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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
16/30

第十五話 ガールミーツガール前編

 ちょっと遅めのお昼を取るためゲレンデ内の食堂に席を構えるじゅん達一行。この食堂はゲレンデに来る時に乗ってきたゴンドラ駅に併設されている食堂で、必然的に人も多く集まる場所である。一番混雑するであろうピークの時間を過ぎても尚、食堂内の混雑は収まる様子がなく、じゅんたちも暫く座席の空き待ちをしてようやく座れたのだ。


 午前中に今まで滑れなかった分の鬱憤を晴らすべくこれでもかと滑り倒したじゅんは、座席に座った途端、頭を齧られ力が出ない某パンヒーローのようにぐったりとテーブルに突っ伏している。エリもそれに続き全身の体重を椅子の背もたれに預けている。春美と葉流は苦笑しながら二人の倦怠感溢れる様子を眺めていた。


 春美と葉流も椅子に座りながらヘルメットやグローブを外し、スキーウェアを背もたれに掛ける。二人ともウェアの下は十二月と言う時期とは不釣合いなほどの軽装であった。それもそのはず、世間一般的には十二月は本格的な冬到来。寒さも本番になってくるのであるが、ゲレンデにとっての十二月はまだまだ比較的暖かい時期である。通常であれば防寒のためにスキーウェアの下にはトレーナーなどをしっかりと着込むのであるが、気温が一桁程度のこの時期はスキーウェアの防寒性が仇となり、ちょっと動くと直ぐに熱がこもり汗だくとなってしまう。


 じゅんとエリはそのことを知らず、ウェアの下にはトレーナーだったりパーカーだったりを着込んでいた。二人は激しくはしゃいだことに加え、暑さでも疲労を蓄積していたのだった。



「さて、皆で一斉にご飯を買いに行くと席が取られちゃうかもしれないから、先にじゅんとエリ、ご飯買いに行ってきな」


「えっ?いいの?でも春美ちゃんたちだってお腹空いてるでしょ?」


「そうですよ、私たちだけ先になんて申し訳ないです」



 思わず頭だけを起こし反論するじゅん。バイトを経て得た社会常識が無条件に順番を譲られることに抵抗を示し、春美の提案に遠慮する素振りをみせる。しかし放っておくとテーブルに齧りつきそうな程の空腹感とテーブルの上に溶けて染み込みそうになっている程の疲労感が見ただけでも伝わってくることから、無理をしていると一目で分かる。



「まーまー、いいから行ってきなって。譲り合いをしてたらそれだけご飯にありつけるのが遅くなるんだよ。それにさ、二人ともちょっと水分補給したほうがいいよ。言うの忘れてたけどこの時期は暑いからね。しっかり着込んでたらすぐに汗だくになっちゃうよ」


「放っておいたら脱水症状を起こしかねない」



 遠慮するじゅんとエリに自分たちの現在の状況を解説する。じゅんはこの時始めて春美たちの軽装に気付く。滑る前はそれぞれ更衣室で着替えていたため気付かなかったのだ。その軽装のお陰か、春美も葉流も熱さのせいか顔がほんのり赤くなってはいるものの、さほど疲れている様子は見えない。。一方じゅんとエリは満身創痍、全身を支配する身体の火照りはようやく収まりを見せてきたものの、額にはいまだに汗が滲んでいる。



「晴美ちゃんたち・・・、いつの間に上着脱いだの?」


「脱いだんじゃなくて元々着てなかったんだよ。この時期はゲレンデとしては暑い季節だからね。しっかり着込んでたら汗だくになっちゃうよ。周りを見てごらん?ウェアを着ている人もいるけども、パーカーとかの軽装の人が多いだろ?」


