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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
18/30

第十七話 ガールミーツガール後編

 ようやく涙が止まった二人は互いの顔を見合わせると思わず互いに吹き出していた。



「エリってばひどい顔だよー」


「誰のせいだと思っているんですか?そう言うじゅんこそひどいですよ」



 じゅんはとても気持ちよかった。先ほどまでの負の感情を払拭させるように笑い続けた。笑顔と笑い声が心のモヤを洗い流し、気付けば先ほどまでの感情は遠い昔に見た絵本のような、遥か昔のことであったような気すらしていた。二人は笑顔を浮かべながら互いの涙顔をけなし合い、それでも笑い続けていた。



「・・・でもさ。やっぱり許せないよね」


「じゅん?」


「あっ、違うの!そう言う意味じゃないの!そうじゃなくてさぁ、なんか水臭いなぁって思ってさ」


「水臭い?」


「そうだよ。だってさ、言ってくれればいいじゃん。私だっておねーちゃんと一緒にパーク入ったりしたいのにさー」


「それについてはレイの言い分も聞いてあげて欲しい」


「わっ!・・・あっ、葉流ちゃん・・・」



 背後から突然自分たちの声以外が会話に加わってきた。驚き振り向くとそこには葉流がいつもの無表情で佇んでいる。座っていた二人に対してやや離れたところで佇む葉流は二人を覗き込むような位置である。思わず先ほどまでのことを思い出し、バツが悪くなりじゅんの表情に陰りが出るが、葉流はそんなじゅんの微妙な変化に構うことなく二人に向かって頭を下げる



「じゅん・・・。隠すつもりはなかった。しかし結果的には嫌な気持ちにさせてしまった。私たちはもう少しで大事な仲間を失くすところだった。もしそうなっていたら悔やんでも悔やみきれない。本当にすまなかった」


「葉流ちゃん・・・」


「エリも済まなかった。エリがいなかったらじゅんは戻ってきてくれなかったかもしれない。今日貴方が居てくれて本当に良かった。ありがとう。心からお礼を言う」


「葉流さん・・・」



 葉流の口調は一見いつもと変わらないように聞こえる。しかしいつものそれよりもやや力強く、はっきりとした意思を込められていた。その違いに気付いたじゅんは俯いていた顔を上げて葉流の顔を覗き込む。座ったままの体勢であったため、頭を下げた葉流の顔を覗き込むことが出来たのだが、そこに見た葉流の表情はいつもの無表情ではなく、珍しく顔を歪め沈痛な面持ちを浮かべていた。突然現れた葉流が何故今までの流れを把握しているのかなどと疑問には思わない。ただ葉流なりに精一杯の想いを込めて謝罪と感謝を述べているのが伝わってきた。


 じゅんは葉流の表情で今回の件で自分は決して裏切られたのではなく、全ては自分たちを思っての行動であることを悟った。そう思うと先ほど流しきった涙が再び溢れてくるのを感じたが、ぐっと堪えて葉流に呼びかける。顔を上げた葉流の表情はいつもの無表情に戻っていたが、先ほどまでの余韻のせいか、視線に僅かに陰りを残していた。じゅんは葉流に向かって身体ごと向き直る。



「葉流ちゃん、もういいよ。理由は分からないけどもさ、きっとおねーちゃんも辛かったんだろうしね」



 じゅんの言葉にようやくいつもの無表情へと戻るが、目の光に安堵と優しさを浮かべていることはじゅんにもエリにも良く分かっていた。付き合いの長さの割りに会っている回数が少ないじゅんと今日初めて葉流に会ったエリ。二人とも葉流と言う寡黙な少女について、何となく理解し距離が縮まっていったような気がしていた。


 エリは全ての問題が解決したと悟ると、これからの行動を二人に問いかける。



「さぁ、これからどうします?」


「ホントはもうちょっと滑りたいけども・・・、でも今日はちょっとバツが悪いから春美ちゃんに言ったとおり先に戻ってソフトクリームでも食べてるよ」


「葉流さんは?」


「私はじゅんに伝えておきたいことがある」


「私に?」


「そう。とりあえず下まで移動する」


「そうですね」


「よし!あ、葉流ちゃん。私、後ろ向きで滑るの覚えて見たかったんだ。戻りがてら教えて!」


「フェイキーのこと?了解した。それでは・・・」


「あ、私にも教えてください!」



 じゅんは何だかキッカーではなくグラトリをしてみたくなった。それは自分の目標であり、一番大切な姉が一生懸命練習していたもの。レイの得意なもの理解して、肩を並べて行きたいと言う無意識の表れだったのかもしれない。


