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食わせてみよう

いよいよ実食

 アンナが運んできた料理を前に、村長は怪訝な表情。

 皿を前に腕を組み、考えこんでしまっている。


「おい、冷めるぞ? 料理には一番美味しいタイミングというものがあるんだ。とっとと食え」


「キサラギさん。それより、なんで折角の鹿肉をこんな細かくしちゃったんですか?」


 一枚肉で食うのがこっちの標準スタンダードなのか?

 あぁ、そんな事より見る見るうちに肉が冷めていってしまう。

 ええい、もどかしいわ!


「アンナ、君は俺が調理していたところを見ていたよな?

 毒など入っていない、まずは君が食べなさい」


 鹿肉を一切れつまみ上げ、アンナの口の前に持っていく。

 アンナは少しビックリした顔をした後、真っ赤になりながらパクっと口に入れる。

 あ、これは噂に聞いた伝説の『あーん』ではないか! まったく興味が無かったから無頓着過ぎたな。さすがに年頃の娘にあーんは無いだろうよ俺。見た目的には同年代だからな、こんなことをされれば羞恥心も凄いだろう。いくら料理の事とはいえ、暴走しすぎた。


 アンナは暫く「もむもむ」と咀嚼した後、崩れ落ちた。

 ってオイ!?


「あぁ、美味しい……。これが本当に同じ肉なのですか? それとも今まで私が食べていた物は肉ではなかったのですか……?」


 泣く事ないじゃないか。ほれほれ娘さん。マッシュポテトもお食べなさい。

 アンナの様子を見た村人が、恐る恐る鹿肉を食べていく。


「こ、これは。

 大蒜は生で齧るくらいしかしない不味い野菜なのに、こんなに美味くなるのか!?」

「なんて柔らかいんだ……。あの硬いディール肉がこんなに。

 力を入れなくても噛み切れるよ……。むしろほろほろと解けていく……」

「この芋、美味いよ! なんかこれからも鹿の味がする!」


 そうだろうそうだろう。

 本来、鹿肉は滋味溢れる食材が多いジビエだ。ディールリーダーは『リーダー』が付いているので、通常の鹿よりも『強い』種。単純に強いイコール美味いでは無いだろうが、鑑定で『お高い』となっていた以上は高級食材なんだろう。調理法さえ間違わなければ美味いものが作れるはずなのだ。まぁ高いだけでまったく美味くも無い食材はあったりするがな。


「た、確かに柔らかく美味い!この潰し芋も始めて食べる味だ……。

 ディールリーダーを討伐出来る剣の腕前から、凄腕の剣士様だと思っていましたが、まさか料理人なのではありますまいな?」


 ん? 何か村長の発言がおかしかったぞ、この世界では料理人の地位が低いのか? 料理人かと聞く村長が非常に嫌そうな顔をしているので、何かしらの事情がありそうだな。

 判明するまでは安全策で剣士だと答えておこう。


「いや、俺は流れの剣士だよ。

 金になる職を求めて旅の途中でな、道に迷っている所にアンナさんと出会ったんだ」


「そうでしたか! いや、もし料理人であればすぐにでも逃げ出さなければならないところでした。

 アンナもお役に立ったようで何よりです」


 あからさまに安堵する村長。料理人だったら逃げ出すって……。何やってるんだ異世界の料理人は!?

 今後のためにも、これはちゃんと事情を聞いておいた方がいいな。


「あー、時に村長? 俺の国で料理人は食材を調理する専門職のようなもので、一般的でありふれた職なんだがな。

 この国では違うのか?」


 村長はまじまじと俺の顔を見て、得心したように答える。


「なるほど、ここいらでは見ない黒髪、黒瞳から異国の方だとは思っていましたが、この国の事情には疎いのですね。

 この国に於いて料理人とは貴族の腰巾着なのですよ。特にこの地方の領主、カルジナールの専属料理人ボースは酷い男でして。

 今年は稀に見る不作の年で、王も税を免除する御触れを出しているにも関わらず『カルジナール様を飢えさせる気か!』と、ただでさえ少ない麦を根こそぎ持っていくような奴なのです。

