第一話 すきーぼーど
スキーボードと言うゲレンデでは少数派のギヤの魅力が皆様に伝われば幸いです。
抜けるような青い空、と言った使い古された表現が程よく似合うような晴天と白い雪景色が気持ち良く一体となった長野県鹿島岳スキー場。先日まで降っていた雪がそれまで僅かに残っていた山の緑を完全に覆い隠し、スキー場は完全な銀世界と化している。一時期のスキーブームも今では完全に過去のものとなったと思われているが、今でも僅かに残るウインタースポーツを好む老若男女さまざまな人達は、週末ともなると各地のスキー場に押し寄せる。今は昔と思われているスキー場の賑わいも分かる人には納得いく光景であり、この鹿島岳スキー場も週末ともなればそのような雑多とした光景が日常となっていスキー場である。
この鹿島岳スキー場は初級者向けの緩斜面コースからフリースタイルスキーやスノーボーダーなどが愛好するスノーパーク、キッズ向けの施設やレストハウスの食事などの各種施設に加え、近隣には温泉施設などがあり、ゲレンデの各施設や周辺スポットの充実っぷりから週末ともなると人が溢れかえる人気のゲレンデである。しかしこの日は一月の三連休直後の平日と言うこともあり、良い意味で落ち着いた状態となっていた。
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「おねーちゃん、ちょっと待ってよー!」
比較的緩やかな斜面のゲレンデ中腹で大きな声をあげて姉を呼びかけているのは、ショートカットで切り揃えられた髪型にややたれ目の少女、倉橋 純である。一見大人しそうな印象を受けるが、勢いよく姉に呼びかける様子から見た目の印象とは異なり実はかなり活発な性格であろうことをうかがわせる。ちょっと大きめな白いウェアと黒のパンツと言う格好が同世代の女子の中でも比較的小柄な体型を一層引き立てている。腰にぶら下がるやや大きめのパンダ型の小物入れは本人のお気に入りのようであり、じゅんが動くのに合わせてパンダも前後左右へと忙しく揺れていた。
そんなじゅんは姉を必死で追いかけるが、その顔は決して不満があるわけではない。むしろ幼少のころに追いかけっこをしていた頃を思い出したかのように、無邪気ではあるがそれでいて追いつけないことにちょっとだけ悔しさを混じらせたそんな表情である。
「そこで止まると危ないから頑張ってここまで滑っておいでー」
答えるのはじゅんの姉である倉橋 怜。柄が入ったベージュのニット帽にゴーグルを引っ掛けている。ニット帽からはみ出た髪は邪魔にならないように後ろで束ねてあり、その長さは恐らくロングヘアーとまではいかない程度の長さであろうか。妹を気遣う姉らしく優しい雰囲気を醸し出しているが、妹の滑りをしっかり見守る視線は同時に周囲の様子もしっかりと確認しており、その様子はいざと言う時の行動力や意思の強さをあらわしている。比較的体型にあった薄い黄緑のウェアが年齢相当の程よい起伏をしっかりと表しており、成長期特有の女子から女性へ変わる魅力を感じさせている。
レイはじゅんの様子を伺いながら、追いつけるかつけないかの微妙な距離を保ちつつじゅんを安全な場所に誘導する。
「それにしてもさすがはじゅんね。たった半日でここまで滑れるようになるとはね」
「おねーちゃんの教え方が上手いんだよ。でも半分くらいは私の実力かなー」
「褒めるとすぐ調子に乗るんだから。それじゃガンガン行くからね!」
「あっ、待ってよー。まだ休憩終わってないよー!」
初めてのスキーにも関わらず僅か半日で不格好ながらも自らスキー板をコントロールしながら滑れるのは確かにじゅんの実力である。部活で行っていると言う水泳で培った体力とどんなことでも果敢にチャレンジする性格のじゅんは自ら楽しいと思ったことは納得できるまでやらないと気が済まない性質なのである。
体力に任せて根詰めて反復することにより、今回のように難しい技術ですら短期間で習得してしまうこともあるが、いくら頑張ってもどうにもならないものもある。そんな時は落ち込んだり、根詰めすぎて体調を壊したり、或いは怪我をしてしまうこともある。過去に実際にそのようなことがあったこともあり、レイとしては今回のスキーはどうなることやらとハラハラしていたが、どうやら今回については良い方向になってくれたようであった。
