◇◆◇◆◇◆



「って感じでね。しずくさんにも後押しされて、スイーツを食べながら仲直りしたってわけなんだ」


「しずくさんって人、男前なのー」


「私たちも同じことを思いましたよ」


「結局色んな人に迷惑をかけてたみたいで・・・、何か面目ないなぁ」



 しずくのこと、春美や葉流のこと、晴子のこと、そして今目の前にいる二人のこと。色々な人へ掛けた迷惑を考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになり表情に陰りが差してくる。それに気付いたゆきはじゅんの手に自分の手を重ね、優しく語り掛ける。



「それならこれから行動でその恩を返していけばいいと思うの」



 エリもさらにその上に自分の手を重ねる。



「そうですよ。じゅんだからこそ出来ることがあるはずですよ」



 二人の優しく笑いかける顔を見て、一瞬だけ顔を崩し、しかし直ぐに笑顔を取り戻すと開いていたもう片方の手をさらに二人の手の上に重ねる。



「そうだね!私たちには目標があったんだよね!」


「そうですよ」


「今度はゆきも参加するからね」


「うん!」



 三人の目標、それは・・・。



「スキボダゲレンデジャックの参加表明も上々みたいなの」


「この間、春美さんや葉流さんにも来てくれるって言ってくれましたしね」


「おねーちゃんも何とか行けるようにしてくれるって!」



 三人の目が目標に向かって輝きだす。



「まだ会ったことがない沢山のスキボダさんが集まるゲレンデってどんな感じなんだろうね?」


「きっと色んな人がいると思うの」


「じゅんみたいなパーク好きも入れば、グラトリが得意な人もいるかも」


「晴子ちゃんみたいなフリーランが大好きな人もいるよ」


「でも、もしかしたら以前の私みたいにスキボを誤解している人もいるかも知れないの・・・」


「そう言う人にはさ・・・」



 ゆきは自分が感じた疑問を口に出すと、それを寂しく思いちょっとだけ暗い表情になる。しかしその表情はすぐに猪突猛進の元気少女に払拭される。



「私たちが教えてあげればいいんだよ!スキボの楽しさを、スキボの魅力を!それと、スキボを通じてこんなに楽しい世界があるってことをさ!」



 この時のじゅんの満面の笑みはこれから訪れる楽しい季節の到来を予感させるには充分過ぎるものであった。



◇◆◇◆◇◆



 晴子とレイは問題が解決した後も定期的に勉強会を開いていた。もっともここ最近は本当の意味での勉強をしており、今まで行っていたスキーボードの勉強は一休みであった。


 二人が顔を合わせるのは晴子がスキーボードの団体の話を持ちかけた時に使用した駅近くのコーヒーショップ。あの時から晴子との勉強会はこの場所で行うのが定番となっていた。レイは学校帰りの制服姿のままで駅まで来ると、いつものように晴子と待ち合わせてこのコーヒーショップに腰を据えた。


 学校帰りに制服姿のままでコーヒーショップにいると言う事を気にしているレイは、制服の上から薄手のカーディガンを羽織るのだが、それがまた一層レイの女子高生としての存在感を際立たせている。本人はそれに気付かず周囲へ同化しているであろう自分自身に安堵にも似た気持ちを覚えるのであるが、その様子が過去に自分も女子高生であった時に覚えがある行為なので、敢えて特に何も言わず黙ってドリンクをオーダーする晴子であった。


 ドリンクをオーダーし終えた二人のテーブルには、いつかのようにミルクをたっぷり入れたコーヒーと抹茶ラテが並んでいた。オーダーした時には湯気を立てる程熱々であった二人のドリンクは、ノートを広げながら勉強会を繰り広げていくうちに徐々にその温度を失っていった。



「さて、ちょっと一休みしましょ」



 晴子はそう言うと軽く伸びをして温くなったコーヒーに手を伸ばす。



「そうですね、ちょっと疲れちゃいましたよ」



 肩をトントンと叩きながらレイも晴子に習って冷めた抹茶オレを口に運ぶ。



「それにしても何とかなって良かったわね」


「ええ、本当に迷惑掛けちゃって・・・。スイマセンでした」



 晴子が言うのは、今更説明するまでもないが、先日のじゅんとの一件のことである。じゅんに隠していたことは夜のスイーツパーティを経て無事に和解していた。今まで秘密にしていたことを素直に詫び、自分の想いをぶつけ、これからもスキーボードを続けていく決意を新たにしていたのである。



