699 (仮)
お待たせしすぎて、おわびの言葉もありません。
エタ回避……になってませんけど、キリのいいところまで。
今日は誰の添い寝もなかったので、心臓に優しい寝覚めであった。
……本当に誰もいなかったから、ちょっと寂しかったけど。
「おっはよー」
起こしに来てくれたお袋がその場で選んでくれた服に着替え、一緒にビリングへと下りる。 そして他のみんなにも朝のご挨拶。
自分の着る服くらい自分で出せるんだが……そのたびに「この組み合わせは」とか「この前も同じものを」とか言われて却下される。 テキトーに選んでいるのがバレバレらしい。
それに、目の前で楽しそうに服を選んでくれているのを見ると余計に言いづらい。
「おはよう、お兄ちゃ~ん♪」
ちょうどお手伝い中だった、よく晴れた外よりもキラキラしている我が家のプリンセスがとことこ~とやってきて、朝のあいさチュ。 別に噛んだワケじゃなく、文字通りである。
まあ、それ自体は今更なんだが……その前後に一瞬、恥ずかしそうな顔で目を合わせるのはちょっと勘弁願いたい。
台所に立つマールちゃんと、席に着いているリソ君、それから今日は休みでメイド服ではないチャロちゃんとも挨拶して、いつもの席に着く。 俺は最後から二番目のようだ。
昨夜セラさんとローザさんは道場に泊まって向こうにいるし、ニアちゃんもそれにお付き合い中で帰ってきてない。 親父も今日から大会出場のための公休に入ったので、好きなだけ寝てもらおうということになっている。
とはいっても、そろそろ起きてくるだろうけどな。
「おはよう」
言ったそばから――実際には口にしていないので、思ったそばからさっそく親父のご登場。 休みの日は食べてから着替える派の親父は寝間着のまま。 髪には古くなった歯ブラシみたいな、あるいはミステリーサークル内の稲みたいな寝癖がついている。
俺も含め、みんなが挨拶を返す。 ちなみにキスをするのはお袋だけだ。 俺はこっ恥ずかしいからずいぶん前にやめたし、セーレたんもいつの間にかしなくなった。 メイドちゃんズは最初からしていない。
する・しない自体が家によってけっこう違うようだが、するにしても子供相手か、奥さんが旦那さんにするくらいがせいぜいみたいだ。
まあ、さすがにお年頃の女の子がその家の旦那に……というのはマズかろう。
「はあ~」
まるで湯船に肩まで浸かったかのような、身体の芯から出てくる温かなため息をつく。
美味しいご飯のおかげで身体のエンジンがかかり始め、香り豊かなお茶をのんでゆったりとアイドリング。 親父も肩の力を抜いてリラックスしているし、チャロちゃんも耳を左右に倒し、目を細めてほけーっとしている。
朝のこういう時間って、すっごく贅沢だよねー。
「ジャス様、ご予定は」
「うん」
洗い物をサッと終わらせたマールちゃんが、お茶のお代わりを注いでくれながら俺に尋ねる。 かなり端折っているけど、要するに「今日のスケジュールは予定通りですか?」という意味だ。
特にサプライズでもない限り、確定している予定についてはちゃんと前もって話している。
親父が「(まだ初学生なのに)まるで社長と秘書の会話だな」といった感じの目でこっちを見てるが……俺もそう思う。
お袋はいつものようににこにこしている。
「時間を見て学校行くよ」
今日は追試の結果発表。 もちろん俺のではなく、バイトで講師役をしたみんなのヤツである。 そこで通ればそのまま学校側の進路説明会があるみたいで、それに合わせて発表の時間はやや遅めだと聞いている。 それまではリソ君と遊ぼうかねー。
対して親父はちょっと忙しく、もう少ししたら道場へ行って、大会前の最後の調整をすることになっている。 明日の午前中には宿舎入り、明後日はとうとう開幕だ。
セラさんとローザさんが向こうに泊まっているのも、今日はいつでも親父が道場を使えるようにしてくれるためでもあったりする。
精霊の日恒例の俺達の稽古も、今日は当然お休みである。
「あちょー!」
「おおっと」
お外は寒いので、マイブラザーのお相手は室内で。 親父は少し前にお袋と、それからチャロちゃんも一緒に三人で家を出ていった。
俺はリソ君の部屋で絨毯の上に座り、手にスライムのミットをつけてスパーリングごっこをしていた。
一見いつも通りのようだけど、いよいよ大会が目前に迫り、家の中にはどことなくそわそわとした、緊張した空気が流れている。 だから、こっちもこっちでスパーリングというワケだ。
我が家の王子様も、たぶんその雰囲気を感じているのだろう。 その動きには力強さとキレがあり、当時のハニーとは違いやっぱり男の子だなーと感心する。
「ほわあーーーっ!」
伝説のカンフー俳優みたいな、あるいはムンクのアレみたいな、渋~いお顔をしていらっしゃるのが逆に可愛らしい。
わりとガチで殴ってくるので、素手で受け止めると地味に痛いんだけど。 というか、わざわざ作っているミットのガードをかいくぐってこようとするので困る。 太ももへのローキックとかやめて……。
だったら俺もクリンチで対抗だー!
