63 警備員、どすなぁ
フォルクバング城の正門内。
通路を挟んで衛視詰所の向かい側に、俺達の会議室がある。
俺を含めて男女が四人、テーブルを囲んで座っていた。 当然、蒼を基調とした軍服姿だ。
堅牢な石造りの室内。 元々光の入りにくい窓ではあるが今はそれも閉めている為、朝であっても魔光灯が必要になる。
「今回は、二八日からですね」
副隊長筆頭であるトーマスがいつも通りの落ち着いた声で、書かれた紙の内容を読んで言った。
「よりにもよって、月末っすか……」
一応管理職の端くれとして、月末月初は月次報告や次月計画書類等のデスクワークに追われるのが常だ。
毎月の事で慣れてはいるし、特にこの時期は急な予定変更が入る為、前倒しできる仕事は既に取り掛かり始めているが……。
ダーチオが、つい口に出してぼやいてしまう気持ちは、良く解る。
「仕方ないでしょう……。 それよりも、早く予定を詰めてしまいましょう」
この中では序列が最も下になる、紅一点のミズサがたしなめる。
特に真面目なせいもあるだろうが、夜勤明けだから早く寝たいというのが本音か。
しかし、もっともな意見だ。 決めるべき事が山ほどある。
「そうだな。 では、〈春の使節祭〉の特別警備に関する隊長ミーティングを始めよう」
今日は俺が夜勤だ……昼までに終わらせないと仮眠できなくなる俺は、テーブルに資料の山を乗せて早々に開始を告げた。
使節祭。
三大国家である我がヘルヴィオールと、北の〈インダルフィア〉、そして南の〈ヒミングレア〉が毎年春と秋――大凡六・十一月前後に到着する定期使節団の歓迎と交流を目的とする、王都で最も大きな祭典である。
大国とはいえど、魔獣の蔓延る外界を行き来するのは困難だ。 たとえ隣国がすぐ近くにあったとしても、大規模なキャラバンと護衛団を組織した上でも多少の犠牲を覚悟する必要があり、採算性・安全性を考えると民間レベルでの実施は期待できない。
なれば、この使節祭は三大国家が国としての協力関係を維持し、人材・技術・文化・情報等を大量にやり取りできる、非常に貴重な機会となる。
国を挙げて盛大な式典を催すのは当然の事、民間レベルの交流もある為に、王都では到着後約半月わたって至る所でお祭り騒ぎとなる。 そして、完全に落ち着くまでには一ヶ月近くもかかる。
それほど長くなってしまう理由は簡単。
使節団の道中にはどんなトラブルがあるか分からず、到着日がなかなか確定できない為だ。
事前に準備しておけるものはまだ良いが、中には直前でないと準備できない事もある。
そして当日に備えて待機しているだけでも、多くの人員や予算等を消費し通常業務が滞ってしまう。
となると必然的に、計画だけを先に立てて大部分の準備は日程が確定してからの開始となり、通常業務からの予定変更が急に入る事になってしまうのである。
この時期の修羅場は、三大国家のどこでも見られる風物詩なのだ。
「――隊到着日の一週間前には先遣隊が王都入りしますから、七日前には隊長に朝番に入って頂く必要がありますね。 そして私が夕番、と」
「お前らも、一週間前からは二交代で休みなしだな。 ミズサは俺と、ダーチオはトーマスとだ」
「了解しました」
「了解です」
到着した使節団の方々は、次の国へ出発するまでの数ヶ月から一年以上までの間、折衝・交流・留学等、様々な事を行う。
それに合わせた滞在先が個別に決定されるまでは城にまとめて仮宿泊となる為、その間の正門警備は特に強化され、責任者と補佐を共に常駐させる必要がある。 俺達に帰宅できるような時間は一切ない。
「次に、隊員の訓練計画と警備担当だが。 トーマス――」
「ダーチオ、期間中は正門前が担当から外れるから、各班のローテーションについては――」
「ミズサは、武具の修理受付制限を至急確認して、優先度の――」
正門とその周辺の警備を担当する俺達は、一部のVIPへの対応を除けばイレギュラーな仕事は少ない。
だから過去の予定表を元にして、次々とやるべき事を決めて担当を割り振っていけば準備は簡単に終わる。
その代わり期間中は、一切の休日を返上していつも以上の緊張感に曝され続ける事になるが。
「――よし、以上! 各期限までに完了させ報告する事。
ミズサは、最優先事項だけは片付けてから帰れよ。
俺は今から城内組とのミーティングに行くから、緊急でなければ何かあったらトーマスに頼む。
では、解散」
解散を宣言すると、すぐに個々の仕事を始める部下達。
トーマスは元々朝番の為、ダーチオは非番だが予定を見直すのだろう、二人で会議室の奥にある各自の部屋に戻っていく。
ミズサは、まだ帰れない事が確定して気落ちしたか。 口や態度には出さないが、自分の書類をまとめている背中が少し丸まっている。
俺は通りすがりに軽く肩を叩いて無言のエールを送り、資料を抱え直すと外に出た。
「隊長、お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「おう、お疲れ」
出た直後、詰所の部下に声を掛けられる。
他に通路を通る者はいない。
「今日は叫ばないんですねー」
「そういえば聞こえてきませんでしたね」
「そんなにしょっちゅう叫んでねぇよ!」
「えっ!?」「ええ!?」
「そんなに驚くなよオイ!?」
なんて失礼な奴らだ! 冗談なのは分かっているが。 ……冗談だよな?
特に最近、こいつらの俺イジリが酷くなっているような気がする。
「フヒヒヒ……失礼しました」
「畜生、覚えてろよお前ら!」
「ハッ! それでは任務に戻ります!」
見事に揃った敬礼で見送られ、俺も答礼して城内の方へ歩を進める。
この辺りの切り替えの早さや、駄弁りながらでも正門の方に気を配っていた様子などは、流石に親衛隊に身を置く者だと言える。
……俺の沸点を見極めた上でギリギリを攻める狡猾な連中、とも言えるが。
部屋から出て来たらしいミズサに挨拶をする部下達の特に張り切った声を背中に、俺は通用口へ歩いて行った。
ヘッ! お前らの休み、削ってやるからな。 後でヒーヒー言うが良い!
まあ、使節祭シフトになるから元々その予定なんだが。
それ以上に、俺は休みなんて全くないしな!!




