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創造主に会ってみよう

新作連載を開始いたしました。もう一つの連載、エデンアクセラレーション共々宜しくお願い致します。

 私の名前は如月満月。42歳の一料理人だ。料理のジャンルは和洋中なんでもござれ、創作料理で名を馳せていた。

 容姿?まぁ少なくとも2枚目では無いだろうな。醜くはない程度、3枚目といったところだろう。




 グルメ情報に詳しい方は、私を知っている人もいるかもしれない。そう、今をときめく「若き天才料理人」という奴だ。

 私自身は私の事を決して天才だと思っているわけではないのだが、7年前に「稀代の天才料理人」とどこぞの評論家とやらが私の料理を絶賛したせいで急に有名になってしまった。アシスタント時代からお世話になった店への恩返しという意味では有難いことではあるのだが、有名になったおかげで「自称舌の肥えた」クズ共が群がるようになってしまった。

 グルメ雑誌に載っているから、界隈での有名店だからと禄に味も分からずに批評する連中。

 そいつらに作り笑いで料理を提供する私。ははは、同じ類のクズでしかない。


 そんな折、オーナーが高齢を理由に店を畳む事になった。私に店を譲ってくれると申し出てくれたのだが、クズ共に料理を提供することに辟易としていた私は丁重にそれを断った。有名になってから閉店するまでの5年で金も稼いだ。オーナーへの恩返しという意味ではもう完遂しただろう。

 私は理想の店を持ちたかった。本当に味の分かる御仁?いや、そんな相手などこの5年会った事がない。

 心から美味いと言ってくれる相手に、心を込めて料理を作りたかった。そこに金持ちも貧乏も無い。ただ、心で味わってくれる相手に料理を作れる。そんな店を作りたかった。


 私は閉店に立ち会い、オーナーへ挨拶した後に店作りに奔走した。

 都会は駄目だ、本当に良質な素材は産地でしか手に入らない。理想の食材が手に入る田舎に土地を確保し、店の建築を依頼した。勿論デザインは私自身が考えた。落ち着ける店、どこか懐かしい店、木の匂いと風の音がする店。厨房にも拘りを持ち設計した。私一人で全てを賄うつもりだったので、動きやすい動線を考え抜いた。


 農家や牧場、漁港にも伝手を頼りに最上の食材を確保できるよう交渉した。中には頑固な生産者もいたが、私が作る料理と理想を持って根気よく説得した。えてしてそういう頑固な職人の方がいい仕事をするものなのだ。


 そして最後、料理人の魂である包丁。

 現代最後の刀鍛冶師、用賀鉄舟先生に依頼した。これも一筋縄では行かなかった。


 刀は人を斬る物だ。美術品に堕してしまった今もなお、俺が作るのは人斬り包丁だ。料理は人を育むもの、人を殺すための包丁をそれに使っちゃいけねえよ?


 そう言って頑として首を縦には振ってくれなかった。

 私は説得した。鉄舟先生が今まで人を殺す包丁を作ってきたのなら、最後に人を活かす包丁を作ってくれませんか、と。

 3月ほど日参し頼み込んだ末、鉄舟先生は引き受けてくださる代わりに私に一つ条件を付けた。


 あんたの熱意には負けたよ。人を活かす包丁、確かに引き受けた。だがこれは大仕事だ、俺の遺作になるだろう。仕上げるまでに1年くれ。その間に如月さん、あんたは人の殺し方を知れ。その技術の真なるを知り、その上で人を活かす包丁を振るってくれ。


 そう言われ、鉄舟先生の知己である一つの道場を紹介された。


 ここで紹介された方には困った。凄まじい飲兵衛であり昼夜関係なく酒の匂いをさせるような御仁。私は20代前半から料理一筋であったため知らなかったが、この御仁、剣に生きる筋ではかなりの有名人であるらしい。その方に1年、刀というものを叩きこまれた。流派や型は教えてはくれなかった、刀の振り方、それだけは教えてくれた。何万、何億と振ってる内に、自分の体に合うように振れるもんだとは飲兵衛の言。