 葉流はそんなじゅんに対して優しく微笑みたかったが、普段無表情を貫いているため意識して表情を作ろうと思っても上手く出来ない。そんな自分の頬をちょっとだけ恨めしそうに突いていたのだが。



「葉流ちゃん、早く早くー!」



 既に滑り出していたじゅんたちが自分を急かす声が聞こえてきた。その声を聞くだけで自然と笑みを浮かべるのだが、無意識に現れた表情の変化に自分自身で気付くことなく、先ほどよりも距離感が近くなった気がした二人の弟子の下に滑り出していった。



◇◆◇◆◇◆



 レイはじゅんたちと分かれた後、自らの決意の元でリフトに乗り込み、再度滑り出そうとしていた。それは自分が蒔いた種が自分の気持ちを鈍らせていないか確認するため。それを一番傷つけたくなかった存在へ知らしめるため。



「おーい、何を難しい顔をしてんだ?」


「いえ、別に・・・」


「リフトに乗ってからさ、ずっとしかめっ面してるぞ。大丈夫か?」



 ペアリフトの隣に座る春美が声を掛けるが、レイの返事は生返事であった。自らの決意の元、じゅんのことをエリと葉流に任せたレイ。それでもさっきまでのことが心に残っていないはずがない。レイの心の中ではさっきまでじゅんとのやり取りが何度も繰り返されていた。



『だってパークは出来ないって』

『私、馬鹿みたい。おねーちゃんに勝てるなんて思って・・・』

『おねーちゃんたちは折角だからゆっくり滑っててね』



 思い返す度にレイの心は削られ、何故すぐにじゅんの元へ行かなかったか後悔し始める。



「おーいってば!」



 突然春美の手がレイの胸をまさぐり出す。思考の海に沈みきっていたレイであったが、流石にこれにはたまらず慌てて意識を引き戻す。



「な、な、なんですかー!?」


「おっ、なかなか生意気な胸をしてるじゃんか!」


「やめてくださいよー。リフトの上で危ないですよー!」



 二人が激しくじゃれ合ったため、乗り込んでいたペアリフトは大きく揺れていた。安全バーを下げているので転落の心配はさほどないとは言え、さすがに春美も手を離す。名残惜しそうに先ほどまでレイの胸に触れていた手に落とすが、その視線には若干の嫉妬が含まれていることにレイは気付いていない。気を取り直して改めてレイに顔を向け、いつもの調子でレイの様子を伺う。



「さっきから呼んでるんだけどもずっと上の空だったからさ。荒療治をさせてもらったんだよ」


「荒療治って・・・」



 奇しくもじゅんもエリによって『荒療治』と称して雪飛沫の洗礼を受けていたが、レイに施された『荒療治』は胸への攻撃だった。似たようなタイミングで荒療治を施される姉妹はやはり似たもの姉妹なのである。



「やっぱり気になるのか?」


「・・・気にならないと言えば嘘になります。・・・私、さっきからじゅんの言葉を考えていたんです」


「ん?どの言葉?」


「滑ってきてって・・・」


「あぁ、あれってじゅんなりのちょっとした嫌味と言うか反撃だったんじゃないの?そんなに深い意味あるのかなぁ?」


「そうですよね。嫌味を言われても仕方ないと思います。でもそれだけなのかなって」


「どういうこと?」


「自惚れかも知れないですが、じゅんは私と滑るのを初めてスキーに行った時からずっと楽しみにしていたんですよ。だから私がじゅんにスキボを続けて欲しいと思うのと同様に、きっとじゅんも同じ事を私に思っているはずだと思うんです」


「なるほどねぇ」


「傷ついたじゅんは見るのはこうなるって分かっていてもとてもショックでした。じゅんのあの発言は傷ついたじゅんの精一杯の強がりだったんだと思います。でもそんな強がりの中に自分でも気付かないうちに本心が含まれていたのかなって」


