5 鎌倉椎名との仕事2
あれよあれよと言う間に控えていたメイド達によってお茶会の用意がされ、俺は椎名に命令だとして椅子の一つに座らされた。しかもレティシア姫の隣で、手が届くほどの距離だ。俺は慌てて椎名に小声で抗議する。
「おい。椎名部隊長、いくらなんでも仕事中にまずいんじゃないすかねぇ」
「何を言うんだ。国をあげて歓迎するホストの希望より、こんな何もない場所の警備が大事だと言うのか? 先輩はどうかしているぞ」
椎名の言い方はともかく、正論だ。警備だけが仕事ではない。まして上司の命令でもあるのだから、柔軟に対応することを咎められるはずがない。わかっているのだが、居心地が悪すぎる。
「まあ、先輩にも頭を整理する必要があるだろう。姫、順繰りに説明させていただいてもよろしいか?」
「はい。椎名さんに任せます」
「承った」
整理して説明するほどのことがあるのか? よくわからないが、俺が求めているのは説明では……いや、時間ができたとそのまま受け取ろう。
椎名はペンフレンドと言うだけあってかなり気安い態度で姫に話しかけている。おかげで姫の強ばっていた体も緊張が抜けていくのが目に見えた。
「まず規則が大きく変わったことを伝えよう。以前は警備に自国の人間を付けないことにしていたが、さすがにそうもいかなくなったからな。特にレティシア姫は溺愛されていたので、今もこうして腕利きの、それこそ先輩も私も歯が立たないほどの人がついている」
「こうしてと言いますが、距離があれば同じではありませんか?」
少なくとも目に見える範囲ではメイドしか連れてきていない。離れた位置でいいなら、以前にもいたはずだ。
「なにを言ってるんだ。とまあ、意地悪を言うのはやめてやろう。彼女だよ」
椎名が手のひらを向けて指し示したのはさっきから姫のすぐ斜め後ろに控えているメイドだ。
「お初にお目にかかります、佐藤様。レティシア姫の付き人護衛をしております、アリーヌと申します。以後、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
一礼しながらされた自己紹介に頭を下げ返しながら、予想外の人物に困惑する。
「信じられないと言う顔をしているな」
「ああ……いや、大丈夫です。納得しました」
メイド全員に言えることだが、綺麗な身のこなしなので何かしら護身術程度はしているとは思っていた。当たり前のように感じていたが、よく考えると前の時のメイドは違った。昔のことなので忘れていた。どの程度かはわからないが、護衛と認められているのだから俺がとやかく言うものではないだろう。
「そうか、とにかくそう言うことなので、正真正銘ここには私たちしかいないんだ。姫の許可がある限り、姫の望むようにするように。私にもいつも通り話してくれ」
「それはいいが……お前はいったいどういうことを望んでるんだよ」
「それはレティシア姫に……まあ、言いにくいか。説明の続きをしよう。三年前の事件から私はペンフレンドとしてレティシア姫から相談を受けていて、君の本当の気持ちを知りたいとのご所望だ」
「本当のってなぁ」
俺は頭を掻きながらレティシア姫を見る。レティシア姫はじっと俺を見ている。
あれから三年。14歳になったレティシア姫は、花の妖精のように麗しいと歌われた愛らしさをそのままに急激に大人びていて、大人と子供の狭間にある儚げな美貌を手にしていた。そのくせ、まだまだ可愛らしい雰囲気がある。
そんな容姿のレティシア姫が悲しそうな顔をしていると、いっそう俺は罪悪感を感じてしまう。
「弘次さん、あなたの本当の気持ちをおっしゃってください。少しでも償いたいのです」
「レティシア姫……私は」
「先輩、昔先輩が私に腹を割って話そうと言った時、何と言ったか覚えているだろうか?」
昔? 昔とは、椎名が入ってきてすぐの時か。あの時は確か椎名を半ば無理やり食事に誘って敬語をやめさせて……。
「まさか……」
「弘次さん、椎名さんを怒らないでください。私から言い出したんです。私