「ぎゅうううーーーっ」
「ふああああーーーー」
あぐらをかいているので、両足も使ってガッチリとクリンチ、というかガッチリ拘束。 手足の自由を奪われ、ウナギみたいににょろにょろと逃れようともがくリソ君マジウナギかわゆす。
このままくすぐっちゃうぞー。
「ほれほれほれー」
「うひゃっ!? ひゃひゃひゃー!」
身体に回した両手で後ろから脇をくすぐると、ますますビクビクと暴れ出すリソ君。 が、手も使えないからと、俺の側頭部にガスガスと頭突きをしてきて……耳に当たってけっこう痛い。
まさか噛んだりしてこないよね、この子? どこかのチャンピオンみたいに。
とか思っていると、ゴングの代わりに部屋のドアがノックされた。
「よかった、まだいたわね」
「おろ?」
魔力の感じで分かってたけど、ドアから顔を出したのは、道場にいるハズのセラさんだった。 今日はお袋と一緒に、向こうで親父のスパーリング相手になる予定だったんだけど……。
ちなみに窓からの光を浴びたセラさんの顔は、いつも以上にツヤツヤしていた。
疲れが完全に取れているようでなによりだ。
「ちょっと抜けて来ちゃった。 私以外にも相手はいるしね」
まー確かにね。 あくまでも直前の調整だから、そこまでガチでやるワケじゃないだろうし。 それにしても、こてんと首を横に倒す仕草が可愛らしい。
考えてみると、お袋とセラさんが相手って、相当に豪華だよなあ。
……親父の代わりに出場してもイケそうな気がする。
「ところで、どうしたの?」
「ええ。 あなたの学校について行いていいかな、って思って。 ダメかしら?」
聞いてみると、俺の拘束から逃れてわーっと抱きつきに行ったリソ君をなでながらセラさんが答える。
「えっ? いや、えっと……」
とっさに否定しかけて、言葉を切る。 特に学校側からそうしろと言われたワケではないにしろ、俺にとってはいちおう仕事の延長――自分の成果をこの目で確認する意味もあるんだけど。
とはいえ、まあ「保護者同伴」ってことコトで問題ないか。 いわば同伴出勤……って意味が違う。
そろそろ行こうかなーと思ってたところだし、時間的にもちょうどいい頃合いだ。
「うん、じゃあ行こっか」
「ん♪」
うなずくと、セラさんは子供みたいに無邪気な笑顔を見せた。
リビングに顔を出すとハニーも行きたいと言うので、三人で家を出る。 補講の最終日、俺が風邪でブッ倒れそうになったところを助けてくれたもんな。 この子もまったく無関係ということはあるまい。
でもさすがにリソ君まで、となると人数的にもマズかろう……ということで、お留守番のマールちゃんと出勤しているアナさんに預けてきた。
両手に花状態で、明るく晴れていてもなお寒い青空の下をのんびりと歩いていく。 朝方だったら吐いた息が白くなっていただろうけど、日も高くなってきたこの時間はさすがにそこまでではない。 それでも当然、防寒対策はバッチリやってきた。
また風邪でも引いて、今度は親父の活躍を見られないとなっては目も当てられん。
「……」
みんな、ちゃんと合格できてるかな……。 ヤバイ、めっさドキドキしてきた。
もしかすると、初学校の入試のとき以上かもしれん。
本番直前のギリギリまで、俺にできる限りのことはやったつもり。 だが自分自身でしっかりと手応えを実感できるモノじゃないだけに、「もしかして」という不安を拭いきれない。
『……』
普段より口数の少ない俺に、隣のセーレたんも後ろのセラさんもあまり話しかけてこない。 きっとバレバレなんだろうな。 はあ……。
心配げなハニーと目が合い、俺は肩の力を少しだけ抜き、笑みを返した。
石畳を見そうになる顔を上げて歩き、学校に到着。
一教科でも引っかかると追試の対象になることもあり、保護者の人も合わせて意外とけっこうな人数が集まっていた。 例によって、俺の周囲に取り巻く――ように見えているだろう、金色コンビが注目を集める。
ま、ここに来ている人にはもっと大事な用があるので、いつもほどではないが。
とりあえずは運動場を縦断し、人だかりのある昇降口の付近まで行くことにする。
「おおお、よかったぁぁ……」
「うわあ゛、マジかあああああ……」
板を立てかけた昇降口前の特設掲示板周辺では、受験のときみたいに大喜びしたり大泣きしたり……と、そこまでしている子はほとんどいない。 しかし、心からほっとしてオッサンみたいな呻り声を上げてため息をついている子や、絶望して遠い目――あるいはやや白目になっている子は見かける。
そして付き添いの親御さん達も、よかったねーと子供の背中を叩いたり、もう一年頑張ろうなと肩を叩いたり――。
「だから勉強しろって言っただろ!」
「ぎゃあ!?」
とまあ、我が子の頭にお叱りのゲンコツを落とす人も、わずかながらいたりした。 ……彼には悪いが、昔のエルネちゃんがよくアナさんに怒られていたのを思い出して少しほっこりしてしまった。
それはともかくとして、毎年ある程度の割合で留年する子がいるらしいとはいっても、やっぱりみんなストレートで卒業したいだろう。 マーヤさんみたいにわざと留年する子はめったにいないだろうし。
だが一度や二度くらいは仕方ないと考えているご家庭も少なくないようだ。 やや楽観的な、だけど決して楽しいモノではないダウナー気味なムードが漂っている。
「――――」
だがその中でも、とりわけ絶望的に真っ青な顔をして地面にひざをついている十歳くらいの子を見つけた。 よほど自信があったのか……それとも、ひょっとして三度目の落第だろうか?
