630 女子会はあーれー
灰色の空から、冬の子供たちが降りてくる。
「初雪か……」
明日くらい降るかもー? という、いつもながら自信なさげなお天気お姉さんの予報は、今回も当たった。 もっと自信を持ってもいいのに。
それに、たまに外れても「ドンマイ」とリスナーから通信が来るらしいお姉さんは、王都の人気者である。
「……終わった、よ?」
「ん」
後ろからの声に振り返ると、我がラブリーシスターがお着替えを済ませた格好で立っていた。
この部屋で一緒に寝なくなってけっこう経つけれども、生活の拠点がブラザーの部屋へ移ったかというと今も変わらず。 ま、リソ君自身が活発で、部屋でじっとしていないことの方が多いのもあるんだろうけど。 いろんなことに興味のあるお年頃のようで、お袋たちにくっついて回っては「あれなにー?」「なにしてうのー?」といっぱい質問している。
それがまた、可愛いのなんのって……。
「お兄ちゃん、どう……かな~?」
スカートの両端をちょこんと摘み、ほんのりと頬を染め、やや上目遣い気味な視線で聞いてくる。 今日の服は、上よりも下の方を――いや。 スカートとタイツの組み合わせが合っているかどうかを気にしているらしい。
日に日に女の子らしくなっていくなーと、俺はハニーの成長に頬が緩んでいくのを抑えられない。
その一方で、この子はなんで、着替えるときに俺が部屋を出ようとすると引き止めるんだろうかと首を捻る。 かといって、着替えの最中に振り返るような素振りを見せると慌てるし……。
「うん、とてもよく似合ってるよ。 特に、そのリボン」
「……えへっ♪」
ほっそりとした足首に巻いている細いピンクのリボンをほめてあげると、セーレたんはすごくうれしそうに、そして恥ずかしそうに頬の色を濃くした。 ……本当に、日に日に可愛くなっていくな。
相変わらず着るものに頓着のない俺はメイドちゃんズやお袋のチョイスに頼っているが、この子は少しずつ自分で服を選ぶようになってきた。
今日はお袋と道場の掃除に行ってくれる日だから、足が冷えないようにしているのは誰かのアドバイスだろう。 でも、脚のリボンはこの子が……少し前にチャロちゃんが同じようにしていたから、それを参考にしたんじゃなかろうか。
そんな気がする。
「えへへへへへ~」
スカートをつまんだままくるくると回りだすハニーを見ながら、俺はますます温かな気持ちになるのだった。
毛玉のようにふわふわと宙を漂いながら、白い雪が落ちてくる。 今日は、月に一回のセスルーム訪問日であった。
このごろは普通の手紙では時間がかかるため、ちょっと高くても精霊便を使うことが増えている。 おかげで俺も精霊さんの知り合いが増えたのだが……五回に一回くらいの確率で、この国のナンバーツーがやってくることには苦笑するばかりである。
俺としては、配達料金がオド飴になるので経済的には得をするのだが、一度だけセラさんから「恐れ多くて心臓に悪いわ」という手紙がきたことがあった。
なのでお詫びに大きめのオド飴を超特急で送ったところ、それ以降は何も言われなくなった。
「いつもすみません」
「あはは」
我が家の玄関先、ちらちらと降る雪を背景に、いつもの半ズボンスーツとシルクハット、そこにステッキを持ったアーンさんが涼やかに微笑む。
「遠慮することはないよ、これも大人の役目だからね」
見た目は俺と同じくらいなのだが、帽子を取れば、たぶん身長はもう追い抜いているんじゃないかと思うショタっ子精霊さん。
確かに年齢的には……親子どころか、先祖と末裔くらいの差があるんだけどな。
娘さんによく似た瑠璃色の瞳は、まるで霊力のこもった鏡のように澄んでいて、俺達の知らない何かを見通しているようにも感じられる。
「にゅふー。 ニアもオトナだからねー!」
そして俺の肩の上に立っているわが娘も、ぺたんこの胸を張って頭のアンテナを揺らしながら、いかにも「どやー!」といわんばかりの表情で大人っぷりをアピールしている。
ちなみに今日は自分のオドで造った緑のコートを羽織っているんだけど……頭が大きいのもあって、なんだかてるてる坊主っぽい。
まあ、それがまた可愛いんだけどな!