「それってつまりどういうこと?」


「スキボは止めないで、ってこと・・・かな」


「はは、都合がいい解釈だな」


「我ながらそう思います。でもじゅんのことを考えると・・・、あの子はいつでも好きなものややりたいことに真っ直ぐで、でも真っ直ぐすぎて不器用だから・・・」



 結論としては結局何も変わらない会話をリフト上で続ける二人。レイはただ確認したかっただけなのかもしれない。それを分かっている春美はレイの話しに付き合い続けていた。



「あ、もうすぐ着きますね。室内パークでの約束、覚えています?」


「ああ、トレインだろ?今の状態でトレインなんか出来るのか?」


「どうでしょうか?でも話を聞いてもらってすっきりしましたからね」


「まずは晴子を待ちながらパークまでのんびり滑ろうよ。私もグラトリも覚えて見たくなっちゃたからさ。ちょっと教えてよ」


「えっ!?パークにしか興味がない春美さんがどういう風の吹き回しですか?」


「いいじゃん。せっかく色々出来るスキボなのにさ、パークだけじゃ勿体無いって思ったんだよ」



 ここまで言ったところでちょうどリフトが降り場に到着した。その為、春美の最後の言葉はレイには届かなかった。



「・・・こんな風に思えたのはレイとじゅん、二人のお陰なんだけどな」


「えっ?なんですかー!?」


「何でもないよ。さぁ滑ろう!」



 レイとじゅん、二人は取り巻く人々の心を少しずつ変えていく。人々の心に色々な視点を持たせ、自身の新たな可能性と自由を気付かせる。それこそスキーボードの持つ特徴。空の遠くにあった重い雲がいつの間にか何処かに消えうせてしまったように、レイとじゅんはスキーボードを通じて少しずつ周囲の環境を、そして自分たち自身をも変えていっていた。



◇◆◇◆◇◆



 じゅんは葉流にグラトリを習いながら麓まで滑り降りていた。憂いを吹き飛ばしたじゅんの滑りは今までにない程軽やかで、羽が生えたような動きは葉流が教えるフェイキーのコツを水を吸い取るスポンジの如く見る見る間に吸収していき、麓に降りつく頃にはレイにも負けないほどの綺麗で速度ののったフェイキー滑走をして見せていた。


 エリはと言うと、元々スノーボーダーだったこともあり身体の向きを変えるフェイキー滑走の体勢には恐怖感はさほどないようであったが、何しろ今日初めてスキーボードでゲレンデを滑走したばかりである。いきなりフィイキー滑走はややハードルが高いようであった。ターン時の身体の倒し方や足の入れ替えなどが上手く出来ず、進行方向、つまり背中を向けた状態で背中方向に何度も転倒していたため、流石に後頭部をぶつける恐れがあるので葉流からストップが入っていた。


 上手く出来ずに声に出さずとも悔しそうな表情を浮かべるエリに、葉流は滑走時の体感を覚える意味も含めてスライドやスピンを教えることにした。葉流曰く『地味な動きだがさまざまなグラトリを行う上では基本となる動き』とのことである。こちらの方はスノーボードと共通する動きが多いおかげか、案外すんなりと習得する事が出来た。


 初めてのスキーボードに初めてのパーク、そして初めてのグラトリと初めて尽くしだったエリ。麓に降りる頃にはくたくたになっていたのだが、さまざまあった今日の出来事から現在の晴れやかなじゅんの表情を見ると、その疲れも吹き飛ぶ思いであった。



◇◆◇◆◇◆



「やはりじゅんは知っておくべきだと思う」


「ほえっ!?」


 麓のレストハウス内のベンチでじゅん、エリ、葉流の順で並んで腰掛け、ソフトクリームをほお張っている最中、思い出したかのように唐突に葉流が語りだした。いきなり話を始める葉流に何のことだか把握できないじゅんは、口にソフトクリームを含んだまま素っ頓狂な声をあげてしまう。



