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スキーボードの物語  作者: はるパンダ
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第十話 じゅんの計画

 天気予報で梅雨入りしたとの情報が流れたのが昨日のことであったが、発表があった途端にすぐに梅雨空になるとは限らないのが自然の気まぐれ。日差しこそは強くないものの、夏日とも言える気温の高さに先日の行った初のウォータージャンプが恋しくなっているじゅんは学校からの帰り道にコンビニ内に設けられたイートインコーナーでエリ、ゆきと共にアイスを堪能していた。



「こんな暑い日にはアイスに限るね!」


「ホントだよね、アイスが美味しいの!」


「全く二人とも」



 アイスを美味しそうに食べるじゅんとゆきを見て呆れるように微笑むエリ。もちろんそんなエリの手にもしっかりとアイスは握られているのだが、がっつくようにアイスを食べるじゅんとハムスターのようにちまちまとアイスを齧るゆきを見ると思わずそんな苦笑が漏れてしまう。


 じゅんとゆきはサイダー味のシャーベットアイス、エリはバニラのカップアイスを選び、車が行き交いますます熱気が立ち込める外の様子を眺めながら室内の快適さに酔いしれていた。



「ところでじゅんちゃん、相談したいことってなーに?」



 ゆきがじゅんに尋ねる。三人はただ涼みに来たわけではない。帰宅しようとしていた二人にじゅんが、ちょっと相談がある、と呼びかけ集まってもらっていたのだ。もっとも学校帰りの寄り道や買い食いは三人にとって日常風景であり、改めて相談と言われなくてもここに来ることは最早規定事項と言っても差し支えない日常であった。だからこそ改めて相談などと言われると妙に気になってしまう。



「相談ならレイさんもいた方が良かったんじゃないですか?」



 レイの部活がない日は一緒に寄り道をすることがあるので、二人とは既に顔見知りであった。今日はレイがたまたま部活のためいないのであるが、相談ならば年長者の意見があった方がよいのでは、とエリは思うのであるが。