「あ・・・、本当ですね」


「それなら教えてくれればいいのにー!」



 分かっていたのにそれを教えてくれなかった春美に思わず口を膨らますじゅん。



「ウェアはさ、身体を守る道具でもあるんだよ。転んだりした時に肌を露出していたら雪で擦りむいちゃうし、エッジが当たって切ったりすることもあるんだよ」


「スキーボードがほぼ初めてなら身を守るためにもウェアはちゃんと着るべき」


「それにさ、余りにも軽装だと汗が引いたときに逆に風邪引いちゃうからね。ウェアを着るに越したことはないのさ」


「うーん、そっか」


「肌を露出すると日焼けもしちゃいますしね」


「そう言うことだよ」


「でもさ、それならせめて『下に着るのはシャツとかでいいよ』とか教えてくれればいいのにー』



 春美の説明に納得するものの、自分たちと春美たちの明らかに違う疲労の様子に不満が残るじゅんは、せめて一矢報いたいとさらに反論を重ねる。



「それに関しては・・・」


「それは単純に春美のミス。伝達を忘れていた」


「あー・・・、そう言う事だ、ごめんね」



 春美が頬をぽりぽりかきながら苦笑いを浮かべて素直に謝罪する。その可愛らしい仕草に普段の姉御っぽい春美とのギャップを感じて思わずクスリと笑ってしまうじゅんとエリ。何で笑われているか分からない春美は更なる苦笑いを浮かべるしかなかった。



「でもさ、一つ勉強になったろ?ゲレンデの天候や気温、それに滑る時期に応じて着るものや装備なんかを調節しないとってことをさ」


「まぁそうだけどさー」


「でもゲレンデでなくても寒かったら長袖にするし、暑ければ半袖を着ますからね。それと同じことですか?」


「そういうこと。慣れてきたらシーズンインのこの時期や春スキーの時なんかは街で着る普通のパーカーとかで滑っている人もいるからね」


「これはスキボに限らずゲレンデへ来る人たちの知恵。覚えておくといい」


「はーい」


「それじゃそんな訳だからさ。装備の件、伝え忘れていたお詫びも兼ねてってことでやっぱりご飯は先に行ってきな。ちゃんと水分を取るのも忘れないでね」


「うん、分かった」


「申し訳ありません。お先に行かせていただきます」


「あいよー。ちゃっちゃと行ってきなー」



 着ていたウェアを椅子にかけると、二人は早足で食券売り場へと消えていった。人混みに消えた二人を確認すると葉流がおもむろに口を開く。



「・・・連絡は?」


「じゅんたちが戻って、ウチらがご飯を買いに行く時に」


「そう」



 その後も言葉数少なく何かを打ち合わせる二人。端から聞いていても何のことであるかは分からないであろうが、二人の間ではこれで充分会話が成立したようである。比較的無表情の葉流はともかく、先ほどまでにこやかに会話していた春美までも口を真一文字に結び神妙な顔をしていることから、その内容が至極真面目な内容であることが伺える。


 やがて相談が終わり、暫くそのままの雰囲気で黙りこくっていた二人だが、やがてその空気に耐えられなかったかのように春美が顔をいつものようににこやかな笑顔に戻しながら先ほどまでのことを思い出す。



「それにしても二人とも上達が早いよな」


「エリは元々スノボをやっていただけあって、重心の取り方が上手い」


「ホントだな。じゅんはともかくエリもスノボの頃からパークに興味があったって言ってたけども、あれだけ滑れるならぜひグラトリもしてほしいところだよな」


「春美は?」


「私はグラトリはちょっと・・・、って言いたいところだけども、最近のレイやじゅんを見ていたらさ。何か私も色々やりたくなってきちゃったよ。ちょっとグラトリ練習してみようかな」


「それがいい。パークは長板やスノボでも出来るけども、グラトリはスノボやスキボが主流。その中でもスキボのグラトリはスノボとは違うインパクトがある。目立つのが好きな春美は是非やるべき」


