呼び戻されてみよう
基本、暫く毎日、昼の12時に投稿いたします。
「ん? なんだ? またここか」
折角餓鬼に餌付けしていたのに、またあの森に戻されている。
一体何だというのだ。まだ何か私に用があるのか?
「しくしくしく……。
いや、お前さん何してるん?
閻魔から地獄が地獄になってないからなんとかしてくれとクレーム来たんだがの?」
失礼な。ちょっとばかり亡者に手料理を振る舞い、獄卒を懐柔しただけじゃないか。
大量にいる餓鬼を餌付けしきればコンプリートという所だったのに。
いや、連中は良かったぞ。普段禄に飯も食ってないからまぁ素直に喜ぶこと喜ぶこと。
「だから追い出されたんじゃがな!? 地獄ってあれじゃよ? 生前の罪を呵責されてそれを償うところじゃよ?
なんでそこで楽しみ作ってるん!?
獄卒は亡者と宴会しとるし、閻魔も懐柔されかけてこりゃやばいと泣きついて来おったわ」
いいじゃないか、地獄は良いとこ一度はおいでにしても。
地獄の妖怪やら猛獣と戦ったおかげで剣術の腕も上がったし、血生臭い素材も工夫のしがいがあった。私にとってあそこは理想郷だぞ。
何食っても美味い天国の方が地獄だな。料理人の価値が無い。
「もうお前さんの価値観が分からんよ儂……。
儂、偉いんじゃよ? 創造主よ? 神でも最上位なのよ?
もう儂の手に負えんから、お前さんが言うこと聞きそうな神を連れてきたわ……」
「初めまして、豊穣神のフレイです」
「初めまして、戦女神のフレイヤよ」
おっと、また凄い美男美女だな。生きていた頃の店にはモデルやタレント、女優なんかも来ていたが比較にならんくらい美しい。
握手を求められたので応じたが、振る舞いにソツが無い。
フレイ、フレイヤということは北欧神話の神なのか? ということはあの爺、最上位ってことはオーディンとかか? それにしては威厳もヘッタクレも無いし、落とされた地獄も和風だったんだが。世界観が混ざり合って色々煮崩れてるな。
「これはご丁寧に、如月満月と申します。
あのクソジジイの紹介ですか……。私になんの用なのでしょうか?」
「あのクソジジイの今までの発言は一旦忘れて下さい。
いや、罪のない人の子を問答無用で地獄落しとか何考えてるんだか。責任を持って後でシメておきますのでご安心を」
豊穣神にシメられる主神ってどうなんだ。いや、別に不満には思っていませんよ?
むしろ地獄でも料理が出来て有難いくらいで。
「そう言って頂けると助かります」
おおう、貴方も心が読めるんですね。
「はい、まぁ私も神の一柱ですので」
ふむ、このフレイさんは真面目な神のようだな。
しかしなんでジジイ神は私がこの人の言うことを聞くと言っていたのだろう?