 この地方で料理人といえばそのボースのみ、もしそうなのであればボースの仲間かと思ったのです。失礼をいたしました」


 気にしなくていいと俺は手を降っておいた。

 しかし、俺の考えとは逆で異様に料理人の立場が『良い』のか。領主の代わりに税を取り立てるなんて徴税官の真似事までしてるんだな。麦なんて主食だろうに、それを根こそぎ持っていかれたら餓死するしか無いだろう。この村の雰囲気が悪い、アンナが『終わった村』だなんて言った理由がここにあったのか。あれ? そんな事言ってたっけ……。なんだろう、記憶と認識に齟齬があるな。


「それは……。いくらなんでも酷い話だな。

 そんなに多いわけでは無いが、残りの鹿肉と鹿の皮を置いていこう。売れば些少だが金になるはずだ」


「あ、ありがとうございます……」


 村長や話を聞いていた村人が泣き出す。

 この行為が偽善だとは理解している。こんな事をしても焼け石に水、滅亡をちょっと先延ばしにする意味しかないだろう。だが、俺自身この異世界に降り立って間もない身だ。根本的な解決など望むべくもない。


「いいから泣き止め。俺が持っていても使いようがないし、助けになるなら是非もない。

 それより何か当てはないのか? 話を聞く限りでは、かなり危険な状態なようだが」


 村長は泣き止まず、代わりに村長を支えていた中年の女性が答えてくれた。


「出稼ぎに出た人らが仕送りしてくれるから、今は本当に最低限だけどなんとかなってるんだよ。

 でもこれから冬になる。冬になったらもっと採れる物は減る。仕事も減るから仕送りも減っちまう。そうなったら本当に終わりさ。

 その前に、今の窮状を王に直訴しようと考えているんだよ」


 ふむ、直訴か。

 王侯貴族に伝手のない村民には最後の手段だな、だが危険は無いのだろうか。

 まずこの国に於いての訴訟法の問題がある。これに禁止されている場合は、いくら直訴しようとしても止められ罰せられてしまうだろう。そしてカルジナールとボースの動向、好き勝手やっているのが王にバレたら軽重は分からないが罰が下るだろう。それを防ぐため何らかの手を講じていても不思議はない。


 その辺の事を中年女性に聞いたところ、当然その危険性はあるそうだ。

 まず訴訟法については存在その物を知らなかったらしいし、カルジナール達が何かしてくる恐れというのはあるのだが、最早それを論じている時間は無いという結論なのだそうだ。街道を通らずに間道を抜け、王都に向かう。そうすることで少しでも監視の目をくぐり抜けるつもりらしい。

 でもそれは魔物との遭遇もありえてしまい、危険度という意味では大差が無いそうだ。


「誰が行くんだ?例え上手く王都まで辿り着いたとして、けんもほろろに追い返されたら意味が無いだろう」


「王都まで行ける体力があるのはもう私だけですので、私が向かうつもりです。

 というより、今日キサラギさんと会わなかったらそのまま王都に向かっていたと思いますよ?

 さすがに私も女ですので、失礼だからといきなり切って捨てられることは無いと思いますし」


 おぉ、アンナ。君が行くのか。

 さっきの『あーん』は俺が悪かったので、そろそろこっちを見て話してくれないだろうか。


 しかし、女だから多目に見てもらえるというのは考えが甘いのでは無いだろうか。

 よし、不躾ではあるがここは一つ。


「信用してもらえるかは分からないが、王都まで俺が護衛してやろうか?

 娘一人に護衛が男では身の危険も感じるかも知れんが、魔物に襲われる危険性を考えたら比べるべくも無いだろうからな」


「本当ですか!……でも護衛費を払うお金は村には……」


「俺も迷っていたからな、見ての通りこの地には不案内だ。

 王都に行けば仕事もあるだろう、案内してもらう道中を護衛すると思ってもらえばいい。

 護衛費から見れば釣りが出るというなら、この国の常識でも教えてくれ。俺のいた国とは随分と勝手が違うようだからな」


「そんな事でいいんですか!?

