村に行ってみよう。
いよいよ料理します。
アンナに案内された村は、20件程度のあばら屋が建てられた小さな村だった。
名前は『カイナ村』というらしい。
周辺に作られた畑も荒れ始めていて、生の息吹に乏しい、寂しい所だ。
終わりゆく村、俺がこの村へ持った印象を一言で表すならこうなる。
「寂しい村だべ……。
色々ど理由はあらんしたばって、この村はもうまねきゃ」
やめて! 東北の雪深い地方の方言で哀しそうに話されると、なんか意味分からないのにどん底まで切ないからやめたって!
でもアンナがそう言ってしまうのは分かる。まず若い村人がアンナ以外に見えない。特に男性、こういった村では労働力筆頭のはずの男性の姿がない。老人はいるのだが……。こなってしまった理由は分からないが、畑を耕したり動物を狩ったりするにも限界があるだろう。先程アンナに鹿肉を渡した時、必要以上に喜んでいたのはそういう理由もあるのかもしれないな。
「おや、アンナ。もう戻ってきたのな?」
「村長さん! この方が鹿肉ばけだの!
どっても強いのし!ディールリーダー倒しちゃったんだかきや!」
「っほ!? それは有難いきゃえ!
へば今ばんげはみんので食べしうかきゃ」
津軽弁が増えた。失礼、村人がいらっしゃった。
村長さん? アンナが着ている服よりちょっとだけ上等な生地を使っているからそうなのだろう。と言っても分からないくらい極わずかだが。
『技能・鑑定を取得しました』
おっと、これは便利そうな技能だな。後ほど検証しなければ。
「旅の者でキサラギと申します。
一晩、宜しくお願いします」
「いいしいいし!鹿肉貰ったきやお釣りが出ら!
ご馳走の準備すらかきや、ゆったどしていてけろ」
こっちこっちとアンナに手を引かれ、集会場らしき建物に案内される。
本当は革鞣し出来る人見つけたかったんだけどなぁ。悪くなってしまわなければいいが。
〓〓〓〓〓
この世界では今は冬に近いのだろうか? 日が落ちたら一気に暗くなってしまった。
星空も満天過ぎて星座も分からない。元世界とどれほど違うのか見ておきったんだけどな。まぁ、そんな小さい事はどうでもいいくらいの違いはある。何せ月が3個あるのだ。いや3個とは限らないかもしれない。満月・半月・三日月とそれぞれ月齢が違う、4個目の新月があっても不思議ではない。月が光るのは太陽の反射、なれば例え月が複数あっても月齢は同じになるはずなのだが……。法則性の違いに「いかにもファンタジーな世界だな」と思う。
いや、現実逃避はここまでにしよう。
「さぁさぁ、遠慮せずさ一杯さ!」
村長さんがだね、しきりに鹿肉を勧めてくださるのだが、もうね、これがね。
「不味い」
「は?」
「駄目だ、我慢できん。不味い、不味すぎる」
「ちょっと旅人さん! いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるでしょう?
ディールリーダーの肉なんてここらじゃ最上級品ですよ? 不味いなんて事あるはずないじゃないですか!
村の者が精魂込めて作ったんですよ」
俺もこれが暴言だとは理解している。だがな、いくらなんでもこれは酷すぎるだろう。
「ならば調理法を知らんのだな。
なんだこのローストは? 火の通し過ぎで草履のようだ。硬すぎて肉を食っている気がしない。味付けもお粗末に過ぎるだろう。塩を振っただけというのも野趣ががあって良いのだが偏りすぎて味がないか塩っ辛いかの二択になっている。付け合せの芋もいただけない、なんだ茹でただけっていうのは? 素材の味を活かすにも程度というものがあるだろうが! せめてマッシュくらいしろ!」
村長が唖然としているな。なるほど、これが栄養神が言われていた「文明レベルの割には工夫しない文化」というヤツなのだろうか。自制しなければと決めたばかりだが、栄養神からも自由にやっていいと言われているしな! 料理に関しては妥協せんぞ、初の異世界料理がこんなお粗末な物だというのは我慢できん!