「くれぐれもお気をつけくださいね」
「うん」
心配そうな顔をしたマールちゃんが、俺の前にしゃがんでマフラーと首との間に隙間がないかを確かめてくれている。 セーレたん達だけでなく、今日は予選の翌日で公休をもらっている親父も見送りに出てくれていた。
上着の下には魔導カイロも仕込んでいるし、お袋の新作の手袋も装着済み。 加えてニアちゃんがシャボン結界を張ってくれれば、上空の気温も強風も雪も苦にならない。
でも、みんなの気遣いは俺の心を更にぽかぽかにしてくれた。
「パパのこと伝えておくから」
「……ああ」
そう言うと、親父は苦笑いを漏らして頬を掻いた。
意外と情報の早いこの国だから、ひょっとするともう知っているかもしれないけど……大会のことを知ったら、きっとみんな喜ぶだろう。
みんなに挨拶をすると、俺たちは舞い降りる雪たちとすれ違い空に昇った。
「うわあーーーーいっ♪」
可愛い我が娘の結界に包まれ、空を行く。
初めての雪のせいか、かなり楽しそうだ。
「ニアちゃんさまさまだな」
「でしょーっ!」
肩の上に腰を下ろしたニアちゃんが胸を張る……って、それ以上のけ反ったら後ろに落っこちるぞー。
「それにしても……」
地上ではゆっくりと舞い降りていた雪だったが、高速で飛んでいる今は吹雪も同然。 結界のおかげでなんとも暖かな空気が周りを包んでいるけど、正面や左右を見るとビュービューと音を立てて雪が迫り、通り抜けていくのだ。
車に乗っているのとは違い、三六〇度が見渡せる大パノラマはなかなかの迫力である。
「積もるかな、これ」
《さあ、どうだろうね》
誰にともなくつぶやくと、前を飛ぶアーンさんがテレパシーで応えてくれた。
《夜までにはやむ予報だったから、街には積もらないんじゃないかな》
「でしょうね」
黒っぽい色の目立つようになった遠くの山々に、白い化粧は見られない。
下を見ても、次の街まで伸びている石畳はそのまんま。 左右の草原や林、それから収穫の終わったらしい畑などにはわずかに粉砂糖をまぶしたような色がついているかどうか、という感じだ。
街の屋根もそうだったし、半日くらいでやむならそういった部分だけが白くなる程度で終わるかもね。
《ジャス君は、雪は好きかい?》
前を飛んだままくるりと身体を反転させ、アーンさんが問いかけてくる。
寒そうな半ズボンをはいているが、そこは精霊様。 白っぽい肌にこういった冬景色は特によくマッチしている。
《まあ、そうですね。 だって、楽しくなるじゃないですか》
《だよねー!》
小さな我が娘と目を合わせ、にこーと笑ってうなずき合う。 電車のダイヤが狂って困るー、なんて心配とも今は無縁だしな。
もっと積もる日があったら、ニアちゃんサイズの雪だるまを作ってあげたいのだ。
《あはははははっ。 ……そうか、そうか》
いつもは、真冬の湖面のような笑みを浮かべるアーンさん。
でも、このときは普段よりも温かい感じがした。
暖房の利いた入管でお姉さん方に温かいお茶をご馳走になり、うっかり長居しそうになるというトラブルがあった以外は順調な道のり。
今回も例のアレがあるので、師匠の家ではなくローザさんのところへ直行である。
もはや通い慣れた道を歩き、見覚えのあるご近所さんとご挨拶。 そして家に着くと、味わいのある木のドアをノックする。
「ごめ――」
「捕まえた!!」
捕まったああああーっ!?
ノックする直前にドアが開き、隙間から出てきた何かに吸い込まれた!
「はい、待ってたわよー♪」
ゾクッとしたものが背中を走ったのもつかの間、気がついたときには目の前が真っ暗。 だけどヒジョーに温かくて柔らかくていい香りのするモノに、全身を絡め取られていた。
既に抵抗が無意味である事を悟っている俺は、かろうじて呼吸だけは確保して挨拶をした。
「おぱよー、ふぇあさん」
セラさん……ついに、俺にノックさせる暇さえ与えてくれなくなりましたか。
次は、玄関前に立ったと同時に足元の床が抜けるくらいの覚悟が必要かもしれん……。
「ニア、触手かと思っちゃったー」
「あははははっ。 すごい速さでしたね」
あまりの勢いで外に取り残されっぱなしだった我が娘とアーンさんも招かれ、こじんまりしているけど温かみにあふれるリビングでお茶をご馳走になる。
入管でも飲んだけど、熱いのをふーふーしていたので量はそれほど飲んでいない。
ミョーにお姉さん達にじーっと見つめられて、飲みにくかったせいもあるのだが。
「ふーっ、ふーっ」
なんとグリーンティーがあるというので、一も二もなくお願いして淹れてもらった。 ちゃんと冷まさないと舌が焼けるように熱いし、味も顔をしかめるほど苦くて濃いのだが……だが、それがいい!