「ハァハァ、それにしてもおねーちゃんはやっぱり上手いね」
「そりゃそうよ、二年前に初めてから毎年二、三回は滑っているもの。じゅんとは年季が違うのよ」
「あー、なにそれー!そのうちおねーちゃんなんか抜かして『スゴーイ!』って言わせてやるんだからねー!」
「おーおー、すごい自信ね。追いつけるもんならやってみなさい」
決して仲が悪いわけではなく、むしろ仲が良いからこそこんな軽口の叩き合いもとても心地よく感じているレイではあるが、じゅんの疲労が大分溜まっているのを見逃してはいない。
「追いつくのはいいけどもそろそろ一回休憩しましょ。あんまり根詰めると怪我の元よ。」
「えー!さっきお昼食べたばっかりだよー」
「気付いてないでしょうけどもあれからもう二時間くらい経ってるのよ」
「え?ホント?」
「夢中になっていると時間なんて気付かないものよ」
「とか言って、おねーちゃんはまたさっきのレストハウスでお団子食べるんでしょ?」
「そう言うじゅんだって『ソフトクリーム全味制覇だ!』って言ってたじゃない」
「そーだった!次はりんご味を食べないといけないんだった!早く行こ!」
さっきまでの疲労っぷりが嘘のように猛然と滑り出すじゅん。
「こらー!滑り出す時はちゃんと周りを見て安全確認してからだって言ってるでしょー!」
食欲は偉大である、と言った言葉を体現するような滑りをするじゅん。それを見つめつつ、自らも滑り出す。
(それにしても僅か半日であの滑り・・・。もしかしたらホントに抜かれちゃうかもね。でもまだ私とアッチを一緒に滑るのには危なっかしいかな・・・)
そんなことを思いつつじゅんに追いつこうとストックとスケーティングを併用して猛ダッシュをするレイであった。
◇◆◇◆◇◆
レイとじゅんの姉妹は毎年恒例となっている家族旅行としてこのスキー場に訪れたのは今回が初めてである。例年通りであれば山梨県にある岩和温泉に行くのが家族の中での暗黙の了解であったが、今年で高校三年生になる姉レイのたっての要望で長野県鹿島岳スキー場まで足を伸ばすことになった。この行き先変更に対して、姉を今回のスキー旅行にそそのかしたのは誰であろう、実は妹のじゅんである。
レイは二年前、中学の卒業旅行としてスキー旅行に出かけた際、すっかりスキーに魅せられており、その後毎年友人家族に連れて行ってもらいスキーをしていたのだった。そんな話をいつも聞かされていたじゅんは密かに『中学卒業したらスキーを始めるんだ』と決意を固めていた。
卒業を間近に控えた中学三年生のじゅんは姉と同じ高校に無事に合格、三年間部活で続けた水泳も引退して、後は卒業を待つだけの時期であった。周囲はもちろん自分たちでも認めるほど仲の良い姉妹であったから、そんな妹の願いをレイとしても無下には出来ず、また妹と一緒に滑りたいとも兼ねてから思っていたレイがじゅんにそそのかされたのはもはや必然。それどころか元々もレイ自身もそのつもりであったから渡りに船でもあった。
普段はしっかり者ではあるが自分からお願いをすることなど数えるほどしかないレイのお願いではあったが
「じゅんと一緒にスキーがしたい」
などと言われてしまえば、両親としても納得せざるを得ない。元々レイの両親もスキーをやっていたこともあり、昔の血が騒ぐといった様子で今回のスキー旅行を承諾。かくしてレイは、自身の意思が大いに含まれているにも関わらず、妹に操られるフリをして両親を説得、無事に今回のスキー旅行が実現したのだった。
◇◆◇◆◇◆
「ふぅー、やっぱお団子には緑茶が一番よねー」
「おねーちゃんってば、あんなにガンガン滑れるのになんで何でデザートの趣味はこんな枯れてるんだろう・・・」
「馬鹿ね、日本人なんだからやっぱりデザートと言えば和菓子でしょ?」
「私は断然シュークリームかな。なんでここにはシュークリームが置いてないんだろ?」
「そう言えばスキー場でシュークリームってあんまり聞かないわね」
