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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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第十一話 勉強会

 延々に続くかと思われた梅雨は終わってみると実にあっさりとしたもので、気付けば季節は冬とは一番縁遠い季節となっていた。街中の至る所から聞こえるセミの鳴き声が茹だるような暑さを嫌になるくらい増長していく。体内の水分も蒸発しそうな暑さにただひたすら涼を求めてさ迷い歩きたいところではあるが、この熱気は日本全国を等しく包み込んでいた。ただ時折聞こえる風鈴の音色や夕方になってから耳に届くひぐらしの鳴き声がこの暑さの中で数少ない涼感を感じさせてくれていた。


 溶けるような暑いこの時期は学生にとっては暑さに辟易しつつも、実は嬉しい時期でもある。言わずと知れた夏休み。本来の目的であれば夏の暑さの中では校舎内で勉強するよりも涼しい自宅で各自自主学習に励んでもらうためのものであるのだが、そのような目的を意識している学生は一部の受験生を除けばほぼ皆無であろう。大半の学生は暑い街中をあちこち徘徊し、ひと夏の思い出作りに精を出している。


 じゅんが通う北高でもこの時期は当然ながら夏休みであり、世の大半の学生たち同様に多くの北高生は一度しかない夏休みを海に山に祭りに花火と、疲れを知らない働きアリのように十二分に満喫していた。


 じゅんに取っても夏休みの意義は同じであり、その生活模様はある意味では学校生活よりも忙しい日々と言えるものであった。一度覚えてしまったスキーボードを片時も忘れたくないと言わんばかりに、夏休みの間中、時間が取れる時にはウォータージャンプに通いつめ、またその費用を捻出するために空いた時間はアルバイトに精を出すと言う日々を送っていた。


 一方レイはと言うと、受験生とはこうあるべきと言う世間一般的な評判に従うような生活を送っていた。晴子と交わした約束通り週に二度ほど勉強を教えてもらうために朝から夜まで外出しているのではあるが、それ以外は特別に外出する用事もなく、夏休みになっても受験勉強を繰り返す日々を送っていた。


 この日もレイはいつものように晴子と待ち合わせしていたのだが、いつもはいない珍しい人物が晴子と一緒にレイを待ち受けていた。



「やっほー!久しぶりだね、元気だった!?」


「春美さん!?お久しぶりです。どうしたんですか?」


「いやぁー、晴子からレイのことを色々聞いててさ。ちょっとおねーさんも見てあげたくなって来ちゃったんだよ。お邪魔だった?」


「そんなことないですよ。でも春美さんに見られてると思うと緊張しちゃいますよ」


「ふふ、ごめんなさいね。せっかくだから驚かせたくてね」


「いえ、久しぶりに春美さんに会えて嬉しいです。葉流さんはお元気ですか?」


「実は葉流も誘ったんだけれどもさ。『今日は気が乗らない、レイによろしく』だって。相変わらずマイペースなヤツだよ」


「なんか葉流さんらしいですね」


「さぁさぁ、雑談はそれくらいにして、時間がなくなっちゃうから早速行くわよ」



 晴子がパンと手を打つと雑談に花を咲かせつつあったレイと春美も話をやめて『それじゃ行きますか』と顔を見合わせる。そんな間にも先に歩いていってしまった晴子の背中を、『ちょっと待てよー』と持ってきた荷物を抱えて慌てて追いかけていくのであった。



◇◆◇◆◇◆



「それにしてもレイがここまで出来るだなんて思ってもみなかったよ。しかも、独学なんでしょ?おねーさんへこんじゃうよー」


「い、いや、私なんて春美さんや晴子さんに比べたらまだまだですよ」


「まだまだどころか既に私よりもレベルは上なんじゃないかしら?」


「そうだねぇ、晴子はの場合は広く浅くのタイプだからねー。例えこの分野ではレイに敵わなくても、総合力ならまだまだ晴子の方が上だろうな」


「やっぱり一つの分野に集中した方がいいんですか?」


「そんなことないよ。晴子みたいに色々やるのもいいし、葉流みたいに気分が乗らない時はやらなくてもいいし、私みたいにやりたい事をテンションに任せてやりまくるのもいいし、それは自由に決めていいんだよ」