「それにしてもじゅんが考えていることって・・・」


「ゲレンデジャックですか?」


「そう、それよ。大勢のスキボダを集めてるって聞いたけど・・・」


「SNSとかで参加を呼びかけてて、開催までまだ日があるのに結構集まっているらしいですよ」


「どれくらい?」


「今の段階で三十人くらいですって」



 その数を聞いて晴子は驚きを隠せなかった。晴子がレイに提案したスキーボードの団体の目標はスキーボードの魅力を世に広め伝えていくことであった。とは言え、それはシーズンが始まってから本格稼動するつもりであり、現在のところはまだ何も動いていない。なので当然誰にも魅力を伝え切れていない。


 しかしじゅんの提唱するゲレンデジャックなるイベントには既に多くの賛同者がいると言う。晴子はやや複雑な思いを抱きつつもじゅんの行動に素直に賞賛を示す。



「しかもゲレンデジャックを開催しようと思ったきっかけが『晴子ちゃんたち滑った時が楽しかったから、もっと人数が多ければもっと楽しいはず!』ですって。単純だけどもじゅんらしいと思いませんか?」


「楽しいと思ったからやってみた・・・。そうね、いかにもじゅんらしいわ」


「もっとも本人はエリやゆきのアドバイスがあったお陰だって言ってますけどもね」


「それでもじゅんが動き出して周りを巻き込み、そしてしっかりと道を示したから周りが着いてきたんでしょうね。しっかりと先を見据えたこんな大きなことをやるなんて、流石はじゅんね」


「・・・見据えていた訳じゃないと思いますよ」


「どういうこと?」



 自分の考えをレイに反論され、意外そうにその意味を問いかける。



「じゅんは単純にスキボが好きなんですよ。晴子さんや春美さん、葉流さん、それにエリやゆきなどスキボで繋がれた絆を感じているだけなんだと思います。だからその絆を多く広げたいと思ってるだけなんだと思いますよ」


「つまりそんなに深いことは考えていないってこと?」


「だって・・・、じゅんですよ!?」



 自分の妹を良く知る姉だからこそ出来る発言である。しかしそれには深く納得してしまう晴子は思わず苦笑を漏らす。



「・・・そうね、じゅんだったわね」


「でしょ?でもそれがじゅんらしくていいんですよ。深く考えるよりも自分が信じたことを真っ直ぐ最後まで貫き通す」


「自分が信じた方向に真っ直ぐに突き進める。それがじゅんの強みね」


「でも、だからこそ危うい時もあるんですけどもね」



 じゅんの過去を思い返し、眉をハの字にして溜息をつくレイ。そんなレイに同情するかのように同じ表情を返す晴子。それでも口元だけは微笑を続ける。



「そんな時、今までだったらどうしてたの?」


「例えば突っ走るだけ突っ走った後は、体調崩して寝込んだりするんですよ。それでも上手く行けばいいんですが、やっぱり結果がついてこない事もあって、そんな時には普段のじゅんからは想像できないくらい深く落ち込んだりするんでよ。そうなるともう手がつけられなくて、その度に私や両親が苦労したものですよ」


「それなら今度からその苦労は私たちの役目ね。じゅんが作る絆。私たちが作ろうとしている環境。どちらかが欠けても・・・」


「スキボは発展しない、ですか?」



 晴子の言葉を遮り、言うことは分かっていますと言わんばかりに言葉を繋げる。しかし晴子はレイの言葉を微笑みながら否定を示し、正解の言葉を口にする。



「どちらかが欠けてもつまらない。そう言うことよ」


「つまらない、ですか!?」


「発展だ何て大袈裟な事は考えてはいないわ。私はスキボがもっと楽しいものであると皆に知って欲しいだけ。だから両方とも必要だし、どちらかが欠けてもつまらない。じゅん流に言えば色んなことがあった方が楽しいはず、ってことよ」


「・・・晴子さんらしいですね」



 晴子のいつも悪戯っぽい笑顔に、結局スキーボードが好きな人と言うのはこういう性格なんだと一人納得する。もちろんレイもその中の一人であるが、彼女たちは自分自身がそうであるとは気付かない習性を共通のものとして持っているらしい。


