『クリムゾン・バタフライ』
先に投稿した「ハッピー・エンド」の登場人物のエピソードです。前作未読でも問題ありません。この作品は、全三話となります。一部、暴力的な表現がありますのでご注意ください。
夜10時。駅前と言えども都会とは呼ばれないこの街では、この時間は人通りも少なくなる。人目が少ないということは無法者が行動しやすいということであり、つまり、女性の一人歩きは危険ということである。
「あの、なんですか?」
「へっへっへ、お姉ちゃんヒマそうじゃ〜ん。一緒に遊ぼうよ〜」
「こんな時間に一人でいちゃ危ないっしょ?俺らが守ったげるって〜」
「いえ、あの、家に帰らないと……」
複数のガラの悪い男達に囲まれ、少女は怯えきっている。塾での補講が長引き、両親は旅行で迎えに来れなかった。こんなことなら仮病でも使って休めばよかった、と恐怖に震えながら後悔する。
男達との距離を離そうと後ずさっていると、気付けば細い路地まで追い詰められていた。背中にコンクリートの壁の冷たさを感じる。
「……っいや!来ないで!」
耐えられずに声を上げる。男の一人が少女の口と体を押さえつけた。
「めんどくせぇなぁ。声出してんじゃねぇよ!ヤっちまうぞ!」
「元々ヤるつもりだったじゃ〜ん。こえ〜」
「ヤバくね?俺らマジ危なくね?」
怯える少女を前にテンションを上げる男達。本能を露わにした様子は、野生動物と変わらない。どちらにも、言葉は通じなくなる。
誰か助けて。
少女は声も出せず、心の中で何度も祈る。男達の手が少女の服を掴んだ瞬間、
「おい、何やってんだテメエら」
女性の声が、細い路地裏に響いた。
「あぁ?」
路地の入り口に立つ姿は、少女よりも背はあるが男達よりもずっと小柄な、若い女性だった。逆光で表情は見えないが、背中まである長い髪と裾の長い服を着ているのは分かる。先程の声は凛としていて、男達の視線を集めている今も怯えているようには感じられない。女性が髪を揺らしながらこちらに歩いてくる。
「女の子一人に男三人って、テメエらだせえと思わねぇのかよ?」
「何だよ姉ちゃん、遊んでほしいの?」
男が一人、ヘラヘラと女性に近づく。男の手が触れる瞬間、女性はその手を掴み投げ飛ばした。鮮やかな一本背負いだ。突然のことに、少女も男達も、誰も反応出来なかった。
「あたしはさ、だせえ奴が大嫌いなんだよ。怖がってる女の子を前にしていい気になってるクズ見るとさ、イライラすんだよね」
「んだよテメエはぁ!」
男の一人が拳を振り上げて襲いかかる。しかし、女性は男の拳をするりと避けて、腹に一撃入れる。少女には、男の体が一瞬宙に浮いたように見えた。小さく呻き声を出して、男は動かなくなった。
「何だよ、ナニモンだよテメエ……」
最後に残された男が怯えて後ずさる。先程と真逆の立場に立たされたことで、すっかり混乱している。近づいたことで女性の様子が見えるようになった。女性は少女と歳の近い、十代後半の顔立ちをしていた。かなりの美人だが、恐ろしくキツい目つきのせいで悪い意味の迫力を醸し出している。着ている服は、白地に赤い刺繍で『絶対正義』と描かれた、いわゆる特攻服だ。
「あたしが何者かって?ったく、ちっとは有名になったと思ってたけど、まだまだかよ……」
女性が溜息をつく後ろで、先程倒された男の一人が立ち上がるのが見えた。少女が気付き、声を上げる。
「あ、危ない!」
「だらああああ!」
吠える男を、更に後ろから押さえる姿があった。大柄な男よりも更に大きい、確実に二メートル以上ある。その人物の腕が男を抱き締めるように巻かれる。少女にはその腕が、人間のものというより丸太のように感じられた。
「ヘッドぉ、一人で歩いちゃ危ないよぉ」
「がああああああ!!??」
「ほらぁ、こぉんな危ないヤツとかもいるんだしぃ」
意外にも、男を締め上げるモンスターからは女性の声が聞こえた。しかも、間延びした口調で場違いな心配までしている。金髪碧眼で欧米系の容姿、開いた胸元の谷間がセクシーな美女だが、服の上からでも分かるほど身体が分厚い筋肉で覆われている。締め上げられている男はしばらく叫んでいたが、その体から「メキメキ」という音が聞こえ始めた頃には男は声を上げなくなった。
「……アンナ、やり過ぎちゃダメよ?」
「だぁいじょぉぶだよぉ。殺したりしないってぇ」
女性の言葉に、アンナと呼ばれた大女が拘束を解く。既に意識はないようだが、時折り痙攣を起こしている。
「もう一人は?」
「片付けました、ヘッド」
暗がりから現れたのは、先程の大女に劣らない超身長で美人の女性だった。銀髪ショートカットに褐色の肌、中東系らしい容姿と物憂げな瞳が作り物めいた美しさすら感じさせる。アンナよりやや細身だがやはり筋肉質の身体は、ギリシャ彫刻を連想させる。いつの間に終わらせたのか、足下には顔の形が変わる程に殴られた男が転がっている。
「ウルスラ……、あんた少しは手加減しなさい」
「好みのタイプではなかったので」
しれっと言い放つ態度に溜息をつきながらも、女性は残された男の前に立ち、鋭い眼光を向ける。
「お、お前ら、『ツインタワー』?じゃ、じゃあ、お前……いや、あなたはっ!」
男が震えながらも更に後ずさろうとする。目の前の人物の正体に気付き、その後の展開を想像し、もはや恐慌状態だった。
「クリムゾン・バタフライの……!?」
「そうだよ。あたしが『クリムゾン・バタフライ』総長、端泉マスミだ。……テメエら、あたしのシマでずいぶん舐めたことしてくれたじゃねぇかよ」
恐怖で動けない男の前にマスミが立ちふさがる。両脇をアンナ、ウルスラの『ツインタワー』が固め、逃げ道を塞いだ。マスミが眼に怒りと軽蔑を込めて、言い放つ。
「とりあえず、……全身真っ赤に染めて、後悔しな!」
少女は助けられた形になるのだが、めちゃくちゃにされる男を見て、その場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。