「やっぱり楽しいですね、スキーボードって」



 三人が会話をしているのは東京と神奈川の県境近くにある屋内ゲレンデ施設。その施設内に設けられた休憩エリアで滑走で火照った身体をスポーツドリンクで癒しつつ談笑に花を咲かせていた。


 この屋内ゲレンデ施設は文字通り屋内に設けられたゲレンデであり、建物内の設けられた滑走エリアには人口雪が敷き詰められている。その滑走距離はおよそ五十メートル程度。ここにボックスやレールなどのジブアイテム、大小のキッカー、ハーフパイプなどが設置されており、その環境を保つために室内温度は常に氷点下近くに維持されている。


 ここは数あるゲレンデの楽しみ方の中でも、特にパークエリアに特化した施設である。こう言った施設は日本には数箇所しかないのであるが、たまたまそのうちの一箇所がレイの住む場所から電車を乗り継ぎ約一時間半程度のところにあったのである。


 この施設はウォータージャンプと違い通年営業をしているのではあるが、パークに特化していること、冬はゲレンデ、夏はウォータージャンプなどを選択する人が多いので意外と穴場的施設でもあった。とは言え、キッカーやジブなどを集中的に練習したい人やより実践に近い雪面の感触で練習したい人、また単純に涼しい場所でのレジャー気分の人など、狭い敷地内には常に人が途切れることはなかったが、訪れる人たちの共通項は『パークが好き』或いは『パークに興味がある』と言うことであった。


 そうなると自然と訪れる客層は自然とパークに特化した比較的コアな層となる。特にウォータージャンプが営業する真夏の時期には、互いに話しかけ合う事こそ少ないものの、敢えて屋内ゲレンデを選択していると言う何となく生ずる一体感、或いは仲間意識が芽生える不思議な空間となっていた。


 レイと晴子は週に二度ほどのペースでこの屋内ゲレンデに通っていた。本来は晴子に勉強を教えてもらうと言う名目で外出しているので、屋内ゲレンデに行くことに罪悪感があったレイであったが、滑り終わった後にファミレスなどで勉強を見てもらうことにより本来の目的を遂げることが出来るから、と言う晴子の説得に応じて当初は渋々屋内ゲレンデ行きを決めたのであった。



「それにしてもウォータージャンプやこの屋内ゲレンデみたいに冬以外にも滑れるところがあるなんて、晴子さんたちに会うまでに知らなかったですよ」


「ウインタースポーツだってオリンピックみたいに競技として成り立っているスポーツだからね。一年のうち冬の間しかトレーニングできないのは選手にとっては大変なんだろよ」


「そう言えばそうですよね」


「とは言っても、私たちみたいなのにとってもこう言う施設はとってもありがたい存在だよ。やっぱりゲレンデが一番だけども、夏でもとりあえずはこうやって楽しむことが出来るんだからね」



 初めて来るまでは屋内で滑ると言う行為自体が信じられなかったレイであったが、いざ来てみると想像以上のパークの充実っぷりにすっかり虜になっていた。それに加えて今までじゅんの前では秘密にしていたために出来なかったパーク滑走が思う存分出来ると言うこともあり、今となっては週に二回のこの秘密の会合が楽しみになってしまっているレイであった。



「それにしても春美さんにはじゅんがいつもお世話になっているみたいでありがとうございます。この間も『春美ちゃんとウォータージャンプに行くんだー』なんてはしゃいでいましたよ」


「いやいや、私も楽しいからね。じゅんが誘ってくれるから良い口実になってるよ。それにじゅんは今が一番楽しいんだろうね。教えたことをどんどん吸収して、新しいことに果敢にチャレンジしていくから、一緒に滑っているこっちも面白いんだよ」


「新しいことって、どんなことをしてるんですか?」


「そうだねぇ、この間はキッカーではエアスピンの練習をしてたよ。まだ始めたばかりだから、回るどころか打ち落とされた鳥みたいになっているけどもね。でもムキになって飛びまくってくるからもしかしたら次のシーズンにはゲレンデでも出来るようになっちゃうんじゃないかなぁ」


「全く・・・、本当にありがとうございます。それなのに今日は私にまで付き合ってもらっちゃって」


「あはは、いいんだよ。ウォーターも好きだけども、私は結局パークさえあればどこでもいいんだからね。今回も付き合うって言うよりも押しかけだからね。それに晴子から聞いていたけども、私もレイのパークを見てみたかったから丁度いいってもんだよ」