「あぁ、それはですね。貴方が料理人だからだと思いますよ。
豊穣神ですので、自然の恵みや収穫を司っています。強いて言えば栄養の神ですね」
「おお!」
思わず声が出てしまった。ありがたやありがたや、拝んでおこう。
フレイさんなどとはもう呼べないな、フレイ様だ。何せ栄養神様だ。
「さて如月さん。貴方も地獄で大分料理を作られたようですが、新しい食材、未知の料理に興味はありませんか?」
ふむ。確かに地獄も大分巡ったし、未知の食材や料理に興味が無いかと言われれば有るとしか言えない。
「でしょう?異世界に行っていただきたいのはそうなんですが。
あのクサレジジイが面倒臭がって、端折って説明したおかげで誤解を生んでいますが、本来は色々とコースがあるんです」
コース?じゃあ別に赤ん坊からやり直しだけでは無いということか。
「その通りですね。確かに転生というのが私達も一番楽で有り難くはあるのですが、それは労力をかけるかけないの問題でしかないんです。
ただ、今の貴方そのままでというのは避けたい事情がありまして……」
フレイ様より聞いた話を要約するとこうなる。
私を送りたい世界は「エリューン」というらしい。
ジジイがごちゃごちゃ言っていた通りで剣と魔法の世界。現世界でいうところのゲームのような世界らしい。ステータスがあり、自分の成長度や技能の習熟度が数値となって見えるのだそうだ。全体的な基準でレベルという概念が存在しており、基本的には高レベルの者ほど尊ばれるのだそう。
文明レベルは対象によって大きく変わるが、概ねは元の世界の中世くらいを想像すれば良いとのこと。魔法文明という便利な文化が発展しており、それもあって機械文明的な発展はまったくしていないため文明レベルが変わってしまっているのだそうだ。
最大の差異は、電気は存在せず、代わりに魔素をエネルギー源として利用している点なのだそうだ。
平和な世界では無く、人類、亜人類、魔人がエリューンにおける覇を競い合っているらしく、また領土を巡る人同士の戦も絶えないという危険な所らしい。
ここで私を異世界に送り込みたい理由があると説明された。
この覇を競い合う、領土を巡る争いというのがどうにもしょうもない話。魔法という便利な文化があるため、なかなか創意工夫して問題解決をするという発想が出てこないからなのだそう。
簡単な例を説明されたのだが、例えば農業。品種改良や農地の改善をするといった事がなく、「収穫高を上げたいなら土地を奪えばいいじゃない!」とばかりに領土の奪い合いをする。一事が万事そういう事を繰り返しているらしい。
それだけであれば滅亡しても自業自得と鼻で笑うところなのだが、神という視点で見るとこれは宜しくない事なのだそうだ。
ここから話が壮大になりすぎ、私も理解したとは言い難い話なのだが……。
そのまま放置していると人類や亜人類という『種』が極端に早く絶滅、ないし絶滅までのスパンが極端に遅くなってしまう。世界そのものにも寿命があり、『種』の存亡というのは『世界のカレンダー』通りに進まないと他の世界に悪影響を及ぼすのだそうだ。
以前、この創造神のジジイがそういった問題を放置、ないし必要以上に介入をした所、一つの世界の滅亡に合わせて別の世界を巻き込んで消滅という、どうにもこうにもな事態になったらしい。
そして、地球文明は色々問題は抱えつつも概ね『世界のカレンダー』通りに進んでおり、またそこに存在する人類も概ね安定的な推移をしているのだそうだ。そういった安定的な世界の住人を別の世界へ送り込み、全体的なバランスを取るようにした所、ある程度の改善を図ることが出来るように成ったというのが理由だそう。
ただ無分別に送り込むというのもやはりバランスを崩す結果になり、100年に一度送り込み、結果を見て調整というスタイルに落ち着いたのだそうだ。それもあり、赤ん坊から人生をやり直すというのが推奨されるらしい。まぁ100年に一度しか送り込まないのであれば、出来るだけ長生き出来るようにしたいだろうしな。
もう一度人生をエリューンでやり直して欲しい。
栄養神の言われることはそういう事のようだ。
伝聞なので「なのだそうだ」や「らしい」が増えるのは如何ともし難いな。経験しないことには実感も無いのだが。
「栄養神の言われることはよく分かりました。事情がお有りのようですし、未知の食材や料理を知れるというのは私にとってもメリットのある話です。ただ、いくつか不安な点もあるのです」
