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10 一ノ瀬千里のバイト4

 ストーカーについてはひとまず今日から始まる恋人偽装で様子を見るとして、問題はもう一つの人捜しだ。全く進展していない。

 1日2日で見つかるものではなく、長期戦を覚悟してはいるが、現時点でほぼ最初から何の手がかりもないとなると、さすがにまいった。

 人捜しにおいてはまず手がかりを得るためには基本、聞き込みしかない。というか今は手がかりが少なすぎる。人捜しの初期段階においては人海戦術による聞き込みが一番効果的だが、依頼人の希望であまり大々的には出来ないのであくまで事務所の人間だけで捜索をしている。

 なりふり構わないなら他にも手はあるが、依頼人の希望とあればそうもいかない。ま、相手は犯罪者でもなく、まして想い人だ。見つけたとしても嫌われては困るからな。

 そんなわけで今日も地道な聞き込みから始まる。今日は平日で一ノ瀬は夕方からだ。別に休みでもいいんだが、俺の助手ということで俺の出勤日は来ることになっている。学生なのにそこまで頑張るとは、いったい何をプレゼントするつもりなんだか。

「すみません、少しお話伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい?」

「あの、以前南区のアルガイ街にあったハミルトン料理店について調べているのですが、ご存知ありませんか?」

「あー……あー、昔ありましたよね」

「ご存知ですか!? 実は私こういう者でして」

「あら、探偵さん」

「はい。依頼人から、子供のころ食べた味が忘れられないということで、ハミルトン料理店について調べているんです」

「そんなにおいしかったかねぇ」

「思い出補正かも知れませんね」

「そうだねぇ。子供のころの外食って、馬鹿みたいに美味しいからねぇ」

 今日は南区のアルガイ街から足を伸ばしてみたが、住宅街にて声をかけると知っている人がいた。

「確か遠い、東の……まあ、あっちのエーロペかどこかの料理店だろう? 珍しかったから足を伸ばした記憶はあるよ。味は……まあ変わってたねぇ。あんまり覚えてないけど」

 この人はあまり覚えていないようだったが、どうやら一時主婦仲間の間で流行ったそうだ。今日はいけそうだ。最初に声をかけた池川さんだが、お節介タイプでありがたいことに長話に付き合うことで、他の人にも話を聞けるようにしてくれた。

 おかげで、主婦の一人が何度か行って、閉店近い頃に店主から中央区に行くことになったと話していたことが判明した。

 お礼に集まってくれた喫茶店代金は受け持った。経費で落ちるといいなぁ。

 その後、もう何人か声をかけた後は事務所に戻り伸二さんへ報告してから書類調査を行った。

「と言うことは、次は中央区での聞き取りね」

 一ノ瀬がやってくる頃には、中央区での書類調査は完了していた。

「それじゃ、僕はあがるから、後は若い2人に頼むよ」

「はいはい、お疲れ様です」

 伸二さんはまとめてくれたデータを机に置いて、タイムカードを押して早足に帰って行った。今日は15時であがりのシフトだったけど、俺の得た情報の為に1時間延長してくれたのだ。

「お疲れ様でーす。佐藤弘次、見せてよ」

「ほら」

「ふんふん……あら? また引っ越してるの?」

「振り出しに戻るってことだな」

「えー、そんなぁ」

「そんなもんだ。安心しろ。今度の引っ越しはたった半年前だ。記憶に新しいし、簡単だろ」

「そうだけど…はぁ、素敵な依頼だと思ったけど、人探しってほんとに大変なのね」

「探偵なんて基本的に地味で目立たない大変な仕事ばっかだよ」

 特に俺らみたいな若いやつに回されるのはな。

「ほら、嘆いてないでいくぞ」

「待ってよ。まだ全部読んでないわ」

 暗記するように一ノ瀬はぶつぶつ呟きながら情報に目を通す。俺はすでに知っているので、暇つぶしに一ノ瀬の格好を改めて見ることにする。

 聞き込みに関しては、服装は動きやすければ学生っぽくても何でもいいと伝えている。最初に気軽としてジャージを持ってきたのはさすがに驚いたしやめさせたが。依頼人の希望がなくても目立たったっていいことはない。