だって、もう自分の立場をわかっているつもりです。私が相手では、どんな本音も恨み言も言えないと思います。だからこそ、敬語をやめて、私がただの女だとして、ただの女のために保安官をやめたのだとしたらどう思うのか、それを教えてほしいんです」
確かにそれはレティシア姫が言い出したのだろう。もし椎名が企んだのなら、直接会わせたりしないだろう。聞き出して録音するなりをするだろう。
いくら口頭でごまかしたって、顔を合わせればどうしたってレティシア姫はレティシア姫でしかない。それがわからないのだから、やっぱりまだ、子供なのだ。でもそんなお姫様だからこそ、俺はそのお願いを聞いてあげたくなるのだ。
俺はいつだって女の子に弱い。分かり切っていることだ。
「……わかった、わかった。ただし、不敬罪は勘弁してくれよ」
「弘次さん…はい。私のことはただの近所の人だと思ってください」
それはさすがに無茶があるだろう。とにかく一度敬語をやめて、本心からだとわかってもらえるよう、レティシア姫の望む通りの設定だとして考えよう。
「じゃあ……レティシア姫が姫じゃなくて、例えばただの知り合いの商人の娘で、一緒に歩いている時に襲われて、それから三年後のひさしぶりの再会ならいいな?」
「はい。お願いします」
ただの知り合いとなら保安官をやめたか微妙なところだ。仕事中にも関わらずのミスだったから許せなかったわけだから。だが、どちらにせよ不甲斐ないには違いない。レティシア姫も納得しているんだから、その設定で思い込もう。
「じゃあいくぞ」
「はい」
緊張に堅くなり僅かに震えるレティシア姫、いや、姫だと駄目だった。レティシアな、レティシア。
「ひさしぶりだな、レティシア」
「お、お久しぶりです、弘次さん」
レティシアは少し戸惑ったように返事を返してくる。再会からやり直すと思わなかったか? まあいい。
「元気だったか? 大きくなったな」
「はい。お陰様で。あの時は、申し訳ありませんでした。私のせいで」
「ばーか」
俺は緊張をほぐすように、レティシアの頭をくちゃくちゃにかき混ぜるように撫で回してやる。
「きゃっ、な、な、なにを」
「お前は頭が固いんだよ。いいか? お前は子供で俺は大人だ。黙って守られてりゃいいんだ。元気でやってるなら、俺は嬉しいよ」
「で、でも、私のせいで」
「どうしても気になるってんなら、お前が大人になった時に、今度はお前が誰かを助けてやれ」
「それは、それはもちろん、そうしたいと思います。でも弘次さんへの償いには」
「あーはいはい、そういう暗いのはやめろって」
「きゃっ、も、もう! 女の子の頭をそう気安く撫でないでください! セットするのにどれだけ時間がかかってると思ってるんですか!」
さらにめちゃくちゃにしてやるとさすがに嫌だったらしく、レティシアは語気を荒くした。その姿に笑ってしまう。三年前も、妖精なんて言われたがレティシアは年相応に子供っぽくて悪戯が好きで、すぐにむくれる実に子供らしい可愛らしさを持った子だった。その姿がおもいおこされたのだ。
「そりゃ悪かったな」
「あ、い、いえ、その、すみません」
はっとしたようにまた謝るレティシアに俺はため息が出そうだ。全くこれだけ言ってもわからないのか。
「だから、謝るなって。あのな、俺の為に何かしたいってなら、謝るな。笑えよ」
「え、わ、笑う、ですか?」
「そうだ。いいか? 男なんて単純だから、可愛い女の子が笑ってればそれだけで嬉しいし、満足なんだ。だから申し訳ないと言うな。笑え。笑ってありがとうって言ってくれた方がずっといい。それなら俺も素直にどう致しましてと受け止めてやれる」
「……そんなことで、本当にいいんですか?」
「もちろんだ」
「何の償いもいらないのですか?」
どんなにふざけて言っても、軽い調子で言っても、レティシアはまだ吹っ切れないのか。簡単ではないのはわかる。逆なら俺も気にするだろう。それでも俺は笑ってほしい。
