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4 鎌倉椎名との仕事

 今日の仕事は探偵業ではない。うちの如月探偵事務所は受ける依頼内容に制限が殆どないが、それ以外にも他と違う特色がある。それは社長を含め全社員が元保安官であり予備官であると言うことだ。かく言う俺も3年前の25歳までの7年間、保安官として働いていた。

 国家公務員である保安官の特徴として、退役後も希望すれば予備官としていざという時の一時復帰が可能な役職をもらえる。いざという時と言っても、例えばパレードなどの人手不足な時に駆り出されて街角で1日立ちんぼの見張りをすればバイト代が出るという程度のものが大半だ。その仕事にも大した強制力はなく、受ければ老後の年金にも色がつくので大抵の保安官が受けている。

 全社員23人の内半数が一定の定年まで勤めた先輩方で、あとは女性で結婚を機にやめた人もいれば、怪我でやめた人もいる。俺は一応怪我をしたことがキッカケだ。そんな構成なので現役保安官との関係はそれなりに密で、応募をかけるほどでもない少数の人員募集なんかはうちにだけ話が来たりする。

 今回は警備員が足りないと言うことで15人が交代で24時間勤務を一週間、予備官として働くことになった。ちなみに個人だともらえるバイト代は会社に払われる。まあ、当たり前だが。

 と言うことで現在俺はこの街の外周の警備に加わり、朝からずっと立っている。形式として警備が必要ではあるが数合わせみたいなものだ。予備官を立たせる位置は大抵、ほぼ必要なさそうにすら見える場所だ。門ならともかく、こんな何もない塀のあたりに何かあることは滅多にない。人も滅多に来ない。実に暇だ。

 しかし今回は隣国から使者が来る為の警備増強なので、門前になんて立たされたらたまらない。それならここで突っ立って、雲の流れでも見てる方がマシだ。

「おーい、交代だ」

「おー」

 とできたら良かったんだが、そうもいかない。さすがに場所が場所だ。トイレも何もない同じ場所にずっと配置しては休憩もままならない。三時間経過で交代だ。シフトによると次は塀の中で、町外れの噴水あたりだ。これまた人通りのない場所だ。

 ベテランの先輩と交代して、次の場所へ移動する。と、その前にトイレと水分補給くらいはしておくか。

 五分ほど寄り道をしてから目的地へ進む。

「遅い」

「……確かシフトでは、高崎先輩がいたはずですが」

 シフト表では俺の前にここを担当するのは42才の高崎先輩だったはずだ。まして現在の上司にあたる鎌倉椎名(かまくらしいな)部隊長がいた。何でだよ。

「彼なら次が休憩のシフトだから、もうあがった。10分の遅刻だぞ」

「申し訳ございません」

「先輩、どうせ人もいないんだ。普通に話してくれて構わん」

「……まぁ、お前さんがいいならいいけどな」

 俺よりずっと出世した後輩の椎名は新入りの頃に俺の下についていたと言うだけで、未だに先輩先輩と呼んでくれる。それは嬉しいが、少しばかりくすぐったいような、居心地が悪いような感じだ。

 俺が止めた時と同い年なのに部隊長とか、出世しすぎだろ。俺は当時はまだ班長だった。有能すぎるやつだったから疑問はないが、歴代最年少で大部隊長にまでなりそうでビビる。

「ところで部隊長様がこんなところで時間潰してていいのか?」

「先輩…あまり意地の悪いことを言ってくれるな。部隊長なんて私以外にもたくさんいる。皆、顔を覚えてもらおうと躍起になって働いてるからな。一人くらいいなくても問題ないさ」

「サボりとは、悪い部隊長様だ」

「いい加減、いつもみたいに名前で呼んでくれ」

「はいはい。わかったよ、椎名」

「うむ。何だ、先輩」

 笑った椎名は子供みたいで、どうしてこんなに懐かれているのか不思議でたまらない。普段仏頂面が多い椎名なので、こうして無駄に笑顔を向けられているといくら鈍い俺でも好かれているのはわかる。俺は先輩として当たり前の教育をしただけで、それほど特別なことはしていない。椎名以外の元部下も椎名ほどではない。これも刷り込みというのだろうか。