「何て声出しているんですか?・・・葉流さん、それってもしかして」


「そう、レイのこと」



 エリは葉流から聞いていたのは、レイがじゅんにパークが出来ることを隠していること、それを今日ばらすことの二点のみであった。従ってエリもレイの真意を知らない。レイとじゅんが非常に仲の良いことはエリにとっても周知のことである。だからこそ何故このような事態になるまで隠し続けていたか、姉妹のことなのであまり立ち入るのもどうかと思いながらも興味があった。



「レイがじゅんに隠し事をしていたのはじゅんへの思いやりとすれ違い。それとじゅんの想いを潰したくなかった事に起因する」


「思いやり?すれ違い?想いを潰す?」


「本来これはレイが説明すべき。しかしじゅんの中ではまだ若干レイのわだかまりが残っているはず。違う?」


「うーん・・・。ない、とは言い切れないかな」


「全てはじゅんを想うばかりに出た行動の結果。ただ少しレイは不器用だっただけ。不器用なレイとわだかまりが残るじゅんでは、或いは正確な意思疎通が出来ない可能性がある。だから敢えて私から理由を説明させてもらう」



 葉流の言うとおりこれは姉妹の問題であり、結果的に葉流やエリたちは巻き込まれてはいるが、本来は二人の話し合いで解決すべき問題である。しかしエリはリーダーを助ける者として、さらに親友としてじゅんを負の感情から救い上げて見せた。ならば自分はどうだろう?葉流は二人が話している様子を見て自問自答していた。出した結論は、同じスキーボードの仲間として自分が出来る方法でじゅんを、そしてレイを助けて共に歩んでいこう。そう思っていた。


 葉流は立ち上がり、半分ほど残っていたソフトクリームをエリに預けると別のテーブルから椅子を持ってきた。エリから預けていたソフトクリームを受け取りつつじゅんとエリの前に座り、ソフトクリームを一舐めすると自分が知る顛末を語りだした。



「そもそも私たちが貴方たちと始めてあった時以前からレイはパークで遊んでいたことがあるらしい。しかし初めてスキーをやるじゅんには危険だと判断したレイは敢えてパークに行かず、その存在にも触れなかった」


「なんで?言ってくれれば私だって・・・」


「じゅんはスキーに行く前からスロープスタイルに興味を持っていたと言う。今なら分かるだろうが、経験もない初心者がいきなりパークに入るのは大変危険。じゅんの性格上、パークがあればやらずにはいられないだろうと推測したレイは、まずは基礎技術を向上させ、普通に滑れるようになってからと考えていた」


「確かにじゅんならあり得ますね。レイさんの制止も聞かずにキッカーに突っ込んでいって派手に転んでいるのが目に浮かびます」


「エリまでそんなこと言ってー。・・・でも確かに今なら分かるけども、その時の私じゃ分からなかったかもね」



 レイがじゅんをパークに連れていかなった理由は分かった。すると次の疑問が浮かび、エリはそれを葉流にぶつけて見た。



「でもそれなら自分が出来ることまで隠すことなかったんじゃないですか?」


「レイがその事を言えばじゅんが興味を持つのは明白。だから当初は敢えて言わなかった」


「うーん・・・、それもそうかも・・・」


「しかしレイの想定外のことが起こった。それが私たちとの出会い」


「うん!初めて葉流ちゃんたちを見た時にはびっくりしたんだよ!そう言えば、あの時はスキボを探すことに夢中でパークのこととか忘れてたよ」


「しかし二回目に会った時に春美がパーク遊びを教えてしまい、そこでじゅんの想いに再び火が付いた。レイはその時に何度か自分も出来ることを言おうとしたが間が悪くて言えなかった。私たちもまさかレイがパーク遊びが出来るとは知らずにそのことに気づいてあげることが出来なかった」


「そうだったんだ・・・」


「また当初はレイの想いを知らずにパークのことを教えてしまったのは私たちのミス。しかしその事に関しては知らなかったから仕方ないと言える」


「それはそうですよね」


「パークを始めてしまったじゅんに対して、最終日に目の前でキッカーを飛んでじゅんを驚かせようとレイは思っていたらしい。しかしじゅんがレイに勝るものが出来たと喜んだところを見ると、その想いを潰すのを躊躇ってしまった」