「言ったろ、大人は子供を守るものだ。それは代価の為じゃない。だからこそ、償いもいらない。子供は、笑ってるだけでいいんだよ」
それだけなんだ。本当に。俺が守りたいから守っただけなんだ。もちろん仕事だが、そうじゃない。俺は誰かを守りたくて保安官になったんだ。誰をも守りたかった。
だからレティシアが姫でもなんでも、守るのは当たり前なんだ。守りきれなかったことを悔やみこそすれ、レティシアに悪しき感情なんてない。気にさせていることがただ申し訳ない。
「なぁ、レティシア。笑えよ。笑った顔が見たいんだ」
「……まるで、口説き文句みたいですね」
「馬鹿野郎、十年早い」
「もう……そこまで私を子供扱いするのは、弘次さんくらいですよ」
そう言って、レティシアは笑った。
その笑顔は本当に綺麗だった。十年たってたら本当に口説き文句になっていたかも知れない。なんて、冗談だ。
○
それからしばらくは、昔話や最近の、たわいない話をした。レギアス王子の話には少し気まずかったが。自分の中で気持ちの整理は十分にしていたつもりだったが、当人であるレティシアと話せたことでまだ少しわだかまっていた何かが氷解した。明日からはまた、気持ちを新たに働けそうだ。
「では弘次さん、またお会いしましょう」
「ああ、またな」
結局最後までレティシアにはタメ口を通すことになった。設定ごっこが終わった時点で一度戻したのだが、レティシアにそのままでと言われたので仕方ない。
ほぼ丸々三時間レティシア達と過ごしたが、終わってみれば一瞬のようなものだった。それでも仕事を忘れる訳にはいかない。
レティシアを連れて椎名たちは交代の保安官がくる前に帰って行った。そのすぐ後に俺も、交代して別の場所へ移動した。
その日のシフトが終了し、保安官の制服から着替えて外に出ながら携帯通信機を見ると通信文が入っていた。
椎名からの呼び出しだ。椎名の個人用の通信機からだった。椎名くらいになると支給される通信機も新しいもので業務時間以外の持ち出しも自由なはずなのに、生真面目な椎名は仕事用とプライベートをわけている。
すぐに電話をかけることにする。
「コールコール、佐藤だ。聞こえているか?」
「先輩は相変わらず古臭いかけ方をしますね」
「うるさい。返事はきちんとしろ」
「はいはい。コールリターン、鎌倉です。聞こえていますよ」
電信話にでた椎名は敬語だった。すでに仕事を終えていたらしい。待ち合わせ場所を決めて電信を切った。
15分ほど歩いて到着する。店は何度か来たことがあり、2人とも気に入っている店だ。入り口横の壁にもたれていた椎名は俺に気づくと組んでいた腕をといて、片手をあげた。
「こんばんわ、先輩。お昼ぶりです」
話しながら店に入る。椎名はすでに予約していたらしく、すぐに個室に通された。
コートを脱ぎながら適当に注文を済ませ、席に着く。向かいに座る椎名はどことなくにやついている。
「先輩、季節限定の新メニュー出てますよ。後で頼みましょう」
「おう。それにしても……仕事以外で会うのも久しぶりだからか、敬語のお前は変な感じだな」
「何でですか。電信文と電信話では話してたじゃないですか」
口を尖らせる椎名にため息をつく。
「顔を合わせるのとは別だ。というかお前は俺に隙あらばタメ口使わせようとするくせに、自分は完全に公私混合しないとか、ずるくないか」
「仕方ないじゃないですか。立場が立場ですし、舐められたら困りますから」
「俺にタメ口使われても同じだろう。というか俺にも立場があるんだが」
むしろ俺の方がバレたら怒られそうなんだが。敬語使う分にはそう問題にはならないだろ。敬語使えとは思っていないが、なんだかな。
「いいんです。というか先輩は自分で言ったことを直ぐ忘れすぎです」
「ん? 何がだ?」
「後輩は先輩を困らせてなんぼだって、言ったじゃないですか…」
言ったとは思うが……都合よく使ってないか? ……まぁ、いいか。可愛い後輩のちょっとした我が儘だ。
飲み物が運ばれてきて、俺たちは乾杯してから一気に飲み干した。うまい。
○