「うん・・・。おねーちゃんが居てもいいんだけどもね、受験生だからあんまり負担をかけたなくってさ」


「負担を掛けるようなことなの?」


「負担って程でもないけどもさ。いや、でもちょっと申し訳ないかな」


「どうしました?いつものじゅんらしくないですよ」



 エリは珍しく歯切れ悪く答えるじゅんの様子を訝しげに伺う。



「ほら、おねーちゃんは受験生じゃない?だからスキボのこととか色々自粛していると思うんだ。そんな中でスキボのことを相談するのはちょっと悪いかなって」


「なるほど、それは確かに話しづらいかもしれませんね」


「ゆきたちで分かる話ならいくらでも相談乗るよ」



 事情が分かり納得する二人。三人とも既に食べ終わっているアイスの棒や容器をまとめ、買っておいたポテチを空けながら話を続ける。



「私が北高に入学してしょっちゅうスキボの話をしてた時に私たち以外にスキボダが全然いなかったって話をしたじゃない?」


「いつもゆきたちに話してくれてたスキボダのお姉さんの話だよね?じゅんちゃんたち五人しかいなかったけども、グラトリとかでゲレンデで目立ちまくってたって話だよね?」


「そうそう。でね、まだスキボを始めたばかりだけども大勢でふざけあったりして滑るのって楽しいなって思ったんだ」


「分かりますよ。私も家族で滑りに行った時に、その時はスノボだったんですけれども、一人で黙々と滑るよりもやっぱり大勢でワイワイ滑る方が楽しかったですからね」


「ゆきも分かるなぁ。やっぱり大勢の方が楽しいもんね」



 じゅんの話に同意するエリとゆき。二人が同じ意見でいてくれたことを嬉しく思いつつさらに話を続ける。



「でしょ!?でもさ、残念ながらスキボって全然有名じゃないんだよ。晴子ちゃんに聞いたら『広める人がいない』とか言ってたんだよね」


「確かにじゅんから聞くまではスキーボードなんて知りませんでしたからね。スキーで飛んだりするのもオリンピックの選手くらいかと思っていましたよ」


「ゆきは知ってたよ、スキボ」


「ホント!?どこで知ったの?」



 ゆきの突然の告白にびっくりするじゅん。思わず話していた内容を忘れゆきに詳細を尋ねる。



「ウチは家族でスキーするからね、二、三年前に見たことがあるの。いつものように家族で滑っていた時にゲレンデでスキボを履いて滑っている人がいて、当時はスキボなんてこと知らなかったから子供用のスキーを大人が履いてるのかな、なんて思ったの。で、おじさんにアレは何?って聞いたんだけども、ちゃんと滑りたいなら普通のスキーが一番って言われちゃったの。結局その時はそれ以上は聞けなかったけどもね」


「そうなんだ・・・」


「なんか『おもちゃみたいなもんだから』とか『怪我しやすい』とか言われたの・・・」


「そんなことないよ!」



 ここにはいないおじさんへの発言に思わず声をあげてしまうじゅん。



「私も今はそう思うの。でもじゅんちゃんに会うまでとか、この間スキボを履いてみるまではやっぱりちょっと馬鹿にしていたところがあったのかも」


「むぅー」


「ごめんごめんなの。でも履いてみて分かったの、これは面白いって。今はまだウォータージャンプでしか履いていないけども、早くゲレンデでも履いてみたいって思ってるの」


「でしょでしょー!?」



 ゆきの評価で表情がコロコロと変わるじゅん。そんなじゅんの様子を見ていたエリも負けじと自分のスキーボードに対する感想を述べる。



「私も同感ですよ。私はスノーボードだったからスキーボードは知りませんでしたが、スキーボードにはスノーボードとはまた違う自由さがある感じですね。キッカーに関してはスノーボードではやらなかったので何とも言えませんが、決しておもちゃなんかではないと思いますよ」


「エリー!」



 エリの言葉にわざとらくし感激してハグをしにいこうとするじゅん。そんなじゅんを思わずかわしてしまうエリ。ハグをかわされちょっとだけふてくされるが、それでもじゅんは二人がスキーボードを好意的に捉えてくれていることが嬉しかった。



「なんかさ、無理矢理ってワケでもないけども結果的には強制的にスキボをやらせるような感じになっちゃってたからちょっと気になってたんだよね。私に合わせてとりあえずスキボを始めてくれたけども、実は面白いって思ってくれてなかったらどうしようって」


「それはないよ。ねぇエリちゃん?」


「毎日洗脳するかのように散々魅力を語っといて、今更そんなこと言われても困りますよ」


「洗脳って・・・、私はただせっかくだから楽しさを伝えたくてさ・・・」



 エリのきつめの一言に思わずしゅんとして視線を下げるじゅん。エリとゆきはそんなじゅんの反応を楽しむように顔を見合わせてクスリと笑うと、じゅんの手に優しく自分たちの手を乗せて微笑みかける。



「大丈夫なの。もう十分過ぎるくらい伝わってるの」


「実際にその魅力を体験しちゃってますしね」



 二人の言葉に思わず顔を上げると、そこにはいつもよりも優しく微笑む二人の顔があった。思わず目尻に涙が浮かんでくる。



「だから今更そんなこと言わないでください」


「それともやっぱりゆきたち、スキボしないほうが良かった?」



 ゆきの一言に千切れるくらいに首をぶんぶん振るじゅん。目尻に溜まった涙は首を振られた勢いで何処かに飛んでいってしまった。涙を二人に悟られまいと無理矢理笑顔を作り言葉を絞り出す。