「そうだな。晴子や葉流に追いつけるかどうか分からないけども、私もやってみるよ」


「・・・私たちどころか、今の春美はレイにも負けてる。頑張れ」


「くっ、はっきり言うなぁ・・・」


「・・・」


「まぁそれでも私はパークメインなのは変わらないからね。あくまでもちょっとだからね、ちょっと」


「・・・頑張れ」



 無表情ではあるが心なしかやや勝ち誇った様子の葉流。長年の付き合いでその微妙な表情の変化をしっかりと感じ取った春美は葉流に反撃する糸口が掴めない。やり込められても反論が出来ない春美は手元の水を一気飲みして、ついでに中に入っていた氷までバリボリと噛み砕く。



「ところであの二人は遅いなぁ。お腹空いてきたよ」


「・・・来た」



 二人の様子を伺いだしたところで、トレイを持った二人がタイミングよく戻ってきた。カツ丼の大盛とポテトフライを嬉しそうに抱えて戻ってくるじゅん。その後ろではミートソースを持ったエリが人混みをかき分けている。



「お待たせしました。遅くなりました」


「もうさ、すっごい渋滞でさ。参っちゃったよ!このスキー場っていつもこんな感じなの!?」



 帰ってくるなり先ほどまでの自身の苦労を語りだすじゅん。それは怒っていると言うよりも呆れているような様子である。確かに席を離れた時にはまだ湿っていた二人の上着はすっかり乾きっていた。それほどまで時間がかかったのである。それぞれトレイを置きながら着席するが、言いつけ通りしっかり水分を補給したせいか心なしか先ほどよりも声に張りがある。


 そんな二人の様子を満足そうに確認した後、春美は葉流を促して席を立つ。



「さて、それじゃ私たちも行くか」


「先に食べてても構わない」


「ホント!?もう疲れちゃったから先に食べちゃうね!」


「お先に失礼します」



 言うや否や目の前のカツ丼のどんぶりを嬉しそうに掲げるじゅん。春美はにんまりとしているじゅんの横を通り過ぎがら、さりげなくポテトフライをつまみあげると素早く口の中に放り込みながら立ち去っていった。ポテトフライを持つ反対側の手にはスマートフォンを握り、ポテトを咥えつつどこかに電話をしようとしているようだった。そんな春美の行動にじゅんは余所見をしていて気付かないが、エリにはしっかりと見られていた。


 春美を見ていることに気付いた葉流は、エリの視線に割り込み唇に人差し指をあて『しーっ』と言う仕草をする。軽く微笑んだ仕草が先ほどまでの無表情な葉流とのギャップで思わず顔を赤くして目を背けてしまう。


 すると突然エリの口の中にポテトフライがねじ込まれる。視線を葉流に戻すと無表情に戻った葉流の顔がアップになる。



「・・・口止め料」



 そう呟くとそのままじゅんの横をいつの間にか取っていたポテトフライを咥えがら何気なく通り過ぎる。葉流の口から出ているポテトフライに気付いたじゅんは『あー!私のポテトー!』と文句を浴びせる。文句の発信源であるじゅんの横にいるエリは口にポテトフライを咥えたまま暫くきょとんとしているだが、直ぐに全てを口の中に収めて証拠隠滅を計った。