俺が小さなカップを両手に持ってちびちび飲んでいるのを、淹れてくれたセラさんと、この家の主で親父のお母さんでもあるローザさんはテーブルに着いて。 それから、親父の妹であるクラお姉さんはイスが足りないため、お母さんの横に立ったまま微笑みながら見ていた。
「ほらやっぱり♪ ジャス君なら飛びつくと思ったのよ」
「まだ小さいのに、ずいぶんと渋い趣味ねえ……」
「本当。 私でも、苦くて飲めないのに」
「ずずず……くひいぃ~っ!」
うえぇ~、苦ぁぁぁ~い。 でも、これがイイのだ。
セラさんもローザさんも同じお茶を淹れ、アーンさんはニアちゃんと一緒に香りを楽しんでいる。 だけどクラお姉さんだけは自分の髪の色と少し似た、ハチミツ入りのレモンティーを飲んでいた。
ま、それはそれでアリなんだけどねー。
それにしても……もともと若いクラさんや、お袋と並ぶと必ず姉妹と間違われるセラさんはともかく、ローザさんもずいぶんと若々しくなったものだ。
最初は足首も見えないようなスカートを履いて地味な格好をしていたのに、今ではシックな装いで上品なおばさまといった感じである。
「ふうーっ……ところでローザさん、腰はどう?」
「ええ、もう見違えるように良くなったわ」
「そっか、よかったよー」
ふんわりと微笑むローザさん。
以前は半分寝たきりみたいな状態だったが、今ではすっかり雰囲気からして明るくなったよなあ。 親父や俺が受け継いでいる銀色のウェーブヘアや、肌にもしっかりとしたハリとツヤが出てきた。
やっぱり、元気がイチバンである。
「……そういえば、カステさんは?」
すっかりおなじみとなった女子会メンバーだけど、今朝はまだ鹿耳のカステさんが来ていない。 親父のお兄さんの奥さんで、家も少し離れているらしいけどすごく仲がいい。 そもそもセラさんの家だって、ココからだとちょっと距離あるしな。
オリオール家とブランシェ家の間に、嫁姑問題なんてモノは存在しないのだ。
「そろそろ来る頃かと思うんだけど……」
とセラさんが口を開いたちょうどそのとき、玄関の方でノックの音がして、続いてドアが開いて誰かが入ってきた。
言うまでもなく、カステさんである。
「いやいやいや、遅くなっちゃったわー!
……あ」
「ども」
リビングに顔を出して俺と目が合うと、長いひし形の鹿耳が大きく跳ねた。
で、視線もわずかに横に逸れる。
「お、遅くなった……わね」
「いえいえ」
その場で恥ずかしそうに身なりを整え始めたカステさんだったが、俺は気にしませんよと優しく微笑む。
まだこの女性は、俺のアレにあんまり慣れてないからなー。 こういうときは、あくまでも紳士的に振る舞うべし。
するとビミョーに空気が変わったのを察したのか、静かにお茶の香りを楽しんでいたアーンさんが席を立った。
「では、僕は一旦失礼致しましょう。 時間になったら参りますので」
「いつも申し訳ございません……」
「ははは、お気になさらず」
気まずそうに頭を下げるセラさん達に、本物の紳士であるアーンさんは涼やかな笑みで応えながら席を立つ。
そして消していたシルクハットとステッキを再び具現化させると、帽子のつばをつまんで一礼してから部屋を出ていった。
「――パパ、出ることになりました」
「ええっ!?」
「うっそ!?」
親父の出場の件を話すと、クラお姉さんとカステさんがすごく驚いた。
お姉さんは両手で口を押さえ、兄嫁さんは耳が茶柱のように立っている。
「兄さんが、あれに……?」
「本当に、アレなの?」
「はい、アレです」
代名詞には代名詞で返す俺。 それはもう、あれよあれよという間にアレですよ。
ちなみにリビングでは全員が座れないということで、今はベッドルームへ移動している。
「あのジェド君も、立派になったわね~」
隣に腰掛けたセラさんが、俺の手を握りながら感心している。 「あの」が何を指しているかは敢えて聞かないコトにするけども、立派になったことには同意である。
で……やっぱり、いちばん喜んでいたのは実のお母さんであった。
「あの子……よく、頑張ったわねえ……」
反対側の隣で翠の瞳を潤ませたローザさんに、そっとハンカチを差し出す。
息子の俺もそうだけど、お母さんとして鼻が高いだろうね。
「きゅふーん!」
そして家系図的には孫になるニアちゃんも、俺の頭の上で胸を張っていた。
今日はもう張りっぱなしである。
「そう……。 あの、ときどき私のアレやアレをチラチラ見ていたジェド君がねぇ」
「……」
せ、セラさん……。 なんで貴女は、敢えて聞かなかったことをニヤニヤしながら語ってくれるのでせう? せっかく感動的な空気だったのに、クラお姉さんが固まっちゃったよ。
カステさんは自分の口を手で押さえて震えてるし、ローザさんもハンカチで目元を押さえながらくすくすと笑っている。
ちなみに、親父の初恋の相手はたぶんセラさんだったんだろうということは、俺もうすうす気がついている。
たぶん、我が家で知らない人は誰もいないと思う。
「ねえ、ジャス君はどう思うかしら?」
「……」
で、なんでセラさんはそこで息子に話を振ってくるんでしょうか……。
というか、最初から俺の目を見ながら言いましたよね?
「……そりゃあ、セラさんキレイだもん。 僕だって見とれちゃうよ」
「ふふふっ♪ さすがジャス君、八〇点あげちゃう!」
「もぎゅっ」
目を逸らしながらもなんとかそう答えると、横からまたぎゅーっとされてしまった。
その点数が高いのか低いのかは分からんけど、とにかくコレで多少は親父のフォローになったと信じたい。




