573 試験と試練は似ているかもしれん
薄い雲の浮かぶ空は青く、ほっとするような陽気が優しく降り注ぐ。
まさに受験日和であった。
「ふたりとも、ありがとうね」
第七高校への道中、俺とエミーちゃんの前を歩く女の子達に声をかける。
「私の学校だもん、当然じゃないっ♪」
歩きながら、ふわりと長い髪と短いスカートをひるがえして振り返ったのは、紅葉のような赤とアダルトな黒に身を包んだエルネちゃん。 今日は仕事ではないので、私服だ。
もちろん今日も、黒いニーソと絶対領域を完備している。
そんな強烈なコントラストを見事に着こなすエルネちゃんは、肩にカバンを掛け、後ろ向きになって俺達を見つめながら歩き続ける。
「それに、ジャス君とエミーの応援もしなきゃ。 ねっ!」
そう言って片目を瞑り、キラリと星を飛ばす。 つややかな茶色いストレートヘアがそよ風に揺れ、朝の光を浴びてコハクのように輝く。
片手に腰を当てるポーズとか、いかにもらしい仕草がとても絵になる娘である。
あふれ出す可愛らしさにちょっぴり色気を含ませるお姉ちゃんに、エミーちゃんと二人でありがとうと笑みを返す。
「お気になさらないでください。 私も一度、高校をじっくりと見てみたかったですから」
その隣で腰を捻って普通に振り返ったのは、空色の髪を下ろしたマールちゃん。 淡く落ち着いた色で、マキシ丈のロングワンピースを着ている。 歩く足の動きに合わせて、足首近くまであるフレアスカートが柔らかく揺れる。
マールちゃんも今日はオフで、キレイなお姉さんというフレーズがまさにピタリと当てはまる装いであった。
やはりエルネちゃんと同様、カバンを肩に掛けている。
「このあたりは若い子が多くて、ちょっと近寄りにくいんですよね……」
「いやいや」「マールさんも若いじゃないですか」
即座に、俺とエミーちゃんでツッコミを入れる。
ややクセのある髪をひと房取り、耳の下あたりでくるくる~っと指先に絡めながら苦笑を見せるマールちゃんだが、まだ二十歳前である。
確かにこの国の高校生はローティーンがほとんどだけど、そんな彼女らにもまったく引けを取らない肌ツヤとスタイルの良さは、逆に羨望の目差しを浴びるに違いない。
今日は精霊の日だから、たぶん普段よりは人通りは少ないんだろうけど。 しかしその中で、彼女たちは実際にすれ違う人達の視線を少なからず集めていた。
普段からわりと人に見られることを意識していて、なお堂々としているエルネちゃんはともかく……マールちゃんはきっと、単に俺達の中で自分だけが大人だから目立っていると思ってるんだろうなあ。
「ここが、お姉の高校……」
オシャレな石畳の道を歩きながら、片側に見える校舎を見てエミーちゃんが感嘆のため息をこぼした。
今日は武術の試験だから、お姉ちゃん譲りの髪は束ねて、下は黒いミニスカートに同じく黒のレギンスである。 それでも胸元に赤いリボンをあしらっていて、しっかりとオシャレポイントも押さえているのは、さすがエルネちゃんの妹だなーと思う。
「の、一部だけどね~」
通い慣れているエルネちゃんは気にも留めていないけど、前世の街中にもごく普通に建っていそうな建物はいつ見てもスゴイ。
周囲に獣耳の人や武器を持った人らがいなけりゃ、日本に戻ってきたのかと錯覚してしまいそうになるよ。
細い道からちょっと大きな通りに出ると、一気に視界が開けて通りの向こうに農地が広がる。
ちなみに、更にずっと遠くに並んでいるのは地平線ではなく、王都の外壁である。 あの向こうはラアン海で、湾になっているハズだ。
……それはさておき。 通りを渡って正面には、農地の一部分を切り取ったような、いかつい壁に囲まれた敷地がある。
描陣試験のときにも来た、戦闘科の校舎である。
楽々と馬車が行き違えるほどの大きな正門の前で、俺達は立ち止まった。
「では……私達は、ここまでですね」
敷地の大きさにしばしぽかんとしていたマールちゃんだったが、気を取り直すと俺とエミーちゃんに道を空けて横にずれる。