 斬る技術というのは食材を活かす事に繋がる。そう気付いたのは何時頃からだろうか。筋目に沿う、その素材が「切られたい筋」を見極める事に繋げる。これは料理の腕を上げるのにいいと、それに気がついてからは畑違いの修行も存外に面白く、あっという間に1年が過ぎ去った。


 いいか如月。お前さんに教えたのはあくまで基礎だ。生兵法にも程がある位だが、料理に生きるお前さんにはこの程度が上々だろうよ。お前さんは筋がいい。若い時に俺の所にくれば俺程度にはなれた、もったいない事だ。修行法だけは教えてやるから、これからも精進するんだよ。


 最後に酒の肴を振るまい、美味そうに食っていた顔を今でも覚えている。


 約束通り、鉄舟先生には包丁を打っていただいた。私も20年以上料理人をやっている、それなり以上には良し悪しを見極める眼を持っているつもりだったが、それでもこの包丁は素晴らしい名品だと一目で分かる。そして、包丁とは別に一振りの刀を打っていただいた。


 俺の刀鍛冶としての最後の仕事だ。


 人斬り包丁、銘は『残月』。

 波紋は直刃、地は柾目。

 装具は俺の仕事じゃないのでな、白鞘に収めておいた。

 ちゃんと拵えてえならあの飲兵衛にでも相談しな。


 そして人を活かす刀、文化包丁、銘は『満月』。

 刀身は残月と合わせておいた。

 包丁の茎には如月さんの名前を銘として掘らせてもらったよ。

 これからの門出、お供に連れて行ってやってくれ。


 どちらもこの用賀鉄舟、最後の仕事に相応しい出来栄えだと思っとるよ。


 あまりの嬉しさに、有り難さに、両親が死んだ時以来流したことが無い涙が溢れた。


 全ての準備が整った私は、どうやって理想のお客様を呼ぶかを考えながら運転していた。

 またぞろ料理評論家やマスコミなどに見つけられては元も子もない。かといって会員制にして間口を閉ざしてしまうのも違うだろう。まずは地元の方だけお迎えするのがいいだろうか。

 食育にも興味がある。子供たちに本物を味わってもらい、舌を育ててもらうのだ。そうして20年後、30年後に私のお客になってくれるならば、それは悪くないな。その時私は60歳以上になっているだろうが、金だけは十二分にあるのだ。料理人は生涯現役も可能だし、糊口を凌ぐために稼ぐ必要はない。そうならば親たち向けに料理教室を開くというのもいいだろう。子供たちに食育を行うのであれば、親もそれを知らなければならない。


 そうだ、まずはそういった親たち、家族をターゲットに開店するのがいいだろう。

 子供も来店しやすいように、子供用の食器やおもちゃも準備しなくてはな。

 学校の給食を作り、私の料理を気に入った子供が親を店に連れてくるという集客はどうだろう。これは学校側の理解も必要だな。一度近隣の学校に交渉してみよう。今となっては呪いのようでしか無いネームバリューだが、この交渉に役立てば感謝もしようと言うものだ。


 そんな事を考えながら運転していたのが悪かったのだ。

 気がついた時にはセンターラインをオーバーし、焦ってハンドル操作をミス。

 ガードレールに激突し、崖へと落ちていった。


 走馬灯のように今までの人生を思い出す。

 安穏と過ごした青春時代。20歳の時に自動車事故で死んだ両親。バイト先で出会い、筋がいいと褒めてくれたオーナー。本格的に料理人を志し、妻も娶らず修行した長い時代。認められた嬉しさと、それゆえの苦悩。

 そして、折角打ってくださった包丁を使うこともなく死ぬ申し訳無さ。理想に届かず死ぬ悔しさを感じながら、意識が遠のくのを感じた。



〓〓〓〓〓



 気がついた時、私は深い森の中にいた。

 植生から見ると何故か日本ではない。むしろ見たことも無い植物が生い茂っている。

 車の中にいたはずにも関わらず、その影も見当たらない。

 手に持っているのは鉄舟先生が打ってくださった残月と満月のみ。

 助かった、というのだろうか。あれだけの事故だったのに五体満足で?