 二人の中でじゅんはもはやレイの妹と言うだけの存在ではない。一つのイベントを担う立派なリーダーであった。エリやゆきのように直接じゅんのサポートをしているわけではないが、晴子たちはいつの間にかじゅんをそのような目線で見ていた。



「ところで晴子さんはじゅんのイベント、ゲレンデジャック、参加します?」



 レイは答えが分かっている質問を晴子にぶつけて見た。



「もちろんよ。行かないとでも思った?」


「いえ、分かっていて質問しましたよ」



 これは晴子とレイのいつもの言葉遊びである。答えが分かっている質問を敢えてぶつけて反応を楽しむ。ぶつけられた方もそれを承知で話を続ける。いつものやり取りであった。



「春美たちも行くって言ってたしね。レイのお友達の・・・」


「しずく?」


「そう、しずくさんは来るのかしら?」


「うーん、彼女はフリースキーヤーでスキボダではないですからね。話はしているけども誘ってはいないんですよ」


「そうなの?もし来れるなら私がスキボを貸せるから遠慮なく誘ってね」



 レイは晴子の言葉に含ませた雰囲気の中に僅かな違和感を感じた。しかしそのような違和感は先日のじゅんとの一件でも散々あったことであるので、直ぐにそれを気に掛けることを辞める。それよりもスキーを教えてくれた師匠でもあり、親友でもあるしずくが一緒にスキーボードをしてくれたらどんなに楽しいだろうと想像し、明日改めてしずくを誘ってみようと心密かに決意していた。



「スキボでゲレンデをジャックか・・・。どんなことが起きるか楽しみですね」


「普段はほとんどいないスキボが溢れかえるゲレンデ。長板の人もスノボの人もいないスキボダだけのゲレンデ、想像しただけで楽しそうね」



 二人は自分たちの仲間が企画するイベントの様子を思い浮かべる。その見たこともない光景に今から心を躍らせるのだが、やがて我に返った晴子の一声により再びテーブルに広げたノートに視線を移すレイであった。



◇◆◇◆◇◆



「ところでゆきはスキボって持ってるの?」



 ある日の放課後、じゅんたち三人はいつものコンビニのイートインコーナーでポテチにドリンク、そして寒い時期のお供として肉まんをテーブルに並べ、今日もスキーボード談義に花を咲かせていた。


 テーブルにこれらを並べ終えると、開口一番にじゅんがゆきに大して投げかけた質問がこれである。ゆきは突然の質問に飲んでいたミルクティーでむせ返る。隣でエリに背中をさすられ、ようやく様子を取り戻すとやっとの思いで返答する。



「うーん、あるのはあるけども・・・。あれってスキボ、なのかな?」


「うん?分からないのか?」



 ゆきの自問自答に答えるのは普段はここにいないメンバー、じゅんのアルバイト先の先輩であり、レイの親友でもあるしずくであった。


 学校の下校時刻、アルバイトが休みであったじゅんがいつものようにエリ、ゆきと共にコンビニで寄り道を計画しているところ、偶然にも自分たちの先を歩いていたしずくを発見。折角なのでダメ元でしずくにコンビニ行きを誘うと、しずくも今日はアルバイトが休みであったらしくあっさりと同行を了承、現在に至っているのであった。



「えーっと、長さは確かにスキボなんだけどもね、形が普通のスキーを短くしたような形なの。テールの形状がノーズ部分よりも丸みが少なくて反り返りもあまりないの。それにビンディングも解放式なの。それでもやっぱりスキボなのかな、ゆきには分からないの」



 ゆきは自身が持つ長板とも呼べない、スキーボードとも呼べない一風変わった板の特徴をじゅんたちに告げる。随分と悩んでいたようで困ったような表情であったが、そんなゆきの深い疑問は目の前の友人と先輩にあっさりと瓦解される。