「そんなことで戸惑ってしまうなんて・・・。レイさんはじゅんが望むことをしてあげようと思っていたんですね」


「晴子もレイがパーク経験があることを途中から気付いていた。そしてそれをじゅんに告白すべきと促していた。しかしそれをしなかったのはエリの推測通りなのかも知れない」



 レイの想いを葉流の口から伝え聞き、推測ではあるが、言われて見れば全て思い当たることがあると感じでしまう。思わず食べ終わったソフトクリームのコーン紙をぎゅっと握り締めると目の光を弱めてしまう。自分の無謀な想いを汲み、敢えてパークを遠ざけ、挙句の果てに自分の思い上がりのためにレイにつかなくていい嘘をつかせ続けてしまった。それは全て自分の招いた結果であった。



「これはレイから話を聞いた上での私の推測だが、オフシーズンに入ってもスキボ熱が冷めないじゅんに対して、レイは打ち明けられなかったことに負い目を持ち、じゅんとスキボの話をするのを避けていた。違う?」


「・・・うん、あってる」


「恐らくレイ自身も辛かったんだと思う。そこで受験生であることを理由にスキボを遠ざけていた。表面上は普通に振舞っていてもそれはレイ自身のストレスとなる」


「嘘をついてる・・・、いや本当のことを言わなかったことがストレスになると言う事ですか?」


「近いけども違う。スキボのことを語れないこと、語ることを避けること。それがストレスの原因」


「スキボのことを語れないのがストレスの原因になるんですか?」


「なる。何故ならレイもスキボが魅了されている一人だから」


「そっか・・・、おねーちゃんもスキボが好きなんだね」


「私はレイさんと滑ったことがないですから何とも言えないですが、先ほどのキッカーを見てると好きじゃないなんて思えないですよ。表情は見えなかったですけども、何と言うか楽しそうな、伸び伸びした雰囲気が伝わってきました」



 エリは先ほどのレイのキッカーを思い出す。確かにレイはあの時楽しんでいた。その先にあるじゅんへの告白も忘れ、飛ぶことへの喜びを身体で表現していた。今まではじゅんに内緒で室内パークで滑っていた。しかしこれを機会に全てを打ち明けられる。そう思うと自分自身が解放された気がしたのだ。そんなレイの気持ちはエリへと伝わり、それを思い出すとエリはふと『スキーボードって楽しいな』と場違いなことを思うのであった。



「そんな秘密を抱える中、レイは晴子と話をして秘密を打ち明けることを決意した」


「それが今回?」


「そう。このような方法を取ろうと思ったレイの心理は分からない。もっと上手い方法、じゅんを傷つけない方法もあったと思う。それでも敢えてレイはこう言う方法を選んだ。何故だと思う?」



 突然の問い掛けにじゅんは思わず首を捻り考え込む。唸り声をあげ、何でだろ?と独り言を繰り返すじゅんに、ちょっと飲み物を買ってくると声を掛けエリは席を立つ。その呼びかけは唸り声を上げ続けるじゅんいは恐らく聞こえてはいないだろう。そんな友人に向けてちょっと微笑むと、その友人を視界から外し、じゅんを心配そうに見つめる葉流を無理矢理誘ってその場を離れた。



---



 半ば強制的に席を立たされた葉流は自動販売機の前で何で私をここに連れてきたの?と言わんばかりに不思議そうにエリを見つめている。その視線に気付いたエリは飲み物を選びながらゆっくりと葉流に声を掛ける。



「あの・・・」


「・・・何?」


「さっきはありがとうございました」


「・・・何のこと?」



 葉流はお礼の意味が分からず首を捻る。



「じゅんのことを色々考えてくれて。レイさんのことを色々教えてくれて」


「・・・」


「私一人ではじゅんのことしか考えられませんでした」


「私のほうこそ・・・」



 言いかけた葉流の唇をエリが人差し指を立てて遮る。さすがに目を丸くして固まる葉流。その視線は僅かではあるが珍しく動揺の色を見せていた。



「葉流さんのお礼はさっき聞きましたよ」



 ウインクをしながら葉流に微笑むエリの仕草は、お昼に葉流にされたものと同じだった。その事を思い出した葉流はぽつりと呟く。



「エリ・・・、なかなかいい性格してる」



 そう呟き、暫くエリを見つめた後、と葉流も飲み物を選ぶために視線を自動販売機に移し始めた。



---



 一人考え込みながら取り残されるじゅん。その思考は親愛なる姉の行動の意味を推測するのに全てを費やしていた。しかしその答えはなかなか見つからない。繰り返される自問自答は頬に感じた不意の冷気によって遮られた。



