13 佐藤弘次の日常
あれで一ノ瀬のバイトはお仕舞い、と思いきやまだ続けることになった。前よりは頻度は少なく、あくまで学業優先で依頼のメインに入らずサポートでの週2勤務だが。どんな気まぐれかは知らないが社長がオーケーを出している以上、俺に意見などあるはずもない。
「伸二さん、来月のシフト希望まだですよ」
「ああ、すまない。昨日から持ってたんだが、出すのを忘れてね」
「はい。確かに」
「千里ちゃーん、棚の書類整理手伝ってほしいんだけどー」
「はい、ただいまー」
こんな感じで、みんな今までいなかったバイトの子、しかもただでさえ少ない女の子と言うことで非常に可愛がられていた。
「ねぇねぇ、千里ちゃんって、彼氏とかいるの?」
「いえ、学業に専念してますので」
「もったいないな。わしの息子を紹介しようか? いーい男だぞ。年収もすごいぞー」
「すみませんが、母より年上はちょっと」
「そーですよぉ、天さん。だいたい、バツ3の息子さんを千里ちゃんにすすめるなんて可哀想じゃないですか。千里ちゃん、よかったら私が紹介しようか? 現役保安官ならよりどりみどりよー」
「結構です!」
バイトでも顔を合わしていたが、短期でなくなって遠慮がなくなったが、まぁ、馴染んでいるようでなによりだ。
昨日は囲まれているのを無視していたので帰り際睨まれていた気がしないでもないが、今日は休みなので知ったことではない。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
久しぶりの実家への帰宅は母に喜ばれたが、していることはこうして里帰り出産の為に戻っている妹の荷物持ちだ。俺の義理の弟となった桜庭裕一郎君はちょうど発覚した次の月から二年の出張に出てしまったので、妹は割と早い段階からこうして里帰りしている。
というか出張から戻るまではいるらしい。勿体ないからと賃貸も解約しているし、好き放題だ。月1で戻ってくる裕一郎君も家に泊まっているし。まるで入婿のようだ。向こうのご両親も兄弟が多いからか、特に何も言われていないようだし別にいいのだが。
「じゃあ弘次君、私が今日何を買いにきたか言ってみてください」
「はい、由香里さん。我々は、お腹にやどるベイビー様のお洋服を買いに来ました」
「よくできました」
「頭を撫でるな」
自分で言うのも何だが、俺は唯一の妹である由香里を可愛がってきた。今思えば過保護なほど甘やかしてきたと思う。姉がなくなってしまったこともあり、両親もそれを支持してくれたから拍車がかかっていたと思う。だからだろう、由香里は俺を尊敬する兄というより言うことを聞いてくれる人間として格下のように扱ってくることが多い。
それに文句を言ってもいいのだが、今更だしどうせ俺は妹には勝てないのだからあきらめている。年下に舐められる性分なのだろう。
「しかし、異亭壇まで行かなきゃないのか? 近場の大型スーパーでも子供服くらい売ってるだろ」
「お母さんが初孫だからって張り切ってるのよ。ごめんねー、お兄ちゃんの時の子には手を抜いちゃうかも」
「はいはい。確か女の子だよな?」
「うん。今日は裕一郎さんの代わりに、男性の意見をお願いね」
「パパ代わりとは、そりゃ責任重大だな」
「疑似でもパパ扱い嬉しい? お兄ちゃんも早く結婚しなよ」
「うっせぇ。相手がいたらしてるよ」
話しながら電車に揺られること15分。中央区の高級総合百貨店、異亭壇に到着する。不景気だなんだと言っても、普段目にする物の二倍からする商品がごろごろ並ぶこの店がこんなに混んでるのだからわからないものだ。
「ねぇ、後輩で美人さんいたじゃない? 彼女は? 確か椎名さん? もう結婚してるの?」
まだその話を続けるか。人混みの中店内を子供服エリアまで歩きながらも由香里がぶつかったりしないよう注意をする。何せ2人の命がかかっているのだ。
「あいつは部隊長様だぞ。高嶺の花だ」
「確かにお兄ちゃんには高嶺の花なくらい美人だったけど、懐かれてたし、案外アプローチしたら満更でもないかもよ?」
「あほぅ。後輩にんなことできるか。パワハラになるわ」
「えー、弘次君はほんと、あったまかたーい。かちこちー」
「頭を気安く叩くなよ」
さすがに手を掴んでやめさせる。そのままついでに手を持ったまま歩くことにする。これだと誘導もしやすいしな。
「ちょっと、恥ずかしいんですけど」
「いいだろ。昔はよく繋いでいたし、もしお前が躓いても転ばないだろ」
「23と28のいい大人がすることかな。ま、心配してくれてるわけだし、許してあげよう」
「そりゃどーも」
俺も気恥ずかしさがないでもないが、由香里に万が一がないようにするなら効率がいい。ならば俺の羞恥なんてどうでもいいことだ。
