王都に入ってみよう
兵士に案内された厨房もカイナ村にあった物と大差ない粗末さだった。カイナ村の厨房と同じく井戸だけは横に設置されている。この竈一つに井戸があるというのが、この世界における厨房のスタンダードなのだろうか。
料理文化が一般にまで浸透していない懸念が深まる。ここにある食材は自由に使っていいとは言われたが、それでなくとも碌な物がない。
ガチガチに固まった黒パン、古くなって萎びた野菜、革のような硬さの干し肉。干し肉に至っては塩が多すぎ、干し肉なのか塩の塊なのか分からない有り様だ。冬が近いせいだろうか、キノコだけはふんだんにあったので、定期的に山に行って採取だけはしているのだろう。
まぁ文句を言ってもしょうが無い、ある物で作ってみよう。
まずは古くなりすぎて使え無そうな野菜を分け、まだ程度が良さそうなものを見繕う。キャベツのような野菜がいい、2枚ほど葉を捲れば、まだ使えそうな中身がお目見え。
干し肉から塩を可能な限りこそげ落とし、満月で細かく刻んでいく。普通の包丁では刃が立たなかったも知れないほどの硬さだ。本来どう食べるのかは分からんが、歯の方が負けてしまいそうだな。
その間に魔法コンロを2口用意、鍋も2つ用意しお湯を沸かす。今回、火力は要らないので竈は無しだ。
片方は干し肉から落としきれなかった余分な塩を落とす用、片方はスープ用。
湯通しした干し肉をスープ用の鍋に突っ込み、暫くコトコトと煮込む。味見をしたところ、まだちょっと辛いが出汁は出ているようだ。それにしても硬いなこの干し肉。ちょっと煮込んだ程度では食えそうもない。待っている間にキャベツをざく切りに。
待っている間にキノコを鑑定で選別する。こちらの毒キノコは分からないからな、鑑定技能さまさまだ。
おぉ!? さすが異世界! ちょっと面白そうなキノコがあったぞ。
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・アカサンゴザラミノシメジ(品質C)
通称『赤シメジ』、情熱の赤が滾るシメジ。嘔吐、下痢を伴う即効性の毒を持つため生食には向かないが、加熱する事で毒が消え食べられるようになる。血のように毒々しい色も過熱することで透明になり、とても美しい。
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「キサラギ様! それは毒キノコですよ!
誰だこれを搬入したのは!?」
後ろで見張っていた兵士が、このキノコを毒持ちだと主張する。ってこの兵士、キノコ生で食ってるのか!? それか生で食った人間がいて毒に当たったせいで、加熱したら大丈夫かの検証が行われなかったのだろうか。
うーん、生で食べなきゃいいみたいなんだがな。面白そうな食材だし使ってみたいんだよねこれ。
「このシメジですが、ヤパーナでは大変珍しい高級食材なんですよ? 安全な食べ方も知っていますし、勿論お出しする前に私が先に食べて毒味いたしますので、使わせていただけませんか?」
「確かにこのキノコの毒はすぐ異常が現れますので、毒味していただけるならこちらに否はありませんが……。ヤパーナというのは不思議な国ですね、毒キノコを有難がるなんて……」
おっと、不審に思われてしまったかな?まぁ不味くても飾りには使えるだろう。
魔法コンロをもう1口用意して、こちらでシメジを茹でてみる。鑑定技能で見た通り、どす黒かった色が徐々に透明に。ふむ、赤珊瑚というよりもルビーのようだな。これは美しい。
頃合いのシメジをお湯から引き上げ、小さめのシメジを味見。これは、美味いじゃないか! 濃縮されたキノコの旨味が口中で弾ける。だがこれは逆に美味すぎるな。このまま使うとスープがキノコの味しかしないものになってしまいそうだ。薄く削いだものを最後に振り、飾りのように使うのが良さそうだ。
大分煮込んだはずだとスープ鍋の様子を見る。ふぅむ、味はちゃんと出ているのだが、戻した肉はまだ固いな。だが歯がたたないわけではない。キャベツと合わせて煮込んでいる内に、もう少しはマシになるだろう。
干し肉とキャベツを合わせコトコトと煮込み、キャベツがほろほろになった頃に残りの普通のキノコを投入。キノコが半透明になるまで煮たら出来上がりだ。俺謹製のブーケガルニが手元にあったら、もっと美味い物が出来たのだがな。早く色々と探してみたいものだ。
深皿によそい、茹でた赤シメジのスライスを散らせば完成。
