12 一ノ瀬千里のバイト6
少なくとも確信は持てているので、山田さんへ呼び出しをする手紙を出すことになった。
話す内容が内容なので人に聞こえるような場所では話せない。しかしだからといってうちの事務所では犯人の心理として行きづらい。その為に使用する場所もちゃんとある。
怪我で保安官を退職した飯塚康弘さんの営む喫茶店だ。彼は社長の元同期だ。防音性が高く、こちらの事情を組んでくれて、何よりコーヒーがうまくて近いのでうちの人間の間では人気の店だ。
喫茶・飯塚には事情を話して貸切にしてもらった。と言っても誰もいないのも不自然だ。保安官に対しては通常通り開店してもらっている。俺と一ノ瀬も無関係を装って近くの席へ座るつもりだ。
これ以上長引かせる訳にはいかない。直接山田さんのところへ手紙を投函し、翌日の午後3時に呼び出した。来ない可能性もあるが、どちらにせよ平日になれば顔を合わせるのだ。少しでも理性的なら、来ると考えて問題ないだろう。
手紙を出した翌日、俺は午後の仕事の前に買い出しに出ていた。会社の備品が少し減っていた分だ。今日はコーヒー豆と印刷インク、あとついでに俺の昼飯を。
「佐藤さん」
通りに面した店先のショーウインドウで昼に食べるものを吟味していると声をかけられた。
「ん? ああ、おはようございます、品川さん」
「おはようございます。お買い物ですか?」
「はい」
って、なんでこんな時間に品川さんがこんなところにいるんだよ。品川さんは14時に家を出てこちらに向かう算段になっていたし、そのつもりで今日は俺が迎えに行くことになっていた。携帯通信機を見るが特に連絡履歴はない。
「あの、早く出るってうちに連絡くれてました?」
「いえ、でも今日で終わりですし、人通りの多い道を選んでますし、久しぶりにお昼食べようかと。あと、緊張しちゃって落ち着かないし……えーっと、すみません」
「はい。もういいですよ。ご自分のことなんですから、そりゃ、窮屈なのもわかりますけど。ご自分を大切にしてください。そうじゃなきゃ、守れるものも守れません」
「はーい」
品川さんが明るくポジティブになったのはいいが、まだ解決したわけじゃないんだから気をつけてほしい。
「で、もしかして佐藤さんこれからお昼ですか? 良かったら一緒に食べます?」
「はあ、そりゃもちろんいいですけど」
と言うか、ここではいさよならとするわけにはいかない。事務所に一言だけ入れて、昼飯食べたら品川さんの気晴らしに軽く付き合うか。
「ちょっと待ってください、通信文だけ送っとくんで。何食べます?」
「えーっとぉ、久しぶりの外食だし、体力使いそうなのでガッツリ食べようかと」
「ガッツリねぇ。じゃ、カツ丼とか?」
「えー、お洒落じゃない。佐藤さん、モテないですよ」
「はいはい。何でもいいので、じゃあ品川さんが決めてください」
「うーん、でもまあ、ご飯食べたいですね。美味しい定食屋さんとか、オススメありません?」
「あー、そう言えば、ちょっと距離ありますけど、左右中町にこの春にできた定食屋が、結構美味しいらしいですよ」
「へぇ。意外と情報通なんですか?」
「一応。どうです? ついでに買い物くらい付き合いますよ。久しぶりでしょう?」
「わ、いいんですか? ありがとうございます。食料類は仕事帰りとか、ついでに寄らせてもらってるんですけど、やっぱり休日はお呼びするのが申し訳なくて」
「いつでも声かけてくだされば、飛んでいきますよ」
「ふふ、ありがとうございます。でもなんだか、そう言う風に言われると照れますね」
まあ、気持ちはわからんでもないが、これも仕事だから平然と言ってるんであって、おっさん相手でも言う時は言う。だから照れられると照れるわ。
「あー! なんっ、なのよ!」