「ええい話にならん! 厨房はどこだ! 俺が作る!」
「あ! キサラギさんちょっと待って! あなた何処向かってるの!?」
出ていこうとすると慌てたアンナが引き止めてくる。
あ、厨房はこちらですか、どうもすいません。お恥ずかしい。
案内された厨房は、厨房とも呼べないような粗末な所だった。
煤けた竈に申し訳程度の作業台。光源もろうそく一本で薄暗く、手元を見るのにも苦労する。唯一評価できるのが、厨房内に井戸があるくらい。こんな所で料理をしていたら、そりゃお粗末にもなるだろう。厨房の汚れは心の汚れ、厨房の暗さは思いの暗さだ。
「暗いな……。もっと明るく出来ないのか?」
「すいません……。最下級でいいから魔法が使えればいいんですけど……。
お察しだとは思いますが、この村はとても貧乏で。ろうそくも貴重になってしまっているので、これ以上明かりを付けるのは贅沢なんです……。
技能を持った人は皆出稼ぎに出てしまっていて、魔法を使える人間がいないですし……」
ほう、クサレジジイが『剣と魔法の世界』と言っていたが、本当に魔法があるんだな。
しかも魔法も技能なのか。なんとか出来ないものか……。
ちょっと試してみるつもりで色々とイメージしてみる。
まずは単純に火をイメージしてみる。だがこれは駄目だ、何も起こらないし起こる気もしない。
次にライター。内部に充填された可燃性のガスに着火装置で火をつけるイメージ。だがこれも駄目だ。周囲に何かがあることは認識出来るのだが、それに着火するイメージが上手く出来ない。
最後に駄目で元々のつもりで火花をイメージする。周りに漂っている何かを集め、そこに鉄を打合せた時出る火花をぶつけるイメージ。
ポっと、小さな火が一瞬灯った。
『技能・最下級魔法を取得しました』
『技能・無詠唱を取得しました』
おお、なんか取得した! しかも割りと有用そうな技能を一緒に!
どうやら、この周りを漂っている何かが魔法の肝要になるのだろうな。それと現代知識と合わせるよりも、より原始的なイメージと合わせるほうが形になりやすいらしい。最下級だというので、等級が上がる毎にこれも変わっていくのかもしれない。
「キサラギさん凄いです!魔法使えたんですね!」
目をキラキラさせているところ申し訳ないが、これ、今取得しました。言えるはずも無いが。
さっきは一瞬しか灯らなかったので、何かを凝縮し固体に、そして小さく火花を当てちょっとだけ灯らせるようイメージしてみる。今度は上手く行った、消えずにちゃんと光っている。
「よし、じゃあ使ってもいい食材とか調味料を出してくれ。
なに、ありあわせで作ってやるから余剰がある分で構わないぞ」
「はい!」
ぱたぱたとアンナが走って行き、倉庫にある食材をごそごそ漁っている。
限られた環境、足りない食材でなんとかするのも、プロの腕の見せどころだな。
あまりにも厨房が汚かったので片付け、簡単に竈周辺を清めて綺麗にしていると、アンナが食材を入れた籠を持ってきた。
食材は先程の鹿肉ブロック、大蒜、大量の芋、そして塩。
胡椒はこの世界では貴重品らしく、この村には欠片も無いそうだ。そういえば中世においては香辛料は同量の金と等価と言われるほど価値があったようだから、この世界でもそうなのかもしれないな。まぁ無いなら無いでやりようはある。
「オイルはあるか?」
「オイル?」
おいおい、オイルも無いのか。別に駄洒落ってるわけじゃないぞ? オリーブオイルとは言わないが、植物由来のオイルくらいはあると思うのだが……。これもこの世界で生きるのであれば探さないといけないか。
とりあえず今回は俺の方の鹿肉から脂身を取り出して代用しよう。鹿肉は淡白ではあるが、当然脂身はある。これを取ってしまうと今度自分の分を食べるときにパサパサになり切ないことになるが、今は今日美味い物を食う事を優先させよう。
一つ思いついたことがあるので、鑑定技能で鹿肉を見る。
----------
・ディールリーダーの肉(品質B)