◇◆◇◆◇◆



「じゅんの前で電話を取り出すのはやや早計。エリに見られていた」



 席を離れ、食券売り場を通り過ぎ、食堂の外に出た葉流が先行して外に出ていた春美対して開口一番こう告げた。



「あぁ、すまないね。ちょっと気が焦っていたもんで」


「でも大丈夫。ポテトフライで誤魔化した」


「・・・そ、そっか、助かったよ」



 小さくピースサインを出しながら何故か勝ち誇る葉流に対して疑問を隠しきれない表情でかわしながら、電話帳で見知った人物を呼び出す。


 何度か鳴る着信音。やがて電話から相手の声が聞こえてくる。



「・・・もしもし」



 これから起こるであろう出来事を想像して思わず喉を鳴らす春美。暫く答えずにいると、再度通話相手から呼びかけられる。



「・・・もしもし?」


「あ、悪い。それでこの後だけれども・・・」



 葉流は電話をしている春美を視界に収めながら、どこか憂いを込めた眼差しで先ほどじゅんたちが見ていたゲレンデを見つめていた。



◇◆◇◆◇◆



「さて、お昼も食べたし。午後はいよいよパークに行くか!」


「おー!」


「よろしくお願いします」



 栄養と水分と休憩を充分に取った一行がゲレンデに舞い戻ってきていた。少々のんびりしすぎたせいか、時間は午後二時を回っていた。


 ゲレンデへの復帰が遅れたじゅんたちは、食堂を出ると真っ直ぐパークに向かうリフトに乗り込んでいた。



「おー、すごーい!キッカーもあるし、ジブもある!しかも連続で通せるようになってるんだ!?」


「この時期にここまで揃っているところはなかなかないぞ。凄いだろ!?」



 四人が乗るリフトはペアリフトのため、春美とじゅん、葉流とエリのペアとなっている。リフトはパークの横を掠めて運行しているため、パークのレイアウトがリフト上から確認できていた。



「ところで、さっきご飯食べながら話していた話だけど・・・」


「ゲレンデジャックのこと?」


「そう、それ。それっていつから考えていたんだ!?」


「えっとね、前に滑り終わった後で皆でファミレス行ったでしょ?その時に晴子ちゃんからスキボがマイナーって話をしたじゃない?」


「そんな話したっけ?」


「したよー!で、それはスキボをやる人が少ないって話って聞いたんだけども、それならスキボが有名になればやる人も増えるのかなって」


「ふーん。で、そんなことを計画してみたってワケだ」


「理由はそれだけじゃないけどもね」


「他にもあるのかい?」


「だってさ、前に五人で滑った時ってとっても楽しかったじゃない?色々ふざけあったりしてさ。で、今日は四人だけどもやっぱり楽しいじゃん。だからさ、人数が多ければもっと楽しくなるのかなって」


「成程ね、楽しいことを求めてってワケだ」


「うん!まだ会ったことがないスキボダでも、スキボって共通点があれば仲良くなれるかなって思ってね。格好良く言うならスキボが繋ぐ絆、ってとこかな」


「はは、じゅんらしいな」


「この間、SNSサイトで参加募集を呼びかけたらちょっとずつだけども反応が返って来てるんだ」


「ほほー。そりゃ楽しみだねー」


「そうだ!春美ちゃんたちも来てよ!大勢で滑ったらきっと楽しいよ!」


「そうだね、まだ予定は分からないけどもきっと行くよ」



 春美とじゅんは至ってにこやかにリフトトークを続けていた。しかし葉流とエリが乗るリフトでは穏やかではない雰囲気が漂っていた。



「そんな!?それじゃ・・・」


「声が大きい」


「す、すいません・・・。でも今の話って」


「いつかは通らなくては行けない道。このままにはしておけない」


「分かります。分かりますけど・・・」


「今回エリを巻き込んでしまったのはたまたま。その点は謝罪する」


「謝罪なんていらないです」


「しかし分かって欲しい。私たちだって悪意があるわけではない」


「・・・」



 葉流に言われたことにより動転し思わず声を荒げてしまうエリ。しかし葉流はいつもと同じ口調で淡々と話を続ける。エリと葉流は今日が初対面である。もちろん行きの道中で互いに自己紹介をしているし、先ほどのゲレンデでのスキーボードデビューの時にはアドバイスを貰ったりもした。しかしそのよく言えば冷静、しかし裏を返せば淡々とした口調。そして整っている言える顔なのに表情に乏しい葉流に対して、エリはどうしても一線を引いてしまう。


 先ほどの食堂内では違った一面を見て思わずドキっとしてしまったが、ただそれだけのこと。葉流に対する印象は変わらなかった。今の葉流の横顔を見るまでは。



「・・・」


「・・・葉流、さん?」


「・・・分かって欲しい」



 エリと視線を合わさずうつむき加減の葉流の表情は相変わらず変化に乏しい。しかし先ほどまでとは明らかにまとっている雰囲気が異なる。小さな口をしっかりと結び、眉間に薄い皺がよっていることから何か言いたいことがあるのにそれを伝えきれない自分に苛立っているようにも見える。