 一ノ瀬みたいな若い女が運動用の格好で聞き込みなんて、わざと印象づけたいのかと思うぞ。なので仕方なく聞き込み用にも無難な服を買ってやった。その後は似た系統の私服を着てきている。

 今はジーパンにワイシャツにセーターいう実にありふれた、動きやすさ優先のユニセックスな格好だ。しかしこうして見ると、やはり一ノ瀬は社長に似ているな。社長が大きくなったみたいだ。顔も整っているし、今は学生だろうが、適齢期になれば引く手あまただろう。

 あの溺愛っぷりをみるに、社長は気が気ではないだろうな。そう考えると少し笑えた。

「…なによ」

「ん? 読み終わったか?」

「読み終わったけど……今見てたでしょ」

「見てない。ほら、終わったなら行くぞ」

「……佐藤弘次のスケベ」

「馬鹿やろう。10年早いわ」

 俺は微笑ましいくらいの慈愛の表情を浮かべていただろうに、自意識過剰だ。ま、いつもの軽口なのはわかるが、社長に睨まれない程度に手加減してくれ。頼むから。









 今日も今日とて聞き込み。最初は佐藤弘次に付き添ってもらっていたけど、今はもう一人でできる。だと言うのに佐藤弘次から離れすぎないようにしないといけない。

 通り一本終わるごとに移動するときには連絡しないといけない。いざとなったら大声をあげろとも言われているので、私からは見えないがそう遠くない場所にいるのだろう。大丈夫なのに。

 でもその割に佐藤弘次は佐藤弘次でちゃんと聞き込みしている。私の見張りの片手間のくせに、私より聞き込み人数が多いのが、何だか腹が立つ。そりゃあ、佐藤弘次はプロだろうけども。

「あの、すみません。ちょっとお話伺ってもよろしいでしょうか?」

「あん?」

 道行くおじいさんに声をかけると、ちょっと恐い顔で振り向かれた。一瞬びっくりしたけど、慌てて笑顔をつくる。

「この辺りに以前、ダドリー・ハミルトンさんが住んでおられたのですが」

「ああ……それがどうかしたかい?」

 やった! 知ってる!

「彼、半年前に引っ越しされまして、どちらへ行かれたか、ご存知ありませんか?」

 こちらからの転移にあたり、実は初恋の君の名前と出身校は判明している。なので最悪学校関係から辿ればそれほど苦労なく繋がるはずだけど、依頼人は本人に探してることを知られないようにしてほしいとの希望だ。いわく、偶然を装って再会したいとのこと。よく考えたらストーカー一歩手前な気もするけど、堂々とアプローチするなら犯罪でもないし、依頼も断れない。

 入退去の住居情報には家主以外にも15歳以上の氏名を書く欄がある。強制ではないがハミルトンさんはきちんと書いていた。娘さんの名前は直子・ハミルトンだ。

「東地白川上方街だが……お前さんみたいな若い娘が、ダドリーに何の用だ?」

白川上方街と言えば、中央区内だ。ここからなら電気鉄道で20分くらいだ。この後すぐにだっていける!

「ありがとうございます! 私、如月探偵事務所の一ノ瀬の申します」

 料理店のオーナーを探しているという言い慣れたお題目を告げる。

「……そうか」

 おじいさんは最後まで仏頂面立ったけど、私には最高に輝いて見えた。

 さすが私! 佐藤弘次の尊敬した顔が目に浮かぶわ!









