85 いい便りも来た方がいいよね
三寒四温とまではいかないが、三・二か三・三くらいの割合になってきたかな? という感じの月末。
心なしか柔らかく感じる朝日が窓から差し込み、暖かく保たれた室内では、感嘆の色に染まった少女の声が響いていた。
「ああっ、スゴイ……♪ 中でビクンって……感じますっ」
ベッドで仰向けに寝ている、一人の少女。 服の上から大きな膨らみに手を添え、愛しげになでさする。
光あふれる部屋の中。 目の前で繰り広げられる光景に、俺はあふれる興味を隠しきれない。
「ねーねー、チャロたん……どんなかんじなの?」
興奮に頬を赤くした少女は、ネコミミをピクピクと動かしながら教えてくれる。
「はいっ! もう、とても大きくて、すごく元気なんです……あっ♪ また動きましたっ」
チャロちゃんの、よろこびに満ちた表情を見て、俺はとうとう我慢できなくなった!
「ねーねー、次はぼくがさわっていいー!?」
すると少女は、目を細めて優しい声で答えた。
「ええ、ジャスちゃん♪ もっとこっちに来て~」
「……せーれは~?」
「もちろん、セーレちゃんもね~」
「わ~い♪」
「さあジャスさま、セーレさま、こっちへどーぞ!」
左側にセーレたんをくっつけたまま、俺はチャロちゃんにベッドの側を譲ってもらうと、ゆっくりとお袋の膨らみに手を伸ばした。
すっかり目立つようになった――そのお腹へと。
「おおーーっ!?」
細心の注意を払ってそっと手のひらをお腹に添え、探るようになでてみる。
すると人差し指と中指の先端に、もこっと動く感触が!
「ふふふっ、くすぐったいわ……もう少し強くても大丈夫よ~」
「にゃぅ、せーれも~」
「はいはい、このへんさわってみてー」
「あい……うひゃぅ!?」
日を追うごとに大きくなっていくお腹とその中で動く感触に、セーレたんもビックリだ。
「とってもお元気ですよねー。
セーレさま? 奥さまのお腹の中に、セーレさまの弟か妹になる赤ちゃんがいるんですよー♪」
「うにゅ? おとーと? せーれは、いもーとだよ~?」
「ちがうよセーレたん。 セーレたんは、もうすぐおねーちゃんになるんだよ」
「おね~ちゃん?」
「うん。 ぼくと、セーレたんと……あかちゃん! ふえるんだよー?」
「あかちゃん、ふえるの~?」
「そう! セーレたんはぼくのいもーとで、あかちゃんのおねーちゃん!」
「……にゅお~!?」
妹であり姉であるという、ちょっと難しい関係を何とか分かってもらえた……かな?
セーレたんが、珍しく眉を寄せて難しそうな顔をしているのが面白くて、俺達は次々に声をかける。
「うふふふふっ。 頑張ってね、セーレお姉ちゃん?」
「ガンバってくださいね、セーレお姉さま?」
「でも、セーレたんはぼくのいもーとだよ?」
「うゅ。 せーれ、おにぃのいもーと、でも、あかちゃの、おねーちゃ……うにゅ~」
右手で俺の左腕を掴み、左手でお袋のお腹を触っている妹様。
その両方へ何度も顔を向けて往復させては首をかしげる様子が可愛くて、俺達は三人はついつい笑ってしまう。
「にゅ? ……むぅ~」
「ごめんごめん、セーレたんはかわいいよー♪」
「ふぁう……きゃあぁん♪」
たとえ拗ねてしまっても、首からほっぺた辺りをなでてあげるとすぐにご機嫌になるのだった。
――一緒にリビングで昼のおやつを食べて、しばしのまったりタイムを過ごして。
お袋はまた部屋に戻っていった。
さて、俺達が午後にこうして家にいるのに、本来ならいるべき人達がここにいない。
それは洗い物をしているチャロちゃんではなく、洗濯物を見に行ったマールちゃんでもない。
じゃあ、誰かというと――。
『おひさしぶりでーっす♪』
ノックと同時にドアを開けて飛び込んできたのは、白い陽光とは対照的だけど鮮やかな色彩。
「ふっふっふー! ……ジャス君?」
赤いセーターに黒のショートパンツ、わずかな肌色を挟んで再び黒のニーハイタイツ。
いつもながらよく手入れされた赤茶色のロングヘアをなびかせて仁王立ちしているのは。
「ごほうび、もらいに来たよ?」
いっぱいの笑顔があふれ出して止まらない、今年初対面となるエルネちゃんだった。
……そう、今日はエルネちゃんの高校受験の合格発表日なのだ!
その結果は果たして――なんて、言うまでもないな。 すごく頑張ってたのはアナさんから聞いてるし、落ちるなんて欠片も思ってなかったよ。
「おおっ、おめでとー!」
「えるねおねーちゃんだ~」
俺とセーレたんがイスから降りて駆けよると逆にカウンターを食らい、二人まとめてぎゅう~っと抱き締められた。
「あーいーたーかっ、たーよおーーーっ♪」
「うわっ!?」
「ひゃわっ!?」
「ああっ!? この感触! この体温! このにおいっ! ……サイコーーーーっ♪」
「ちょっ……うああああああぅむ」
「にゅうよ~わあ~~」
ハグされたまま、全力で首を振られてすりすりされる俺達。
は、恥ずかしいし、くすぐったいし……わっぷ、髪が口に!