「ひゃ!」


「ふふ。はい、これでも飲んでください」


「なんだエリか、びっくりしたよー」


「答えは見つかりましたか?」



 エリはじゅんの反応に満足しながら買ってきたスポーツドリンクを差し出す。



「滑り終わってから水分補給を忘れてましたからね。これでも飲んでゆっくり考えてください」


「でもさー、分かんないよー。だって確かにもっと早く言ってくれればこんなことにならなかったのにさ。今はもう平気だけどもさ、でももしかしたら本当におねーちゃんのこと・・・」



 先ほどまでの負の感情を思い出し、思わず声を細めてしまう。葉流は買ってきたお汁粉を飲みながらじゅん再度問い掛ける。



「それをしっかり考えるのが今のじゅんに出来ること。レイへの返答。これが分からないと本当の和解とは言えないと私は考える。考えて。レイが何を思っていたか。何を伝えたかったのかを」


「そんなこと言ってもー」



 じゅんは天井を仰ぎながらお手上げの状態を示す。



「恐らく答えは既に出ている。じゅんはそれに気付いていないだけ」


「そうなの?」


「身近なことほど分かりにくい。じゅんにとってレイがいるのが当たり前のように」


「当たり前のように?」


「ヒントはここまで。私はソフトクリームを買ってくる」



 そう言い残すと葉流は席を立ち、売店のほうに歩いていってしまった。葉流の言葉にエリも首を捻るが、じゅんの頭の中にはハテナマークしか浮かばない。



「おねーちゃんみたいがいるみたいに当たり前のこと?それがおねーちゃんが秘密にしていた理由?だから今日こんな形で打ち明けたってこと?」



 改めて言葉に出して見るが、それに答えるものはいない。



「あー、分かんないよー!」



 頭を掻き毟り答えが見えない疑問からの脱出を必死で図ろうとするも、糸口は示されてもそれが答えとどう繋がるのか一向に分からない。エリの心配そうな眼差しの元、じゅんの疑問はますます深まっていた。



◇◆◇◆◇◆



 結局じゅんの疑問に答えが出ることはなかった。葉流がソフトクリームを買って戻ってもその自問は続いていた。それから三十分程経過すると、春美が晴子、レイと戻ってきたが、じゅんは先ほどまでのことがありレイの姿を見つけると思わずその場から離れていた。


 レイはそんなじゅんを悲しそうに見つめるが、葉流から小声で何か言われると微笑むとも悲しむとも言えない表情で頷き、晴子と二人で消えていった。


 晴子とレイは晴子の車で来ていたため別行動である。それは考えて見れば当たり前なのだが、レイが離れていくのを遠目で見ていたじゅんは思わずズキリと胸が痛くなるのだが、その痛みは先ほどまので負の感情ではなく、当たり前に傍に居る人が傍にいないと言う心理からきているものだと言う事にじゅんは気付かなかった。



---



 帰りの車の中、後部座席に座るじゅんはいまだに答えを探し続けていた。時折唸りながら思考を続けるじゅん。隣に座るエリ、運転席の春美と助手席の葉流はそんなじゅんには敢えて触れずに車中でゲレンデでの出来事を語り合っていた。



「エリは今日が初めてまともにスキボを滑ったんだよな?どうだった?」


「そうですね・・・、スノーボードと違って両足が固定されていないから不安かなと思ったんですが、実際に滑って見たらスキーボードは軽くて扱いやすいですね。慣れるまではちょっと大変でしたが、慣れてからは両足が動くのも悪くないなって思いました」