 その時エリは思った。葉流は無口ではなくて口下手なのだと。無表情ではなく自分をどう表現していいのか分からないのだと。今の葉流は自分たちがこの行動に至った理由、その想いを伝えたいけどもどう伝えていいのか分からずに

困惑しているのだと。


 そう思うと、エリの中で何かがすーっと溶けていった。それと同時に葉流や皆の想いが伝わってきたような気がした。



「葉流さん」


「・・・何?」


「私、今日巻き込まれて良かったです」


「・・・?」


「じゅんは私たちのリーダーなんです」


「リーダー?」


「そうです。じゅんは私たちに楽しいことを沢山教えてくれるんです。だからリーダーなんです」


「・・・そう」


「リーダーが困っている時、壁にぶつかった時、そして耐え切れないことに直面した時。それを助けるのは私たちの役目なんです」


「・・・エリ」


「だから私は今日巻き込まれて良かった。本当ならゆきもこの場にいて欲しかったけども、それでも私はここにいれて良かった。そう思います」



 エリの話を聞き終わった後、葉流の固く結ばれた唇は柔らかさを戻し、眉間の皺も消えていった。その代わり僅かに頬角があがり、目には穏やかな光を宿す。それは先ほどエリだけに見せた葉流の貴重な笑顔だった。



「・・・やっぱりじゅんは幸せ者。いい仲間に囲まれている。今度ここにいない私の仲間も紹介させて欲しい」


「・・・はい!喜んで」


「大きなイベントを開催しようとしているし、いい仲間に囲まれているし、確かに立派なリーダーなのかもしれない」


「そうでもないですよ。出会った時なんかは私がスノーボードをやってると知ると毎日のようにスキーボードの話をしてくるし、何かを始めると人の話しは全然聞かないし、人のアイスを食べる時は一口で凄く沢山食べてしまうし・・・。って葉流さん、聞いてます?」


「聞いている。続けて」



 葉流はエリから聞かされるじゅんの話しを薄い笑顔のまま耳を傾けていた。



◇◆◇◆◇◆



「さぁ、まずはゆっくり流そうか。特にじゅんは久々のパークだし、エリはスキボでは初めてだろ?まずは綺麗に通そうとか考えないで、転ばずに通すことだけを考えるんだよ」



 リフト上でのそれぞれの会話を経て、パークの入り口までやってきたじゅんたち。このパークはじゅんたちがリフト上で見たとおり、キッカーだけでなくてジブアイテムも設置されている。


 左側から順に、ミニキッカーを経てワイドボックスなどのボックスが二つ連続で設置されているコース。やや大きめのキッカー、恐らく四、五メートル程度であろうか、そのキッカーのみのコース。後はレールと呼ばれる金属で出来た直径十センチ程度の棒状のアイテムが三つ設置されているコースとがある。


 レールがあるコースは全てのジブアイテムがレールだけなのだが、三つ設置されたレールは設置方法や進入方法が全て異なっていた。具体的には角度をつけて設置されていたり、或いは真正面からではなく横から進入するようになっていたり。それぞれダウンレール、サイドインと呼ばれるものであるが、夏の間はほぼキッカーに専念していたじゅんたちは、ボックスを通す程度のことはしたがレールへの進入はしたことがなく、その呼び名までは知らない。



「二人ともジブは大丈夫?もし平気ならミニキッカーからボックスが二つ連続であるあっちのコースに行こうか」


「こっちの大き目のキッカーや一番右のレールのコースは?」


「じゅんたちはゲレンデでのキッカーはほぼ初めてだろ?ならまずは小さいので身体を慣らすんだよ。ウォータージャンプの時にも言ったけども、ウォータージャンプのキッカーとゲレンデのキッカーは似てるようで全然違うからね。油断しちゃダメだよ」


