508 みなさん、首ったけのようです
最後までずっとリソ君を抱きしめたまま、なでたりもんだり頬ずりしたりして満足したマーヤお姉さんが帰った次の日。
「ごめんください……」
朝、エルリアさん率いる幼馴染みーズと共にウチにやってきたのは、俺の知っている中では最も秋が似合うと思っている女性。
「あら~、お久し振りですわ~♪」
たまたまトイレから出てくると、ちょうどお袋が玄関で御一行をお出迎えしていた。
灰色の瞳に灰色の長い髪、そして透き通るような白い肌で全体的に儚い感じがするスレンダーな人は、くりむちゃんの隣でお袋にゆっくりと会釈していた。 隣でその様子を見ていたわん子ちゃんも、マネをしてぺこりと頭を下げた。
俺も女性と目が合ったので、お互いに会釈をしてから玄関に向かう。
「お久しぶりです。 えっと――」
「ええ。 大きく、なったわね……」
そういえば名前を知らないのだが、まあとにかく。
獣耳もしっぽもついてないけど、その女性はくりむちゃんのママであった。
二階からセーレたんを呼んできてわん子ママとご挨拶をし、お袋がリソ君のことも紹介したところで一緒に遊んでいたニアちゃんも発見され。
お袋と――クラリッサさんというらしいママさんは、エルリアさんと三人でリビングへ入っていった。
「……驚かれなかったのが、逆に驚きだったな」
お客さんということで、ひとまず俺達子供はリソ君の部屋に待機中。 幼馴染みーズが順番にリソ君に挨拶をして、ついでになでなでしたり抱きしめたりしているのを見ながら、俺はニアちゃんと向き合ってお話していた。
もちろんセーレたんは俺の横にいて、ニアちゃんの頭のてっぺんから飛び出しているアンテナっ毛が揺れているのを見て、同じように首を揺らしている。
《うん。 ニアもビックリしたー》
碧の瞳に、お人形サイズの身体よりも少し長い碧のストレートヘア、そして同系色のミニスカレオタード。 どう見ても人間ではなく、しかもこの国では「とあるお方」を連想させるカラーリングなのだが……。
ところが、くりむママさんは失神するどころか目を見開くこともなく、儚げに微笑んで――
『そう。 あなたが、ニアちゃん様、なのですか……』
と、普通に挨拶してくれたのだ。
エミーちゃんと妹様とアイコンタクトを交わし、倒れたらすぐに受け止めようと三人で構えていたのに……いや、倒れないに越したことはないんだけどさ。
すると、マイブラザーを囲んでいたみんなの中から、いちばん背の高い女の子が振り向いてこちらにやってきた。
「わたしが、ママにお話したから」
「あー、なるほどね」
やっぱり親子なだけあって、喋り方がわりと似ているわん子ちゃんが理由を教えてくれた。 見た目に関しては人種さえも違うけど、この子はお父さん――正確には、亡くなった「前の」お父さん似なのだ。
くりむちゃんはセーレたんの更に隣に腰を下ろし、我が娘とシスターがお互いの顔を見ながら首を左右に揺らして遊んでいるのを見て、同じように首をかくんかくんと動かし始めた。
多少シュールな光景ではあるけど、みんな美少女揃いなので微笑ましくて良し。
「ところでくりむちゃん、そのときはママは大丈夫だったの?」
「うん。 ちょっと動かなくなったけど、大丈夫だった」
「……そ、そっか」
それは、大丈夫だと言っていいんだろうか……。
なおみんなには、ニアちゃんのことは家族の人にだったら話していいよと少し前に言ってある。 でも、それ以外の人にはまだ内緒にしてね、と。
それだと周りのご近所さんなどにもすぐ話が広がっちゃいそうにも思えるけど、御使いの言う「内緒」は守秘義務になる場合もあるので大丈夫だろうという判断だ。
まあ、たとえ広まっちゃったとしても、今のニアちゃんだったら問題はないしな。 うっかり聖母様のことを漏らしちゃう心配もない。
というか実はもう、ウチのご近所さんにはお袋から、俺がひょんなことから精霊さんと知り合って契約したのだと、それとなく話してもらうようにお願いしてあったりするのだ。
魔術の練習をするために庭で結界を張るようになったし、俺もセラさんのところへ行くのに毎月空を飛んでいるから、いずれバレるのは時間の問題だったし。
ところが、お袋いわく。
『うふふふふ~。 ジャスちゃんがお空を飛んでいるくらいじゃ、みなさんはもう驚かないから大丈夫よ~?』
……俺って一体、ご近所でどんな扱いだったんだろうなあー。
もちろん、実際に聞いてみたりはしなかった。
遠いお空から意識を戻してくると、いつの間にかリソ君とるー君とニコもこっちに来て首振り運動に加わっていた。 どういう流れでそうなったのかは謎だけど、まあいいや。 みんな楽しそうである。
唯一加わっていないエミーちゃんは出しっぱなしだった絵本を本棚に戻すと、苦笑いを浮かべて俺の右側へ腰を下ろした。
「で、僕達はどうなるんだろう?」
「聞いてくる?」
さり気なく気を利かせてくれることを言いながら、長い髪を後ろに払うエミーちゃん。 ふわっとフルーティな甘い香りが舞う。