「二人とも、ガンバってね!」
エルネちゃんはマールちゃんとは反対側に動き、俺達を挟む位置に立った。
周囲には、いかにも強そうな年上の人やガタイの大きな人がそれなりにいるが、二人は注目を集めているのも気にせず俺達に笑いかけてくれる。 俺とエミーちゃんは面映ゆい視線を向け合うものの、「恥ずかしいからやめて」なんてことを言う気にはならなかったし、しなかった。
ただ、お互いに力強くうなずくだけである。
「うん」「行ってきます」
俺はマールちゃんから、エミーちゃんはエルネお姉ちゃんからカバンを受け取る。
そして、校舎の敷地の中へと足を踏み入れた。
なんとなーく見覚えのあるような、ないようなケビン――もとい警備員さんに受験票を見せ、頑丈そうなコンクリート造りの校舎に入ると再び受付の人にも受験票を見せる。
「あれ? ボクは――」
「はい」
これまた、見覚えのある事務のお姉さん。
向こうも覚えてくれていたようで、微笑みかけるとお姉さんは「ああ、やっぱり!」と手を叩いた。
「今日は武術試験……大したものね。 ボクも彼女さんも、頑張って」
「ありがとう、お姉さん」
「か、かのっ……!?」
エミーちゃんが慌てるのを見て、受付のお姉さんが口元に手を当てて笑う。
悪いけど、俺もちょっと和んでしまった。
――大きな教室に入り、年上ばかりに混じってまず受けるのは筆記試験である。
たまに初学生が受けに来ることもあるらしいけど、基本的には一般向けなので内容はちょっと難しい。
とはいっても、俺とエミーちゃんには何の問題もないだろうがな。
「みんな年上ばっか……って、いつもか」
「ふふっ、そうね」
運よく受験番号が近かったので、荷物を置いてエミーちゃんのところで軽くお喋り。 俺は剣だから近接、エミーちゃんは槍なので中距離とジャンルは異なるのだが、筆記自体は共通なので教室も同じだった。
ガヤガヤとざわめく周りを見回すけれど、いるのは大抵が高校生くらいで、成人しているだろう人もわりと混じっている。
やっぱり、知っている子はいないか――。
「あ」
と思っていたら、いたよ……。 向こうも驚いたようで、鋭い目を大きくしている。
そしてその人はおもむろに席を立つと、珍しいことにこちらへとやって来た。
「オリオール兄。 ……奇遇だな」
「そうだね」
俺よりもずっと背が高く、服の上からでも胸板が厚いのが分かる。 しかし顔つきはシャープで、青く耳の下まで伸びる長髪が似合うイケメン。
クラスメートの、ニート君であった。
エミーちゃんが席に座ったまま会釈すると、彼は腕組みをして相変わらず威厳たっぷりにうなずいた。 で、俺に話しかけてきた。
「学校が終わって以来だな」
「そうだね」
秋休みに入ってから、ほとんど誰とも会ってないからなあ。
それにしても、このイケメン君もずいぶんと丸くなった。 ますますイケメン度が上がっている。
「お前も受けに来ていたとはな」
「お互いにね」
いつもは無口なのに、今日は妙に喋るな、ニート君。
いや、別にいいんだけどね。
「ところで妹は」
「今は一人でセスルームに行ってる」
「なッ!?」
俺の答えを聞いた途端、ニート君が目を見開いた。
「な、なんだとォ……」
更に彼は、そう呟きながら後ろへよろめき――って、ちょっと大げさじゃないか? ……あ、いや、それくらいの大事件か。
ちょっと片方が席を外してトイレへ行っただけでも、クラスのみんなに驚かれるからな。
「……」
改めて、俺とセーレたんってべったりだったんだなーと思い知らされた。
気がつくと五歩六歩と遠ざかっていた彼に、おーいと呼びかけて招き寄せる。 どこまで行くんだよ……。
「いやさ。 やっぱりいつまでもべったり、ってワケにはいかないと思ってさ」
「ふむ、確かにな」
再び両腕を組んで、鷹揚にうなずくニート君。 彼は末っ子らしいから、よく分かるのだろう。