「はーい」


「それにじゅんはボックスはちょっとやったけども、結局レールはやらなかっただろ?いきなりはちょっと難しいぞ」


「そっか・・・。春美ちゃん、今度教えて!」


「そうだね、今度ね。とりあえず今はあっちのコースを流そうか」



 春美の言うことを大人しく聞き入れると、春美に誘導されたコースへと移動する。まずは春美が先行して、その後にじゅん、エリ、最後に葉流と言う順番でキッカーへ進入する。


 このキッカーは大きさは二メートル程度とキッカーとしては決して大きくは無い。しかし久々のゲレンデであるじゅんと、スキーボードで初めてのパークであるエリは揃って転倒してしまう。



「ほらほら、身体がビビッて後頃になってたぞ」


「・・・あれだけウォータージャンプで飛んでたのに、着地を意識すると途端に色々と出来なくなりますね」


「だろ?じゅんはどうだった?」


「なんか感覚が掴めないや」


「ウォータージャンプはキッカーの飛び出しや空中姿勢の練習にはいいが、着地を意識しずらいのでトータル的には良いとは言えない」


「まぁそう言う事だよ。でも着地がないからこそそれ以外に集中できるんだけどね。でもゲレンデではそうはいかない。でもやることが一つ増えただけなんだから、何度も飛んで感覚を思い出せば出来るようになるさ」


「ホント!?」


「ああ、本当さ。だからまずは何度も飛んで慣れないとね」


「頑張ります!」


「さぁ、ホントはこのコースはキッカーを飛んでそのままボックスに入るスロープスタイル形式なんだから、本当はここからボックスに入っちゃいけないんだけども、今は人もいないからいいだろ」



 春美はキッカーのエントリー位置の様子を伺いながら二人に告げる。



「ただこれも覚えておいて。パークにはパークのルールがあるけども、それは統一されてるもんじゃないんだ。ローカルルールって呼ばれるけどもゲレンデ毎に異なることもあるんだよ。詳しくは説明しないけども、そう言ったマナーには注意しなくちゃダメだからね」


「自分がやられて嫌なことはしないが基本。パーク以外のゲレンデでも同様」


「分かったー!」


「さぁ、それならボックスに行くよ」



 その後、四人は何度も最初に入ったコースを滑り続けた。じゅんとエリはゲレンデのキッカーにも慣れ、飛ぶことへの恐怖心はだいぶ薄れていった。じゅんは久々のキッカーの感触を取り戻し、大きいキッカーに行きたくてうずうずしているようだったがボックスまでしっかり通せなくてはダメだと春美からまったがかかり、渋々ボックスの練習に励んでいた。


 そのボックスであるが、最初はどうしても後頃の進入になったりスタンスが狭かったりで転倒を繰り返していた。またボックス上で身体を完全に横に向けるロックスライドの体勢に抵抗があるようで、本人は身体を横に向けているつもりでもせいぜい斜め四十五度と言ったところであった。


 しかしそこは猪突猛進型のじゅん。どうしても上手く出来ない自分に苛立ち何度も練習を繰り返していた。最終的にはじゅんはミニキッカーではその小ささのため、グラブこそ出来ないものの板に触れるまでしっかり飛ぶことが出来、またボックスではリップを使って真っ直ぐ飛び乗るストレートイン、ボックス上で板を横に向けるロックスライド、また板を戻してストレートアウトが出来るようになった。



 一方エリはキッカーではじゅんよりも適応が遅かったものの、元々横向きに滑るスノーボーダーと言うこともあり、ボックスへの順応はじゅんよりも高かった。ボックス前のリップを使ってしっかりと飛び乗り、またボックスから出る時もしっかりと飛び降りることが出来ていた。ロックスライドに関してもスタンスを広げる感覚を掴むといとも簡単にやってのけて、じゅんを随分悔しくもさせた。


 具体的な成果としては、キッカーは棒ジャンプであったが、しっかりと踏み切りある程度高く飛べるようになっていた。またボックスではリップで踏み切ってボックスに横向き、ロックスライドで進入、そのまま進行方向側の板のインエッジをボックスに引っ掛けその反動で逆回転してフェイキーでアウトするまでになっていた。