「そっか、楽しんでくれて良かったよ。私も以前はスノボやってたからね、違いの差は何となく分かるつもりだよ」


「スノボにはスノボの良さがあり、スキボにはスキボの良さがある。どちらが優れているとは言い難い」


「何となく分かります」



 葉流の言うことは当たり前のことである。しかしそれは両方を経験しないと素直に納得出来ないことでもあった。スキーボード以外のウインタースポーツ経験がないと言う葉流がこのことを口にするのは本来はおかしなことではあるが、その独特の雰囲気からか、葉流が言うと不思議と納得してしまう。



「エリはさ、何でスキボを始めようと思った?」


「最初はウォータージャンプでじゅんにキッカーを教えてもらったのがきっかけです。スノーボードは分からないけどもスキーボードなら少しは教えられるって。でも元々はじゅんと知り合った当初から毎日のようにスキーボードについて話してくるからいつの間にか洗脳されていたかもしれませんね」



 『洗脳』と言うところで窓の外を見ながら思考に耽っていたじゅんが僅かに反応する。しかしエリの顔を見ると相変わらずの優しい笑みを浮かべたままだったので、再び答えを探すべく窓の外に視線を戻す。



「でも今日、実際にゲレンデをスキーボードで滑ってみてじゅんの言っている事が分かったんですよ。確かにスノーボードと違うこともたくさんあって戸惑いましたが、葉流さんの言うとおりスキーボードの良さと言うものが分かった気がします」



 エリは横目でじゅんを見ると視線は窓の外で思考に耽っているように見えるが、明らかにこちらに聞き耳を立てていた。それを確認するとエリはさらに言葉を続ける。



「じゅんや春美さん、葉流さんと滑って色んなことを一緒にやってみて分かったことがあるんです」


「ほぅ、なんだい?」


「今日、三人と沢山滑って凄く楽しかったです。自分が滑るのも、皆が滑っているのを見るのも、グラトリやボックスに入ったりしたのも、それに転んで雪を掛けられるのも凄く楽しかったです。レイさんや晴子さんが飛んでいるところを見た時には思わず興奮してしまいました」



 レイの名前が出ると、じゅんはもはやこっそりではなく、じっくりとエリの言葉に耳を傾けていた。



「だから私・・・、スキーボードが好きです。スキーボードをするのも、スキーボードをしている人を見るのもとても楽しいです。スキーボードを通じて皆さんと知り合えて、皆さんの絆を見れて良かったと思っています。今ならじゅんが私に熱く語った気持ちが分かります。自分が好きなものを相手にも好きになって欲しいって。だからこれからも続けていこうと思います」


「単純明快。だがそれがいい」


「・・・だな」



 エリの告白ににやりと笑う春美と葉流。車の中ではエリが作り出した穏やかな空気に包まれていた。唯一人を除いて・・・。



(スキーボードが好き・・・)

(するのも見るのも楽しい・・・)

(スキーボードの絆・・・)

(相手にも好きになって・・・)

(これからも続けて・・・)


(あっ・・・)


 じゅんの心の中で先ほどのエリの言葉を繰り返していた。そして気付いた。レイの想いを。今日の行動の意味を。



(おねーちゃんは本当にスキボが好きなんだ。私に秘密にしていたことがあってもそれは変わらなくて、それを証明するために敢えて私の前で・・・。私に嫌われたとしてもそれは変わらない。それを私に教えるために・・・)


(そして私もスキボが好きだし、スキボが好きなおねーちゃんのことが好きなんだ。だからおねーちゃんがスキボを好きでいてくれていたことを嬉しく思う反面、それを隠していたことが嫌だったんだ・・・)


(私はこれからも・・・、これからもおねーちゃんや皆と一緒にスキボを続けたい、続けたいんだよ。何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。当たり前すぎて気付かなかったよ・・・)



 じゅんの表情が急速に明るくなる。自分の中で何かが大きく花開いた気がした。その花はじゅんがスキーボードを覚えた時から咲いていた花である。しかしそれがあるのが当たり前過ぎて見えなくなっていたのだ。


 それを気付かせてくれたのは大好きな姉であり、心許せる親友であり、強い絆で結ばれた仲間であった。じゅんはその事に気付くと、今までそれを忘れていた自分をちょっとだけ恥ずかしく思い、しかしそれ以上に自分を取り巻く環境、そしてそれを作ってくれたスキーボードに感謝していた。