 椎名は貴族だから身分の関係ない体育会系の扱いは初めてだったのだろう。それが逆に新鮮だったのかも知れない。入ってきたばかりのこいつは鼻っ柱が強くて意地っ張りの意固地で……今は少しは柔軟になった、かな。俺もあんま、人のこと言えないがな。

「椎名、今日の予定は? 1日空いてるわけじゃあるまい?」

「ああ、さすがにな。午後からは名指しで呼ばれているし、その後は会合もある」

「つまり、昼は俺と一緒に食うってことだな」

「その通り。さすが先輩だな、ご褒美に奢ってやろうか?」

「馬鹿言え。先輩っつーなら先輩をたてろよ、後輩」

 現実的に考えると椎名の方が稼いでるのはわかるが、いくらなんでもそりゃねーよ。俺を先輩と慕うなら、後輩は黙って奢られてろ。

「ふふ、先輩ならそう言うと思ったよ。お言葉に甘えて、後輩らしく奢られるとしよう」

 お互い保安官の制服を着ているので人前ではさすがに敬語を使わないわけにはいかないが、さすがに今日椎名がそんな気分ではないことはわかっている。気にするなと言いたいが、俺が言っても仕方ないだろう。

 後でファストフードでも買って来るか。

「椎名、お前相変わらずピクルスは嫌いか?」

「またハンバーガーにするのか? 先輩は相変わらずケチだな。もちろん私はピクルス抜きで頼むよ」









 今回の予備官仕事もようやく半分まできた。さすがに人気が全くなく何もないところの見張りと言うのはやりがいがないし、少しばかり嫌になってくる。

 昨日は世間様が休日なので暇を持て余した女学生が無意味に無休で隣で警備員をしていたが、今日はそれもない。

 保安官時代は街中の警備は日常的な仕事だったが、あくまで街中、つまり人通りがあり目を光らせる必要のある場所の話だ。数合わせで念の為、外聞的に何人動員したとそ言う見栄のようなものの為に、そもそも人の手が入ってるのかすら怪しい場所の警備まで常に血眼で行っていられない。

 もし万が一ここからの侵入を企む用意周到な何らかの組織があったとすれば、仕事用の小型通信機があるからと言って一人で対応できるものでもない。しかも旧型だし。うちの会社から支給されてる最新に比べると、質の悪さはどうしても目立つ。有効範囲も段違いだしな。

 そんなわけでやや気を抜いていた事実は否めない。警備員は等間隔に配置されているが、旧型通信範囲ギリギリの1キロ間隔だ。欠伸をしても咎めるやつはいない。

「こら! 気が抜けているぞ!」

 怒声にぎくりと思わず体が強張った。大きく開いていた口を閉じながら振り向く。

「おどかす………え」

 椎名の声だったので文句を言いながら振り向くと、そこに居たのは椎名だけではなかった。

「な、失礼いたしました、気付かずに。ご無礼をお許しください、レティシア姫」

 俺は三年ぶりに見る隣国の姫君の姿に慌てて膝をつき、付け焼き刃の隣国式の礼をする。

「顔をお上げください。以前のように楽になさって結構ですよ」

「はっ」

 顔をあげるのはつらかった。正直に言うと、後ろめたい。レティシア姫には否はないが、否応なしに自分の失敗を突きつけられる気分になる。しかし、請われたからには上げないわけにはいかない。

「お久しぶりです、レティシア姫」

 三年前、俺は今回と同じように王宮に逗留しているレティシア姫の護衛として顔を合わせていた。本来であれば俺のような下っ端が直接顔を合わせる立場ではなかったが、女性保安官である椎名が側にいた方がよいだろうとの判断で、そのおまけとして俺も側で使えることになった。