「は?」
突然横から怒鳴られた。反射的に品川さんの前に手を広げながら振り向くと、ぶすっとした顔で睨みつけてくる女がいた。履歴書の写真を見たので顔は知っている。山田弘恵さんだ。とは言え俺から声をかけるわけにはいかない。
会話を聞かれた可能性もあるが、こちらから探偵であるとばらす必要はない。知られないなら知られないで、品川さんの一知人で通した方がいい。
「品川さん、知ってる人?」
「えっと。山田さん、どうかされました? お約束の時間には早いですよね?」
「何がっ、約束よ。勝手に、呼び出してっ」
山田さんのさっきの怒鳴り声で少し注目されたが、今はむしろぼそぼそした話し方になり、一瞬集まった視線はすぐに霧散してほっとする。
「それは、話がしたくて。だって、ねぇ? 山田さんも私に言いたいことがあるんでしょ?」
「っ! あんたがいるからぁぁ!」
激高した山田さんが鞄から何かを掴んで手を伸ばして品川さんへ襲いかかろうとしたので、その手を掴む。小さな果物ナイフだ。ひねりあげて刃物を落とさせ、山田さんの背後にまわって腕を固定し、ウインドウに体を押し付けて山田さんの体を拘束する。
「暴力はやめてください」
「っ! いやぁぁあああ!!! ちかーーーん!!」
「ちょっ、おい、やめろっ」
「いややあ!!! おかされるうぅぅ!!!」
突然狂ったように悲鳴をあげる山田さんに、押し付ける力を強くすると、どこにそんな力があるのか街中に響きそうな物凄い大声をあげられた。
「やっ、山田さん!? やめてくださいよ。しーっ、しーっ」
品川さんが対比するように小さな声をかけるが山田さんは聞く耳を持たない。
「いやーー!!!」
やばい。物凄い注目を集めているし、人だかりまで出来てきた。いったん拘束をといてもいいが、これだけ衆人環視の中悲鳴をあげつづければ連行するのも難しい。なんとか落ち着かせないと。
品川さんが怪我をしないようにするだけなら拘束しなくても大丈夫だが、離してしまうとさすがに逃げないようには難しい。ひとまず片手だけ掴んでゆっくり離そう。
「山田さん、落ち着いてください。力を緩めますよ」
「うわぁぁぁあ! やめろーーー!!!」
「あ、暴れるなっ」
悲鳴だけじゃなく、体全体で抵抗を始めたので力をゆるめるわけにもいかなくなった。このままじゃ体力がなくなるまでずっとこうしてなきゃいけなくなる。
「品川さん。すみませんが、応援を呼んでください」
「は、はいっ」
このままでは俺が通報されてしまうので、殺傷未遂の現行犯でもあるから保安官へ連絡しよう。今の慌てた品川さんでは経緯の説明が難しいだろう。事務所に書ければ話は早い。現役保安官への通報もスムーズだ。さすがにこうなってしまえば、当事者同士で穏便にと言うわけにはいかない。
「あのっ、すみません、佐藤さんがっ、あ、私、品川です。今山田さんが叫んでてっ」
ああ、思った以上に混乱してるな。まあ、とりあえずこのまま、保安官が来るまで待っていよう。視線は痛いが、仕方ない。
「だずげでーーーー!!!」
それにしてもうるさい。何か口にかませるか。ただの買い出しのつもりで何の用意も……あ、ポケットに入れっぱなしのハンカチがあったな。あれでいいか。
左手で押さえていた山田さんの左手も背中側に持ってきて、山田さんの右手と重ねてまとめて片手で固定する。
空いた左手でポケットからハンカチをとりだし、ぐちゃぐちゃのまま手は噛まれないようすばやく山田さんの口につめた。
「ふぐーー!」
よし。さらに手で顎を押さえつける。これでいいな。
「あ、佐藤さん。こっちに保安官が向かってきてますよ!」
「もう来たのか? 早いな」
振り向くとまさかの馬鹿保安官がこっちに向かってきてきた。今日はここらを警邏していたのか。