そんなどうでもよいデザート談義に花を咲かすレイとじゅん。ここは鹿島岳スキー場の丁度真ん中の位置に建てられたセンターレストハウス。西側を正面とした二階建て構造になっており、一階には軽食のほか、お土産屋さんや更衣室、宿泊施設があり、二階には大きなレストランが入っている。座席数は約三百席ほどあるのだが、週末にはこの座席は全て埋まってしまい、さらには座席待ちをする人も多数いるのだから、いかにこのスキー場への訪れる人が多いのかが窺い知れるだろう。
レイとじゅんは一階の軽食コーナー窓側の席を自分たちの場所と決め、それぞれ好きなデザートを食べながら先ほどまでの滑りの疲れを癒している。
「それにしてもおとーさんとおかーさんはどこにいるんだろうね?」
「二人とも昔は結構ガンガン滑っていたみたいだから、きっとどこかで滑りまくっているんじゃない?」
「そーなのー?それじゃもしかして私たちって足手まとい?」
「いいじゃない、たまには夫婦水入らずで滑らせてあげれば」
「たまにはって・・・、おとーさんたちがラブラブなのはいつものことじゃん」
「それもそうだね」
軽口が止まらないレイとじゅん。そんな軽口の背景には両親の仲睦まじさと共に姉妹の絆の固さを物語る過去があった。
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姉妹の両親は娘達の目から見ても恥ずかしくなるくらい仲睦まじい夫婦である。学生時代からの知り合いであった二人、お調子者でやや軽い性格の父親に対して優しくも締めるところはしっかり締める母親。真逆とまではいかないがそれでも大きく違う性格の二人が思うところがあって惹かれあい、そのままの雰囲気で結婚して現在に至る。
二人は結婚して十六、七年程になるのだが今でも父親は初恋の少年のように母親に夢中であり、家族で近所の大型商業施設に買い物に出掛ける時は、隙あらばレイたちと別行動をしては二人で手を繋いだりしてショッピングを楽しんでいた。そんな父親の行動に若干呆れ気味な母親ではあるが、それでも満更ではない様子で二人の甘い時間を楽しんでいた。
もちろん姉妹が幼いうちは別行動を取ることはなかったが、レイが小学校の高学年になる頃にはレイにじゅんの面倒を見るように頼んで、二人の甘い時間を再開していた。
もっともその時間は僅か一時間にも満たないのではあるが、夫婦にとって束の間の恋人気分を味わう時間としては充分なようであった。夫婦が恋人気分に浸る時間、回数が増えると必然的に姉妹で過ごす時間は増えていく。
かくしてレイとじゅんは周囲の姉妹よりもその仲を強めていくのだが、その時はまだ通常の姉妹のよりは仲の良い程度の二人であった。しかしとある事件をきっかけに、レイのじゅんを大切に想う気持ちがより強くなっていった。
その事件はレイが八歳、じゅんが五歳の時であった。
学生時代に流行した映画の影響を受けてスキーを嗜んでいた両親は、姉妹が生まれても毎年のようにスキー旅行を楽しんでいた。
姉妹が小さいうちは託児施設に子供を預けていたが、大きくなると託児所に預けるわけにもいかず、それならば家族でスキーが出来るようにと姉妹にスキースクールを受講させ、半日程度で何とか滑れるようになると、それからは家族揃ってのんびりとゲレンデを満喫する時間を過ごしていた。
これが事件が起こる一年前の話である。
昨年のスキースクール受講のお陰である程度滑れるようになった姉妹を連れ、その年もファミリーでスキーを堪能していた。しかし一本だけと両親がつい別行動を取り姉妹から目を離した隙に、じゅんが上級者コースに迷い込んでしまったのだ。始めは訳が分からず滑っていたじゅんであったが、次第に様子の違いと斜度から感じる威圧感によりコース中腹で立ち止まりじゅんは大泣きしてしまっていた。
じゅんが戻ってこないことに不安を感じた両親であったが、視界の先に写る上級者コース内にいるじゅんを見つけると自らの安易な別行動を悔い、急ぎ駆けつけようとコースを逆走した。リフトに乗って滑り降りるよりも直接向かったほうが早いと判断したからである。