血抜きされたディールリーダーの肉。汚染されていないため生でも食べられる。ディールの肉はエリューンでの一般食材だが、ディールリーダーの肉はちょっとお高め。
----------
なるほど、汚染というのが寄生虫の有無かな? まぁ今回は卵もナツメグも無いからタルタルはやめておこう。
同じ食材で同じ料理、その上でのクオリティの違いというのを見せれば分かりやすい。
いくつかフライパンと鍋を持って来てもらい、水も井戸から汲み上げて用意した。
余った水で顔と手を洗い、ボロの布切れでバンダナのように頭を巻く。
目をつむり柏手一つ。
ありがとう、鹿。今日は君のおかげで美味しいものが食べられます。
「よし、これで準備は整った。
さぁ、美味しい料理を始めよう!」
異世界での初料理、キサラギの伝説がここに始まる。
〓〓〓〓〓
満月で鹿肉を切り分ける、とりあえずは1cm厚だ。しまった、竈が1口しか無い! 最下級魔法で灯りを作った要領で、今度はいくつもまとめて火を付ける。イメージはガスコンロだ、燃料はよくわからない何かだ。ついでに同じ要領でコンロをもう一つ作っておく。これ便利だな。魔法コンロと名付けよう。
竈の方が若干火力が強いようなので、こちらで肉を焼く事にし、魔法で作った火種でお湯を沸かす。お湯の蒸気で皿を温めておくのも忘れない。
竈と開いている魔法コンロにフライパンを乗せる。竈の方には鹿の脂身、魔法コンロには脂身と潰した大蒜を投入。
満月の背で肉を叩き柔らかくし、竈側のフライパンで一気に焼き上げる。竈側では芯が生でもいい、表面を焼いて少ない油分を封じ込めるのだ。程良い所を見極め魔法コンロ側に投入、こちらでは塩を振った後大蒜と絡めながらゆっくりと焼き上げる。
お湯には芋を投入。元世界のじゃがいもに似ているがかなり皮が厚かったのでそのままだ。こちらは炊きあがってから剥けばいい。
鹿肉が焼きあがった!手早く満月で一口大にカット、その時に隠し包丁を筋繊維を切るように幾筋も付けておく。
先程食べたローストは非常に固かった。もちろん焼き方がお粗末過ぎるのが原因だが、普通の鹿肉よりも火を通すことで固くなりやすいのかもしれない。いや、あの村長は老人なのによく噛み切れるものだと思う。フレイヤ様も言っていたが、エリューンに住む者は想像以上に頑健なのかもしれない。
同じ容量で次々と鹿肉を処理していく。
同時に茹で上がった芋の皮を剥き、マッシュ。裏ごし出来ない分、あえて粗めにマッシュして食感を残すのがポイント。竈側のフライパンから鹿肉から出た油を少量投入。バターや生クリームを使いたいところだが、メインに添えるなら鹿の油を使うほうが相性が良い。アメリカンマッシュポテトだな。
マッシュポテトを大皿に薄く引き、その上にカットステーキを乗せ完成。
本日のメニュー。
「ほら、鹿肉焼きと潰し芋だ。
さぁ持って行け」
「は、はいっ!」
いや、ほら。『鹿肉のガーリックステーキ、マッシュポテト添え。アメリカンスタイル』とか言っても通じないからな。
昔の店に来ていた連中相手なら『雪原のポムドゥーテール・ピューレ、奇跡のセールを乗せて』とか言えば大喜びなんだろうがな、ッケ。自分で言ってて気分が悪くなるとか自業自得にも程がある。
どういう料理名が一般的なのか、これを調べるのも今後の課題にしよう。
『技能・最下級調理を取得しました』
『技能・下級調理を取得しました』
『技能・中級調理を取得しました』
『技能・上級調理を取得しました』
ふむ、最下級から中級を越えていきなり上級か。
転移前に持っていた『技能』は上がりやすいのだろうか?しかし登坂や鑑定、刀術などは等級が無かったな。これも謎だ。
……そういえば何時の間にかアンナの言葉が津軽弁から標準語のように聞こえているぞ……。
何がキーだったのだろう……。解せぬ。
俺はアンナに皿を押し付け、バンダナを解く。
器具を片付けたら、一足早く行かせたアンナの後を追う事にしよう。
異世界人に振る舞う最初の料理だ。いざ、実食!
途中で方言じゃなくなっていますが狙ってそうしています。今は意味不明だと思いますが気にしないでください。