「なんか恥ずかしいですね。私なんかはまだまだですよ」


「いやいや、そんなことないよ。じゅんがいくら頑張っているとは言え所詮ウォータージャンプだからさ。いくらグラブが出来たって着地まで綺麗に出来て初めて『出来る』って言えるんだから。その点レイはストレートジャンプはもちろん、サブロクまでグラブ入れながら綺麗に回れて、しっかり着地も出来ているんだから大したもんだよ。さっきも言ったけども、ホントにこんなに出来るだなんて思ってもみなかったよ」



 レイのキッカーでの実力は、晴子はもちろん、パークを主たるスタイルにしている春美から見ても目を見張るものがあった。ストレートジャンプでの基本となるサッズやタックがしっかり出来ているのはもちろん、各種グラブやエアスピン、所謂サブロクまで非常に安定して飛ぶことが出来ていた。



「前にもお話したかと思うんですが、一緒に滑っていた友達が実はフリースタイルスキーをやっているんですよ。その友達と毎年滑りに行く度にほぼパーク三昧でしたからね。長板で滑っていたんですが結構しごかれましたから何とかここまでできるようになったんですよ」


「なるほどねぇ。その友達さんとも一度一緒に滑ってみたもんだね」


「たまたまじゅんとバイト先が一緒なので、私のことは言わないようにお願いはしているんですけどもね・・・」



 レイの秘密はまだじゅんに打ち明けていない。しかしいつかはバレる秘密なら、それは自分から告白したい。ゲレンデでの秘密はゲレンデで明かしたい。いつしかそう思うようになっていた。その旨を晴子に話したところ大いに賛成され、それからこの件については気負うことはなくなっていた。今でもじゅんに言えないでいる罪悪感は残るものの、自らその話題に触れることが出来るようにまで、自分の中で現在の状況を消化するにまでなっていたのだった。



「言う時は私から言いますから、春美さんもそれまでは内緒でお願いしますね」


「はいはい、分かってるよ。その時のじゅんの驚く顔が見ものだね!でもさ、ちゃんと全てに整理がついたら皆でキッカーのトレインでもしたいなぁ。じゅんの友達のエリとゆきだっけ?あの子たちもなかなかいい感じの滑りをしていたし、スキボダでキッカートレインなんて想像しただけでワクワクしちゃうよ」


「トレイン?」


「あら、言ってなかったかしら?小さい頃に電車ごっことかしたことなかった?あんな風に何人かで連なって連続でキッカーを飛ぶことを言うのよ」


「それって・・・、危なくないですか?」


「キッカーを飛んだことない人にやらせるのは危険だけども、ある程度の実力とキッカーに対する慣れさえあればさほど問題はないわよ。もちろんキッカーの飛び出しから着地までしっかり制御出来ているのが前提で、万が一の時のために一人ずつ左右に分かれて飛ぶようにするけどもね」


「楽しむためにも色々考えているんですね・・・」


「そりゃそうだよ。例え怪我をしても自業自得だし、ある程度は笑い飛ばしちゃうけども、それでもしないに越したことないんだから」


「なんて、一番怪我している春美が言っても説得力ないけどもね」


「くっ、何で今それを言うかなぁー」



 真面目な話も晴子の突っ込みで最終的には笑い話へと変わってしまう。二人の笑い声を聞きながら、レイは頭の中でスキーボーダーがキッカートレインをするところを想像して、知らず知らずのうちに口元がにやけてしまうのであった。



「ところでレイ?」


「ふぁい!?」



 ふいに話しかけられて自分がにやけていることに気付き、素っ頓狂な返事をしてしまう。



「この間話したレイの進路だけども、あれからどう?」


「考えてはいるんですが・・・、まだ答えが見つからないんですよ。何かもうちょっとで答えが出そうな感じがするんですけども・・・」


「私も晴子から聞いたけどさ、普通の大学に進学してゆっくり将来を決めるってのも間違っていない方法だと思うよ」


「でもじゅんだっているし、二人とも大学に通ったら親への負担も大変になるし・・・」



 勉強を見てもらいながら自分自身の将来を考えていたレイであったが、今まではじゅんのことばかり考えており、自分の将来のことを考えたことはなかった。そのことを晴子に相談すると『とりあえず大学進学したら』と薦められたが、とりあえず、と言う軽い気持ちで大学進学を決めてしまうことに対して、両親への負担を考えるとあまり気乗りがせず、じゅんに対して悶々としていたこととは全く違う種類の悩みがレイに重く圧し掛かっていた。