「それは間違いなくスキボだよ。ただビンディングが解放式なだけだよ」


「ああ、そうだな。それに話を聞くと板の形状がツインチップじゃなくてラウンドカットのようだな。ツインチップよりも滑走性に優れた形状だ」



 特徴を聞いて二人とも即座に回答する。それを聞いていたエリは思わず感心してしまう。



「二人とも詳しいんですね」


「フリースタイルスキーでも同じような形状的特徴があるからな。特に詳しいと言うほどでもない程度の知識だ」


「私は欲しいタイプのスキボがあるからね、色々勉強したんだ」


「二人とも詳しくてびっくりなのー。でもこれもスキボなのね、一安心なの」


「スキボと言っても色んな形や特徴があるんですね」


「そうなんだよ。でもスキボって言うのは長さが九十九センチ以下のものを言うから、形状やビンディングが違っても全部スキボなんだよ」


「なるほどなの。普通のスキーみたいな形だから、ゆきはてっきりスキボじゃないんじゃないかって思っていたの。でもこれで安心してゲレンデジャックに参加できるの」


「ただ一応気を付けた方がいいことがあるぞ」



 喜ぶゆきに釘を刺すしずく。ゆきは折角漏らした安堵の息を飲み込みしずくの言葉を待つ。



「ゆきの持っている板はトリックよりも滑走に重点を置いている性格の板なんだと思う。だから普通に滑ったりパークを楽しむ分には問題はない。ただスキーボードのグラトリなんかをやる時には注意したほうがいい」


「何を注意すればいいのー?」


「まず板の形状による性質だな。ツインチップよりも反り返りが少ないラウンドカットではスイッチ滑走、あぁスキーボードではフェイキーと呼ぶんだったな。フェイキー滑走時にはある程度ノーズ側にプレスしないと板が引っかかる恐れがある」


「反り返りが少ないから、雪面に埋まりやすいってことなの?」


「その通りだ。後は接地面の長さだな。気になるほどではないがツインチップよりも接地面が長い分、スピンなどのずらすグラトリがちょっとやりづらいかもしれない。もっともさっきの話もこの話もやりづらいと言うだけで出来ないって訳じゃない。意識してやればさほど問題ではない」


「そっか、気をつけるようにするのー」


「ただ問題はもう一つ。解放式のビンディングだってこと。スキーボードにとってはむしろこっちの方が問題だ」


「えっ!?解放式だから逆に安全じゃないの?」



 大人しくしずくの解説を聞いていたじゅんが余程琴線に触れる内容だったのか、思わず口を挟んでくる。しずくはいい質問だと言わんばかりにじゅんをニヤリと見つめると、改めて三人を見回して言葉を続ける。



「確かにその通りだ。私がやっているような長板であれば解放機能は怪我を防ぐために必要な機能だと言える。長板は文字通り長いから、万が一の時の足への影響はとても大きいからな。でもそれは板の長さに関係なく起こり得ることだ。つまりスキーボードに対しても万が一の場合に対しては必要な機能だと言える」


「だったら・・・」



 しずくの説明を聞く限り解放式ビンディングであることに問題はないと感じたじゅんは反論しようとするが、それはしずくの次の言葉に遮られた。



「ただスキーボードに限っては解放されたら困るケースもあるぞ。分かるか?」



 怪我を防ぐための機能である解放機能、これが働くことによって生じる不都合。三人は首を捻るがその答えはなかなか出てこない。その様子を暫く見つめていたしずくは目の前のポテチをつまみ口の中にひょいと放り込むと、いまだに首を捻り続ける三人に助け舟を与える。



「仕方ないな、それじゃヒントだ。、スキーボードがもっともスキーボードらし滑りとは何だと思う?」


「グラトリ・・・、ですか?」


「うーん、それだって危なくなったら外れたほうがいいと思うの・・・」



 じゅんは自分の一番身近なスキーボーダーの得意とするグラトリを思い浮かべていた。例えば葉流が好んで行っているノーズマニュアルを解放式ビンディングで行ったらどうなるであろう。そう思うとふと閃いた。



「あっ!」


「じゅん、分かったか?」


「もしかして・・・、プレス系のグラトリをする時?」



 スキーボードにおけるプレス系のグラトリ。それは板の前や後ろに過重を掛けて板を浮かし、バランスを取りながら行うトリックである。スノーボードでも同様のグラトリは存在するが、両者に共通していることはビンディング非解放式であること。これがもし解放式であれば、その過重に耐え切れず解放してしまうかもしれない。じゅんはその事に気付いたのだ。



「そう。フリースキーでもバターって言うプレス系のトリックがあるけども、スキーボードのプレス系のグラトリほど過重を掛ける訳じゃないから特に問題はない。そもそも解放式ビンディングは非常時に外れるためのものだから、プレス系のような不自然な荷重が掛かった時には外れてくれないと困るものなんだ。一方、スキーボードのプレス系のグラトリは非解放だからこそ安心して出来るもののはずだ。だから解放式ビンディングとそう言ったグラトリは相性としては決して良いものではない」