「・・・ありがと」



 じゅんの一言で笑顔になるエリとゆき。胸のつかえが取れ一安心するじゅんであったが、本来の用件を思い出し、慌てて目を擦り二人を制する。



「いや、そうじゃなくってさ。この話はとっても安心したんだけども、今日の話は別の話」


「あっ、そうでしたっけ?」


「脱線を始めたのはじゅんちゃんだよー」



 じゅんは自分が話した内容を思い出しつつポテチに手を伸ばすが、あちこちに飛んでいくのが常である自分たちの会話の分岐点に検討がつかず、持っていたお茶でポテチを流し込むと改めて二人の顔を見渡す。



「確かスキボダが少ないってとこまで話をしたと思うんだけど」


「そうでしたね」


「それで?それがどうしたの?」


「うん。でね、私思ったんだ。大勢でワイワイ滑る方が楽しいけども、スキボダってやっぱり少ないんだよね。だからさ、それなら集めちゃえばいいんじゃないかって」


「集める?」


「ねぇじゅんちゃん、それってどういうこと?」



 話の意図がイマイチ掴めない二人の頭上には疑問符が浮かんでいる。



「だからさ、スキボダが集まる大会みたいなのを開いてみようかなって思うんだ」


「「大会~!?」」



 二人が思わず声を揃える。



「それって何をするんですか?」


「何て言えばいいか分からないからひとまず大会って言ったけども、要はゲレンデをスキボダで埋め尽くすくらいスキボダを集めるような何かをしたいなって思ってるんだ」


「えっと、何で?って聞いてもいいですか?」



 突拍子もないじゅんの考えに思わずエリがその意図を尋ねる。



「何でって・・・。面白そうだから」


「・・・面白そうって、それだけですか?」


「他にもあるけども、一番の理由はそれだよ」


「じゅんちゃん・・・、本気で言ってるの?」


「本気も本気、めちゃめちゃ本気だよ!」



 得意げにVサインを向けられた二人は呆れたような感心したような表情でじゅんを見つめていた。



「あ、でもね、もう一つ大きな理由があるんだ」


「・・・?」


「ゲレンデでひょんなことからスキボと出会って、色々な滑りや遊び方を教えてもらって凄く楽しかったんだ。これってスキーやスノボみたいに大勢の人がやっているものだったらこんなこと思わなかったのかなって思うし、そもそも気にもとめなかったのかもしれない。初めて見たスキボの踊るような滑りに惹かれてスキボが気になったわけだしね。で、実際に始めてみたら、色々な滑りも楽しかったけれども、ゲレンデの中でもほとんどいないスキボだったからこそ一体感みたいなものを感じたんだ」



 じゅんは呼吸すら忘れたかのように一気にまくし立てた。二人の真剣な眼差しを確認すると再び話を続ける。



「それでね、エリとゆきがウォータージャンプでスキボを始めてくれたじゃない?私、すっごく嬉しかったんだよ。自分が好きでやっていることを他の皆も選んでくれたって。それを楽しそうに遊んでくれたって。多分私にスキボを教えてくれた晴子ちゃんたちも、私とおねーちゃんがスキボをしたいって言った時にもおんなじことを感じたと思うんだ。そんな想いをより沢山の人と繋いでいきたい。まだ会ったことがないスキボダの皆。これからスキボを始めてくれる皆。そんな人たちとの全ての人たちと絆を作りたい。そう思ったんだよ」



 話を終えたじゅんを二人はただ見つめているだけだった。じゅんの考えていることが二人の想像の範疇を大きく超えていたからだ。


 二人にとってじゅんはスキーボードが大好きな高校一年生。たまたま冬にゲレンデ出会った女子大生にスキーボードを教えてもらったと言う経歴がある以外は自分たちと同様、どこにでもいる普通の女子高生である。


 レイもゆきもじゅんの勧めでスキーボードを始めてそれを楽しいと思ってはいるが、ただそれだけである。じゅんのような多くの絆を求めようなどと言うことは考えてもいなかった。それなのに目の前にいるスキボダ愛が止まらないクラスメートは自分たちだけではなく、全てのスキーボーダーとの絆を作っていきたいと言う。そんな壮大なことは考えたこともなかった。