「赤ん坊専用の店か……さすがに小さいなぁ」
売り場では片手に握り込めそうな小さな衣類が並んでいた。頭ではわかっているが、こうして服だけを見ると本当に小さいな。
「かわいー。はぁ、ついに自分の子供用を買うときがきたかー」
「おお、こんなに小さいのに、結構するんだな」
「とーぜん。ねぇねぇ、どんなのがいい?」
「言われてもな」
「もー。ちゃんと考えて。これなんてどう? かわいー」
手を離してやると由香里は子供のようにはしゃいでハンガーを手に取る。ピンク色でリボンがついていて、丸い襟で実に女の子らしい。
「可愛くていいんじゃないか?」
「ほんとにわかってる?」
「うーん、正直に言ってもいいか?」
「どうぞ、弘次君」
「由香里の子供なら絶対に可愛いから何でも似合うと思うぞ」
「あー、はいはい。全く参考にならない意見をありがとうございます。弘次君は役に立たないパパでちゅねー」
「やめんか」
裕一郎君からも頼まれているし、代わりをするのはいいがパパとか言うんじゃない。裕一郎君が可哀想だろう。
というか実際、小さな頃の由香里は可愛くて姉さんのお下がりも俺のお下がりも似合っていたし、何でも似合うと思うんだがなぁ。
「わかったわよ。じゃあとにかく、一通り悩むから金魚の糞でもしてて」
「はいよ」
元々俺の役割は由香里の安全保全と荷物持ちだ。服装センスまで求められても困る。
そうしてこうして、俺の休日は妹サービスで終わった。せっかくの親孝行しろとのアドバイスをもらってるので、母にはとりあえず高めの日本酒をプレゼントしたが、病気が見つかったのかと心配された。妹にまで本気で心配そうにされて、さすがに反省した。
○
一ノ瀬の様子がおかしい。休み明け、一ノ瀬に親孝行したぜと言おうとしたら何だか知らないが物凄い機嫌が悪そうでできなかった。
「一ノ瀬、なにか悩みでもあるのか?」
「なんでもないわ」
いやいや、そんなあからさまにぶすっとして、しかもちょっとクマがあるし、俺から視線を一瞬はずしていて、それでなんでもないは無理がある。そう思ったが突っ込める感じでもなかった。よっぽど困ったら相談してくるだろうし、とりあえずはスルーすることにした。
したんだが、やはりどうにも落ち着かない。
その日の仕事帰り、俺は一ノ瀬に気晴らしに花でもプレゼントしてやることにした。花なら千円くらいで豪華になるし、親孝行のアドバイスで母も喜んでいたからその礼でもある。
妹もむくれていたときには花をあげると少し機嫌がよくなったし、女には花をあげてれば間違いない。しかしさて、一ノ瀬には何の花がいいか。
「やぁ、先輩。こんなところで奇遇だな」
「ん? ああ、椎名か。よう。お前こそ珍しいな」
花屋の店先でしゃがんでいると頭上から声がかけられた。振り向きながら立ち上がる。制服なので椎名もちょうど帰りなのだろう。今日は早く終わったんだな。
「支部からの出向帰りだよ。誰かに花をプレゼントするのか?」
「ああ、うちのバイトにな。どうにも機嫌が悪いようでな」
「バイト? いや、それより機嫌が悪いからっていちいち花を買っているのか?」
「と言うより、そいつにはちょっとしたアドバイスをもらってな。その礼を言おうとしたら不機嫌で言えなかったからな」
「ふむ。なるほど。しかし、バイトを雇うとは。人手不足なのか?」
「いんや。社長の姪御だよ」
「春樹さんの!? へぇ……春樹さんに似ているのか?」
「まぁそうだな。顔は割と似てる」
「ふぅん…そうか。それは私も是非とも会ってみたいな」
「んじゃ、頑張って時間あけて、今度昼にでも遊びに来い」
今でこそ部隊長様として忙しい椎名だが、俺が入所したてのころなんかはちょくちょく顔をだしていた。社長も先日、椎名と会わないと言っていたしな。
「そうだなぁ。最近は忙しくてすっかりご無沙汰だからな。それじゃ、今度姪御さんと春樹さんがおられるスケジュールを教えてくれ」
「それはいいが条件がある」
「なんだ?」
「姪の一ノ瀬千里に何の花がいいか、選ぶの手伝ってくれ」
「うむ。よかろう」
椎名の協力のもと花を選ぶ。家に帰って水につけて、一ノ瀬が次に来る土曜日に渡すには十分だろう。
「ありがとな」
「礼にはおよばないさ」
「そうそう、椎名、太郎丸がどうしてるか知ってるか?」
「もちろん耳に入っているよ。なんでも、先輩を気絶させた時の女性と付き合いだしたとか」
「マジで!?」
俺が聞いたのは単にあのミスの後、初期訓練からやり直しのバツを受けてたからそれについてなんだが、マジで!?
「聞いてなかったのか?」
「聞いてねーよ。あいつマジでふざけんなよ。俺キューピットじゃねーか」
「いや、そうでもないだろう」
椎名と別れ道まで話をしながら帰った。
○