 もちろんすぐ近くではないだけで常に他にも護衛はいたが、名前を告げて挨拶をしたのは俺と椎名だけだ。

 王族であれば側仕えがいて当然だし、レティシア姫も今と同じくメイドを連れていたが、護衛に関してはあえて相手国からださせることで信頼の証となるというのが、うちと隣国の暗黙の了解であった。また直接の護衛となった者がその間付き人のようになるのも定例であった。

 なのでレティシア姫は今も俺のことを覚えていたのだろう。それは光栄だが、同時に申し訳なさすぎて自分の首を絞めたくなる。

 三年前、レティシア姫は怪我をして帰って行った。大した怪我ではなかったし、レティシア姫のお言葉のおかげで首にはならなかった。しかしその時に怪我をして湿気った日は少し痛むようになり、居心地は悪く、何より自分が許せなくて結局は保安官を辞職した。

 今でもレティシア姫が怪我をした瞬間のことは覚えている。完全に油断していた。レティシア姫の動きには気づいていたのに無視をした。

 はしゃぐレティシア姫に、少しくらいならと見ないふりをした。俺は遊び相手ではなく、護衛だったのに。回りを先輩方に囲まれていることに油断してした。

「はい、お久しぶりです。あなたに会いたかった。三年前、私のせいで保安官を止めることになったことを、ずっと謝りたいと思っていました。謝るのにこんなにも時間がかかって、申し訳ありません」

「そんな、そんなことはありませんよ。あれは私が悪かったのです。姫がお気になさる必要はございません。私こそ、申し訳ないと、ずっと思っていました」

 レティシア姫は当時からとてもいい子だったから、きっとそう言うだろうと思っていた。だからこそ、俺はいたたまれないのだ。確かにレティシア姫が言い出したことが発端だったが、それを許した責任は俺にある。子供に責任なんてない。

 レティシア姫の負傷と言っても僅かなかすり傷だ。だが、そういう問題ではない。俺は俺自身が許せなかった。あの時の俺があのまま保安官でいることは、恥ずかしくてたまらなかった。だから保安官をやめたのだ。極論を言えば、レティシア姫は関係がないとさえ言える。

「そんな、私が我が儘を言ったからです。あなたは怪我までして、私を守ってくれたではありませんか」

 そんなことは当たり前のことだ。どう言えば姫は納得するのだろうか。もう二度と会わないだろうと思っていた。人生をやり直して、今度こそ恥ずかしくない仕事をしようと思っていた。せめて自分に胸をはれるようにと。

 俺はこの状況をつくりだした犯人である椎名を見た。椎名は困ったように眉尻を下げて微笑んでいた。困りたいのはこっちの方だ。

「先輩、実はあれ以来、私はレティシア姫とはペンフレンドなんだ」

「…はい?」

「いや、何故こうなったのか疑問に思っているようだったのでな。説明した」

「説明にっ、なって、ませんが?」

 2人きりでもないのに危うく怒鳴りそうになった。なんの説明だ。どういう経緯でこうなったとか全くわからん。というか、ペンフレンドだとか、命令されたかとか、そんか経緯はどうでもいい。

 どういう意図で仕組んだ。お前は俺がどう思ってるかくらいわかってるだろうが。ペンフレンドならなおさら、お前から姫を説得しろよ。こんなことして、万が一があれば国交断絶とまでは行かなくても、レティシア姫は二度とこちらには来れなくなるぞ。あんなにこの街を気に入ってくれていたのに。

「そう恐い顔をするんじゃない。姫が怯えているじゃないか」

 椎名はレティシア姫の肩をぽんと叩いて場違いなほど明るい調子で言った。

「さぁ、時間はたっぷりありますが、限りがありますよ。予定通り、さっさとお茶会を始めましょう」

 は? お前は何を言ってるんだ? 姫も何頷いてるんだ。予定通りってなんだ。というか、仕事中だろうが!









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