78 流行とは得てして不可解なものである
結論から言うと、お姫様はしばらくして再び幼児園に来るようになった。
しかも、普通の服で。
「る……きた」
「うむ。 よくきたねー」
ただ――。
『きゃぁぁぁぁあああっ♪ 普通にカワイイーーーーーーー!!!』
――うん。 可愛いんだ。 可愛いのさ。
普通の男の子の服を着てても十二分に、な。
サロペットというんだろうか? 肩ひもが付いていて、胸からボトムまで一体化している服のことである。
白地に黒のボーダー柄のTシャツに紺色のデニム風サロペットという、とっても庶民ボーイないでたち。
「よーしよし」
「る、る……♪」
だが、ピンクのボブカットに垂れたうさ耳で、更に上目遣いではにかんでいるるーちゃんは……。
どう見ても可愛い女の子です。 服装程度では覆せませんでした。
「る~ちゃん、こんにちはぁ~♪」
「るっ! こんに、ちはー」
『かわいい~~~~~~~っ♪』
白いブラウスにプリーツスカートという、ちょっと制服っぽいファッションのセーレたんと並んでも、やはり男の子には見えない。
「――流石は、るー様です」
「カワイイですねー♪」
白銀メイドさんことツェツィーリエさんも、るーちゃんの後ろではなく保護者席で、今日は一人で引率してきたチャロちゃんと並んで満足そうに頷いている。
ま、まあ……普通の服を着てもコレなら、仕方ないよねっ!
せめて、俺ができることと言えば、この子の自立を助けてあげることと――。
「ほぇー」
「目をさますんだ!」
「もげら!?」
――俺の隣で見とれている普通君が、アブナイ道を進まないように気を付けることくらいだ。
夏の暑さが残暑と言われるようになり、その単語もあまり聞かれなくなってきている。
暦はもう、十月になろうとしていた。
恐らく半分以上の子供が四歳になったであろうこの頃になってくると、かなり運動ができる子や喋りの達者な子も増えてくる。
オモチャ箱の近くでは、最近替わった新しいバイトのお姉ちゃんが他の三人の子供と一緒に、積み木を高く積み上げるゲームをさせている。
時々「あーー!」とか「かったー♪」といった声が聞こえてきて、とても盛り上がっているようだ。
保護者席からの『かわいいーー!!』の大合唱にビックリして、積み木を崩して泣いている子もいるけど……。
ところで今日の俺達のグループメンバーは、お姫様と普通君である。 見るからにインドア系だな。
今更向こうのゲームに混ざるのもなんなので、このメンバーで遊ぶことにしよう。
「よーし! きょうは、お店やさんごっこをしよー」
「は~い♪」
「……うん」
「えー」
はい、賛成多数により可決。 民主主義万歳。
「じゃあ、だれがなにするー?」
「せーれ、およめさ~ん♪」
「……うさぎ」
「え、えっと」
「……」
うん。 漠然と聞いても、カオスな答えしか返ってこないよなー。
キラキラ笑顔のセーレたんは最高に可愛いとして、即答できない普通君はやっぱり普通。
で、人間でさえないお姫様はペットショップをご希望かい? それとも、売り物の方?
「えっとねー」
俺が適当に決めた方がいいかもしれんね。 ローテーションさせればいいんだし。
「さいしょは、ぼくがてんちょーで、セーレたんがお店のひとー」
「は~い♪」
「んで、るーちゃんと……えっと……君は、おきゃくさん」
「……うん」
「にこ、だよぉ」
あー、そんな名前だったようなー?
その一、普通君の場合。
「いらっひゃいませ~♪」
「ううっ!」
カリスマ店員・セーレたんの見事なスマイルにたじろぐ客。
「なにしますかぁ?」
「え、えっと」
ちなみに、何屋さんかは敢えて決めていない。
イメージの力が全てを支配する世界である。 とてもファンタジーっぽい。
「おすすめは、かいわれですっ!」
おおっと! なんと、店員さんからのオススメが来たーーっ!?
……でも、なんでかいわれ?
「か、かいわれって、なにー?」
「おにぃが、しゅきなの~!」
「うぇっ!?」
一瞬、俺が告白されたのかと思ったぞ!?
見守るだけのつもりが、つい声を出してしまったので俺も加わる。
「かいわれ買わんかいわれー!」
「ひうっ!?」
「おにぃ~?」
「……っと、ごめん。 とーてんのかいわれは、おいしいですよー」
つまらんギャグをやってしまった……。 こっちの言葉だと、かなり変な言い回しになってしまうんだが。
俺達が保護者席の近くで遊んでいるせいで聞こえたらしく、驚いているお姉さんや「ぷっ」と噴き出している猫耳のメイドさんもいる。
後者は、言うまでもなくチャロちゃんね。
「えっと、えっと」
「かいわれ、かいわれ、かいわれ~♪」
「かいわれ、かいわれ、かいわれー」
なかなか決めないお客に、見事なハモリで強硬にかいわれを勧める店員と店長。
まさに「買わんかいわれー」である。 ……いいのか、この商法?
『かい・わー・れ! かい・わー・れ! かい・わー・れ!』
「う、うぅ……」
なんか、デジタルなディスクみたいなノリになってきた。 ●・V・D!