「でもそれならプレス系のトリックをしなければいいのではないのですか?」


「それに加えてもう一つある」


「まだあるの?」


「解放式ビンディングは非解放の物よりも重量があるものが多い。せっかく軽くて取り回しがしやすいスキーボードに重い解放式のビンディングを乗せたら、そのメリットはあまりないんじゃないかなって思うんだ」


「・・・確かに」



 しずくが次々と口にする解放式スキーボードのデメリット。確かに形状はスキーボードではあるが、その特徴やスキーボードである利点をことごとく否定するものであった。


 話題に上がる解放式ビンディングを搭載したスキーボードの所有者であるゆきは、しずくの説明に今にも泣きそうな程落ち込んだ顔をしていた。


 そんなゆきの様子に気付いたしずくは済ました顔でゆきに話し掛ける。



「なに、そんなに気にすることはないぞ。今話した話は厳密に言えば、ってことだ。実際に滑り出したら重さはさほど気にならないし、短いと言う利点がなくなるわけじゃない」


「・・・そうなの?」


「それに解放しやすいとは言ったが、実のところそんなに簡単には外れないぞ。そんなに簡単に外れたら普通に使うにも差し支えるからな。ここら辺はメーカーの差もあるから何とも言えないけどな。要はその可能性があることを理解しておけってことだ」


「うん・・・、分かったの」


「それにさ。これは私がフリースキーヤーで解放式のビンディングを使っているからこそ言えることだが、解放式にはそれなりにメリットもあるぞ」


「えっ?なになに?」



 この話にいち早く反応したのはまたしてもじゅんであった。



「なに、そこまで自慢して言うほどでもないけどもな。まず脱ぎ履きが楽。これはパークをハイク、パークの横を歩いて登ることを言うんだが、この時に簡単に脱ぎ履き出来るから楽だ。それにブレーキ機能、板が外れた時には雪面にブレーキレバーが刺さるようになっているからリーシュコードが不要になる。後は・・・」


「後は?」


「いや、こんなもんかな」



 真剣な会話の中での肩透かしに思わずがっくり来てしまうじゅん。エリとゆきも呆気ない話の終了に肩透かしを喰らった様子である。



「そもそもだな、滑りってのは要はスタイルだ。道具にこだわるのは大切だし必要なことだけど、要は何をして楽しみたいかってことだ。私はたまたまパークが好きだけども、別にグラトリだっていいし、フリーランやバックカントリー、果ては軽く滑ってのんびりご当地グルメを楽しむなんてのも立派な楽しみ方だ。滑りに関してだってそれに応じたマテリアルを選択する必要はあるが、これじゃなきゃいけないってものはないんだぞ」


「それってつまり、スキボでも長板でもスノボでも同じってこと?」


「そこまで極端な話ではないけどな。でもそんなに難しく考えるなってことだよ。じゅんたちはスキボに拘っているんだろ?ならそれでいいじゃないか。例えビンディングが解放式だろうが非解放式だろうが」


「なるほど・・・、そんな考え方はしたことがなかったです」


「確かにスキボが楽しいと思って始めるつもりだから、余り細かく拘らないで楽しみたいの。しずくちゃんの言う通りなの」



 しずくの考え方は実にシンプルであった。シンプルが故、じゅんたちにはその考え方が新鮮であった。それはスキーボーダーではないしずくの言葉だからこそ響いたのかもしれない。


 話が一段落したところでポテチを囲んでの団欒は再開。ゆきの表情にはようやく笑顔が戻り、何かの決意を新たにしたじゅんは二個目の肉まんを口に収め始めていた。元スノーボーダーであるエリはフリースキーヤーであるしずくとスキーボードとそれ以外の違いについて語り合っていた。