急いで駆けつけようとしている両親は上級コースの下にいるレイを発見する。大きな声でレイに呼びかけるのだが、周囲の雑多とした喧騒や周りの木々のざわめきによりその声は届かない。やがてレイは意を決したように両親が見ている前でゆっくりとコースの下から斜面を登っていく。もちろん板は脱いでいる状態である。やがてじゅんの元に辿りつくと、泣いているじゅんを落ち着かせると、板を脱がせてゆっくりと歩いて降りてきた。
何とか歩いて降りてきたじゅんは、やっとコース下まで辿り着いた両親を見つけると泣き腫らした目で『ごめんなさい』と謝る。真っ直ぐな瞳で謝罪を入れる愛娘に思わず言葉を詰まらす両親であったが、驚いたのはこの後である。
あれだけ恐怖を感じて泣き叫んでいた後にも関わらず、じゅんは再度板を履いて滑り出そうとしていた。その姿は怯えると言うよりも悔しさに溢れているようであり、声を掛けるのを躊躇わせるには充分であった。
。その後は特に怯えた様子もなくスキーを続けるじゅんであったが、レイはそんなじゅんの様子が心配でつかず離れず傍にいるようになった。また幼い姉妹から目を離してしまったと言う安易な行動を反省するため、父親は今後のスキー旅行を自粛すると宣言し、それは今回のスキー旅行まで守られていた。
尚、泣いていたのに何故また滑り出したかを聞いてみたところ、『悔しかったから』と答えたじゅん。現在のじゅんの一直線な性格はこの時から形成されていたのかもしれない。またこの出来事から自分が納得するまで止めないじゅんを常に気遣うレイの想いも同時に形成されていたと思われる。
鹿島岳スキー場に到着後、いつもの仲睦まじい両親に『二人で滑ってきたら』と別行動を提案したのだが、辛うじて親の威厳を保つように断りをいれようとした両親であるが、父親の顔に嬉しさが滲み出ていたのを見逃さなかった。
レイが追撃とばかりに『無理しなくても顔から笑顔が溢れてるよ』などと言うと、両親は嬉しさを隠すような困惑顔でそれならとその案に乗ってきた。駆け出したくなる衝動を隠し切れない父親を満更でもない呆れ顔で眺める母親と夕方の待ち合わせ時間と場所を決め、昼食代を渡された後そこから別行動となっていたのだった。
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「おねーちゃんはすごいよね。一応三年間運動やってたからちょっとは自信があったんだけども、ぜんぜん滑れないよ」
「そんなことないよ、初めてのスキーなのに半日でここまで滑れるなんて、自慢してもいいくらいの上達っぷりよ」
「小さい頃に滑ったことがあるからかなぁ?って言われても全く覚えてないんだけどもね」
「私もちょっとしか覚えてないけどもさ、私もじゅんも普通に滑れてたわよ。だから身体が覚えてるんじゃないの?」
「そうなのかなぁ。でもさ、おねーちゃんは部活でも運動とかしてないのにこんなに滑れるじゃん。だからもしかしたらおねーちゃんよりも上手くなったりしてー!なんて考えてたんだよ」
「そうやってすぐに調子に乗るんだから、いくら私が文化系だからって運動ができないわけじゃないんだからね」
じゅんが語るとおりレイは普段は特に運動らしい運動をしていない。学校での部活も料理部と言う運動とは縁遠い部活である。そんな部活の成果は週末に作る料理やデザートと言った形で遺憾なく発揮されているのだが、その非運動的な部活動を勤勉に続けている様子から、レイは運動に縁がないのであろうと思っていた。しかしレイの運動神経は決して悪くない。体力などを必要とする単純な運動はじゅんには適わないもののスキーのような技術を要するスポーツなどは実はレイの方が実力が上だったりするのだ。
「えへへ、でもたまに板の先端が交差したり曲がりたい方向に曲がれなかったりするんだよ。まだまだ練習が必要なのかな?」
「上を見たらキリないわよ。でもそうね、じゅんは小柄だから慣れるまではちょっと大変かもね」
「でもオリンピックの選手とかは身体小さい人もいるけども凄い勢いで滑ったり、なんかグルグル回りながら飛んだり、手すりっぽいとこ滑ったりしてたよ」
「そ、そりゃそれはオリンピックの選手だからよ。すごく練習しなくちゃあそこまでは出来ないわよ」