「佐藤弘次! 大々ニュースよ!」

 合流すると一ノ瀬ははしゃぎながら、ついさっき仕入れたばかりの大ニュースを披露してくれた。半年前の引っ越し先だ。まず間違いないだろう。初日にゲットできるとはついている。

「じゃ、今から行くか?」

「もちろん!」

 もう伸二さんも帰っているし、今日はこのまま思い切って足をのばすことにした。街までわかっていれば50戸くらいだし、中央区の北側ではハミルトンさんの髪色も珍しいだろう。もしかしたらすぐに見つかるかも知れない。

 何より、これほど一ノ瀬がやる気になってるのだ。構わないだろう。と言ってもそろそろ16時を過ぎる。聞き込み時間が僅かで済んだとは言え、基本的に日が暮れるまでの人がいる間に聞き込みをするのであまり時間はない。今頃は17時には暮れ出す。暗い中現れた人間には嫌がおうにも警戒する。できて30分くらいだな。

「急ぐぞ。日がくれたら終わりだ」

「ちょっとくらい延長してもいいじゃない」

「お前、自分の立場で考えろよ」

「え?」

「暗闇で突然知らない奴に話しかけられたら、驚くし警戒するだろ。相手の表情や動きが見えないと不安になるだろ」

「……あなた相手ならそうかもね」

「おい」

「冗談よ。わかったわ」

 鉄道を下りると空気が少し冷たく感じた。もう12月だからな。一ノ瀬が少し身震いした。さっきまで平気そうだったが、気温差できたようだ。セーターだけではなくコートも必要だろう。

 俺は仕方なくコートを一枚脱ぐ。うわ、寒。考えたら俺、コートの下ワイシャツだわ。しかし脱いだ袖は着れない。俺は一ノ瀬の背後から、肩にコートをかけてやる。

「ほれ、着てろ」

「あ……ありがとう。佐藤弘次も、たまには役に立つわね」

「どういたしまして」

 まあ、仕方ない。ワイシャツの下の分厚い長袖Tシャツに期待するしかない。

「はー、あったかい。前から着ていたから薄手なのかと思っていたけど、案外暖かいのね」

「何言ってんだ。先月のとは違うぞ」

「あら? そうだった?」

「ま、デザインは全く同じだけどな」

「なんだ」

「なんだとは何だ。それ、良いだろ?」

「まあ、そうね。初めて見たときも、探偵っぽいって思ったし。ハルさんは、あんまり探偵っぽくないから」

 探偵っぽいって。感想が全く社長と同じだな。まあ、一ノ瀬みたいな学生からしたらスーツにコートだけでも肩書きが探偵と知ってればそれっぽいと思うのかも知れんが。

「はっ、ま、このコートはそのハルさんからすすめてもらったんだけどな」

「そうなの? へー。そう言えばハルさんと佐藤弘次は結構長い付き合いなのよね?」

「ああ、でもその話はまた後でな」

「ええ。じゃあ私、一番左の通りから見ていくわね」

「おう」

 白川上方街付近に到着し、手分けして聞き込みをすることになった。ちょうど今なら部活動を終えた学生帰りくらいなら会えるだろう。

 そんなことを考えていると、一本歩き終わる角のところで義務学生だろう少年が三人いた。

「君たち、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど、いいかな?」

「ん? おじさん誰?」

「おい、答えるなよ。顔こえーぞ」

「馬鹿、聞こえるだろ。えーと、なんすか?」

「ああ、すまん。怪しいものじゃない。こういうものだ」

「探偵? へー」

「やっべ、すごくね。なになに? じじょーちゃうしゃってやつ?」

「それを言うなら事情聴取だろ。いや、どっちにしろ違うけど」

「実は、このあたりにダドリー・ハミルトンさんの家があるって聞いたんだけど、迷っちゃってね。どの家かわかるかな?」

「ハミルトンん?」

「ああ、ほら、あの綺麗なお姉さんの家じゃね?」

「あー、それならここ左真っ直ぐ行って、広間越えた方ですよ。どの家かまではわからないですけど」

「そうか、ありがとう、助かったよ」

 思いの外いい子たちで助かった。俺はお礼に飴玉をあげて、一ノ瀬に電信文を送りながら左へ曲がった。













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