いつもより、うなずき方が力強かった。
「うん、そうね……」
ずっと話を聞いていたエミーちゃんも、俺を見上げて相づちを打ってくれる。
だけどその表情は、なんとも複雑そうだった。
試験が終わるとしばらく自由時間となり、その場で採点が行われる。 この筆記に通らないと次の実技試験に進めないのだが、すぐに結果が出るのがありがたいよな。
大部分がマークシート方式になっているのは、十中八九このためなんだろう。
「はい、ジャス」
「ありがと」
俺はトイレから帰ってくるとエミーちゃんのいる席へ行き、カバンから出してくれた水筒でお茶を飲みながら二人で結果が出るのを待つ。
他の受験生達も解放感からか、試験前よりはずっと明るい雰囲気でお喋りをしている。 何列か前の席にいるニート君の背中は、まさに「座して待つ」という感じでどっしりと構えているが。
ちなみに俺達のテストの出来がどうだったのかは、お互いの顔を見れば判る。
やがて数人の試験官さんによって採点が終わり、静粛を呼びかけられてから受験番号で合格者が発表される。
サラッと聞き流す限り、合格率は七、八割といったところか。 教室のあちらこちらで喜びや安堵、あるいは落胆や嘆きの声が上がる。
しばらくして、俺とエミーちゃんの番号も告げられた。
「ん、次は実技だな」
「よかったぁ……」
ちょっぴり表情の硬かったエミーちゃんが、ほっと胸をなで下ろした。 俺もぽんぽんと軽く肩を叩き、優しく微笑みかけてあげる。 ついでにお茶も注いであげよう。
合格発表が終わると、続いて次の試験についての説明がなされ、一時解散となった。
また少し休憩を挟んだら、次は外で実技試験だ。
「――よう」
「あ」
二人で軽く体操でもしようかと話し合っていたところ、石のように動かなかったニート君が立ち上がりまた俺達の下へやってきた。
手にはカバンを持ち、シャープな面持ちながらも金色の瞳には穏やかな雰囲気も漂わせている。 それを見て、俺は結果を察した。
彼は、我らが二年三組の中でも指折りの実力者だからな。 担任のアズミーリ先生からも、この四級に合格できる見込みは十分にあると言われていた。
俺達もカバンを肩に掛け、外に出る用意を済ませる。 せっかく顔を合わせたのだ、三人でウォーミングアップするのもいいだろう。
「……」
エミーちゃんと目を合わせると、間を置かずに小さなうなずきが返ってきた。 決まりだな。
ではさっそく俺から誘おうと口を開きかけたところ、不意に彼の大きな手が俺の肩に乗せられた。
ズシッと来る衝撃と重みに、出かかった声が止まってしまう。
「オリオール兄よ」
「う、うん」
彼の眼光が俺を捉える。 実技試験が終わると、最後には受験生どうしの対戦試験が控えていた。
ひょっとしたらコイツと当たるかも、と考えたら、ちょっと熱い気持ちになってくるな――。
「お前らは、頑張れよ」
「……へ?」「えっ?」
その言葉に、素っ頓狂な声を出す俺とエミーちゃん。
え、ええっと。 まさか、ひょっとして……。
「お、落ち、ちゃっ……た?」
「うむ。 答えを書く場所を、間違えてな……」
「……」
穏やかな顔で答える彼から目を逸らし、エミーちゃんと見つめ合う。
ああ、「やっちゃった」のか。 さぞ、頑張って試験勉強したんだろうに……。
気がついたときの絶望感、心よりお察しする。
エミーちゃんも同じことを思ったようで、我が事のように切ない表情をしていた。 目で語り合った二人が、顔を引き締める。
「うん、頑張るよ」
「全力を尽くすわ」
「ああ」
かすかに口元をほころばせたかのように見えた彼が、歳のわりにゴツゴツとした手を差し出す。 俺達はうなずき、順番に手を握り合った。
とても固く、熱い握手であった。
「……じゃあな」
そして会場を去って行く男の背中を、俺達は静かに見送った。
次の試験は再来月だ。 卒業試験もあるからすぐ次は難しいだろうけど、機会はいくらでもある。
また、頑張ってくれ。