無茶な要求に冷や汗を流すレイ。じゅんが言っているのは近年オリンピックに正式採用されたスロープスタイルのことである。確かにスロープスタイルのようなパークスタイルは見た目も派手であり、同じようなこと出来ればすごく楽しいであろう。しかしスキーをはじめたばかりの初心者であるじゅんにはいくら上達が早かろうと流石にそれはまだ早すぎる。
或いはじゅんであればその根詰める性格からあっさりと出来るようになってしまうかもしれないが、それでもレイにはまだその存在自体を身近に感じさせるには抵抗があった。だからその詳細を話す事は避け、意図的に話題を変える。
「それはそうとそろそろ行こうか?時間なくなっちゃうわよ」
そう言ってからゆっくり食べようと残していた団子が手元に残っているのに気付く。
「そーだね、さっきまで汗だくだったのに身体が冷えちゃったよ」
手元の団子をゆっくり味わいたい衝動に駆られるレイはじゅんの相槌に答える余裕はない。数瞬の間考えたのものの、今更前言を撤回できず、その団子を勢い良く口に放り込む。味の余韻に浸る間もなく手早く手元の食器やらコップやらを片付けると、さっさと立ち上がり店を後にする。言い出してからの行動の素早さに、じゅんはその背中を追いかけようと慌しく席を立つ。
「ちゃんとゴミは捨ててくるのよ」
後ろから慌しく自分を追いかけてくるじゅんに振り返り、飲んでいたドリンクの空きコップをゴミ箱に放り込みながらそう声を掛ける。
「分かってるよー」
子供のような扱いに口を尖らせて返事をするが、しっかりとレイの行動を見習い、同じようにゴミと化したコップや食べ後の紙皿をゴミ箱に放り込む。何だかんだ言ってもじゅんの行動指針は大概の場合はレイなのである。もっともデザートの趣味だけは理解しがたいのではあるが。
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「そうそう、目線を前に向けながら膝も意識してー!」
レイたちは先ほどまで滑っていたゲレンデを離れ、初中級者向けの緩斜面コースに場所を移している。先ほどの『板が交差する』の発言を受けて、改めてじゅんの滑りを確認するためだ。大声でじゅんに指示を出しながらレイはじゅんの滑りを分析する。
「おねーちゃん、どうだった?」
「最初のうちはいいんだけど、やっぱり途中からは余裕がなさそうに見えるわね」
滑り始めてから途中まではきちんと滑れているのだが、何度かターンを繰り返すと段々と板に振り回されていっているような状態になっていた。部活でやっていた水泳である程度の体力、筋力があるとは言え、やはりスキーを扱うには筋力などではカバーしきれない技術や慣れと言った部分もあるのであろう。
レイ自身も人に教えた経験があるわけではないので何がどう悪いのかが分からず途方に暮れている。そんな状態でもじゅんは滑りを楽しんでいるから良いのではあるが、やはり途中から板に振り回されている感じはじゅん自身も感じているようである。
「私も教えるほど分かっているわけじゃないからね」
「そーなの?あんなに上手く滑れているのに?」
「出来るのと教えるのは別なのよ」
「ふーん、そんなものなの?」
「そんなものよ。夜にでもお父さんに聞いてみようか?」
「そうだねー」
「多分お父さんならどうすれば良いか教えてくれると・・・、ってねぇじゅん、聞いてる?」
「おねーちゃん、アレ・・・何だろう?」
話の途中から突然呆けたように一点を見つめるじゅん。そんなじゅんを咎めるように声をかけるレイであったが、じゅんが心奪われたように指差した先に視線を移すとレイ自身も目を奪われることとなる。
二人の視線の先には踊る様に滑る人たちがいた。ここが雪上であるかを忘れさせるような滑りをする三人の女性。雪の上に花びらが舞う様にやさしく優雅に舞い滑るロングヘアーの女性。肉食獣が駆けるような雄々しくも美しく滑るセミロングの女性。遠い海外の見たこともない舞踊のような滑りをするショートカットの女性。そんな滑りをする三人がゲレンデの上からやってきていた。