「……エルネちゃん、合格おめでとー! スゴイねー♪」
「えへへへへっ、ありがとうチャロお姉ちゃん!」
「わわっ……と!?」
激しいスキンシップとエルネちゃんのハチミツみたいな甘い匂いにクラクラし始めた頃になって、洗い物を終えたチャロちゃんが戻ってきてようやく解放された俺達。
立ち上がって髪を軽く直したエルネちゃんは、今度はチャロちゃんのもとへ飛び込んでいった。
嬉しいのは分かるけど、テンション高過ぎる……。
「ひふー」
「はえ~っ」
ハグされていたのはほんの少しの間だったけど、俺たちゃ疲れたよー。
……と思っていたのもつかの間。
「はいっ、じゃあジャス君。 お部屋……行こうか?」
「にゅお!?」
後ろから両肩を掴まれる俺。 そのままドアの方へ押されていく。
「ふあっ、おにぃ~っ!?」
「ちょ、セーレたーん!」
何故か俺だけが連れて行かれそうになり、とっさに手を取る俺達。
「ああん、もう…………まあ、セーレちゃんならいいか」
いやちょっと、その意味深な表現はナニよ? 俺にナニさせようとしてるワケ!?
「さあさあ、早く行きましょうー♪」
「あやややややや」
「ふゅううううう」
……そのまま、強制連行されてしまいました。
**********
外でラリマールと話し込み、彼女に下の娘を預けてようやくリビングに入ってきたエリアナ。
薄く化粧を施し重ね着で服装に気を使っているのは当然、娘と一緒に高校の合格発表へ行ってきたからである。
「……あら、あの子は?」
テーブルでひとり、湯気の立つお茶を飲んでいたチャロアに尋ねた。
「はい、エルネちゃんなら、ジャスさまとセーレさまを連れて上に行きましたよ?
なにか『ごほうび』がどうの……って、言ってましたけど」
「『ごほうび』……って、まさか」
「まさか……アレですかっ!?」
片眉を上げるエリアナ。 彼女と目を見合わせたチャロアも、その瞬間に耳をピクリと震わせる。
『……!』
ふたりは無言でうなずき合うと、飛び出すようにリビングを後にした。
――数ヶ月ぶりに訪れた双子の部屋。
ライトグリーンの柔らかい絨毯に座りやや強ばった笑顔で、少年――と呼ぶにはまだまだ幼い、小さな男の子をじっと見つめて問いかける少女。
その斜め後ろでは、男の子とほぼ同じ年だろう幼い女の子が、同じ絨毯の上に身体を横たえて輝く瞳で男の子を見ているが気づいている様子は見られない。
「そ、それで。 ジャス君はあたしに、な、何を……くれるの、かな?」
「……うん」
一メートルあるかどうかの距離を開けて絨毯に座っている男の子。 感情の読み取れないポーカーフェイスは、とても幼児とは思えない。
その翠の瞳に見つめられ、生唾を飲み込む少女。
すると、男の子はおもむろに立ち上がり、一歩ずつ少女に近づいていく。 目前に迫った顔は、少女からは軽く見上げる高さになる。
その背後からは、かすかに「ふにゅ~」とセレスティアの声が聞こえてくるが、ふたりは見つめ合ったまま動かない。
「じゃあ、エルネたん。 目をとじて……」
ジャスパーのセリフに一瞬目を丸くするが、すぐにあごを引き、心持ち顔を上げるとぎゅっと固くまぶたを閉じる。
膝の上で固く組んだ両腕と肩がじょじょに震えだし、顔はみるみる赤くなっていく。
背後では金の髪の女の子が同じような表情で目をつぶっているが、エルネスタに知る由はない。
**********
息を弾ませて階段を駆け上がり、一番近い扉にたどり着いたエリアナとチャロア。
軽く息を整え、再び顔を見合わせてうなずき合うと、エリアナはやや強めにノックして扉を開けた。
その瞬間、目に入るよりも先にふたりに飛び込んできたのは――。
「ふあああああぁぁぁぁ~~~~~~~~~んっ♪」
「ひゃぁぁぁぁああぁぁぁああぁぁぁああ~~~ん♪」
重なる女の子ふたりの甘い声。 そして、エリアナの視界を広げていく扉の向こうに広がっていた光景は……。
「あ」
「ひゃ、ひゃに、こひぇ……? と、とーめいにゃ……にゃにか、にゃにかぎゃ……あっ、ふあああああっ♪」
「ふにゅわああぁぁぁっ! あひゃやぁぁぁ~~~~……」
ひとり座って、気まずそうな顔でこちらを振り向く男の子と。
見えない何かに翻弄され、絨毯の上で身体をくねらせる我が娘と、その男の子の妹の姿だった。
「あ~あぁ、じゃ、ジャスさまぁ~ぁ……」
エリアナの背後で情けない声を出すチャロア。
そして、エリアナは。
「ああ、なんて事……」
ドアノブを握ったまま、膝から崩れ落ちてしまった。
「つ、遂に、この子まで……」
「じゃ、ジャスさまぁ~……」
ふたりはその場で靴を脱ぐと、閉じられた扉の向こうに消えていった。
**********
――遠い天井の向こうから、かすかに漏れ聞こえてくる声が増えたのを聞きながら。
ベッドの上のセフィアは、エミーリアと手を繋いでいるマールから受け取ったばかりの封筒の中身を開いていた。
マールの顔が若干赤くなっているが、中の一文を見つめているセフィアは気づかない。 繋いだ先の手の震えに気づいたエミーリアが、怪訝な表情で見上げるのみである。
静かに紙面を見つめるその蒼い瞳には、流麗な筆跡で数個の単語が書かれていた。
『一度、孫の顔を見せにいらっしゃい』と。