やはり赤ん坊からやり直すというのはデメリットに過ぎる。記憶を保持したまま転生したのだとしても、通常考えれば包丁を握り料理を許されるまで成長を待たなければならないだろう。それだけの期間が過ぎれば、流石に腕が錆びつく。
言葉の心配もあるが、それ以上に異文化を持ち込む人間への風当たりが心配だ。得てしてブレイクスルーを起こす人間というのは歓迎されることもあれば疎まれることもある。あまり平和な世界ではないのであれば、いらぬ争いや暗殺を心配しなければならないだろう。
何より、身一つで転生となったら『残月』『満月』を持って行くことが出来ない。地獄生活で傷んでは来ているが、ある意味命より大事な得物なのだ。
「ご不安ごもっともです。ですのでこれからエリューンへ移っていただくにあたってのコースを説明させていただきます。
と行きたいところでしたが、貴方の望みも叶えるなら、実質これしかないと思います。
まず、やはりそのままの年齢で転移していただいた場合、実質エリューンで活動できる期間が短くなってしまうでしょう。ですので赤ん坊とはいかないまでも、18歳程度まで若返っていただければと。長生きして大いに活動していただきたいので、健康な体にいたしますよ?若返りの影響で精神も若返るといった事もありえますが、今までの知識や経験が無くなるわけではありませんのですぐに落ち着きます。
言葉に関しては対応するのに問題ない技能を。それに、クソジジイがやらかしたお詫びも兼ねて、私から『豊穣神の加護』を差し上げます。加護は色々と効果があるのですが、貴方に有用な効果は『良い食材と出会いやすくなる』という所でしょうか。
それ以外の事項に関しては、フレイヤ?」
「はいよ。お前の刀と包丁に関しては私が責任を持って修繕して、エリューンに行く時には持っていけるようにするよ。
そして、クソジジイがやらかしたお詫びに、私からはこの装備に不壊属性の付与。それと『戦女神の加護』を付けてやる。向こうの世界にも包丁はあるけどここまでの出来となると神器相当だし、刀も同じくだな。壊れたら修理も効かない程だからの処置と思ってくれ。盗難防止にユニーク属性も付けてやるから盗まれても自分の意志で戻ってくるぞ。信用するけど、質屋に入れて呼び戻すみたいな悪用したら天罰覿面だからな?
っとこの装備は未完成なのか?日本の武具は面倒だねえ。じゃあ刀身に対して付与してやるよ。
私の加護はそのものズバリ、『戦闘の技能やステータスが成長しやすくなる』ってヤツだ。
おっと嫌そうな顔をしているな? これはズルじゃないんだよ。フレイが説明した通りエリューンは危険な世界だ。元いた世界の基準で考えてたらあっという間に寝首をかかれるぞ?
それに今のお前さんの体は高度にバランスが取れているけど、若返った場合は……うん、やっぱり鍛え直しの必要があるな。その期間を短くするって加護は必要だろう? まぁ食材入手するのにも戦闘力がいる世界だ。有難がって貰っとけ。周りから浮くのが心配なら『技能隠蔽』の技能もつけてやるからこれで隠してりゃバレやしないよ」
ふむ、相当サービスしてくれたようだな。至れり尽くせりだ。それでエリューンに行った後私はどうしていればいいのだろうか?
「基本的には自由に過ごしてもらって構いませんよ。今の所不穏な因子も見られませんし。
もしかしたらバランスを大きく崩す因子が発生したら対処をお願いすることもあるかもしれません。私達が貴方のような方を送り込む以外に介入すると、それ自体がバランスを崩すことになってしまいますので……。因子が強大すぎれば介入するんですがね。可能な限り不介入としたいのです。
あ、私達との連絡用に『神の啓示』の技能もお付けしますね。困ったことがあったらこれで連絡できますし、貴方の身に変化があった場合はアナウンスしてくれる便利な技能です」
ここまでしてもらえるなら、行かないという選択肢は無いな。まぁ栄養神の言われることだ、元々私に拒否権はない。
こうなったらエリューンに食の革命を引き起こしてやろうじゃないか!
「……話はまとまったかのう……?
じゃあ早速行ってもらおうかの! はいドーン!」
「ちょ! まてやクソジジイ!? あぁ間に合わねぇ!! どこに飛ばすつもりなんだテメエは!」
「あぁぁぁ! 何勝手やらかしてんだぁ! まだ説明すん事あったのによぉぉ!!」
ゲシゲシと何かを蹴たぐる音と悲鳴をBGMに、私は新しい世界へと旅立って行く。
一言だけ言えるのであれば。
ジジイ、いつか落とし前は付けてもらうぞ。