 エリのボックスの上達っぷりに春美と葉流は『エリはもしかしたらジブアイテムの方が得意なのかも』と結論付けるのだが、晴子も含めてジブアイテムを得意とするものがいないので、色々なことを教えてあげられないのが悔やまれていた。



 春美と葉流も久しぶりのパークを堪能して、時には二人でシンクロしたり、或いはパークに飽きた葉流がパーク横のコースでグラトリをしながら滑っていたり、さらに春美もグラトリをしようとして派手に転倒したりと、各々が自由にスキーボードの滑りを楽しんでいた。



◇◆◇◆◇◆



「あっ!見てエリ!私たち以外にもスキボダがいるよ!」



 小一時間も経過しただろうか、じゅんとエリは春美たちと別れて滑っていたのだが、予め言われていた集合時間にパークの下、パークの全景が見渡せる位置でスキーボードを履いたまま春美たちが滑り降りてくるのを待っていた。春美たちを待ちながらパークに侵入するスキーヤー、スノーボーダーを何となく眺めている時にパーク入り口付近を滑るスキーボーダーを発見したのだ。



「本当ですね。思えば今日は私たち以外にスキーボードは見ていないですね」


「そうなんだよ。だから私はゲレンデジャックでスキボダさんを集めたいなって・・・」


「ちょ、ちょっと見てください!」


「んー?どうしたの?」


「あのスキーボーダー、パークに入りますよ」


「えっ、嘘!?」



 じゅんが発見したスキーボーダーは二人組。その二人ともパークに入ってきたのだ。その二人が並ぶのは結局春美の許可が下りずにまだ一度も入っていない大き目のキッカーがあるコース。今まで自分たち以外のスキーボーダーを見たことがないじゅんにとって、自分たち以外のスキーボーダーがいたことですら興奮の対象なのに、その対象がパークに入ってくるなんて。


 じゅんは思わず駆け寄り話しかけたくなるが、今自分たちがいる位置を考え、いずれ自分たちの前を通るだろうと思い、滑りを静観することにした。顔は良く見えない。二人ともヘルメットとゴーグルを掛けており、パークのほぼ入り口出口に位置する関係上、その表情はおろか、性別すら確認することが出来ない。


 大き目のキッカーには先に何人かのエントリー待ちがいた。スキーボーダーが飛ぶのを今か今かと心待ちにし、キッカーの方を食い入るように眺めるじゅん。エリはそんなじゅんとキッカーの方を不安げな表情で交互に眺めていた。


 ふと春美からパークを本格的にやるなら、最低限ヘルメットはつけるように言われていたことを思い出す。そう言えば自分もエリもヘルメットは持っていない。だから大きなキッカーに入らせてくれないのかな。などと今の状況とは関係ないことを考えていた。



 やがて一人目のスキーボーダーの番がやってきた。見守る視線にますます力を込めて見続けるじゅん。キッカーに進入することを手を挙げてしっかり周りにアピールしてからアプローチを滑り出す。やがてリップの影に身体が隠れ、数拍置いた後にそのスキーボーダーが飛び出してきた。身体をしっかりと空中で伸ばした後はその反動を利用して足を引き寄せしっかりと板を掴む。じゅんが散々ウォータージャンプで連取したミュートグラブであった。伸び上がり、そして板を引き寄せた反動で首元の綺麗な髪が大きく揺れて、飛んでいたのが女性であることに気付く。流れるような一連の動作に呼吸すら忘れそうになるが、その髪を見てじゅんはあり得ないことを思いつく。



「あれ・・・?もしかして・・・」



 しかしその疑問の結論を出す前に二人目のスキーボーダーがキッカーに進入する。先ほどと同じようにリップの影に隠れた後に大きく飛び出してきた。


 じゅんがその姿を確認したときにはそのスキーボーダーは横を向いていた。これは失敗などではなく意図的に行っている行動なのだ。その証拠に慌てた様子も無く、スローモーションのように綺麗に、そして流れるような動作で回転を続けていた。その首元からは先ほどのスキーボーダーと同じく綺麗な黒髪を大きくなびかせている。身体が百八十度に差し掛かるあたりでタックして板をグラブする。それはセーフティグラブの体勢であった。そのまま回転を続け、身体が正面を向くと何事も無かったかのように着地していった。


 二人目のスキーボーダーが着地するのを確認すると、じゅんの中で先ほどの疑問が首をもたげていた。



(・・・二人とも女性?)