が、たとえそうでも頑張ってほしい。 実は放校決定前に、秘密の「追々試」があるって事務のお姉さんが言ってたから。
ただし、あくまでもちゃんと努力している子への救済措置なので、ロクに勉強してないとか「しかるべき結果」だった子にはそれもないらしい。 故に秘密だと念を押された。
彼に救いの手があらんことを。
「この空気、懐かしいわー」
「はにゃ……」
入試の合格発表とはまた違う、ちょっと独特な、少年少女達の悲喜こもごもの図。 特設掲示板に集まる人々から少し離れたところで、セラさんは苦笑を浮かべ、セーレたんはリアクションに困ったように小首を傾げている。
というか、セラさんも経験あるのね。 意外な気もするし……わりとそうでもないような気もするな。 見上げると「てへっ」とばかりに舌を出して見せられた。 その仕草がまた絵になっている。
……さて、ずっと人の後ろ姿ばかり見てみても仕方あるまい。
どうも発表はプライバシーに配慮してか、学籍番号――学生証に書かれているっぽい。 見ても分からんので知り合いを探すか、事務局あたりで聞くしかないか。
サッと見回していると、横から声をかけられた。
「やっぱ先生来てたー!」
「ん?」
甲高い声と「先生」というフレーズに、また注目を集める……主にセラさんへと。
当然知らない顔なので、「?」と首を傾げる人と、驚き顔で見とれる人とに分かれる。 当の本人は「先生?」と俺の顔を見ている。
ともあれ、声をかけてきたのはレベッカちゃんであった。
「わ~、レベッカちゃ~ん♪」
「わーい、セーレちゃーん♪」
仲の良いセーレたんと二人、なぜか両手を合わせ熱烈なハグへと移行する。 ところでレベッカちゃんよ、どさくさに紛れて一体ドコを鷲づかみにしておる?
……で、それが終わると今度はセラさんを見上げた。
「あっ、お母さんですか? いつもお世話になってまーす」
「あははっ。 ええ、こんにちは」
おませな発言が目立つレベッカちゃんだが、意外と礼儀正しかったりする。
おっと、やっぱり勘違いしているようなので訂正しておこ――。
「特に先生には、イロンナ意味でお世話に……♪」
「おい」
唇に指を当てて、俺に意味深なウィンクをくれるな。 すかさずチョップでツッコミを入れておく。
純真なマイハニーはともかく、セラさんが「あらぁ、そうなのぉ~?」ってニヨニヨしている。
ヘタに踏み入ると思うツボなので、サラリと流す。
「一人?」
「ううん、あそこにいるよ? あとは時間つぶしに食堂とか」
指をさす先を見ると、なるほど見知ったクラスメートが数人。
この後で進路説明会があるので、時間つぶしとはそういう意味だろう。
「と、いうことは」
「うん!」
期待を込めた俺の視線に、満面の笑顔を返してくれるレベッカちゃん。
「なんと、みーんな合格してたよ!」
「イェァス!!」
思わず、渾身の雄叫びとガッツポーズ。 また何人も振り返られたが、知ったことか。
まさか――と言っては悪いが、かなり危ない子もいたのに、やっぱりまさかの全員合格! 我がことのように、つーか我がこと以上に嬉しいな!
ちなみに、江戸幕府を開いた人とはなんの関係もない……いや、ご利益的には合ってるのか。
さすが世界遺産である。
「ホントに助かったよ~!」
「予想バッチリだったぜ!」
「さっすが先生ー♪」
「問題見たときビックリした!」
レベッカちゃんの声を合図に、他の子も駆け寄ってきて揉みくちゃにされた。
俺が小さいのをいいことに、前後から抱きつかれた上に横から肩をバシバシされたり髪をかき回されたりと、本当にムチャクチャ。 が、嫌な気はまったくしない。
誰かが後ろからどこぞを鷲づかみにしてきたが、それも今回は気にしない。
特に、聞く限り予想問題がかなり的中していたようだな。 よかった。
「本当にありがとう!」
「いやいや、みんなが頑張ったからだよ」
みんなが満開の笑顔。 時期的はまだ早いけど、まさにサクラサクって感じだ。
感極まったのか、中にはちょっと涙ぐんでいる子もいて、俺もこのバイトを引き受けてよかったなと心から思える。
これこそ、バイト代以上の最高の報酬だよな。
まだ途中のため、話を分けず、続き&タイトル等はまた近日中に加筆します。