その三人は三者三様の滑りをしていたが、共通点は楽しそうな笑顔と履いている板。一見普通のスキーのようではあるが決定的に異なるのはその長さ。レイたちが履いているスキー板は彼女たちの身長程度の長さであるが、三人が履いているのはいずれも長さ一メートル程度。手には通常あるべきストックを持っておらず、両手を器用に動かしバランスを取っているようだが、その動きすら優雅に見えた。
例えここが雪上でなくても見とれてしまうであろうその動きに暫く呼吸さえも忘れてしまうほどに見とれている二人。三人が姉妹の視線に気付いているのかは分からないが、一定の速度を保ちつつ舞い踊りながら滑り続けている。それは二人の横を滑りぬける時でもまだ続いており、楽しげな雰囲気を纏わせたまま姉妹の横を滑り抜けていった。
それをいち早く見つけた時、じゅんは自分自身の見たものに実感が沸かなかった。そうであろう、ここは雪上である。フィギュアスケートじゃあるまいし、まさか滑りながら踊ることが出来るなどとは思いも寄らなかった。しかし現実には踊っているとしか表現できないような滑りをするものが数瞬前に目の前を通り過ぎていったのだ。
今見た光景が次第にじゅんの身体を熱くしていく。自分の心臓の動きが早くなっていくの感じる。この身体の底から沸きあがる想いは一体何なんだろう?じゅんは自分が感じたことがない感情に支配されていくのを感じる。この感情の正体を探ろうとするじゅんであったが、それよりも沸きあがる衝動を抑えきれず、気付いた時に自然とその三人に向かって滑り出していた。
「あっ、じゅん!ちょっと待ちなさい!」
そんなレイの言葉が聞こえないかのように三人に向かって夢中で滑り出すじゅん。やがて滑走を終えてゲレンデ下で談笑をしている三人の元にたどり着いたじゅんが切り出す。
「あ、あの!」
突然声を掛けられてびっくりする三人。一方、じゅんは声を掛けるのがやっとだったせいか、一声掛けた後は膝に手をつき肩で大きく息をしている。やっと追いついたレイがじゅんに叱責を浴びせる。
「じゅん!滑り出す前にはちゃんと周りを見てっていつも・・・」
「あ・・・、あの、それ!その板はなんですか!?」
ようやく呼吸が整い、レイの言葉を遮り再び三人に向かって問いかけを発するじゅん。先ほどの高ぶる想いの理由をどうしても突き止めたかったのだ。
レイはじゅんにつられて三人の足元に目をやり、その変わったスキー板を改めて観察する。
レイたちのスキー板と比較すると、長さだけでなく形状も微妙に異なっている。通常のスキー板は先端が雪面に対して反りあがり後端が四角に近い形状であるのに対して、この短い板は後端も先端と同じように丸い形状でや反り返っている。ブーツを固定する金具も随分と単純な機構に見え、その金具に取り付けられたベルトが足に巻きつけられている。
一見するとレイたちが履いているスキー板と似ているようではあるが、よく見ると特徴の一つ一つが大きく異なる何とも変わったスキー板であった。そんな変わったスキー板から繰り広げられる動きはじゅんだけでなくレイも確かに魅了されていた。
しかしいくら魅了されていたとは言え、突然見ず知らずに人にそれを訪ねる勇気はレイにはない。それが出来るのは自分が興味を持ったことを突き詰めずにはいられない妹の利点である。
先ほどまで踊るように滑っていた三人はレイよりも若干年上のような印象を受ける。その三人のうちロングヘアーの女性がゴーグルを外しながら言う。
「コレは・・・、スキーボードよ」
微笑みながら答えるロングヘアーの女性。これが後に二人の人生を大きく変えるスキーボードとの出会いの最初だった。
お読み頂きましてありがとうございました。
誤字脱字等は適宜修正していきますのでご容赦ください。
※スキーボード
一般的には全長99cm以下のスキー板のことを指す。樹脂製の非解放式ビンディングが取り付けられているものが多く普及している。全長の短さとビンディングの軽量さから従来のスキーよりも大幅に軽量化されているスキー板であり、操作性、携帯性に優れている。
ショートスキー、ファンスキー、スノーブレードなどとも呼ばれるが、それぞれ形状から見た呼称、日本独自の呼称、商標登録されている商品名である。本作では国際的にも正式名称であるスキーボードと言う名称を採用、統一呼称としている。