 広い日本でいくつもあるスキー場。まだ営業開始しているところが少ないとは言え、それでもないわけじゃない。しかしスキーボーダーで女性で二人でパークに入って・・・。じゅんの疑問はさらに頭の中を駆け巡る。



(あの髪、背格好、どこかで見たような・・・)



 先ほどのスキーボーダーがこちらを確認するとゆっくり滑ってくるのが見えた。その姿はどことなく自分の中に存在しているような、そんな気がした。



(そんな偶然、あるわけないよ・・・)



 それはありえないことではある。認めない方が気が楽なのだが、どうしても否定しきれない何かがじゅんの中にはあり、そんな葛藤がじゅんを身体を不動のものにしていた。



(でも・・・、だって用事があるって)



隣ではエリが心配そうに見つめているのだが、じゅんの強張る表情を見ると声を掛けることが出来ない。



(だって・・・、パークやらなかったじゃん。私に教えてって言ってたじゃん)



 二人のスキーボーダーがじゅんの手前数メートルのところまで来たところでゆっくりとブレーキを掛ける。二人は素早く板を脱ぐと二回目に跳んだスキーボーダーがヘルメットとゴーグルを外してゆっくりと近づいてくる。



(まさか・・・。嘘、だよね・・・)



 近づいてきたスキーボーダーがじゅんに優しく声を掛ける。じゅんの予想が、決して認めたくなかった予想が現実に変わる。



「・・・じゅん」


「・・・おねーちゃん」



 レイの後ろではヘルメットとゴーグルを外して、その素顔を晒した晴子がいた。じゅんの横では自らが傷付いたような表情のエリが、そしてじゅんたちの後方には真剣な顔をした春美と葉流。それぞれがこの遭遇を固唾を飲んで見守っていた。


お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。


※ウェアについて

昨今は薄手であっても防寒・保温性能が高いウェアが多い。しかし11~12月前半や4月以降の比較的温暖な時期だと、その性能の高さゆえ熱がこもり安くなる。しかしながらウェアを装着し素肌の露出を減らすことは怪我防止にも繋がるので、中に着るインナーの種類を状況によって使い分けるのが望ましい。


※ワイドボックス

ジブアイテムの種類の一つ。所謂箱型の天板部分をさまざまな方法で滑りぬける。天板部分の素材は樹脂製であることが多く。雪面よりも滑りやすいのが特徴。ボックスの幅が広いものをワイドボックス、狭いものをナローボックスと呼ぶ。


※レール

主に金属で出来た棒状のジブアイテム。棒の太さや本数などにさまざまバリエーションがあるが、前述のボックスよりも細いので難易度は格段にレールの方が高い。またサビ等がない限りはボックスよりも滑るので、それが難易度をあげている理由の一つでもある。


※ジブアイテムの形状

ジブアイテムの形状や設置場所にはさまざまあり、それぞれに特徴がある。これらはボックス、レールに共通しており、その形状や設置場所に応じて○○ボックス、○○レールなどと呼ばれる。一例を挙げると

・平らな面に設置されている:フラット

・斜面に設置されている:ダウン

・フラットとダウンの二つで構成されている:フラットダウン

・カマボコ状の形状:アーチ或いはレインボー


※サイドイン

ジブアイテムへアイテムの正面からではなく、横から進入する方法。或いは横から進入するように作られている形状のことを指す。真正面から進入するのと異なり、進入角があるためアイテムの芯に乗りづらくなるため、同じアイテムでもサイドインとなるだけで格段に難易度はあがる。

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