 二人は言葉もなくただじゅんを見つめることしか出来なかった。



「ただね・・・」


「?」


「いざ考えては見たものの、どうやっていいのか全くわかんないんだよねー。何かいい方法ないかなぁ?」


「・・・じゅんちゃん」


「ちょっと見直したと思ったら・・・」


「えっ?えっ?どういうこと?」



 二人のじゅんの評価がジェットコースターのように目まぐるしく変わっていくが、思えばこれこそがじゅんなんだなと改めて思い知らされる。高校に入学してから約三ヶ月。時間にしてはまだ三ヶ月だが、それなりの密度でじゅんと接している二人はじゅんの猪突猛進っぷりは良く理解していた。やりたいことがあったら一直線、それがじゅんである。ただやりたい気持ちが先行しすぎて空回りすることも多々あり、今回の話は正しくそれなのであろう。



「いや、ずっと考えてたんだけども、テレビで宣伝するとか、雑誌で広告とか載せるのがいいのかなとかって思ってたんだけども、いくら掛かるか分からないしさ。どーすればいいのか分からなくてね」


「個人でそんなこと出来るわけないじゃないですか。全く、やっぱりじゅんはじゅんですね」


「えっ?どういう意味?」


「いーのいーの。役割分担ってことだよ。ね、エリちゃん?」


「まぁそういうことです」


「そうなの・・・、かな?」



 何となく腑に落ちない様子のじゅんであるが、それでも二人の晴れやかな表情を見ていると不思議と自分も笑顔になっていくのと感じる。



「それじゃどうすればスキボダをいっぱい集められるかな?」


「集めるって、じゅんはどれくらいの人数を考えているんですか?」


「具体的な人数は考えていないけども、ゲレンデ一面がスキボダだらけになるくらいいたら楽しいかなって」


「ゲレンデをスキボダでジャックしちゃうってこと?」


「そうそう・・・。んっ?ゆき、今なんて言った?」


「えっ?スキボダでゲレンデをジャックって・・・」


「それ!それだよ!」



 突然声を張り上げるじゅんに思わずビクッとするエリとゆき。



「何ですか突然、何がそれなんですか?」


「今ゆきが言ったことだよ。スキボダでゲレンデをジャックだよ!」


「どういうこと?」


「だからこの大会の名前と目標だよ」


「名前と目標?」


「名前はスキボダゲレンデジャク。目標はゲレンデをスキボダで埋め尽くす、つまりゲレンデをジャックしちゃうってこと!」



 自分の思いつきにテンションをあげていくじゅん。今しがた生まれたばかりのゲレンデジャックと言う言葉を口の中で何度も反芻している。あまりの勢いに呆気に取られていたエリとゆきもそんなじゅんの様子を見て、少しずつ表情が緩み始めていく。



「スキボダゲレンデジャック・・・。うん、いいんじゃないですか!?」


「内容も分かりやすいし、何かインパクトあると思うの」



 二人の評価も上々なようで、ますますテンションをあげていくじゅん。



「よーし、やるぞー!」


「やるぞー!」



 ゆきがじゅんの言葉を真似てはしゃぐ。いつもならその光景を優しく見守るだけのエリであったが、じゅんの考える大きな計画の話を聞いて何やら身体から疼くものを感じると、二人に続いて自らも気合を入れる。



「そうですね、やりますか!」



 途端に驚いたように二人からの視線を浴び思わず顔を真っ赤にするエリであったが、やがてじゅんから「うん!やろう!」と宣言されると、今度は三人で「やるぞー!」と大合唱が始まった。


 結局、実際の展開方法など具体的な話は全く決まっていないのだが、それでも不思議と何とかなってしまうと思っているじゅんであった。


お読み頂きましてありがとうございました。

誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。



※スキボダゲレンデジャック

実在するスキーボードの団体。

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