 まずは状況判断しないことには始まらない。

 ここは何処なんだと見回すと、一人の老人が目の前にいた。


「ようこそ、生と死の狭間へ」


 誰だこの長い髭の爺は。

 身に纏うローブといい、瘤のついた杖といい、これが噂に聞く魔法使いのコスプレというやつだろうか。

 しかし年齢を考えて欲しい、老人が老人のコスプレをしてどうするつもりなのだろう。これが『痛い』ということなのだろうか。

 状況からして客では無いのだろうか……。今は包丁しかないんだ。店がオープンするまで待って欲しい。ターゲットは家族と決めたが、さすがに老人を無碍にするのは気分が悪いからな。


「これこれ、お前さん……っと如月満月というのかの?

 良いか満月、今から君に頼みたいことがあるのじゃよ」


 何処からとも無く取り出した紙に、私の名前は書いてあったらしい。

 薄気味悪い。張り付いた笑みも胡散臭い。


「いやいや、薄気味悪いとは酷い言い草じゃの!

 君の前にいるのは創造主じゃぞ!? 神じゃよ神!?」


 心を読んだ……だと!?

 やはり薄気味悪いだけでは無いか。とりあえず客では無いようだから、それ相応の対応としよう。

 心が読めるなら話す必要も無いだろう?


「そこは面倒臭がらずコミュニケーションを取って欲しいがのう……。

 まぁ頼みというのはじゃな。知っているとは思うが君は死んでしまったのじゃよ。

 それでじゃな。今、才能ある人材を地球では無い、とある問題を抱えた別の世界へ転生させ、その問題解決をお願いしているのじゃな。如月満月、君の料理の才能はそれに見合うと判断したのじゃ。じゃもんで死んであの世行きになる前に、君の魂を呼び寄せた訳じゃ。

 人間はこういうの好きじゃと聞いておるぞ?いいじゃろ、異世界転生?」


 ふむ、異世界転生、か。


「興味ない」


「ほえ!? 異世界じゃぞ異世界!? 剣と魔法のファンタジーじゃぞ!?

 食いつかないとはリサーチと違う!?」


「いや、若いやつならどうかは知らんが、少なくとも私には興味が無い」


「……」


 黙りこむんじゃない。

 あの飲兵衛の師匠なら行きたがるのかも知れないな、異世界。斬る物が無いとか嘆いていたし。

 だが私は料理人。そういった物に興味は無い。


「しくしくしく……」


「泣くなうざったい……。

 そもそも私がその異世界とやらに行ってどんなメリットがあるんだ?」


「メリットではなくデメリットがあるんじゃよおぉぉ。

 お前さん死んだって理解してる!? 元の世界には戻れないから、このままだとあの世行きよ!? もうね、儂の権限で地獄に行かせちゃう!

 転生なら赤子からやり直しじゃが、色々特典つけた上に記憶も保持したまま行かせてやるぞい?」


 赤ん坊からやり直し……だと? 冗談じゃない!

 私の体は全てが料理を作るためにあると言って過言ではない。鍋を振る筋肉、食材を切るための関節の柔軟さ。厨房という戦場で戦い切るために鍛え上げた肉体。それを捨てて初めからやり直せだと?

 正直元の世界に名残はあるが、戻れないというならば仕方が無い。異世界行きを断るならば地獄、か。面白い。


「それがいい!是非地獄に行かせてくれ!

 ククク、地獄か。妖鳥のジビエ料理、狂骨とかはいるのだろうか? 骨だけにいい出汁が取れそうだな……。夢が広がるじゃないか!」


「な!? 自分から地獄に行きたがるじゃと!?

 もういいわい! ちょっと地獄に行って反省しておれ!」


 足元に穴が開き、地獄へと落とされていく。

 あぁ、地獄か。楽しみだな。

ある種のテンプレな流れ。駄目神好きなんです(笑

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