お手伝い中はしないようにしているようだけど、エミーちゃんもエルネちゃん同様、よく手入れされている茶色い髪を触るのが好きだ。 俺もよく触らせてもらう。
で、しばらくこうして待機している俺達だが、学校の体育館での稽古で先生役をしてくれるお袋を待っているところである。
わん子ママとの話、まだ続くのかな……。
と思っていたちょうどそのとき、部屋のドアがノックされた。
「ジャス君、みんなー。 お客さんが来たわよーっ」
「ん?」
開いたドアから流れる長い髪と一緒に顔を出したのは、ワインレッドのメイド服がよく似合うエルネちゃんだった。 今日も俺のプレゼントしたカチューシャをつけてくれている。
更にドアが大きく開き、その風でさらりと髪をなびかせたのは、エルネちゃんだけでなくその横にいる――。
「皆さん、おはようございます。 ……先ほどセフィ様からお願いされまして、今日は私が務めさせて頂くことになりました」
背後にある廊下の窓の光を透かし、琥珀色に見えるのはエルネちゃんの髪。 対して、青空のように見える鮮やかな髪の持ち主は、俺達に向かってとても爽やかな微笑みを見せてくれた。
ドアから離れた俺達のところまでその空気が流れてくるようで、みんなも首の動きを止めて振り向く。
「……マリエルさん」
「くすくす。 今日はお邪魔するのが少し遅くなってしまったのですけれど、運が良かったようです」
どうやらお袋の先生は中止になってしまったようだが、代わりに思いがけない先生に恵まれたようだ。
――俺の中で初夏がいちばんよく似合うお姉さんこと、マリエルさんと学校へ向かう。 エルリアさんも同行してくれて、今日はWメイドさんが先生となった。
どちらもまだまだ底の見えないレディに前後を挟まれ、俺とハニーと幼馴染みーズは学校の受付を通って地下体育館に降りた。
他に借りている子供や大人達の声が響き、中は既になかなかの活気を見せている。
「私、こちらの方はあまり自信がないのですけれど」
地下なのにそよ風を感じるような笑みを見せ、私服のロイヤルメイドさんは巨大しゃもじのようなラケットを両手にたたずむ。
あまりオシャレとは言い難いフラヴリースのラケットも、この人が持つと料理好きなお姉さんという感じでよく似合う。 マキシ丈に近いロングスカートも相まって、これからスポーツをしようという風にはとても見えない。
「あはは。 何をおっしゃいますやら~」
魔術はそれほど得意ではないと言うマリエルさんだが、それでも正騎士の条件である三級を持っている。 俺は謙遜するお姉さんにツッコミを入れた。
ちなみに今日の稽古は、武術ではなく魔術がいいというみんなからのリクエストに応えたものだ。 どうも、俺が学校の授業でやった「魔球」を見てみたいそうな。
エルリアさんもラケットを持ってマリエルさんの横に並び、俺達は二人に向かい合って話をしている。
「<多層精製>は、私ではなくソイリアの領分ですから」
「ソイリア……さん?」
用語については想像がつくけど……何となーくどこかで聞いたような、そうでないような人の名前が出てきたので聞いてみる。
「はい。 多層精製が得意な、私の同期なんです」
「まさか、オルスターマイナの」
「はい」
その穏やかな笑顔で、俺の中にあったおぼろげな点と点が繋がった。
前にクラスメートが見せてくれたカードゲームの中で、マリエルさん以外に唯一見ることができたオルスターマイナの女性。
「確か、あの長~いヒモのついた武器を振り回す……」
「まあ、よくご存じですね」
周りのみんなは小首をかしげているが、エルリアさんと――意外にも、俺の右にいるエミーちゃんがピクリと反応した。 ゲームだったので名前はもじってあったけど、確かこのマリエルさんに次ぐ序列六位の人だったハズ。
前世ではゲームでお馴染み、トゲトゲのついた鉄球を棒の先と鎖で繋げた「モーニングスター」。 それの鎖、というかワイヤー状のモノをどこまでも引き伸ばし、発光する球を生き物のように操るメイドさんの絵は非常にインパクトがあった。
目の前でぽんとラケットを叩くお姉さんが、実は光る大剣を振り回す人だというのにも驚いたけど、その人は「メイド服で釣りかよ!」と心の中でツッコんでいたのでよく覚えていたのだ。
なんとなくそうじゃないかなーとは思っていたものの、やはりオルスターマイナという人達は相当に濃いキャラクターが集まっているらしい。
「このフラヴリースと同じように、鋼球に魔力を込めて操るんですよ。 とても器用ですね♪」
「は、はあ」
いや、「器用ですね♪」で済むレベルじゃないと思うぞ……?
想像だけど、例えるなら遠隔操縦の飛行機をコントローラーじゃなく、リアルタイムにプログラムを打ち込んで動かすくらいには難しいと思う。
……うん。 マリエルさんの「ご謙遜」は、本当に謙遜じゃなかったワケだ。
その日。
体育館の天井付近には、ランダムに飛び回る光の球が二つあったのだった。