「はい、具だくさんスープの完成です。熱いので気をつけて食べて下さいね」
皿を兵士に渡し終了。さぁ、実食だ。
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兵士は兜の面頰を上げて、直接皿からスープを飲む。
ちなみにこの兵士、かなりの二枚目だ。自毛が金髪らしく無精髭も見事な金色。青い瞳も伴って羨ましいくらいのイケメンぶり。元の世界でも純粋なプラチナブロンドの髪は珍しくなってしまったという話を聞いたことがある。こんな所からも異世界情緒を感じさせる。
「こ、これは!? 本当にあのクズ素材からこの料理を作ったのか……。信じられん……。
それにこの赤シメジ……。毒キノコのはずなのにこんなに美味いとは……」
やっぱりあの食材は余り物か……。いやおかしいと思ったんだよ。カイナ村と違って立派な街なのに、あんなお粗末な食材がこの世界の平均なら絶望しか無いわ。
無我夢中でスープをかっ込む兵士、横でアンナも食べたそうにしているが君は我慢してね。アンナはオーバーリアクションなので、また崩れ落ちられたら今料理してるのが全部台無しだからね。
匂いに釣られたのか他の兵士も厨房にやってくる。いや、仕事しろよお前ら。
良かったらどうですかと配り歩き、落ち着いた頃にはすっかり鍋も空っぽになっていた。多目に作ったはずなんだがなぁ、さすが肉体労働の兵士、よく食べること食べること。
「いや、試すような真似をしてしまい本当に申し訳なかった。私も職務なのでご容赦願いたい。
それにしても貴殿ほどの腕を持ちながら未だ弟子の身分とは……。無知を晒すようで恥ずかしい限りだが、ヤパーナという国は相当に人材が豊富なのだな。感服したよ」
「それで、私達は入都しても構わないでしょうか?」
「あぁ、勿論だ!ヤパーナの宮廷料理人アン様、その弟子キサラギ様。グランフォートは貴方達を歓迎いたします!
良き滞在になられますよう」
兵士に礼を言い、グランフォートに入都する。
まったく、街に入るだけでも一苦労だ。
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王都グランフォート。
エリューンで訪れた始めての都市だ。王城を中心にして目抜き通りが東西南北に貫き、各区域で特色ある発展を遂げているらしい。
北東の貴族街、南東の繁華街、南西の貧民街、北西の住民街。
俺達が通ったのは東の街門。その足で繁華街に入る。
ここでは商いを営む商人が多く、また各職業のギルドなども軒を連ねている。
「キサラギ様、ありがとうございました!
おかげさまでなんとか入都出来ました」
「気にすることはない。それよりもなんの伝手も無いと言っていたが、どうやって王に直訴するつもりなんだ?」
アンナは少し困った顔で、俺に伝えてくる。
「確かになんの伝手も無いんですけど、一旦出稼ぎに来ている村の人を頼ってみようと思っています。
ずっと村にいた私よりも、いい知恵を持っているでしょうから!」
「そうか、俺もそこらへんの知識は無いからな。仲間がいるならそちらを頼ったほうがいいだろう。
それと入都の仕方が仕方だ。暫くは変装するなりしたほうがいいぞ。大丈夫だとは思うが、あの兵士に見つかると話がややこしくなるからな」
アンナはぺこりと礼をして、俺の顔をしっかりと見て礼を言う。
そうか、護衛の約束は王都までだったからな。そろそろ別れの時間か。
「本当にありがとうございました!キサラギ様がいなかったら王都まで辿りつけなかったでしょうし、入都も出来ませんでした。
貧民街のペータさんという人の所にしばらくご厄介になっていると思いますので、お暇ができたら是非いらしてください。
直訴の結果でどうなってしまうか分かりませんが、生きていたらまた会いましょう」
確かに、兵士の態度を見ていたら分かることだが、この国では相当に人の命が軽そうだ。人道的な意識があるのなら、入都の際にあそこまですげなく追い返そうとしたりはしなかっただろうし、せめて門外で事情を聞くなりするだろう。王都外の人間なら閉めだして死んでも構わないという態度。いや、あの兵士の立場ではそれも『しょうがないこと』なのだろうか。やんごとない方々がなんとかすると思っているのかもしれない。それはそれで思考停止過ぎやしないかという気もするが。
アンナ自身も、村では気丈に振舞っていたが、命を落とすことも視野にいれているのだろう。