 歓談が一段落した時、ふと思い出したようにしずくが尋ねる。



「あ、そう言えばじゅん。レイから聞いたんだが、何やら楽しそうなイベントを企画しているそうじゃないか」


「ゲレンデジャックのこと?」


「ああ、それそれ。それ、私も参加していいか?」


「えっ?来てくれるの!?」



 しずくの突然の参加宣言に思わず声を大きくする。エリとゆきもしずくの一言に驚き、三人の視線はしずくへと集まる。そんな視線をどこ吹く風と受け流しじゅんに返答を促す。



「ん?ダメか?」


「う、ううん!ダメじゃない!来て欲しいです、来てください!」



 思わずアルバイトを始めた頃に使っていた敬語が出てしまうのだが、しずくからの申し出はそれほど意外であり、嬉しいことだったのであろう。



「そっか、それじゃ行かせてもらうよ。普段あまり見ないスキーボーダーが溢れかえるゲレンデってのも面白そうだからな」


「あっ、でもしずくさんはスキボは持ってるんですか?」



 しずくの参加宣言に浮き足立つ中、エリは冷静にゲレンデジャックへの参加条件であるスキーボードの有無を確認する。



「ああ、もちろん持ってるぞ。スキーボードが参加条件なんだろ?」


「えっ?」


「本当なの?」


「しずくさん、スキボダだったんですか?」



 エリの質問をすんなりと肯定したしずくに思わず驚きを隠せない三人。そんな驚いた表情に逆に驚いたしずくが珍しく動揺する。



「な、何だ何だ?私がスキボを持ってちゃダメか!?」


「いや、そんなことないけども、そんな話を聞いたこと無かったから」


「ん?言ってなかったか?メインは長板だけどもスキボも嫌いじゃないぞ。もっとも最近はほとんどやってないけどな」


「そう言えばしずくさんはスキボの特徴やグラトリにも詳しい様子でしたよね」


「詳しいなんて程じゃないさ。ちょっと小さい頃に親父にやらされててな。じゅんの話を聞かされてたら久々にスキボをやりたくなってきたんだ」


「そうだったのね、やっぱりじゅんちゃんの言葉には洗脳効果があるの」


「そうそう、それで私たちもスキボを始めることになったんですからね」


「なるほどな、私も見事に洗脳されたわけだ」



 思わぬところでじゅんの洗脳効果が発揮されていた。その効果に大いに納得する三人は、その洗脳の激しさたるやについて思い思いの感想を述べる。話を聞いて心当たりがありまくるじゅんとしては苦笑いを浮かべることしか出来なかった。



「でも、おねーちゃんも来てくれるし、晴子ちゃんたちも来てくれるって言ってたし。どんな感じになるんだろうね?」


「どんなことするのか決まってないのか?」


「うん!」



 じゅんの元気の良い無責任な回答に今度は呆れた顔を見せるしずく。



「大勢で集まって滑る。それが目的なんですよ」


「沢山集まって皆で滑るのはきっと楽しいのー!」



 エリとゆきもじゅんの後に続き同様の意見を口にする。近い未来に向けた期待を膨らます三人の顔を見ていると、しずくの呆れ顔は少しずつ笑顔へと変化していく。



「まっ、それこそがスキーボードのスタイルってヤツかもしれないな」



 しずくが何気なく口にする呆れとも苦笑とも言えない口調で紡ぎ出された言葉。その内容こそがスキーボードそのものを表していると言っても過言ではないのだが、既に言われるまでもなくその事を実践しているじゅんたちは口々に同意を唱えると残るお菓子を次々に胃袋に収めていく。


 ゲレンデジャック開催まで残り数週間に迫ったこの日、じゅんやレイ、そしてそれを取り巻くさまざまな人たちの想いがさまざまな形で少しずつ大きくなっていくのであった。

お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。


※テール、ノーズ

板の先端をノーズ、後端をテールと呼ぶ。スキーボードだけに用いられる用語ではなく、スノーボードやスキーでも板の先端後端を同様に呼ぶ。


※ツインチップ、ラウンドカット

スキーボードの板の形状名。この他にもテールカットと呼ばれる通常のスキーと同様の形状もある。この形状はスキーボードだけに用いられる用語ではなく、長板にも用いる。特にフリースキーではツインチップ形状のものが多く見受けられる。


※バター

長板で板の先端(或いは後端)に過重を掛けるトリック。通常このトリックはジブやキッカーのきっかけに用いることが多い。


※マテリアル

板やブーツなどのスキー道具のことを総称してこう呼ぶこともある。直訳すると道具と言う意味。


※解放式ビンディングのブレーキ機能

ビンディングの左右についているレバーはブーツを嵌めている時は持ち上がっている状態となるが、ビンディングが解放されるとレバーは下に押し下がり板よりも下の位置になる。これが雪面に触れることにより抵抗となり板が流れるのを抑えるブレーキとなる。

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