「私、何がしたいんだろう・・・?」


「自分の将来なんてそう簡単に思いつくものでもないわよ」


「そうそう、そう言う事って悩めば悩むほど混乱してくるからさ。もう一滑りした後、ファミレスでスイーツでも食べながら考えよ?悩めるレイに今日はおねーさんがスイーツくらいは奢ってあげるから」


「ホントですか!?でもファミレスで和菓子ってあるかなぁ・・・。ん?」


「おっ、現金な子だなぁー」


「レイはホントに和菓子が好きねぇ」


「ファミレスに行った時くらいパフェとか食べればいいのに。なぁレイ?」


「・・・」


「レイ?どうしたの?」



 急に何かを考え込むように遠くを見つめたまま動かなくなるレイ。その様子に気がついた晴子が不思議そうにレイの顔を覗き込む。



「レイ?おーい、どうしたー!?」


「・・・た」


「ん?なに?」


「私、決めました!」


「えっ?何を?」



 レイの突然の宣言に二人は疑問を隠せない。



「進路ですよ、進路」


「えっ?」


「私、栄養士になります!そのために栄養士の専門学校に行きます!」


「マジで!?」


「マジですよ。だって私食べるのも作るのも好きで、和菓子作りにも挑戦したりしてるし、学校での部活も料理部だし、料理やスイーツを作るのも好きだし。でも作るだけじゃなくて何をどうしたらいいかもっと色々知りたいって思って・・・。ダメですか?」



 突然のレイの宣言に、何がきっかけでそのような結論に達したか分からない二人はただ戸惑うばかりであったが、レイの問いかけに我に返った晴子は優しく微笑みかける。



「ううん。レイが決めた進路ならそれでいいと思うわ。ただ専門学校に通うってことは、それがそのまま将来の仕事にも繋がっていくのよ。大学であれば将来の仕事を決めるまで時間の猶予があるかも知れないけれども、専門学校に行くって事は将来の進路を今決めるってことにもなりかねないのよ」


「それは・・・」


「でもいいんじゃない?私の友達でも専門学校に通ったのがいるけどさ、本気で決めた自分自身の道を歩いていくのって格好良いと思うよ」


「春美さん・・・」


「それにさ、やっぱりこう言うのって直感って言うの?じっくり決めるよりも自分にあっているってものを何となく感じ取るって大事だと思うんだ。私たちみたいに大学に通ったからって将来が見えてくるって保障もないんだったら、そんな直感を信じるって一つの手だと思うな」


「うーん・・・、まぁそれもそうね。確かに春美の言うとおりだわ。でも約束して。一滑りして、スイーツ食べて、家に帰って寝て起きた後、今自分が決めたことをもう一度よく考えてみて。栄養士って言う仕事のこと、それとその仕事に本当になりたいのかなってことを。それでもなりたいって想いが消えないのなら・・・、後はそれに向かって進めばいいわ」


「晴子さん・・・」


「案外将来を決めることってこんな些細なことから決まるものかもしれないからね。私はアリだと思うよ。レイがスキボを始めているのもさ、あの日の些細な偶然からだしね」


「二人とも・・・、ありがとうございます」



 天啓のように突然思いついた自分の進路を笑いもせず否定もせずしっかりと受け止め考えてくれた二人の態度がレイにはとても嬉しかった。思わず目頭が熱くなるのを二人に向けて礼をすることで必死に誤魔化す。



「さて、そうと決まれば滑りましょうか」


「そうそう、時間が勿体無いよ!」


「はい!」



 レイが顔を上げた時には二人は既にレイに背を向けて休憩エリアを後にしようとしていた。それはレイに当てられて思わず涙が浮かびそうになったことを隠す照れ隠しであるのだが、そんなことを知る由もないレイは心の中で二人に再び感謝を示しつつ、慌てて二人の背中を追いかけるのであった。

お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。



※トレイン

キッカーやジブなどを複数人で連なり、連続で行うこと。参加しているうちの誰かが転倒すると大きな事故に繋がる可能性があるので推奨は出来ない。しかしやっている当事者はもちろん、見ている人にとっても見映えがする。通常滑走で前走者と同じラインを滑走する場合もトレイン滑走と呼ぶこともある。

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