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8 一ノ瀬千里のバイト2

「ど、どうかしら?」

 昨日はあれから仕方ないので一ノ瀬の仕事着選びに付き合った。と言っても、俺にセンスを期待されても困る。

 ケチくさいことは言わないから好きに選べと言ったのに、一ノ瀬はいちいち俺の意見を伺ってきた上、答えなきゃ答えないで膨れっ面になった。仕方ないので知り合いの服装を思い出しては店員の意見も参考にして一ノ瀬にアドバイスをして何とか決めた。

 だと言うのに、今日もまた出勤一番、似合うかどうかの確認が必要か? 昨日散々やりとりしただろう。

「似合う似合う」

「そうじゃなくて、ちゃんと成人して見えるかってことよ」

「あー、まあ、見える」

「ほんとにぃ?」

「ほんとほんと」

 化粧もほどほどにしているし、落ち着いた服装なので問題ない。そもそも、別に一ノ瀬は見た目だけなら子供には見えない。最近の子供は成長が早く、15歳くらいで18みたいなやつもいる。一ノ瀬は17だし、そうそうわからん。

「落ち着けよ。依頼人の前では不安げな顔するなよ」

「わかってるわよ。大丈夫。私、演技力には自信があるもの。盆百の一般都民を欺くくらい訳ないわ」

「その自信はどこからくるんだ」

 というか自信なさげな顔から一瞬で得意げになって、言い終わったらすぐ戻るとか何の顔芸だよ。すげー見覚えある感じだし………あ、そうか。

「お前今、社長の真似しただろ。というかちょいちょいしてるだろ」

「あ、やっぱりわかる?」

 こいつ基本的に社長とは性格のタイプが違うのにたまに言い回しも雰囲気もそっくりになるから、血縁って恐いと思っていたが、あえて真似していたのか。

「お前はどれだけ社長が好きなんだよ」

「だって、格好良いじゃない」

「そんなもんかねぇ」

 全く否定するわけじゃないが、普段が普段だからなぁ。ま、いいか。

「とりあえず、まだ時間がある。そこに座って、来るまで資料読んでおけ」

「もう暗記するほど読んだわよ」

 言いながらも一ノ瀬は素直に資料を開き直す。よほど落ち着かないらしい。立ったまま読まなくてもいいだろうに。

 一ノ瀬は放って、自分の席について朝一の恒例となってる情報整理を行い、スケジュールを再確認。問題ない。頭に入っているな。

「弘次さん、千里さん、お約束されてる品川様いらっしゃいました。応接1通してます」

 入り口に備え付けのスピーカーから受付事務担当の洋子さんの声がかかる。会社自体ははそう大きくないが、情報漏洩を防ぐため社員作業用と応接間で別の部屋を借りている。

 一ノ瀬を連れて廊下に出て、隣の受付応接用でドアに看板を掲げている部屋に入る。

「落ち着けよ?」

「わかってる」

 一ノ瀬はまだやや堅いが、大分ましになっていた。これくらいなら意気込んでると思ってもらえるか。

「お待たせしました」

 手前の応接間スペースへ入り、挨拶をして軽く自己紹介してから席につく。依頼人の品川良子さんは申告を受けていた年齢より少し上に見えた。

 向かい合う形で座り、2人で主に担当することや今後のこと、料金について簡単に説明して了解してもらってから、改めて依頼内容について話してもらう。

 目配せして一ノ瀬に率先して聞くように示す。

「品川さん、顔色が優れませんようですが、睡眠はとれていますか? よければ後ほど、こちらで仮眠されますか?」

「あ、いえ……ありがとうございます。でも大丈夫です。このくらいの睡眠不足なら、仕事でもよくありますから」

 品川さんの表情が少し明るくなった。化粧が濃いので疲れて見えたがストーカー案件はだいたいが同じような状況だ。化粧で一応見えないし、あえて指摘することも失礼かと思っていたが、言った方がよかったのか。良い機会だ。そのあたりのことは一ノ瀬から学ばせてもらうか。