ついて行こうか? その一言が出かけたが、もう既に入都は果たしているのだ。この世界に明るくない自分が付いて行っても足手まとい、目標達成への足かせになってしまうだろう。
「あぁ、君も俺もこれから大変だからな。暫くは王都で仕事をするつもりだから、何か俺に力になれる事があれば遠慮なく声をかけてくれ」
「はい!その時はお願いしちゃいますね!」
ぺこりと礼をして、アンナは雑踏に紛れ去っていく。
赤髪が見えなくなるまで見送り、俺も踵を返し繁華街の奥へ。
さて、また一人に戻ってしまったな。元世界と違ってここでは文無しに近い。カイナ村の村長にいただいた餞別も雀の涙だろう。まずはこの世界での金の価値と、糊口を凌ぐために食い扶持を見つけねばな。
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手元にある金は貨幣と紙幣が混在して5000ディナール。この金がどれだけの価値を持つのか把握しなければならないな。
ちょうど良く露天で大振りの焼き鳥を売っているおっさんを見つけたので、物は試しと一つ買ってみることにする。
「ようご主人、随分と美味そうな匂いをさせているじゃないか。一本貰おうか」
「あいよ!こいつはロック鳥の腿肉だからな、そこらの露天よりちょっとお高いが、味についちゃあ保証済みよ!一本100ディナールだ!」
100ディナール払いロック鳥の焼き鳥を受け取る。
ふむ。味付けは相変わらず塩味、また味の濃淡がまばらとお粗末な物だが、この鳥自体はなかなかの味だな。味付けの仕方に工夫をすればかなり美味くなりそうな予感がする。
100ディナールで少し高いのか、結構5000ディナールは多いのか?
「ついでに聞きたいんだが、繁華街で宿を取るならおすすめの店は何処だろう?
今日グランフォートに着いたばかりで当てがないんだ」
「それならこの通りを進んだ所にある小鹿亭がお勧めだな。清潔で飯も美味い、そして懐にやさしい宿だよ」
露天の主人に礼を言い、周りの露天を冷やかしながら宿に向かう。
大体だが、1食当たり50〜100ディナールの場合が多いようだ。食材も最高品質とは言えないまでも、詰め所の厨房よりは遥かにマシな食材が揃っている。ただ、今の所見たことがない食材というのを見かけない。あの赤シメジのような『異世界ならでは』の食材はどこにあるのだろう。
暫くすると、露天の主人お薦めの『子鹿亭』に到着する。
「邪魔するぞ」
「いらっしゃい!食事かい?泊まりかい?」
「泊まりでお願いしたい、部屋は開いているか?」
「あいよ!あんた運がいいよ、丁度空いた所さ。
泊まりは一泊200ディナール、飯はつかないから欲しいなら注文しておくれ。泊まり客なら1食50ディナールで食べられるから、この割符を娘に見せておくれ」
俺は200ディナール払い、店の女将から割符を貰う。
「はい毎度あり!部屋は2階の一番奥の部屋だからね、割符が鍵になっているから明日の昼までは自由に使ってもらって構わないよ!延長するなら朝に伝えとくれ!」
1泊200ディナールか、随分と安いな。服や生活雑貨を省けば1日350〜500ディナールで生活出来てしまうのか。
俺が最初に狩ったディールリーダーの革は5万ディナール以上の値がつくはず、肉も合わせればそこそこの値段になるだろう。低めに見積もって7万ディナールだとしたら140日分の生活費になってしまう。あの程度の獣一匹で3ヶ月強か、随分と物価が安いな。
とはいえ手持ちは残り4700ディナール。何もしなければ最長でも2週間を待たず底をつきてしまうな。
本当は料理人として生活したいところだが、この国では下手に自分を料理人と言わないほうがいいだろう。となると現状は剣士として申告するしか無いのだが、なにかそれで稼げはしないだろうか。
「女将さん。不躾な質問なのだが、この国までの護衛で一仕事終わったところでな。
出来ればもう少し稼いで行きたいのだが、傭兵相手に何か仕事を紹介してくれる場所のようなものは無いか?」
「それなら冒険者ギルドに行けばいいんじゃないか?
不思議な事を聞く人だねえ」
「いや、俺はかなり遠方から来たのでな。俺のいた国ではそういうものはなかったんだ。
ありがとうな、早速行ってみるよ」
女将に礼を言って宿を出る。冒険者ギルドか、いよいよゲームじみてきたな。
そこで、俺は一つの発見をする事になる。
今思えば、それがなければ俺はエリューンで相当不利な人生を余儀なくされていたかもしれない。