『かい・わー・れ! かい・わー・れ!』
「か、かいましゅ」
『ぃえーーーーい♪』
とうとう陥落したお客を前に、ハイタッチを交わす店員と店長。
ちなみに食品なのでクーリング・オフは利きません。
その二、お姫様の場合。
「いらっしゃいませ~♪」
「……る」
とことことやって来るお客様。
「なにしますかぁ?」
「……。
……ちゅるばっか」
「うゅ?」
「へ?」
ちゅる……ばっか?
「ない、の?」
「んと……」
「えーっと」
「ないん、だ……」
ものすごーく落ち込むお客様。
肩を落として、目から涙が……って!
「あ、あります! ありますよー!?」
「おにぃ?」
いやだって、ないとは言えないでしょ! 芝居うますぎだよ、るーちゃんっ!
「ある、の?」
「は、はい!」
耳をぴくりと動かすと、上目遣いに俺を見る姫。
その表情……反則だから、やめて? お願いだから。
「……どれ、くらい?」
「へ」
え、い、いや? どれくらい、って? 「ちゅるばっか」が?
「ない……の?」
「い、いえ! ありますよ!?
こーーーーーれ、くらい!!」
両腕をめいっぱい広げてみる俺。 もう、何がなんだか分からない。
「る、るー♪」
顔を上げ、ぱああっと明るい笑顔を見せるお姫様。
まだちょっと涙目なのがスゴイ破壊力だ! つーか、演技うますぎだって!!
「ど、どのくらい、いっときましょう?」
「……このくらい」
ちっちゃな手で、野球のボールくらいの形を作る。
「セーレたん、わたしてー」
「ひゃ、ひゃい! ……ど~ぞ♪」
妹様がぽーっとしていたので、出番を振ってみる。
すぐに対応するところはさすがである。
「うん……いくら?」
「っ!」
「うゃ?」
い、い、いくらですと?
いやまあ、買ったんだから当然なんだけど……一体いくらにすればいいんだ?
「えっと……五〇〇ガム?」
「……やす、い」
これでも安いの!? 確かこれって、エルネちゃんの小遣いの数ヶ月分だよ?
「と、とくべつサービス、です」
「……ありが、とう」
「セーレたん、わたしてー」
「ど~ぞ~!」
「うん」
ジェスチャーで、大金と謎の物体を交換する。
「あ、ありがとーございまひた」
「ありあと~ございましたぁ♪」
……絶対にあとで調べてみよう。 ちゅるばっか。
その三、セーレたんと俺。
ちなみに店員はるーちゃん、店長は普通君にしてみた。
「こんにちは~!」
「……うん」
「こ、こんにちはー」
無表情な店員だー。 まるで占い師みたいだ。
店長はおどおどしてるし、何屋さんなのかサッパリ分からない。
「にゅ。 なにがいいかなぁ~」
きょろきょろと見回すセーレたん。 左腕を軽く曲げ、買い物カゴを持っているような感じを出している。
幼児園帰りに大通りの店に寄ることもあるので、かなりリアルだ。
「ぱぱ~、なにがいいですかぁ?」
「……んぇ!?」
ええっ、夫婦設定なの!?
「ぱぱ~?」
「お、おう……そうだなー」
いつもの定位置、つまり俺の左腕にしがみつくセーレたん。
急に振られたから何も考えてないぞ……ぁ、そうだ!
「てーいんさーん、何かいいものないですかー?」
どうよ、このアドリブ!
「……ちゅるばっか」
「え゛」
そ、そう返してきたかーーっ!!
どんだけ好きなんだよそれっ!?
「えっと、それはいいです」
「るぅ……」
しょぼーんとする店員さん。
ものすごい罪悪感を感じるが、金額を考えると恐ろしくて頼めない! 遊びなんだし、金額がどうでもいいのは分かってるけどさ。
セーレた……いや、俺の嫁は首を傾げて俺の顔をじーっと見ているし、これは俺が決めないといけないようだ。
「えっと、じゃあ。
……かいわれ?」
それしか思いつかなかったんだよおおおお!
だって、あの歯ごたえと子供の味覚にピリリとくる苦みがなんとも……って、んな事はどーでもいい。
「おみせやさ~ん、かいわれくださいな~♪」
何の疑問も挟まずにかいわれを注文する嫁さん。
「十一ガム、です」
やけにリアルな値段だな……。
「は~い」
「……まいど」
「ぱぱ~、かえりましょ~♪」
「う、うん」
「ありが、と」
「……」
店から出て行く俺達。
って、さっきから普通君が静かだなーと思ったら、なんか指を咥えて羨ましそうに俺達を見ていた。
ふっふーん、セーレたんは俺の嫁だぜ♪ 誰にもやらん!
「いいなぁ。 ……かいわれ」
そっちかーーーいっ!?
お前も同志だったのかよ!
今日、学んだ事。
「ちゅるばっか」は、フィクションでした。
帰ってから、寝る時間になるギリギリまで本棚漁って調べたよ……。
――で、また三冊ほど地雷を踏んで死にかけました。
デートのハウツー本とか、子供の部屋に置いとくなよっ!!