「では、お話伺わせてもらいます。まず被害としては」

 品川さんから初回受付時に聞いていることを言いながら、都度細部を確認していく。いいぞ。

 一ノ瀬は自分で言っていたが、確かに演技力はある。少なくとも今はびびっているようには見えない。

 依頼人との初面談は驚くほどスムーズに進んだ。問題もなく終了して、ひとまず品川さんには携帯通信機と護身用機器を貸与して、帰ってもらうことになった。もちろん本人了解の元、俺と一ノ瀬が少し離れた場所からついて行ったが、今日はストーカーは現れなかった。

 明日からは品川さんの通勤時間に合わせて見張り兼護衛をすると共に、ストーカー犯を割り出すために動かなければならない。まあ最悪ストーカーは現行犯でいけるから、これはそれほど困難ではないな。

「早くストーカーを捕まえないといけないわね。品川さんは朝が早いけど、寝坊なんかしないでよ」

「しねーよ。つーか、朝の見張りは俺の担当じゃない」

「え? そうなの?」

「品川さんにも説明していただろ。交代で見張りますって。聞いていなかったのか?」

「だから、私とあなたで」

「あのな。一人が延々と付きまとってたら俺らこそストーカーと思われる。何より犯人に警戒されるだろ。今回はとりあえず、見張りには俺ら以外にも5人が担当することになってる」

「そんなに?」

「すぐ尻尾を出せばいいが、そうでないなら少ないくらいだ。2人組が基本だしな」

 品川さんのストーカーは、今のところ付きまといと複数の手紙だけらしい。例えばゴミやポストをあさっているなら、ポイントが絞りやすいので割合捕まえやすいんだがな。付きまといは夜遅い時にあからさまに付けられていると感じる程度で顔を見せたりはしない。手紙も差し出し局がばらばらだし、手紙自体が印刷と痕跡を隠している。

 自分のことをアピールするタイプもいるが、こういうタイプは厄介だ。慎重でなかなか尻尾をださない。手紙も調べるが、何も出ないだろうな。

 まだ実質的な被害はないので刑事事件としては取り上げられるのは難しいが、どちらにせよやられている側からしたらたまったものではない。

 女性なので一番恐ろしいのは深夜の付きまといだろう。それはひとまず見張りで安心してもらう。そこさえ抑えればすぐさま命の危機と言うことはないだろう。 

「俺たちは犯人探しがメインだ。後は通勤以外で本人の希望があれば不定期で見張りだな。休日とか」

「なるほどね。わかったわ。まず今日はどうするの?」

「そうだな。今日のところは品川さんも休みだし動かないだろう。まずは戻って品川さんの情報からまとめるぞ」









「こんなに? 品川さんってさっき来たばかりじゃないの? どうしてこんなに詳しい資料があるの?」

「電話でのアポイントは3日前が最初だ。その時に概要は聞いているからな、先に調べてあるんだよ」

「でも、今日話をしてキャンセルされる可能性もあったんじゃない?」

「その時はその時だ。相手は一刻を争うかも知れないんだ。このくらいは当然、というのが社長の方針だ」

「さすがハルさんね」

 途中、昼飯を購入してから事務所に戻り自席に、と行きたいが一ノ瀬の席はない。仕方ないので打ち合わせ時に使うソファとデスクに資料を置いた。

 話しながら書きなぐったメモを文章として他者にも把握しやすいよう書き直す。この作業だが、さすが現役学生と言うべきか一ノ瀬は早くて書き漏れもなくわかりやすい構成だった。俺は箇条書きになってしまったりするが、それより読みやすい。