 ふとじゅんの様子が変わったことに気付いたエリは、春美たちと談笑しながらじゅんの様子を伺う。今度こそ全てのもやもやが晴れたじゅんはエリと目があうと大きく頷いてきたかと思うと突然エリに抱きついてきた。



「エリ!私もスキボ大好きだよ!」


「な、な、何ですか、突然!?」


「ゲレンデジャック、絶対に成功させようね!!」


「え・・・。も、もちろんですよ!」



 後部座席で突然騒ぎ出したじゅんの様子に春美と葉流は軽く顔を合わせ、やれやれと言った調子で苦笑する。



「やっと分かったか」


「遅い。でも気付けたならそれでいい」


「うん!こんな当たり前のこと忘れていたなんて私って・・・」


「おっと、その続きはレイに言ってやりな」


「おねーちゃんに?」


「そうですよ。じゅんも傷ついたでしょうが、レイさんも苦しかったでしょうからね」


「そっか・・・」



 ふと考え込むじゅん。しかし考えていたのも束の間、先ほどまでの長い思考と違い、直ぐに何かの結論を出したじゅんは元気よく前の席にいる春美に呼びかけた。



「春美ちゃん春美ちゃん!」


「うわ!何だよ急に!」


「あのね、帰る前に寄ってほしいところがあるんだ」


「あ、あぁ。いいけど、どこに?」


「それはねぇ・・・」



◇◆◇◆◇◆◇◆



 春美に寄り道してもらってから帰宅したためやや帰宅が遅くなったじゅん。レイの部屋には既に明かりがついていた。両親に帰宅の挨拶をすると、自室に戻る前にレイの部屋で立ち止まり、手に持っていたカバンから何かを取りだしそっとドアノブに掛ける。部屋の中ではドアの前の気配に感づいたレイが、じゅんなの?と呼びかけながらドアまでやってきた。


 じゅんはその声を聞くと足音を忍ばせながら自室へと急ぎ足で逃げ去った。じゅんが部屋に飛び込むのと同時にレイの部屋のドアが開く。ドアの外に誰もいないのを確認すると、昼間の出来事を思い出し悲しそうに溜息をつく。再度妹の部屋の方に視線をやり、ゆっくりとドアを閉めようとしたところ違和感に気付き、ドアの外を見るとビニール袋がぶら下がっていた。


 ん?っと疑問に思いながらビニール袋を取り中を見ると、そこにはレイの好きなみたらし団子とじゅんの好きなシュークリームが入っていた。いずれもじゅんのアルバイト先で売っているものである。不器用なじゅんらしい、そう思い表情を緩ませながらみたらし団子を手に取ると、底のほうに一通の手紙が入っていた。


 ビニール袋を腕にかけその場で手紙を開くと、慣れ親しんだ妹の字でこう書かれていた。



 『今度は一緒に滑ろうね!じゅん』



 自分の想いがじゅんに伝わったことを感じて思わず涙が溢れ、その場で軽い嗚咽を漏らす。レイの嗚咽を聞き、様子を伺うように隣の部屋の扉がそーっと開き手紙の主が顔を覗かす。その気配に気付いたレイはその部屋の主の名前を呼びながら扉に近づくと、滅多に見ない涙顔の姉の顔に呆気に取られているじゅんを思いっきり抱きしめた。


 その晩、姉妹の部屋遅くまで明かりが消えることはなく、時折楽しそうな笑い声が響いていた。会話の内容は姉妹だけしか分からないことであるが、二人の間にあった隠し事の隔たりはなくなり、改めて姉妹の絆、互いのこと、そしてスキーボードに対する想いを語り合っていた。


お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。



※スライド

板をずらして滑るグラトリの一つ。エッジでコントロールして滑るのが通常滑走であるのに対して、スライドは板のソールをコントロールして滑る。見た目は地味であるがさまざまなトリックに派生するための基本トリックでもある。


※スピン

滑りながら回転するグラトリの一つ。見た目にも分かりやすくスキーボードの代表的なグラトリの一つである。回転のかけ方や体勢、他のグラトリとの組み合わせでさまざまなスピン系のグラトリがある。

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