 お安いご用です!キサラギ様が一緒に行ってくださるなら心強いですよ!」


「なに、俺の出身国では『袖すり合うも他生の縁』と言ってな。こういう出会は大事にしたほうがいいと言われているんだよ。

 出立は明日でいいのか?」


「いい言葉ですね!はい!キサラギ様がいいなら明日にでも出ようと思います!」


 そんなに簡単に信用しちゃっていいのかい娘さん? 世の中には狼が一杯いるんだぜゲヘゲヘ。まぁさすがに若すぎてやはり興味は出ないがな。

 後から聞いた話によると、あまりにも俺の言動が怪しすぎて逆に信用できると思ったそうだ。

 下心のある男性が、自分から『俺も男だけど大丈夫?』と聞くような事はしないと笑われてしまった。


〓〓〓〓〓


 そのまま集会場は宴会場へと変貌を遂げた。

 せめてアンナを送り出してやりたいと村人皆が思っていたのだそうだ。供される鹿肉は俺謹製のカットステーキ。何人かの女性に作り方を伝授した。

 タルタルステーキも酒のつまみに出したのだが、生で肉を食べる文化は無かったそうで大層驚かれた。まぁ鑑定スキル持ちじゃないと安全かわからないからな、しょうがない。こちらは作り方を聞かれたが「毒がある肉もあるから、鑑定が出来ない人間は作らない方がいい」と釘を差しておいた。


 翌朝。

 酔いつぶれて寝ている村人を残し、俺は一人広場へと出ていた。


 残月を音もなく抜刀、ゆっくりとした動きで正眼に構える。

 切り落としからなぎ払い、袈裟から逆袈裟へ、突きから体を入れ替え巻き打ち、側面に流し十字に繋げる。

 一つ一つの動きを確認しながら、可能な限り緩やかに。


 飲兵衛の師匠がやっていた朝稽古を真似た剣、非常に遅く見えるが、一振り一振りに全力が篭っている。


 そして清流から激流へ。

 ごうと風を巻きながら、残月を微塵に振る。型を教わった事などない、まさしく文字通りの滅多斬りだ。


 名付けるなら鬼人流、酒天に教わり鬼を切り、我が身さえも切り抜いて地獄の底で完成を見た剣だ。


 この世界では暴力が物を言う世界だとフレイヤ様も言っていた。

 俺は料理人、人を斬る剣は趣味ではないが、そうは言ってられない事態に陥ることもあるだろう。

 静かに残月を納刀し、いざという時に動けない等という事が無いよう、決意を固める。


 それを考えると白鞘は不利だ。

 白鞘は『刀の寝間着』とも言われ、あえて分解され易いように作られている。これは刀の整備などをする時に簡単に分解出来るようにするための物。当然これを叩きつけたりするのは論外だ。居合も勿論使えない。

 地獄にいた時は鉄鞘を拵えていたのだが、フレイヤ様に残月を修繕いただいた時に白鞘に戻ってしまっていた。握った感触では通常の白鞘よりも大分頑丈にしてくれたようだが、やはり限度があるだろう。

 王都と言うくらいだから当然この国で一番繁栄しているはず。鍛冶師の一人もいるだろう。頑丈に拵えれば、残月を入れたまま殴打する、抜刀後に防御に使う、殴打武器として残月と二刀流にするなどと幅も広がる。


 早急に仕事を見つけ金を稼ぎ、残月を拵えてやらねばならないな。

 アンナの用事を恙無く終わらせることが出来たら、次はエリューンで店を持つために動こうか。

 この国で開店すると問題があるようなら、稼げるだけ稼いだら別の国へ行ってもいい。

 元世界でも理想の土地に出会うのは大変だった、そういった苦労は今更だと知っている。


『ステータス・AGIが1上がりました』

『ステータス・STRが1上がりました』


 ぬ、『神の啓示』(オラクル)か。ステータスが上がったといっているが、別にレベルアップしたわけではないようだ。

 ここらへんの仕組みもいまいち分からないな。相変わらず栄養神様とは繋がらないようだし。


 王都で何か分からるかは不明だが、コンタクトを取る方法も調べなければならないな。


 井戸から水を汲み上げ、布を濡らし体を拭く。


「キサラギさんおはって……キャッ!」


 おはようアンナさん。ん? あぁ、体拭いてたから上半身裸ですね、俺が。

 男の上半身みた程度で驚くなんて随分と初心いのね。村娘の面目躍如でしょうか。


「はい、服着たからもう大丈夫ですよ? そろそろ出発ですか?」


「あぁ、良かった。はい、問題なければそろそろ」


 集まった村人にアンナが挨拶してく。村長が路銀を渡してきたので断ったのだが、「ディールリーダーの革を売った金の、10分の1にも満たないよ」と言うので有り難く受け取らせていただいた。


 まずは街道沿いに暫く歩き、そこから間道に入っていくルートを通るのだそうだ。

 それまでにトラブルが起こらないよう、栄養神に祈っておこう。主神? あいつは駄目だ。

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