「これでいい?」

「十分だ。コピーしてくれ。他の人にも渡しておく」

 飲み物は事務所に備蓄してある。一息ついたので、お茶をいれてお昼にすることにする。食事の時は水かお茶に限る。アルコールは除くが。

「ん、美味しいわね」

「そうか? いつもの味だろ」

「コンビニのパンなんて食べたことないもの。思いのほか美味しいから驚いたわ」

「……お貴族様かよ」

「ちょっとだけ箱入りお嬢様なだけよ」

「自分で言うか。学生だもの、少しくらい世間知らずなのは自覚してるけど仕方ないわ」

「そうだな。まあ、ゆっくり大きくなれよ。てかパン一つで足りるのか? もいっこ食うか?」

「いらないわ。十分よ。これ以上食べたら太っちゃうわ」

「そんなに痩せていても、やっぱ体重は気になるんだな」

「そりゃそうよ」

 食事を終えてからは、まとめてもらってある資料の読み込みに入る。

 品川さんについて簡単に調べた結果だ。依頼人には悪いが、悪人が嘘をついて依頼してくる場合もあるので、依頼人の事前調査は不可欠となってくる。まあ、今回はそんな心配はないだろうが規則だからな。

 品川良子、23歳。一人暮らし。東区の下板町出身。地元の区立学校を卒業後は中央区の大手服飾店に就職。その3年後、小さな服飾工房に転職している。

 1年前に別れた彼氏についても調べた。と言っても顔を見に言ったくらいだ。すでに別の恋人がいることはすぐにわかった。品川さん本人にも聞いたが犯人の心当たりはなく、元彼とは今も友達の友達程度には知り合いらしい。

 保安官繋がりで役所には顔がきくので、書類上のことなら簡単に調べられる。今現在の本人証明、所属、区域がわかっていればある程度は調べがつく。

 しかし現在から過去のことはわかるが、過去から現在のことを調べるのは難しい。登録の際に過去のことを記載して申請する必要はあっても、解除の際には予定を報告する必要はない。なので大昔の情報しかない人捜しにおいてはあまり役に立たない。と、話がそれた。今はストーカーにだけ意識を集中しよう。

「うーん、でもこれ、品川さんについてわかるけど、わかることは少ないわね」

「なんだそりゃ」

「何というか、表面的というか」

「そりゃあな」

 内面的なことまで資料になってたらびっくりする。俺たちは超能力集団じゃねぇ。とは言え言いたいことはわかる。ストーカー調査に置いて、何かしら犯人を調べるためにはまず今までの人間関係を洗うのが先決だ。意識していない人間までわかるのがいいが、なかなか難しい。

 こうして調べて簡単にわかるような、どこの会社にいてその会社に社員が何人いて、というのはわかる。だがその社員の中の何人と親しくて、友人なのか。そんなことは本人達に聞かなければわからない。

「ひとまず品川さんの様子を見つつ、本人と、回りの人にも聞きこみをしていくか」

「え、そんなことしたら、依頼を受けてることが知られちゃうじゃない」

「もちろん、理由は別のことにする。例えば品川さんの恋人の親から依頼されて調べてるとか、今回はまずいか。とにかく何か考えて、本人にも了承もらわないといけないが、あえて適当な理由を少しだけ見せることで詮索をさせないようにするんだ」

 本人が嫌がったら仕方ないが、他の人間からも聞いてみると意外な視点からの情報が手に入ったりするからな。もちろん犯人に声をかけてしまう可能性もあるから、聞く内容もあわせて、そこは慎重にしないといけないが。

「そう言うのってありなの? 犯人を刺激しないかしら」

「犯人も色々だからなぁ。捕まえられなくても、諦めてくれればそれでもいいしな。しばらく様子見をしても尻尾をださないようなら、品川さんとも相談しつつそうするだろうな」

 あくまで依頼人の意向が最優先だからな。聞きこみと言っても、何なら品川さん本人が世間話としてしてくれてもいい。

 だいたいストーカーは痴情のもつれか、一方的な恋情の付きまといばかりだ。手紙の内容もそれだし、詳細な中身から品川さんに近い人物に違いない。そう問題ないだろう。尻尾をださないなら、こちらから揺さぶればいい。

 俺はそう、軽く考えていた。ストーカー事件自体は初めてではないし、いずれも似たような状況で、似たような形で解決した。そう難しくはない。犯人との我慢比べのようなものだ。










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