「おーい、太郎ー」
「こらー! 昼間からこの変質者が!!」
「んがっ!?」
馬鹿丸は何故か俺を怒鳴りつけると鉄砲のように走ってきた勢いで俺の左手を掴み手錠をはめた。
「何しやがる!」
「何って……弘次先輩、またですか?」
「それはこっちの台詞だ! どこの世界に事情もわからず手錠かける保安官がいるんだ!」
呆れた顔をした太郎丸に怒鳴りつけると、太郎丸は視線をそらして言い訳を始めた。
「でもだって現に女性が拘束されてますし。こないだの先輩の件があるから、とりあえず女性助けるのにぶっ飛ばしてからではなく、こうして手錠で確保してから離して、話を聞こうと」
「もういい! こいつはそこのナイフで刺そうとしてきた現行犯だ。ほら、捕まえろ」
「はっ! 了解であります!」
保安官の登場に観念したのか大人しくなった山田さんに、腕の拘束をといてそのまま太郎丸に向かせた。太郎丸はちらっとナイフを確認すると笑顔で頷き、勢いよく山田さんの右手に手錠
をかけた。
「おい」
「はい。なんでありましょう」
「俺と繋げてどうする」
「……あ」
「この! 馬鹿丸!」
○
とりあえず解決した。と言っても現行犯逮捕だし、後はほぼ保安官任せだ。
被害にあっていたことが回りにも知られてしまったのは申し訳ないが、山田さんは当然首になったし、しばらくは精神的な検査を受けたり反省房に入れられたりで出てこないし、その後も接触禁止令がでることになっている。少なくとも山田さん再び品川さんに問題を起こすことはないと考えていい。
品川さんとも話して今回の件は終了した。
「結局、佐藤弘次が解決しちゃったじゃない」
一ノ瀬は少しだけむくれてから
「でも、品川さんが無事で本当によかったわ。頑張ったわね」
と上から目線で俺をねぎらった。
話を聞きつけた椎名は夜に俺をまた食事に呼び出し、顔を合わせた途端に爆笑された。
「くっ、くくっ、あはははははは! く、苦しい!」
「笑いすぎた。というか笑うなら太郎丸を何とかしろ」
「ひーっ、す、すみません。いや、でも、ほんと、弘次先輩といたら、飽きませんね。くくっ」
おかしい。笑われるならミスをした太郎丸のはずなのに。しかも社長も大爆笑してくださりやがったし。全く。どうなってんだ。
その夜はふてくされて少々飲みすぎた。
それからはまた他の依頼をこなしたが、当たり前だがこの二回のようなミスはなく問題なく、一ノ瀬のバイト期間は終わった。
「今日で最後だな。お母さんへの贈り物は決まってるのか?」
「もちろん」
「一月も働いたんだ。結構な額だろ?」
「ええ。お手当もあるから、えっと、15万ちょっとね」
……まあ、ちょっと多いが、社長が色をつけたなら妥当か。実際それなりに働いてくれたし、10万くらいなら正当だ。
しかし15万丸々でプレゼントか。そうとうな物が買えるな。例えば
「マッサージチェアとか買えるな」
「えっ……な、何でわかったの? 気持ち悪い」
「ん? なんだ、マッサージチェアのつもりだったのか?」
「そうよ。ママはいつも遅くまでお仕事頑張ってくれてて凝ってるみたいだし、マッサージが好きなんだけど半年くらい忙しくていけてないから」
「ほう、それでバイトしてマッサージチェアか。親孝行だな。偉いぞ」
「あなたもたまにはしてる?」
「……妹がしてるから大丈夫だ」
「どこがよ。しなさい」
「……はい」
くっ、こんな子供に言われるとむかつくが、しかし反論できない。仕方ない。妹にもそろそろ急かされているし、顔でも見せに行くか。
「そうそう、佐藤弘次、明後日の休みは付き合ってよね」
「ん?」
「マッサージチェア、独りじゃ運べないんだから」
「……はいはい」
顔を出すのは来週の休みだな。
○